血湧き肉躍ってこその戦い......だったのだがな 作:シズネ
都内某所、ファミリーレストラン。
ドリンクバーのコーヒーを揺らしながら、羂索は対面に座る呪霊に視線を向けた。
「五条悟……やはり我々が束になっても殺せんか」
火山の頭を持つ特級呪霊、漏瑚。
彼は忌々しげに吐き捨てる。
「ヒラヒラ逃げられるか、最悪君達全員祓われる。『殺す』より『封印する』に心血を注ぐことをオススメするよ」
「封印? その手立ては?」
「特級呪物『獄門疆』を使う」
「獄門疆……? 持っているのか!! あの忌み物を!! 」
その後、羂索は淡々と来るべき「渋谷事変」の構想を語る。五条悟を戦闘不能にし、さらに両面宿儺をこちらの陣営に引き入れる。
漏瑚の興奮と共に、店内の気温が上がり始める。
「……ただ、計画には修正が必要かもしれないね」
「あ?」
「イレギュラーが増えた。マダラという術師がいてね……」
「マダラ? 誰だそれは」
漏瑚が怪訝な顔をする。羂索はタブレットを取り出し、先日消滅した九州の呪霊たちのデータを表示させた。
「高専に登録されたばかりの2級術師だよ。だが……甘く見ない方がいい。先日、テストでぶつけた特級1体と1級3体が、接触から数秒で消滅した」
「2級だと? ……ハッ」
漏瑚は鼻で笑った。
特級が祓われたといっても、所詮は人間。呪霊である自分たちとは「生物としての格」が違う。
「有象無象だ。儂の火で骨まで灰にしてくれるわ」
漏瑚の昂ぶりがいよいよ頂点に達する。
周囲の客が、異変に気づく間もなく発火した。
悲鳴すら上がらない。一瞬で店内の人間が炭化し、崩れ落ちる。
「……五条悟は儂が殺す。ついでにそのマダラとやらもな」
燃え盛る店内で、漏瑚は嗤った。
東京都立呪術高等専門学校、グラウンド。
突き抜けるような青空の下、怒号と打撃音が響いていた。
「遅い! 呼吸が読めている!」
「くっそ……!」
2年生の禪院真希が、長物を振るいながら1年生たちを圧倒している。
伏黒恵と釘崎野薔薇は、息を切らしながら防戦一方だ。
そんな彼らの視線の先には、ベンチで退屈そうに頬杖をつく男――うちはマダラの姿があった。
「型がなっていない。呪力に頼りすぎて体幹が死んでいるぞ」
「あーもう! うるっせぇな!」
1年・釘崎野薔薇が額に青筋を浮かべて食ってかかる。
「さっきから偉そうに! 口だけならなんとでも言えんだよ!」
「フン……オレとやるか? 触れることすら叶わんぞ」
野薔薇の挑発。だが、マダラは眉一つ動かさない。
そこへ、場違いに明るい声が割り込んだ。
「はいはーい! ちゅーもく!」
五条悟が現れた。
その手には、なぜかファンシーな色合いの“ピコピコハンマー”が握られている。
「マダラさんは『縛り』で人間に攻撃できないからさ~、これ使ってよ! これならオモチャだし、殺傷能力ゼロだから判定通るかも?」
「……五条、貴様オレを愚弄しているのか」
マダラが冷ややかな視線を送るが、五条は「まあまあ」と無理やりハンマーを押し付ける。
マダラは渋々、その間の抜けた武器を手にした。
「……まあいい。
マダラがグラウンドの中央に立つ。
生徒たち5人が、円を取り囲むように構えた。
伏黒だけが、冷や汗を流して警戒している。学生の中でこの男の出鱈目な強さを知っているのは、彼だけだった。
「ただし、タダで稽古をつけてやるほどオレは安くない」
マダラが口端を吊り上げる。
「このハンマーに叩かれた回数だけ『死んだ』とみなす。……1回死ぬごとに、校庭10周だ」
「はっ? ナメんな!」
真希が吠え、長物を構えて突っ込む。
速い。1年生の目では追えないほどの踏み込み。
だが、マダラはその場から一歩も動かず、首をわずかに傾けただけで切っ先を躱した。
「踏み込みが甘い」
ピコッ
間の抜けた音が響く。
気づけば、真希の額にハンマーが押し当てられていた。
「あ……?」
「一回」
「しゃけ!?」
「ゴリラモード!」
狗巻とパンダが同時に仕掛ける。
マダラは流れるような足捌きでパンダの豪腕をいなし、その勢いを利用して狗巻の死角へ滑り込む。
ピコッ、ピコッ
「二回、三回」
「伏黒! 合わせろ!」
「分かってる!」
野薔薇の釘と、伏黒の式神による連携攻撃。
だが、マダラには背中にも目があるかのようだった。最小限の動きですべてを回避し、すれ違いざまに二人の後頭部を叩く。
ピコッ、ピコッ
「死角だ。これで全員死んだぞ」
そこからは、一方的な蹂躙だった。
音だけは可愛い。だが、その技術は達人の域を遥かに超えている。殺気は出していない。だが、生物としての「格」の違いが、生徒たちの肌を刺す。
——数時間後。日はとっぷりと暮れていた。
グラウンドには、息も絶え絶えに走り続ける生徒たちの姿があった。全員、すでに数十キロは走らされている。
「はぁ……はぁ……なんなんだよ、あのオッサン……」
「バケモノ……だろ……」
膝に手をつく真希を見下ろし、マダラはハンマーを五条に放り投げた。
「……興醒めだ。基礎からやり直せ」
冷徹な言葉。だが、その圧倒的な実力差を見せつけられた今、反論できる者は誰もいなかった。
高専、地下室。
何重もの封印が施された部屋で、虎杖悠仁は映画を観ていた。膝の上には呪骸が乗っている。
「うおっ! 危ねっ!」
映画の展開に感情が揺れ、呪力が乱れるたびに呪骸に殴られる。そんな奇妙な修行風景を、入り口からマダラが眺めていた。
「……絵が動く箱を見て修行か。平和な時代だな」
「あ! マダラさん! お疲れっす!」
「フン……貴様も暇なことだ」
マダラは呆れつつも、虎杖の体の周りを漂う呪力の流れを写輪眼で見る。
「感情の昂りに対して、呪力の流動が遅れている。……無駄が多いぞ」
「へ? 遅れてる?」
「まあいい。……いずれ嫌でも身につく」
そこへ、五条が入ってきた。
「やっほー悠仁。……お、マダラさんも一緒? 奇遇だね」
「先生! 次の映画これ見ていい?」
「いいよ~。でもその前に、課外授業に行こうか」
五条がニカッと笑う。
「面白いもの見せてあげる。ついておいで」
「え、どこへ?」
「マダラさんも来る? 相手、火を使う呪霊らしいからさ。マダラさんの火遁とどっちが強いか気になるしー」
挑発めいた誘いに、マダラは鼻を鳴らす。
「……今の時代の火遊びがどの程度か、見てやるか」
マダラ、五条、虎杖の三人は、瞬きの間にその場から消え失せた。
山道。
舗装された道路を、五条悟と漏瑚が対峙している。少し離れた場所で、マダラと虎杖が見学していた。
「な、なんか頭から火山噴火してるけど!? 強そうじゃね!?」
「静かに見ろ」
戦闘が始まる。
漏瑚の放つ火力は凄まじかった。辺り一面が灼熱地獄と化し、岩が溶ける。
——ほう。火力と範囲は尾獣並みか。
マダラは冷静に分析する。だが、それだけだ。
——大雑把すぎる。力の放出に頼り切りで、制御が甘い。あれでは当たらん。
案の定、五条には指一本触れられない。無限という不可侵のバリアの前に、全ての熱量が無効化されている。
一方的な展開に、五条が嘲笑う。
「効かないって言ったろ?」
「……!」
「君、弱いもん」
その一言が、特級呪霊のプライドを粉々に砕いた。
漏瑚の形相が変わる。
「舐めるなよ……小僧ォォォ!!」
激昂した漏瑚が、視界の隅にいるマダラたちにも気づく。
「そっちの雑魚共から殺してやる!!」
漏瑚が掌を向ける。放たれたのは火礫虫。音速で飛来する爆発する蟲たち。
「うわぁっ!?」
虎杖が身構える。マダラは動かない。印を結ぶ素振りすら見せない。
直後、五条が瞬時に間に割って入った。
「だーめ。僕の生徒とゲストに手を出さないでよね」
無限によって防がれた爆炎が、虚しく宙に散る。
マダラは、眼前の爆発にも眉一つ動かさず、つまらなそうに吐き捨てた。
「ぬるい」
「なっ……!?」
漏瑚が顔を歪める。
小童だけでなく、連れの男まで自分を愚弄している。
漏瑚の怒りが沸点を超えた。
「呪いこそが真の人間だ……!! 偽物は貴様らだァッ!!」
漏瑚が印を結ぶ。
「領域展開『
世界が変貌する。
マグマが煮えたぎる火山の内側。必中必殺の結界術。
「こ、これは……!?」
「領域展開。術式を付与した生得領域を、呪力で周囲に構築する」
焦る虎杖に、五条が教科書通りの説明をする。
——ほう……
マダラは写輪眼で周囲の構造を解析する。
幻術ではない。呪力で空間そのものを書き換えている。補助監督が使う「帳」の、より高度で攻撃的な応用だろうか。
「領域を広げるのはめちゃくちゃ呪力を消費するけど、メリットもある。一つは環境要因によるステータス上昇。もう一つは……」
マグマが五条を襲う。だが、当たる寸前で弾かれる。
「領域内で発動した付与術式は、絶対当たる」
「絶対!?」
「ゼーッタイ。まあ、対処法はあるよ」
五条が目隠しを外す。その蒼き瞳——六眼が露わになる。
「一番有効なのは、こっちも領域を展開すること。同時に領域が展開された時、より洗練された術がその場を制する」
五条が印を結ぶ。
「領域展開『無量空処』」
灼熱の世界が塗り潰される。
そこは、宇宙のような空間だった。無限の星々。無限の情報。
「……!」
マダラは目を見開いた。
五条に触れているため、術式の影響は受けない。だが、目の前の漏瑚が、何もできずに立ち尽くし、廃人化していく様は見て取れる。
——知覚と伝達を無限に強制させ、対象を殺すか。
生きながらにして、死んでいるのと同じ状態。
それはかつてマダラが夢見た『無限月読』——人々を夢の世界に閉じ込め、個を消し去る術に似て非なるもの。
より実戦的で、より凶悪な、個を破壊するための精神攻撃。
——現代の最強、か。
マダラは五条の横顔を見て、ニヤリと笑った。
領域が解ける。五条が漏瑚の首を無造作にねじ切った。
「さて、誰に言われてここに来た?」
生首だけの漏瑚を踏みつけ、尋問を始める五条。
その時だった。
地面から木の根が突き出し、五条を襲う。
瀕死の漏瑚を救わんと、新たな呪霊が乱入してきた。
一瞬の撹乱。戦意を削ぐ香りが視界を覆い、気がつけば漏瑚の生首と新手の気配は消え失せていた。
「逃げられたな」
マダラが短く告げる。
五条は悪びれもせず、遠くを見つめた。
「んー、気配消すの上手いね。このレベルの呪霊が徒党を組んでるのか……楽しくなってきたねぇ」
五条は虎杖に向き直る。
「悠仁、っていうか皆には、アレに勝てる位強くなってほしいんだよね」
「アレにかあ!!一月後、俺生きてるかなあ……」
ギャーギャーと騒ぐ師弟。
マダラは、逃げた敵の方角を一瞥し、鼻を鳴らした。
——火遁使いの次は、木遁使いか。
脳裏に、かつての宿敵にして友——千手柱間の顔がよぎる。
火と木。因縁めいた組み合わせだ。
「……フン」
マダラは興味深そうに目を細めた。
この世界も、思ったより退屈しないかもしれない。
「帰るよー」
五条が二人を掴む。
再びの浮遊感と共に、三人はその場から消失した。
<マダラに課せられている「縛り」について(現時点での判明分のみ)>
・人間に攻撃しようとすると、体が強制的に止まったり、術の発動自体ができなくなる。
・攻撃しようとしていなくても、その攻撃(広範囲の術など)が結果的に人間に当たりそうになった場合、その攻撃は直前でキャンセル(消滅)などによって無効処理される。
<今回のピコピコハンマーについて>
今回は、マダラ本人が「攻撃」ではなく「戯れ(ただの指導)」と認識しており害意がなかったこと、そして物理的にも「攻撃とは言えないほどダメージが0に近い」ため、縛りの判定には引っ掛からなかった、という扱いです。