「あーあ、サッカーってマジ面倒くさい。そんなにこだわりあるなら自分でやれよって、エチっちも思わない?」
「だからエチュっちにしてくださいって何回か言ってますよね? それ以外は同意しますけど」
資材館の商品にブルーシートを掛け終えたのが少し前。
昼過ぎの第三ピークもようやく落ち着き、さっきまで五台ほど開けていたレジも、今ではセルフレジすら空いているくらい暇になっていた。
店長から、
『とりあえずセルフレジに越中さん。一番レジに中嶋さん入ってくれる? 多分、夕方のピークまではそんなに来ないと思うし』
とインカムで指示され、私はセルフレジ。
中嶋さんはその隣の一番レジ。
そして客が来ないので、当然のように中嶋さんが絡みに来た。
「ほんまサッカー嫌いやわぁ」
「好きな人あんまり見たことないっすけどね」
一応説明しておこう。
ここでいうサッカーとは、青い監獄でエゴを磨いたり、翼を広げて必殺シュートを撃ったりする方ではない。
レジで商品を袋に詰める作業のことである。
語源とか細かいことは知らない。
とにかくうちの店ではそう呼ぶ。
ちなみに私はサッカー漫画自体は普通に好きである。
……いや、それはどうでもいい。
「あーあ。『袋詰めいらないです』って言ってくれるお客さんが一番助かるよねぇ」
中嶋さんの声で思考が戻る。
「分かります。袋買ったお客さんに毎回『こちらでお詰めしますか?』って聞くの、地味に面倒なんすよね」
「そうそう。しかも詰め方にこだわりある人おるやん?」
「それっすよ」
アレとコレは分けろ。
これは横にするな。
重い物を下にしろ。
柔らかい物を上にしろ。
洗剤と食品は分けろ。
日用品と生理用品も分けろ。
そこまではまだ分かる。
問題は、
『普通これとこれは分けるでしょ?』
とか、
『そんなの言わなくても分かるでしょ?』
とか言い出す人である。
「普通って便利な言葉っすよねぇ」
「ほんまにな」
「その人の普通を全人類の共通規格みたいに扱わないでほしいっす」
「めっちゃ分かる」
別に丁寧にお願いされる分にはいい。
こっちだって仕事だし、可能な範囲なら普通に対応する。
でもそれを威圧的に言われると、途端に顔面へジョルトを叩き込みたくなる。
もちろん叩き込まない。
客商売なので。
「この前、田部君が横のレジで言ってましたよ」
「何を?」
「『必要な物をお渡しするんで、ご自分でやってもらっていいっすか? こっちは貴方の言う普通が分からないので無理です』って」
「言いそう!」
中嶋さんが吹き出した。
「内心拍手しましたもん」
「でも田部君、それ本人に言っちゃうからなぁ」
「そうなんすよねぇ」
田部君。
普通に仕事はできる。
品出しも早い。
資材も詳しい。
工具も分かる。
合鍵も作れる。
接客も普段は悪くない。
面白いし、場を盛り上げるのも上手い。
ただし、一度スイッチが入るとトコトン行く。
その結果。
理不尽クレーム件数、堂々の店内トップを独走中である。
可哀想に。
いや、半分くらい自分で燃料足してる気もするけど。
「ていうかサッカーのせいでレジ詰まる時あるから、本当に勘弁してほしいよね」
「それが一番嫌っす」
「ねー」
サッカーが面倒だから嫌い。
それは否定しない。
でも一番嫌なのは、これのせいで列が伸びることだ。
家族連れなら子供が待てなくなってぐずる。
親もイライラする。
建設関係の人なんかは昼休みや仕事の合間に来ている人も多く、
『このネジ一個買うだけで何分待たせんねん!』
みたいな言葉も何度浴びたか分からない。
そして正直、その気持ちは分かる。
ネジ一個買うためにアトラクション並みの列へ並ばされたら、そりゃ腹も立つ。
「意見箱にも結構書かれてるんでしょ?」
「大量にあるらしいよ」
「なのになんで変わらないんすかね」
「さぁ?」
中嶋さんが肩をすくめる。
「上の人が変えたがらないんじゃない?」
「ありそうっすね」
私はセルフレジの画面を眺めながら頷いた。
「だからこの前、意見箱に書いときましたけど」
「へ?」
「『何故この方式を続けているのか』『混雑時の回転率についてどう考えているのか』『改善予定はあるのか』って」
「……え?」
「本社のホームページにも送りました」
「え?」
「ついでに公式SNSにも」
「エチっち?」
「エチュっちです」
その時。
「越中さん!?」
サービスカウンターの方から店長が飛んできた。
「それ初耳なんだけど!?」
「そりゃ初めて言いましたし」
「公式SNSにも書いたの!?」
「書きましたよ」
「何て!?」
「今言った内容です」
「本当に?」
「本当に」
私は店長を見る。
「別に個人を名指しで批判したわけでもないし、会社を誹謗中傷したわけでもないですよ。『何故そうなってるのか理由を教えてほしい』『改善する予定があるのか知りたい』って書いただけです」
「いや、それならまあ……」
店長が顎に手を当てる。
「だから一昨日、社内メールでサッカー台増設の話が来てたのか?」
「え?」
「え?」
「マジっすか?」
「うん。来月頭から、お客様用のサッカー台増やして試験的に運用するって」
「やったあ!」
中嶋さんが両手を上げた。
「サッカーしなくてよくなるんですか!?」
「いや、完全になくなるかは分からないよ? あくまで試験運用だから」
「でも前進じゃないっすか」
「そうだねぇ」
店長はまだ納得しきれない顔をしている。
「でもあの腰の重い上層部が、そんな簡単に動くかなぁ」
「あ、それなんですけど」
中嶋さんがスマホを取り出した。
「エチっちの投稿に対する公式の返事、ちょっとプチ炎上してるっぽいですよ」
「は?」
「マジで?」
「うん」
中嶋さんが画面を見ながら読み上げる。
「公式が『一人一人のお客様に丁寧な対応を心掛けています』って返したらしいんですけど」
「回答になってなくないっすか?」
「そう。それで返信に、『丁寧かどうかの話じゃない』『なぜこの方式なのか聞いてる』『混雑時はむしろ早く回してほしい』『少ない商品で袋詰め待つのがストレス』ってめっちゃ来てる」
「なるほど……」
店長が唸る。
「さすがにお客様側から大量に言われたら、無視できなくなったのか」
「多分そうじゃないっすか?」
私としては、別に会社を困らせたいわけじゃない。
サッカーが面倒なのも事実だけど。
それ以上に、レジの前に伸び続ける列を見る方が嫌なのだ。
こっちも焦る。
客もイライラする。
いいことが一つもない。
「まあ改善されるなら何でもいいっすけどね」
「ほんまそれ」
中嶋さんが嬉しそうに頷いた。
「ようやくサッカーという悪循環の監獄から解放される光が――」
『あー、店長』
インカムが鳴った。
田部君だ。
『今、資材館のレジなんすけどね』
「はいはい、どうした?」
『合鍵作成の依頼来てるんですけど、ディンプルキーなんすよ』
「あー」
『そうっす。その中でも、うちで取り扱いしてないやつです』
「じゃあ作れないね」
『そうなんすよ』
一拍。
『それを五分で作れっていうお客さんが――』
『さっさと作れって言っとるやろ!このクソガキがぁ!!』
インカム越しでもはっきり聞こえた。
私と中嶋さんと店長の動きが止まる。
『あ、聞こえてます?』
「聞こえてるよ田部君!」
『最短五分で作れるって書いてあるだろって言うんすけど、鍵の種類にもよるって説明しても聞いちゃいねーんすよ』
『お前がワシを騙したんだろうが!』
『いや俺まだ何も売ってないじゃないっすか』
『口答えするな!』
『説明してるだけなんすけどねぇ』
店長が額を押さえた。
「田部君、とりあえず一回落ち着こうか」
『俺は落ち着いてますよ?』
『どこがじゃこのクソガキ!』
『ほら、相手が落ち着いてないだけです』
「煽らないで!」
『で、この人、無料で五分で作れって言ってます』
『当たり前だろ! お前らが騙したんだからな!』
『笑っちゃいますよね?』
「笑わないで!」
『なんでクレーム本社に行くかもですけど、こっちで対応しとくんでよろしくでーす』
「待って待って待って!」
インカムが切れた。
三人で顔を見合わせる。
「「「田部君!?」」」
遠く。
資材館の方から。
「だから作れない物は作れないって言ってますよね?木から鉄は作れないのと一緒なんすよ」
「その態度はなんじゃあああ!」
普通に聞こえた。
「……行ってくる」
店長が死んだ目になった。
「頑張ってください」
「頑張ってください」
「二人とも他人事だなぁ!」
「だって店長案件っすもん」
「そうですよ」
「薄情者!」
店長はぶつぶつ言いながら資材館へ向かっていった。
私はその背中を見送る。
『係員は二番レジまでお願いします。係員は二番レジまでお願いします』
「あ」
客が来た。
「エチっち、二番お願い」
「エチュっちです」
仕方なくレジへ向かう。
今日のバイト上がりは、きっと面白い話が聞ける。
田部君のクレーム話にはハズレがない。
だから。
あぁ。
早く蛍の光、流れてくれないかなぁ。