旅系配信者、異世界へ行く。〜見知らぬ世界から配信中!〜 作:あま。
潮風が、頬を心地よく撫でていた。
太陽はまだ少し高く、昼と夕の狭間の光が海を銀色に揺らしている。
「よし……始めるか」
配信アプリを開いたままにしているスマホの画面を確認する。
待機人数は3人。数分前に告知したゲリラ配信にしては人が集まった方だ。
配信を始めれば設定していると通知が飛ぶ。開始すればもう少し増えるだろう。
画面のボタンをタップし、ライブ配信を開始。
数秒の待機画面が流れ、カメラが切り替わる。
「日本のどこかからこんにちは。日本一周するまで地元に帰れないまーちゃんねるです」
待機画面からライブ映像に切り替わり、画面に俺の顔が映る。
それを確認して、数ヶ月前から始めたお決まりの挨拶をする。
前職を辞め、休職期間に手を出したMeTube配信。
好きな旅行を絡めての企画をやろうと、日本一周の旅を始めてはや1ヶ月。
日本中を旅しながら配信する生活にも、もうすっかり慣れてきた。
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まだ配信を始めて間もない時間帯だが、少しずつ常連さんのコメントが流れ始めた。
まだまだ大手には及ばないけれど、企画中に収益化も果たしてちびちびと伸びている。
今はまだ前職での貯金を切り崩してしている趣味のようなもので、この日本一周だって大赤字だ。
再就職後にはもうこんな経験はできないし、何より画面の向こうに自分を見てくれている誰かがいる。
それだけでも挑戦する価値がある。
「本日は、伊勢県の海崖に来ています。どうでしょうこの綺麗な海」
スマホをくいっと掲げて海を映す。
水平線が真っ直ぐに伸び、その上に夕陽が乗っている。
海面が反射した光が、レンズ越しにきらきらと瞬く。
「またってなんだよ! 落ちたことないっての!」
笑いながら柵に肘を乗せる。
潮風が頬を撫で、少し肌寒い。
ぶるっと身震いして、もう一度カメラを海へ向けた。
「ちなみにこの辺りは伊勢海域と呼ばれていて強い流れと海風で大変危険な場所となっております。落ちたら死にます」
「いや〜夕日の映る海が綺麗でね。みんなにも見せてあげようと思って」
更にコメントが流れるのを見て、調子に乗ってしまう。
海の美しさを、もっとよく見せたい。
その一心で、ほんの少しだけ体を乗り出す。
バキィッ!
耳をつんざく音とともに、世界が反転した。
支えを失った身体が、空へと投げ出される。
「っ――!」
叫び声は、風に呑まれた。
視界が流れる。海が迫る。
何故か、ゆっくりと時間の伸びた世界で俺は宙を舞う。
思わず手からすっぽ抜けて行ったスマホに手を伸ばす。
今、なんてコメントが来ているんだろう。
今考えるべきではないことが頭をよぎる。
最後の最後で、大事なのは命より配信かと自嘲した。
遂に目の前へと来てしまった水面を見て思わず目を瞑る。
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──────
────────────
「…?」
いつまで経っても何の衝撃もない。
流石に走馬灯にしても長すぎると、恐る恐る目を開けてみる。
視界に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂る木々。
枝と葉が夜の帳を張り巡らせ、空をほとんど隠している。
しんとした静けさの中で、風がわずかに草を揺らす音だけが耳に届く。
どこか湿った土の匂いが、鼻先を掠めた。
「どこだ?ここ……」
言葉は誰に向けたわけでもなく、ただ喉からこぼれた。
さっきまで海を見渡せる絶景スポットにいたはずが、今は真逆の森のような場所で倒れている。
「神隠し?」
自分で言って、乾いた笑いが漏れた。
「いやいや、そんな非科学的な……」
否定しながらも、視線は落ち着かない。
薄暗い森の中、状況もわからずにひとりぼっち。
そんな時に俺が頼ったのはスマートフォンだった。
「そういや、スマホは……」
転落の瞬間、手から離れて飛んだ記憶が残っている。
あれが確かなら近くにあるはずだ。
ふらつきながら立ち上がり、周囲を見渡す。
しゃがんで地面を探して、落ち葉をかき分け、木の根元を覗き込む。
「……ちょっと待ってくれよ」
じわりと背中が冷える。
思わず踏み締めた靴底に伝わる土の感触がやけにリアルだった。
スマホは命綱だ。
連絡もできなければ、地図もライトも無い。
荷物だって今日泊まる予定の宿に置いてきてしまった。
「とにかく……歩こう。どこか休めるような場所に出るまで」
自分に言い聞かせるように呟き、ゆっくり足を動かし始めた。
森の中は湿り気のある土の感触が強く、踏みしめるたび、ぐっと小さな音がする。
鳥のような鳴き声が遠くで聞こえ、ビクッと肩を跳ねさせる。
行く宛てもなく足を動かす。
その間にも、頭の中でグルグルと思考が回る。
ここはどこなんだろう。
あの後普通に助かって、数年後かにこの森に入った所で記憶喪失になって海に落ちた後のことを忘れたとか?
そんな器用な記憶喪失なんかあるか?
あるいは外国ってことも有り得るのだろうか。
その場合不法入国になるのだろうか。ビザなんか取ったことないし。
神隠しだったら、別の世界って可能性もあったりして。
「……ステータス、オープン」
冗談のつもりだった。
もしこれが壮大なドッキリなどではなく、超常現象が現実に起きてるなら。
きっと、ゲームやラノベの定番みたいなことも起きるはずだ、と。
青白い光が視界の前に浮かび上がった。
ついに幻覚まで現れたかと一度目を瞑り、目頭を揉みほぐして目を開ける。
空中に、透明な板……いや、ゲーム的に言うと、ウィンドウが出ている。
夢?いやまさか。こんなにリアルなのに。
「……異世界」
喉が乾いた声で言葉を結ぶ。
ステータスさんが言うには、俺は異世界生まれらしい。
壮大すぎて何が何やら。まるで現実感がない。
つまり、何か?
俺は身も知らない世界の森の中にたった1人放り出されたのか?
荷物もスマホも失った、まさに着の身着のままの状態で。
……あ、財布はポケットにあった。
いや、異世界で日本の金が何の役に立つっていうんだ。
馬鹿な一人ツッコミでようやく現実感が出てきた。
「はー。森で遭難とか、これ余裕で死ねるぞ……」
しかも、ここは異世界。
人を主食にするようなモンスターがいてもおかしくない。