血湧き肉躍ってこその戦い......だったのだがな   作:シズネ

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4話:見落とされた等級詐欺

 

高度一万メートル。

分厚い雲海の上を、鉄の塊が滑るように飛んでいる。

 

(……落ち着かんな)

 

プレミアムクラスの広々とした革張りシートに身を沈めながら、うちはマダラは不機嫌に腕を組んでいた。

かつて須佐能乎で空を飛び、六道の力で浮遊した経験はある。だが、この「飛行機」なる乗り物の、密閉された鉄箱に閉じ込められる感覚はどうにも性に合わない。

地に足がつかない感覚…手綱を握れぬ鉄の塊に、ただ荷物のように運搬されるのが落ち着かない。

 

「あ、あの……お客様? お飲み物は……」

 

「いらん」

 

「ひっ……! 失礼いたしました……!」

 

怯える客室乗務員を一瞥で下がらせ、マダラは窓の外へ視線を戻した。

眼下に広がる雲を見つめながら、出発前の五条とのやり取りを想起する。

 

 

『え、僕が出張のタイミングでマダラさんも? ……へえ、九州の準1級案件ねえ。タイミング良すぎない?』

 

 

五条悟が浮かべた、一瞬の怪訝な表情。

五条は東京を離れる。同時に、マダラも遠方へ飛ばされる。偶然にしては出来すぎている、とでも言いたげだった。

 

——オレとあの目隠しを同時に引き剥がす……やはり、何らかの意図があるな

 

だが、確証はない。単なる上層部の嫌がらせか、人手不足の偶然か。いずれにせよ、長居は無用だ。

 

「……着き次第、片付けるか」

 

 マダラは瞼を閉じ、思考を遮断した。

 

 

 


 

 

 

九州、山間部のダム建設予定地。

鬱蒼とした森の中に、放棄された集落が沈んでいる。車を降りた補助監督が、震える手で資料を広げた。

 

「ほ、報告によれば、準1級相当の呪霊が確認されています。既に作業員4名が行方不明に……」

 

「4名だな。生存は?」

 

「は、はい。まだ中にいる可能性が高いかと」

 

——ならば火遁は使えんな。

 

マダラは独りごちて、集落へと歩き出す。

 

「さっさと帳を下ろせ。あと、すぐにオレの帰りの便を確保しておけ」

 

「えっ? い、いえ、探索から始めるとなると半日は……」

 

「急げと言っている」

 

ギロリ、と睨まれ、補助監督は悲鳴に近い返事をして帳を下ろした。

 

夜が降りる。

その瞬間、集落の奥からどす黒い呪力が膨れ上がった。

一体ではない。二体、三体……いや、中央にいる個体は、明らかに他の個体とは桁が違う呪力を放っている。

 

(……ほう。これがこの世界の『準1級』か)

 

マダラは眉一つ動かさず、さらに奥から湧き出る有象無象を見据えた。

準1級も特級も、彼にとっては等しく「有象無象」でしかないからだ。

 

「ギャアアアアッ!!」

 

異形の呪霊たちが、侵入者に気づき殺到する。

中央の個体が呪力を練る。領域展開の予備動作か、あるいは生得術式か。

だが、それより速く、マダラの姿が掻き消えた。

 

——ドォン!!

 

爆音。

次の瞬間、先頭にいた呪霊の上半身が弾け飛んでいた。術ですらない。チャクラで身体能力を極限まで強化した、ただの「回し蹴り」。

 

「遅い」

 

マダラは着地することなく、空中で身を翻す。

中央の個体が慌てて術式を放とうとするが、マダラの瞳がギロリと赤く光った。

写輪眼による威圧。一瞬の硬直。その隙だけで十分だった。

 

「……脆いな」

 

マダラの拳が、呪霊の核を正確に貫く。

衝撃波が集落の木々を薙ぎ倒し、背後の廃屋が半壊する。断末魔を上げる暇もなく、呪霊は霧散した。

 

「……これで終わりか?」

 

マダラは煤を払うこともなく、残心を解いた。

周囲を見渡す。4体の呪霊すべての気配が消えている。

 

(次は生存者か。……4名と言っていたな)

 

マダラは印を結んだ。人差し指と中指を十字に重ねる。

 

「多重影分身の術」

 

ボロン、と白い煙が爆ぜた。

一体ではない。十、二十、五十……百。一瞬にして、集落が「マダラ」の軍勢で埋め尽くされた。

 

百人のマダラが一斉に散開する。瓦礫を退け、地中を探り、気配を追う。物理的な人海戦術と、個々の圧倒的な身体能力。

半日かかると言われた捜索は、わずか数十秒で完了した。

 

「……見つけたぞ」

 

分身たちが生存者4名を抱え、集落の入り口へと集結する。

生存者の安全を確認すると、マダラは即座に分身を解いた。

 

「おい、終わったぞ。帳を上げろ」

 

マダラの声が響く。空を覆っていた闇が溶けるように薄れていく。

帳が上がった、その瞬間。

 

「ひっ……!?」

 

外で待機していた補助監督が、絶句して尻餅をついた。

目の前に広がっていた光景。

集落は残っていた。だが——。

 

「な、なんですか、これ……」

 

集落の中央。マダラが拳を振り抜いたその延長線上だけ、数百メートルに渡って木々と廃屋が消滅していた。

まるで巨大な大砲でも撃ち込んだかのように、一直線に大地が抉れ、トンネルのような風穴が森を貫通している。

術式ではない。ただの「拳圧」による破壊の爪痕。

 

「す、凄い……たった一撃で、地形が変わって……」

 

補助監督が震える声で呟く。

そして、さらに驚愕することになる。マダラの足元に、4名の作業員が気絶状態ではあるものの、無傷で並べられていたからだ。

 

「えっ!? せ、生存者!? いつの間に……!?」

 

「……4名だ。回収しろ」

 

マダラは唖然とする補助監督の前を通り過ぎ、車へと戻る。

彼の中での認識は、「準1級という割には、少し硬かったな」程度のものでしかなかった。

 

その時。

胸の奥でざわりとした感覚――忍特有の「虫の知らせ」が走った。

 

——胸糞悪い気配がするな……

 

マダラは東の空を睨む。

嫌な予感がする。やはり、さっさと戻るべきだったか。

 

 

 


 

 

 

都内某所、カフェのテラス席。

長い黒髪を束ね、五条袈裟を纏った男――羂索は、スマホの画面を見て目を丸くした。

その額には、何かの手術痕のような縫い目がある。

 

「全滅? 接触から数分で?」

 

送られてきたのは、九州に配置した呪霊たちの消滅反応。

特級呪霊に1級呪霊を3体。さらに、現場の「窓」や補助監督を欺くため、呪力出力を準1級相当に抑え込む結界まで用意した周到な罠だった。

高専側が「準1級案件」と誤認して送り込んできた新人2級術師を、不意打ちの特級が狩る。

そのはずが――。

 

「報告書には……『体術により祓除』?」

 

羂索は乾いた笑い声を漏らす。

結界を解除してフルパワーに戻った特級を、術式すら使わずに、ただの暴力で蹂躙したというのか。

 

「五条悟とは別ベクトルの理不尽だね。……マダラ。計画の修正が必要かな」

 

羂索はコーヒーを啜りながら、そのイレギュラーな存在(バグ)の名前を記憶に刻み込んだ。

 

 

 


 

 

 

高専、霊安室。

冷房の効いた無機質な部屋に、重苦しい沈黙が満ちていた。

 

解剖台の上には、白い布をかけられた遺体。その傍らで、五条悟は目隠しをしたまま、感情の読めない顔で座っていた。

 

バンッ、と乱暴に扉が開く。

入ってきたのは、九州にいるはずのマダラだった。

 

「お帰りマダラさん。……早かったね」

 

「茶番は片付けてきたが……遅かったか」

 

マダラは歩み寄り、布をめくった。そこには、胸を抉られ、心臓を失った虎杖悠仁の亡骸があった。

 

「アンタが噂の? はじめまして、家入硝子」

 

解剖の準備をしていた白衣の女性が、気だるげに声をかける。

 

「残念だけど、もう死んでるよ。これから解剖して役立てるところさ」

 

「……フン」

 

 マダラは布を戻し、静かに告げた。

 

「器としての覚悟はあったようだが、力が追いつかなかったか」

 

その声には悲嘆も同情もない。ただ、忍の末路を受け入れるような厳粛さだけがあった。

 

「……わざとでしょ」

 

五条が低い声で唸る。

 

「僕とマダラさんがいないタイミングで特級案件。上の連中が仕組んだんだ。悠仁を殺すために」

 

五条の拳が握りしめられる。

 

「犯人探しも面倒だ。……上の連中、全員殺してしまおうか」

 

部屋の空気が凍りつく。

最強の術師が放つ殺気は、冗談で済まされるものではない。傍観者である伊地知でさえ、肌が粟立つほどのプレッシャー。

だが、マダラは動じなかった。静かに最強の術師を見下ろし、口を開く。

 

「容易いことだ」

 

「……あ?」

 

「貴様の力があれば、上層部とやらを消すことなど一夜で済むだろう。この『縛り』さえなければ、オレが代わりに焼き払ってやってもいい」

 

「……ははっ」

 

五条は乾いた笑いを漏らした。

 

「でしょ? 首をすげ替えるなんて簡単なんだよ。でもさ……」

 

「だが、その後に残るのは『恐怖』による独裁だけだ」

 

 マダラが、五条の言葉を引き継ぐように告げた。

 

「……!」

 

「オレもかつては、力こそが秩序だと信じた。圧倒的な力で争いをねじ伏せ、平和を創ろうとした。……だが、力で押さえつけただけの平穏は、歪みを生む。そして独裁者は、いずれ孤独になる」

 

マダラの脳裏に、かつて決裂した親友――千手柱間の顔が過ぎる。

そして、全てを幻術で支配しようとして失敗した、己の末路も。この世界に来てまで、同じ轍を踏ませるつもりはない。

 

「早まるな。組織を腐らせるのは簡単だが、立て直すのは骨が折れるぞ」

 

マダラは諭すように、だが力強く続ける。

 

「貴様が選んだのは教育…後進の育成だろう。孤独な最強として君臨するか、意志を受け継ぐ強き仲間を育てるか。貴様は既に、後者を選んでいるはずだ」

 

五条は一瞬虚を突かれたように黙り込んだ。

目隠しの下の瞳が、何を見ているのか。やがて、五条は「……チッ」と舌打ちをして立ち上がった。

 

「分かってるよ。……参ったな、説教まで上手いとはね」

 

殺気が霧散する。五条はいつもの飄々とした雰囲気を装い、背を向けた。

 

「…頭冷やしてこようかな」

 

部屋を出ようとした時だった。

 

「待て」

 

マダラの鋭い声が響く。

 

「……なに? まだ説教?」

 

「まだ分からんぞ」

 

マダラの双眸が、遺体を射抜く。

呪力の流れ。魂の灯火。それらが不自然に揺らぎ、再び繋がり始めているのを、その眼は捉えていた。

 

「え?」

 

五条が振り返った、その瞬間。

 

「おわっ!!フルチンじゃん!!」

 

唐突に、間の抜けた声が響いた。

解剖台の上。死んでいたはずの虎杖悠仁が、ガバリと上半身を起こしていた。

 

「え?」

 

「…!」

 

伊地知と硝子が硬直する。

虎杖は自分の体を見下ろし、きょとんとしている。

 

「……」

 

五条が、虎杖に近づく。

 

「悠仁!おかえり!」

 

「オッス! ただいま!」

 

「「マジで!?」」

 

キャッキャと騒ぐ現代最強と宿儺の器。

その様子を、マダラは壁に寄りかかりながら冷ややかに見下ろしていた。

 

「……浄土から戻ったか。しぶとい小僧だ」

 

マダラは口元を緩める。いずれにせよ、この世界は退屈しそうにない。

 

「……フン」

 

マダラは興味なさげに背を向け、部屋を出て行く。その背中で、新たな波乱の予感を感じ取りながら。

 






プレミアムクラスの追加料金は五条が気まぐれで払ってくれました。

「え、マダラさん飛行機知らないの? ウケる。せっかくだから空の旅楽しんできなよ〜」
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