今日も客を殴りたいけど殴れない   作:羊毛ローブ

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客商売で客を殴りたいと思わなかった人間なんている筈ない

「客商売で、客を殴りたいと思ったことがない人間なんているはずがない」

 

 朝の品出しがひと段落して、私がセルフレジの小銭を補充していると、何時にも増して目が死んでいる店長が急にそんなことを言い出した。

 

「なんすか? またとんでもクレーム来たんすか?」

 

「それが聞いてくれよ越中さん!」

 

 食いつきが早い。

 

 というか、声がでかい。

 

「さっき電話があってさ。『朝の八時に店を開けろ』って言うんだよ!」

 

「うち九時オープンっすよね?」

 

「そう! 人もいないし、そもそも店の決まりで一時間も前に、その人一人のためだけに開けるなんて無理じゃん? 普通の脳味噌してたら分かるじゃん!?」

 

 おうおう。

 

 今日は随分溜まってるな。

 

 店長は普段、嫌なことがあってもその場では笑顔で流して、あとからまとめて吐き出すタイプである。

 

 つまり今、かなり熟成されている。

 

「まぁ普通の脳味噌してる人は、そもそも変なクレーム入れないっすからね」

 

「そう! そうなんだよ!」

 

 店長がセルフレジ横の台をばん、と叩いた。

 

「そしたらその脳味噌ブリンバンバン婆がさ!」

 

 なんだその婆さん。

 

「『私がお願いしてるのに、そんなことも対応できないお店なんてあり得ない! そもそも、そちらの商品が壊れてるから開けろって言ってるのよ!』って言うんだよ!」

 

「うわぁ」

 

「俺もさ、そこは一応店長だから? プッツンしそうなのを我慢して、『どの商品でしょうか』ってちゃんと聞いたわけ」

 

「偉いっすね」

 

「偉いだろ?」

 

「給料分くらいには」

 

「そこはもっと褒めろよ」

 

 多少落ち着いたのかと思ったが、店長はすぐにまた身を乗り出してきた。

 

「で、その婆さんがなんて言ったと思う?」

 

「うーん……」

 

 最近のクレームには、妙な流行がある。

 

 壊れたと言って持ってきた商品が、実は使い方を間違えていただけ。

 

 部品が足りないと言われたが、箱の底に入っていた。

 

 動かないと言われた電動工具が、そもそも充電されていなかった。

 

 客商売をしていると、何故か似たような案件が同じ時期に固まってやってくる。

 

「実は使い方間違えてただけとか?」

 

「違う」

 

「じゃあ部品なくしたとか?」

 

「違う」

 

「説明書読んでない」

 

「惜しいけど違う」

 

「じゃあなんすか」

 

 店長は一度、大きく息を吸った。

 

「『五年前にそちらで買ったホースリールが壊れたのよ! どうしてくれるのよ!』だって!」

 

「あー……」

 

「百歩譲って、本当にうちの商品だったとしよう!」

 

「はい」

 

「でも五年使えたなら、もう十分じゃない!?」

 

「まぁ、物にもよりますけどね」

 

「保証なんてとっくに切れてるよ! そもそも五年間ずっと外に置いてたのか、ちゃんと片付けてたのかも分かんないんだよ!?」

 

 店長の滑舌がどんどん良くなっていく。

 

 よく噛まないな、この人。

 

 裏でラップでも練習してるんだろうか。

 

「だけどな、越中さん」

 

「はい」

 

「問題はそこじゃないんだよ」

 

 店長が私を真っ直ぐ見る。

 

「分かるかい?」

 

「いや、うちオープンしたの二年前っすよね?」

 

 一瞬。

 

 店長が止まった。

 

 そして。

 

「そうだよ!!」

 

 今日一番の大声が店内に響いた。

 

「なんでオープンしたのが二年前なのに、うちの商品を五年前に買えるんだよ!! おっっっかしいだろ!!」

 

「ですよねぇ」

 

「近所に同じ店もないんだよ! 店名まで確認したんだよ! 完全にうちだって言い張るんだよ!」

 

「時空超えたんじゃないっすか?」

 

「だったらホースリールよりタイムマシン持ってこいよ!」

 

 ひとしきり吐き出した店長は、ようやく少しだけ満足したらしい。

 

 肩で息をしながら腕時計を見る。

 

「あ」

 

「どうしました?」

 

「オープン五分前」

 

 さっきまでの表情が消えた。

 

 店長は制服の襟を整え、胸元にインカムを取り付ける。

 

 そしてスイッチを入れた。

 

「皆さん、おはようございます。本日もオープン五分前です」

 

 声が違う。

 

 さっきまでホースリール婆さんにキレ散らかしていた人間とは思えない。

 

「今日も無理のない範囲で頑張って、お客様をお迎えしましょう。よろしくお願いします」

 

 売場のあちこちから、

 

『よろしくお願いしまーす』

 

 と返事が飛んでくる。

 

 店長も笑顔で、

 

「よろしくお願いしまーす」

 

 と返した。

 

 切り替え早いな、この人。

 

 まあ、それくらいじゃないと客商売なんてやってられないのかもしれない。

 

 今日も今日とて、クレームは来る。

 

 本当にしょうもないものから、話を聞けばこっちが全力で謝らなきゃいけないものまで、それはもう色々と。

 

 理不尽なクレームって、なんで無くならないんだろうな。

 

 そんなことを考えているうちに、店内にオープンを知らせる音楽が流れ始めた。

 

 自動ドアの向こうには、すでに何人か客が待っている。

 

 まだ開店もしていないのに、もう帰りたい。

 

 いっそ蛍の光を流してくれ。

 

 そう思いながら、私は今日も声を張る。

 

「いらっしゃいませー」

 

 今日も一日、始まってしまった。




昔書いてたホームセンターお仕事シリーズの浄化の為の作品です。働いてるだけで偉いよって言ってくれよ!
って自分の自己満だけに投下しました。
おかしい、本来はWorking的なノリの話になるはずだったのに…何故こんなことに?
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