今日も客を殴りたいけど殴れない   作:羊毛ローブ

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応募条件に書かれた仕事だけしてれば良いって考えてる奴いる?いねぇよなぁ!?

「ホームセンターのバイトに求めること、多すぎ問題……」

 

 遅めの昼休憩が被ったレジバイトの中嶋さんは、長い茶髪の毛先を指でくるくる弄りながら、深いため息を吐いた。

 

「どしたんすか? また何かクレームとか言われました?」

 

「いや、クレームとはちと違うんやけどなぁ」

 

 中嶋さんは休憩室の自販機で買ったホットコーヒーを一口飲んで、

 

「あちち」

 

 と舌を出した。

 

「DIYコーナーのレジとかにおるとさ、工具とか部品のこと、めっちゃ聞かれるやん?」

 

「あー、聞かれますねぇ」

 

「アレがなぁ。ウチ、あんまり好きじゃないんよなぁ」

 

 また一つ、ため息。

 

「中嶋さん真面目っすから、知らないこと聞かれると気にしちゃうんすか?」

 

「真面目っていうか……なんなんやろね」

 

 中嶋さんは少し考えてから、眉をしかめた。

 

「『え? ホームセンターで働いてるのに、そんなことも知らないんですか?』みたいな顔されるのが、個人的にめっちゃ不愉快なんよ」

 

「あー」

 

 分かる。

 

 スッゴイ分かる。

 

「直で言ってくる汚客もいますけど、そういう感じで見てくるヤツも相当鬱陶しいっすよね」

 

「そうなんよ!」

 

「こちとらレジバイトだってのに、知るわけねーだろって」

 

 ホームセンターで働いている人間なら、店にある物すべてを知っていて当然。

 

 何故かそう思っている人は、たまにいる。

 

 けど残念ながら、ホームセンターのバイトにそんな万能人材はほぼいない。

 

「そもそもウチら、そんな教育受けてないっすもんね」

 

「そうそう!」

 

「レジの開け方、閉め方、クレカ、スマホ決済、使える金券、品出し、ロックの外し方、その辺でしょ?」

 

「あと売場の場所覚えるくらいやな」

 

「二千円札来たらレジの中にしまって、千円札二枚出すとか」

 

「そうそう、それな」

 

「水道パーツの規格とか、インパクトの違いとか、誰も教えてくれないっすからね」

 

「ほんまそれ!」

 

 中嶋さんがコーヒーを机に置く。

 

「こっちは応募に『レジ』って書いてあった仕事してるだけなんよ」

 

「なのに何故か職人レベルの知識を求められる」

 

「ほんまにそれ!」

 

 もちろん、長く働いていれば多少は知識もつく。

 

 何度も聞かれる商品は嫌でも覚えるし、工具好きなら元々詳しいこともある。

 

 担当のパートさんや社員と仲良くなって、横から話を聞いているうちに知識が増えることもある。

 

 けれどそれは、あくまで結果として増えた知識であって。

 

 別に研修でみっちり教わったわけではない。

 

「ちょっとしたことなら答えられるんすけどね」

 

「そうなんよ。問題は変化球よ」

 

「『このネジ、この木材に使えます?』くらいならまだしも」

 

「『屋外で十年持たせたいんですけど、何使えばいいですか?』とか急に専門家みたいなこと聞いてくるやろ?」

 

「それもう社員呼びますよ」

 

「呼ぶ呼ぶ」

 

「ていうか社員でも担当呼ぶ時ありますしね」

 

「あるある」

 

 結局、分からなければ担当者を呼ぶ。

 

 スポット放送を入れるか、インカムで呼ぶか。

 

 それが一番確実だ。

 

「だからDIYコーナーとか資材館のレジ、苦手なんよなぁ」

 

「分かりますわぁ」

 

「聞かれる率が高すぎる」

 

「ましてや偉そうに聞いてくるジジィとかババアだと、秒で社員に代わってほしいっすもん」

 

「めっちゃ分かるわー」

 

 中嶋さんが笑う。

 

「アレなんなんやろね? 偉そうに聞いて、いい接客してもらえると思ってんのかね」

 

「知らないっす」

 

「マジでアホとしか言いようないよねぇ」

 

「『この前あった商品ないんですけど?』とか本当に聞き飽きましたよ」

 

「あー、それも多い」

 

「普通に説明聞いてくれるお客さんなら全然いいんすけどね。頭ごなしに文句言ってくる汚客だけはマジで無理です」

 

「分かる」

 

 そもそもの話。

 

 売場になければ、基本ないと思ってほしい。

 

「『倉庫にないんですか?』も多くない?」

 

「多いっすねぇ」

 

「バックヤードを無限倉庫かなんかだと思ってんのかな」

 

「売れ筋なら予備あることもありますけど、ピンポイントのサイズの電材とか工具なんて、置き場になかったら大体ないっすよ」

 

「木材もそうやね」

 

「そうそう」

 

 もちろん、取り扱い商品なら再発注はできる。

 

 ただし、すぐ来るとは限らない。

 

「それで『いつ入ります?』って聞かれるやん」

 

「聞かれますね」

 

「ウチらが知るかって話なんよ」

 

「担当社員に聞かないと分かんないっすからね」

 

「しかも『明日には来ます?』とか言われるし」

 

「ここ密林でも楽しい市場でもないんすよ」

 

「それな」

 

 商品によっては他店舗から回してもらえることもあるし、グループの在庫拠点にあれば早いこともある。

 

 けれど大型資材や海外仕入れの商品なんかは、そんなすぐには来ない。

 

 だからこっちも、

 

「早くて一、二週間ですかね」

 

 くらいに余裕を持って答える。

 

「どっかの店は社用端末で入荷予定日まで見れるらしいですよ」

 

「あー、聞いたことある」

 

「うちにそんな近未来の道具が来るより、ドラもんが実現する方が先だと思ってますけど」

 

「そこまでなん?」

 

「そこまでっす」

 

 ほんとに。

 

 便利な話を聞くたびに、同じホームセンターの話なのか疑いたくなる。

 

「そもそも結束バンド一つ取っても、呼び方多すぎるんよなぁ」

 

「あー」

 

「タイラップとか」

 

「インシュロックとか」

 

「ケーブルタイとか」

 

「全部同じもんですもんね」

 

「そうなんよ。最初分からんかったもん」

 

「今川焼、大判焼き、回転焼き、ベイクドモチョチョみたいなもんだと思ったら諦めつきましたよ」

 

「最後だけ急にネットなんよ」

 

「人工衛星饅頭でもいいですけど」

 

「エチっち、それ地方ですらないよ。あのお店で買ったの丸わかりやん」

 

「そのエチって渾名、なんとかならないんすか?」

 

 越中。

 

 えっちゅう。

 

 だからエチっち。

 

 理屈は分かる。

 

 分かるけど嫌なものは嫌だ。

 

 なんかエッチィ感じするから。

 

「可愛いやん」

 

「可愛くないっす」

 

「エチっち」

 

「やめてください」

 

「エチっち」

 

「二回言うな」

 

 その時だった。

 

『業務連絡です。資材館応援可能な方は、資材館入口までお願いします。資材館応援可能な方は、資材館入口までお願いします』

 

 休憩室の天井スピーカーから放送が流れる。

 

 中嶋さんが時計を見た。

 

「あ、もう休憩終わりや」

 

「うわぁ」

 

 ほぼ同時に、外を見た中嶋さんが眉を上げる。

 

「雪降ってきたっぽいよ!?」

 

「マジっすか」

 

「多分外の商品にブルーシート掛けるやつやわ」

 

「うわぁ……」

 

「エチっちも行こ」

 

「せめてエチュっちにしてくれません?」

 

「そこは妥協するんや」

 

「エチっちよりはマシです」

 

 仕方なく席を立つ。

 

 ロッカーからカッパを引っ張り出して、資材館へ向かう。

 

 今日も今日とて店内放送は鳴り響く。

 

 ホームセンターのバイトに求められることは多い。

 

 レジ。

 

 品出し。

 

 接客。

 

 商品知識。

 

 そして時には雪の中でブルーシート。

 

 なんでも屋か、ここは。

 

 あぁ、早く蛍の光が流れてくれ。

 

 そう願いながら、私はカッパのフードを被った。

 

 今日もまだ、閉店までは長い。

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