エミリア陣営の最終兵器《リーサルウェポン》 作:匿名を忘れてた人
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死後、間もない私は《神様》に出会った。
名乗られず、言葉を交わすこともなかったけれど。
見ただけでなにかを祈ってしまうような、そんな不思議な気持ちにさせられた目の前の存在を――真っ白な顔のないテルテル坊主みたいな存在を、私は勝手に《神様》だと決めつけた。
《神様》は私の前に現れて、前ふれもなく問いかた。
『生まれ変わりたくはないですか』と。
どうしてそんなことを訊くのかと思ったけど、《神様》はそれ以上、何も言おうとはしなかった。
私はしばらく考えて、「また生きていけるのなら」と答えた。
すると、《神様》に『次の人生で何になりたいですか?』と再び尋ねられた。
私は最初に金持ちになれたらと浅い夢を考えて、一流の料理人になりたかったなと本気で叶えようとした夢を思い浮かべ――最後に何ものにも縛られないくらい強い人になりたいと、そう答えた。
『あなたにとって強い存在とは?』そう尋ねられた時にはすぐに答えた。
「鑢七実」と。
生前に読んだ小説『刀語』の登場人物で、主人公の姉という立ち位置にいながら、敵役として立ち回り、弟に殺されることで「戦って果てる」という願望を叶えたキャラクター。見ただけで相手の技術や能力を完璧に習得する才能があって、作中では《最強の化物》と呼ばれ、畏れられていた。
弟に殺されたいという破滅願望や他人を「雑草」と例え、躊躇なく殺してしまえる残虐性など、理解できない部分は多々あれど――出来てしまうから出来るその天才性、最期まで家族を除き、誰にも何ものにも縛られることのなかった強さと、その自由さに私は憧れた。
《神様》はすべて聞き終えると、死んだ私に手をかざし、目が眩むほどの光を浴びせた。
『願いが叶うことを祈っています』
それが《神様》から聞いた最後の言葉だった。
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かびた臭いがする。
じっとりとした空気が肌に張りつく。不快感が増していき、とうとう耐え切れなくなって閉じていた瞼を開いた。
「……」
そこは薄暗い路地のような場所だった。
人気がなく、背の高い建物がずらりと道を挟んで並んでいる。
道端には中身が分からない木箱が詰まれていたり、捨てられた生ごみが散らばっていて、そこから腐った卵みたいな臭いが漂ってきた。
強烈な臭いだけど生前、料理をしていた関係で生くさい臭いには慣れている。
と、思っていたんだけど――、
「くさいぃ……」
どうやら、今のわたしはいろいろと敏感らしかった。
以前なら耐えられていた臭いが、何倍にも鋭くなった嗅覚が嗅ぎ取り過ぎて、思わずその場で蹲ってしまう。犬並みに鋭くなった鼻を抑えながら蹲り、どうにかこうにか臭いに慣れるために、浅い呼吸を繰り返す。
生臭い悪臭と、無臭に近い手の臭いを嗅ぎながら数分。
悪臭を嗅ぐことに慣れ始めたわたしは、手で鼻を抑えつつ、蹲った姿勢から起き上がった。
「あ、身体に、力が入りづらい……」
身体の方もいろいろと変わってしまったみたいだ。
力を込めても上手く動けず、生まれたての小鹿みたいプルプル震える。
必死に立ち上がって、壁に手をつきながら、一歩ずつ進んでいく。
「はぁ、はぁ、とぉー、ちゃく!」
呻きつつもたどり着いたのは、すぐ傍にあった建物の窓ガラス。
薄くスモークがかかったその窓ガラスの向こう側には、そこそこに広い厨房が見えた。
そこで数人の料理人があくせくと働き、料理を作っている。
それなりに大きな料亭のような場所みたいで、絶えず料理が奥の部屋へ運ばれていくのが見えた。
その光景にちょっとだけ羨ましさを覚えつつ、そちらから視線を切る。
見たかったのは窓ガラスの向こう側じゃない。
ガラスの鏡に映る自分自身だ。
「……うそ、ほんと?」
鏡を見て、そこに映った自分の姿に驚きの声を上げた。
何故なら、そこに見慣れたわたしの顔が映らず。
知ってはいるが見知らぬ、別人の顔がわたしの顔として、鏡に映し出されていたからだ。
そして、わたしはその顔の正体を、名前を知っていた。
「ほんとに、鑢七実になってる……」
深緑色の長髪に白い肌、花柄の着物をまとった小柄な少女。
その姿はまさしく私が《神様》に願ったわたしの理想、鑢七実そのものだった。
「ふ、ふふ――あはは、ははは、あはははぁぁ……」
自然とわたしは笑っていた。
ありえないことが起きていると、子どものように、馬鹿みたいに。
くるくると回って全身を見回し、何度も窓ガラスに映る自分の姿を見た。
見て、視て、観て、笑った。
垂れた瞳を覗くたびに、深緑色の髪が揺れるたびに、和服の袖を揺らして飛び跳ねるたびに、自分が鑢七実になったことを実感した。
「――はぁ、こんなに笑ったのは、ほんと久しぶり」
生前でも、これほど笑ったことはなかったはずだ。
少なくとも人前では、こんな大笑いはできなかった、恥ずかしくて。
それだけ嬉しくて、それほどに夢みたいな状況だった。
「ふふ、でも夢じゃない。あー笑いが止まらないや」
でも、そろそろ自重しなければいけない。
だって、鑢七実というキャラクターは、そもそもこんな風に笑ったりはいないのだから。
感情の乏しい無表情。
笑うことがあるとするのなら、それはきっと悪い笑みだろう。
「いや、あれは悪刀『鐚』があったから、だっけ?」
どうせなら、そっちも本物を見てみたいけど。
さすがにそこまでの我儘を《神様》だって叶えてはくれないだろう。
生き返って、憧れの体までもらったんだ。
今はこれでもう十分、幸せ者だ。
「さて。そろそろ、身体も慣れてきたところだし――いえ、慣れてきたところですし、二度目の人生、いっぱい堪能させていただきましょう」
口調を改め、これから歩む二度目の人生に意気込む。
わたしはもう■■■ではないのだから。
わたしは鑢家家長、鑢七実。
今度の人生はきっと良いものにしてみせます。
いえ、悪いものかしら?――なんてね。