ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん 作:幼馴染にされたネクパイ
京都レース場が、ざわめきと、どよめきに包まれている。
たった今、一つのレースが終わった所なのに、歓声を上げることすら躊躇われる空気が漂っていた。
「どっちが勝ったんだ……?」
「絶対ジェンティルドンナだろ! あれだけ凄い走りだったんだ!」
「いいえヴィルシーナ様よっ! あんな粘りを見せられるのはあの方だけ!」
観客がそれぞれに語るのは、レースの主役となった二人の名前。
スタート直後からハナを進むヴィルシーナと、終始、好位置をキープしていたジェンティルドンナだ。
最終直線で、ジェンティルはヴィルシーナをかわしてハナに立ち、そのまま勝つかと思われた。
が、なんとそこからヴィルシーナが差し返し、それをまたジェンティルが差して、またまたヴィルシーナが……。
凄まじいデッドヒートにレース場は湧き立ち、実況ですら交互に名前を叫ぶだけ。
結局、二人はほぼ同時にゴールし、長い長い、写真判定が始まった。
「ヴィルシーナ……!」
結果が出るまでの間、両者のトレーナーは、それぞれの場所で発表を待っている。
ヴィルシーナのトレーナーはレース場の最前列で、後輩であり協力者である“彼女”と、担当の妹二人……シュヴァルグランとヴィブロスを伴って、祈るように手を合わせていた。
「…………」
「……っ」
一方、ジェンティルのトレーナーである“彼”は、ブエナビスタを伴い、指定席のガラス越しに様子を見守っている。
自分の秋華賞の緊張感を思い出しているのか、ブエナは固唾を飲んでジェンティル達を見つめていた。
どちらが勝ってもおかしくない。
どんな結果でも、素晴らしいレースだった事に変わりはない。
……けれど、これがレースである以上、勝者と敗者を決めなければ。
「激しい接戦を制し、ティアラ路線、最後の一冠を手にしたのは!」
しばらく経って、ようやく写真判定が終わった。
一転、水を打ったように静寂が広がり、呼ばれたのは──
「ジェンティルドンナだぁぁあああっ! 史上“4人目”の! トリプルティアラウマ娘の誕生です!」
貴婦人の名前だった。
歓声と怒号。
うねる音の波が、ヴィルシーナのトレーナーを打ちのめす。
「……あ……ぁ……っ……」
「と、トレーナーさんっ!?」
「大丈夫、ですか……っ」
膝から崩れ落ちるトレーナーを、ヴィブロスとシュヴァルが慌てて支える。
目から涙が零れ落ち、無力感と罪悪感で彩られた表情は、絶望と呼ばれる感情を表す。
届かなかった。
勝たせてあげられなかった。
一生に一度のクラシック級を、惜敗の記憶で埋めてしまった。
今すぐ、この場から逃げ出してしまいたい。
そんな“先輩”を、しかし“彼女”は叱咤する。
「“先輩”。立ってください」
「あ……う……っ……でも……でもぉ……っ」
「気持ちは痛いほど分かります。……だからこそ、立たなきゃダメです。あなただけは、そんな顔でヴィルシーナを迎えちゃいけない……!」
ブエナの最近の戦績は、はっきり言って悪い。
トリプルティアラという偉業を背負っているからこそ、その落差が胸に刺さる。辛辣な評では「前時代の女王」とまで言われる始末。
だからこそ、全力を尽くしてくれたウマ娘を、トレーナーは讃えなければ。
負けた悔しさを、半分だけでも受け止めてあげるには、自分が泣いていてはいけないのだ。
「……ごめん。顔洗ってくる」
メイクが崩れるのも構わず、袖で顔をゴシゴシと拭い、そのまま駆けていく。
話を聞いていたのだろう、周囲の観客はトレーナーのために道を開け、同時に顔を背けてくれる。きっと、見られたくないだろうから。
“先輩”の背中を見送り、知らず、強張っていた肩から力を抜いた“彼女”は、気持ちを切り替えるためにも、ヴィルシーナの妹二人に向き直る。
「さて……。私は、席を外すね」
「ええっ? お姉ちゃんに会って行かないの?」
「そ、そうですよ。この数ヶ月、一緒にトレーニングしてきたのに……」
「……私が居たら、あの子は素直になれないだろうから。あなた達が、しっかり受け止めてあげて。ね?」
ブエナのトレーニングと並行してではあったが、夏から秋にかけて、“彼女”はヴィルシーナのサブトレーナー的な立ち位置に居た。
ヴィルシーナと顔を合わせる機会も多くあり、打ち解けている自信もあったけれど、それでも、担当トレーナーや家族には及ばない。他人の前では、流せる涙も流せないだろう。
力強く頷き返してくれる二人に微笑み、“彼女”は最前列を後にした。
少し時を戻し、“彼”は席にもたれるようにして脱力していた。
奇しくも、ヴィルシーナのトレーナーと同じような体勢で、ブエナがそれを支えている。
「やったね、お兄さん!」
「ああ……。ほんと、ヴィルシーナには恐れ入るよ……」
息をするのも忘れるほどの、接戦だった。
逃げ先行型の脚質で、一度差されたにも関わらず差し返すなど、尋常ならざる走力と、根性。
普段の振る舞いが麗しいヴィルシーナだからこそ際立つ、なりふり構わない足掻きが、目に焼きついて離れない。
……ほんの少し。一瞬だけ、ジェンティルが負けるのではと、思ってしまうくらいに。
ブエナの助けを借りて立ち上がると、周囲の観客からは拍手が送られていた。
それは“彼”に対してでもあるが、多くはガラスの向こう、固く握手を交わす、ジェンティルとヴィルシーナに対してだろう。
どんな言葉かは分からないが、きっとジェンティルは、賞賛している。
これほどまでに人々を熱くさせるレースを、素晴らしい勝負をさせてくれた強者を、認めないはずがない。
本当に、歴史に残る一戦だった。
「じゃあ、地下バ道に行くよ。エナちゃんはどうする?」
「私は……遠慮しておきます。きっとお邪魔になっちゃうから。トレーナーさんと合流しますね」
「そっか。今日はありがとう。……また後で」
「はい。また」
気を遣わなくても……と思ったが、今回ばかりはブエナの言葉に甘え、一人、ジェンティルを出迎えに。
ウィナーズサークルで何かパフォーマンスをしたのか、レースとは逆に一番遅く、悠々と歩いてくる。
しかし、まだ気分が高揚しているようで、上機嫌さが足取りに現れていた。
「おめでとう、ジェンティル」
「ええ。どうも。まずは一つ、成しました」
「ああ。ようやく、最初の一歩だ」
“彼”からの祝福を軽く受け止め、誰かが聞いたら耳を疑うだろう一言で返すジェンティル。
一つ。
彼女にとっては、トリプルティアラという偉業すら、まだ一歩を踏み出したに過ぎないのだ。
それを“彼”も理解しており、調子を揃えて頷き返すが……。
「慶事ですのに、表情が優れませんわね。何か気掛かりでも?」
「……いいや、気掛かりなんて何も」
「嘘」
必死に虚勢を纏っても、やはり偽物は偽物。
ジェンティルには、その胸の内を見透かされていた。
「気掛かりなのは、ブエナさんでしょう? わたくしの向かう先に、彼女の悲願があるのだから」
無敗のままトリプルティアラを達成した先にある、次なる目標は……ジャパンカップ。
以前から、このローテーションについては話し合っていた。
その時点で、ブエナが出走を目指しているのも、分かっていた。
一体、どんな気持ちなのだろう。
昨年度のジャパンカップでの降着を払拭しようとするブエナに、立ち塞がるのだ。
ジェンティルは、その信条故に引く事はない。負けるつもりも毛頭ない。
……だが。
その先にある栄光の影で、どんな光景が広がるのかも、想像に難くない。
仮にジェンティルが勝ったとして、あの心優しい少女は、きっと笑うだろう。
自分の夢が破れても、皆の前では勝者を祝福し、影で涙を流す。
その時、ジェンティルの隣に居る“彼”は、寄り添えない。
歳の離れた兄として、涙を拭ってあげられない。
例え、実の妹が代わってくれると分かっていても、心中は如何許りか……。
「もし、“貴方”が──」
「ジェンティル」
言葉を続けようとするジェンティルへと、“彼”が一歩近づく。
身長差のせいで、自然と見上げる形に。
逆光で陰るその顔には、その声には……静かな怒りが乗せられていた。
「俺を侮るな。“ジェンティルドンナのトレーナー”が、情に絆されて、勝負から逃げるとでも思ったのか」
「────」
驚きと、喜び。
それから、らしくもない気遣いをしてしまった、自分を恥じる思い。
ジェンティルの胸中を、様々な感情が駆け巡る。
……ああ、全く。本当に。
この人が相手だと、手のひらで踊らされている気もしてくる。
それが不快ではないのだから、なおタチが悪い。
だが、こうして自分の立ち位置を、明確に言葉で示してくれたのは、担当ウマ娘として純粋に嬉しいこと。
自然と湧き上がる敬意を込めて、ジェンティルは一礼して謝意を表す。
「失礼しました。余計なお世話でしたわね」
「……いや。気を遣わせた自分が悪いんだ。こちらこそ、すまなかった」
お互いに頭を下げ合う、レースの勝者達。
誰かに見られたら奇妙に思われそうだけれど、幸いにも、今日の取材陣は行儀が良いらしく、地下バ道に人影はなかった。
この後に勝利者インタビューは必要だろうが、ジェンティルの家族の対する、ローテ発表のインパクトも欲しい。
対応は控えめが良さそうだ。
「今後に関する会見は、後日改めて……ですわね」
「そうだな。その方が良いと思う。……ああ、それと」
話も終わり、ウイニングライブの準備のため、二人で歩き出そうとした時、“彼”は思い出したように立ち止まる。
何事かと振り返ったジェンティルに向けられたのは、先程までの厳しい表情ではなく、柔らかい微笑みで。
「やっぱり君が最強だ。君には、誰も敵わない」
「……ふふっ! 存じておりますわ」
不意打ち気味の褒め言葉に、ジェンティルは笑った。
誰にも、何に対しても気兼ねなく、年相応の少女らしく。
花のように笑うのだった。
「次はジャパンカップを目標とします」
秋華賞から数日後。
これまでで一番に多く集まった記者たちは、その発表にどよめいた。
ティアラ路線を走りきったウマ娘の多くは、次走をエリザベス女王杯に定める事が多い。
が、そこをあえて見送り、ジャパンカップへ進むという選択を、ある者は感心し、またある者は疑った。
感心と疑いの理由は、これまでの積み重ね……歴史に理由がある。
ティアラ路線のウマ娘が、“クラシック級で”ジャパンカップに勝利した事は、未だに無いからだ。
つまり、これに勝てば歴史が変わる。
加えて、ジェンティルがこれに勝利すれば、更なる偉業にも王手が掛かる。
それ即ち、無敗の六冠バの誕生である。
阪神JF、ホープフルS、桜花賞、オークス、秋華賞。
ここにジャパンカップでの勝利が加われば、G1を6勝、連勝記録は7となる。
“あの”シンボリルドルフが達成した、国内G1を7勝という成績と並ぶだけでなく、超える可能性が出てくる。
シンボリルドルフは、クラシック級のジャパンカップでカツラギエースに敗北し、その後の成績を合わせての七冠なのだが、現状のジェンティルは無敗五冠。勝てば当然六冠七連勝となり、更にその先は……?
完全無欠の女王の誕生を、この瞬間、誰もが夢想し始めたのだ。
「一つ、よろしいでしょうか?」
そんな中、一人の記者が手を挙げた。
「どうぞ」と“彼”が発言を促すと、その記者は咳払いをしてから質問を始める。
「ジャパンカップには、ブエナビスタさんも出走表明していますが、それについて一言」
「…………」
時間が止まった。
そんな錯覚を覚えるほど、会見場は静まり返っていた。
動いているのは、得意げに語り続ける記者だけ。
「ブエナビスタさんのトレーナーは、“貴方”の妹なんですよね?
そして“貴方”自身、ブエナビスタさんと親しい……家族ぐるみのお付き合いをされている。
更には、ジェンティルさんとブエナさんもルームメイトという間柄。
だというのに、昨年の雪辱を果たそうとする“彼女”達を阻もうとしているなんて……どういうお気持ちなのかと思いまして」
その言葉は、あからさまだった。
誰しもが愛してやまない、可愛らしいアイドル的ウマ娘。
彼女が犯した過ちを……名誉挽回する機会を奪い、踏み躙るつもりか。人の心を失くしたか。
そう言いたいのだろう。
誰も、何も言葉を発しない。
思わず反論しそうになるジェンティルだが、記者の目線は、どちらかというと“彼”に向いており、下手に庇い立てすれば、そこから何を言われるか。
逡巡し、それでも黙っているべきではないと思ったジェンティルが口を開こうとした瞬間、“彼”が先んじて動く。
「仰りたいことは理解しました。……そして、貴方がレースというものを誤解している事も」
「……と、言うと?」
「確かに、自分は幼い頃からブエナビスタさんを知っています。
どんな思いで走って来たか。何を成し遂げたかったのかを知っています。
昨年の出来事を、あの子達がどれだけ重く受け止めているかも。
……ずっと見ていたんだから」
毅然とした態度は、最後の一言の部分で、少しだけ崩れる。
その一瞬の崩れが、“彼”とブエナ達の繋がりを強く示し、けれど、すぐさま消し去ってしまう事で、決別をも表明する。
「ですが、それは彼女だけではありません。
ジャパンカップに出走するウマ娘、その全てが等しく、それぞれの思いを抱え、何かを成し遂げようとしている。
彼女だけを特別扱いするのは、出走するウマ娘達、全員への侮辱に他ならない」
語り口は徐々に熱を帯び、まるで宣誓でもしているような、ひたむきな思いが露わになっていく。
「その上で、たった一人が勝者となるからこそ、栄光は輝く。その輝きに、人々は魅せられる。その走りに、心を動かされる。
自分にとって、ジャパンカップでのブエナビスタさんは、妹が世話をするウマ娘でも、歳の離れた幼馴染でもなく、栄光を掴むに足る、一人の強者です。
絶対に、油断はしません」
“彼”がそう言葉を結ぶと、会見場はまた静寂に包まれる。
発言の代わりに視線が集中するのは、質問を発した記者。
どんな返しをするかと思われたが……。
意外な事に、その記者は満足気な表情で頷いていた。
「失礼しました。トレーナーさんのお気持ち、確かにお聞きしました。ジェンティルさんも同じお気持ちで?」
「……語るべきは、全てトレーナーが語りました。これ以上は野暮というものですわ」
我が意を得たり、といった顔付きが、“彼”から先の発言を引き出したかったのだ、という事を言外に語っている。
自らを悪役に仕立て上げるその意図は…………ひょっとすると、ジェンティル陣営への分かりづらい応援、かも知れない。
秋華賞後のパフォーマンスや、この会見でも、ジェンティルは他の出走者を煽った。
もはや癖でもあるその行為は……自分以外の全てを挑戦者と扱う態度は、ともすればヒールとして見られる。いや、実際の所、悪役も似合うのだろうが。
そんな中、会見の場で“彼”がああいった発言をすれば、少なくとも、単なる意地の悪い悪役として扱われる事はないと思われる。
無論、“彼”が語ったのは理想論だ。
誰の耳にも聞こえの良い綺麗事であり、しかし、だからこそ耳を傾けてしまう。
現に会場の記者達は、記事の見出しをどうするか、他の出走者にもコメントを……と、にわかに活気付いていた。
「やっぱり、出てくるよね……」
場所を変え、テレビ画面越しに会見を見ていた“彼女”は、トレーナー室で難しい顔をしていた。
ソファで隣に座っていたブエナも、どこか居心地の悪そうな、落ち着かない様子で……。
「トレーナーさん、知ってたの?」
「ううん。でも、なんとなく分かってた。きっと兄さんは、私達の前に立ち塞がるって」
正直なところ、当たらないで欲しい予感だった。
ただで負けるつもりはないけれど、ジャパンカップには他にも有力なウマ娘が出走する。
中でも特筆すべきは、かの凱旋門賞で二着に入賞した、オルフェーヴル。
ジェンティル一人でも厄介なのに、そこにオルフェーヴルまで加わるとあって、中には御通夜気分になっている陣営もあるだろう。
ヴィルシーナに協力したのは、対ジェンティルドンナのトレーニングを模索するため、という側面があった。
決して善意だけではなく、打算込みでの協力ではあったが、なおのこと手は抜けなかった。
ブエナでは耐えられなかったかも知れない負荷を、ヴィルシーナは精神力だけで乗り切り、想定以上の成長をした上で……紙一重で、負けた。
そんな相手に、挑まなければならない。
汚名返上が掛かった、ジャパンカップで。
どうにも、胃が重かった。
「仕方のない事、なんだよね。お兄さんが言っていたみたいに、誰もが栄光を掴むために、走っているんだから」
ブエナとしても、ジェンティルの出走表明に対しては、奇妙な心持ちだった。
以前から並走を繰り返し、ジェンティルがどれほど素晴らしいウマ娘か、よく知っている。見習いたいと思った部分も数え切れない。
だが、どうしてだろう。
以心伝心という様子で、受け答えを続ける“彼”とジェンティルを見ていると、胸がざわついて仕方ない。
少し前まで、こんな事はなかったのに。
……私、どうしちゃったんだろう。
「……うん。本当に、レースの世界は厳しいね。だから……」
そんなブエナの心境を知ってか知らずか、“彼女”はテレビの向こうに居る、自分の知らない兄の姿を、見つめている。
打ち倒すべき相手を見据え、勝ち筋を探っていた。
「だから、勝ちたいんだ」
来たるジャパンカップにて。
史上初の、トリプルティアラトレーナー同士による兄妹対決が、始まる。
いつまでも あると思うな オマケネタ
いやですね、更新遅れてたし、今回ばかりはご勘弁を。
その分、ona禁したみたいにtnirさせて溜めて溜めてバーストしますから、乞うご期待。
遅れた理由? エンフィーやってました。……たまには息抜きしたかったんです。許してください、なんでもしますから。
ともあれ、管理人ちゃんが個人的に一番可愛いのが良き。
宗教上の理由(美少女動物園万歳教イケメン◯ね◯ね主義)で、ガチャからイケメン様が出るゲームには絶対課金できないし、前作も全く知らぬので、無課金でしゃぶり尽くす所存です。
石が貯まった頃にロッシちゃん実装よろ。
次回、強者共が夢の跡。