ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん 作:幼馴染にされたネクパイ
ハッピーホワイトデー!
作者からの一カ月遅れのバレンタインプレゼントを喰らいやがれ!
ちなみに今年もゼロだったぜ! もう何も感じないぜ!
むしろ15日から微妙に値下げされるチョコの方が楽しみだったぜ! もう何も感じないぜ!(大事なことなので以下略)
ヴィルシーナは悩んでいた。
この想いをどう伝えるべきか、ここ数日、真剣に悩み続けていた。
(あれだけお世話になった方だもの。約束もあるし、贈り物をする事は自然な流れ。……だけど……)
寮の自室の壁に掛けられた、カレンダーを確かめる。
あと一週間もしないうちに、2月14日……バレンタインデーがやってくる。
去年のバレンタインから、“彼”にチョコを渡すことは決まっていた。が、それはあくまで兄姉同盟の同志として。
昨年末の出来事を鑑みれば、それ以上の感謝の気持ちを伝える、良い機会であると思えた。
しかし、そうなると別の問題も出てくるのだ。
「今日もお悩みですか? ヴィルシーナさん」
「え? ああ、タルマエさん。申し訳ありません、煩わしいですよね……」
「いえいえ、そんな事は! ただ、ヴィルシーナさんがそんなに悩むなんて、珍しいなぁと思いまして」
声をかけてくれたのは、ルームメイトであるホッコータルマエ。
ダートを主戦場としながら、苫小牧のロコドルとしても活躍するウマ娘だ。
ヴィルシーナはここ数日、寝る前に必ずカレンダーを見ながら唸っているのだから、気になるのも当然だろう。
「……あの、タルマエさん。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです! むしろ、その言葉を待ってました!」
一人で考えていても埒が開かない。
思い切ってタルマエに相談を持ちかけるヴィルシーナだったが、意外にも良い反応が。
なんでも、「いつもヴィルシーナさんの凛々しい姿に、背筋を正してもらってますから! 力になりたいです!」とのこと。
こうまで言われては、ヴィルシーナとしても厚意に甘える他にない。
ちょっとだけ恥ずかしいので、“彼”のことは伏せつつ、タルマエに事情を説明する。
「なるほどぉ……。つまり、感謝の贈り物をしたいけど、既製品を贈るか、手作りの品を贈るかで悩んでいる……という訳ですか」
「そうなんです……」
感謝の気持ちを伝えるのに相応しい贈り物は、真心を込めた手作りか、熟練の職人による逸品か。
これがヴィルシーナの悩みだった。
腕に覚えはあるし、妹達にせがまれて料理やお菓子を作る事もある。ただチョコを作るだけなら簡単だ。
が、“彼”の好みを熟知しているかと言われたらNOであり、変にこだわって嫌いな物を贈ってしまったら……。
なら、高級店から取り寄せた、間違いなく美味しいスタンダードな品でお茶を濁す方が良いのでは? とも考えてしまう。
要するに、地雷を踏むのが怖いのである。
「失礼かも知れませんが……。ヴィルシーナさん、もう答え、出ちゃってませんか?」
「え? ど、どういう事でしょうか」
話を聞き終えたタルマエは、実に不思議そうな顔で言う。
割と本気で悩んでいるのに、もう答えが出ているとは……?
「ヴィルシーナさんがここまで悩むって事は、その人に喜んで欲しい、嫌な思いをさせたくない、と思っている証拠だと思うんです。
だから、安定の既製品を用意するか、想いを込めた手作りかで悩んでる……。
でも、ヴィルシーナさんがそんなに大切に思っている人なら、手作りの品を喜ばないはずないです! 絶対に!」
「え、あ、その、私、別に……そこまでは……」
ふんす、と鼻息荒く熱弁するタルマエ。
それとは対照的に、恥ずかしそうにヴィルシーナは俯く。
大切に思っている。
確かに、その言い方にも当てはまるだろうし、過言でもない、けれども。
こうもハッキリと断言されてしまうと、妙に気恥ずかしかった。
(喜んでくれる、かしら……。手作りチョコ……)
“彼”もまた、自分の妹へ手作りチョコを贈っている。
ならば、手作りに拒否感を持つ可能性は低い。
問題となるのは、どんなチョコを、どんな風に渡すか。
ヴィルシーナは夢想する。
自分が、堂々と手作りチョコを手渡し、“彼”が笑顔で受け取ってくれるという、温かい光景を。
ほんの少しだけ勇気を出せば、その光景は叶う。
ほんの少し、勇気を出せば……。
ジェンティルドンナは悩んでいた。
この想いの正体を掴むべく、ここ数日、真剣に悩み続けていた。
「…………」
家の事業の関係で、また寮を離れて過ごす夜。
ホテルの一室で思い返すのは、つい先日、“彼”に対して贈られた、大量のバレンタインのプレゼントだ。
ジェンティルとの婚約を希望する者達が、ジェンティル本人に贈ったのでは突き返されるからと、“彼”へ送りつけたのである。
結局、それらは送り返され、ジェンティルのSNSアカウント上で「俺の担当に粉かけてんじゃねぇぞオラ」(意訳)と発言して終わった。
しかし、そんな些末な事はどうでも良かった。
今のジェンティルにとって一番に気掛かりなのは、自分と“彼”の関係性だった。
「今年も、チョコを贈ってくれるのでしょうね、“貴方”は」
初めて“彼”のチョコを食べたのは二年前。ブエナからお裾分けされた物だった。
去年はドナウブルーと相談したという高級チョコ。ジェンティルの舌も満足させられる味ではあったけれど、奇妙な物足りなさを覚えた。
なお、ジェンティルからは特に贈ってはいない。ホワイトデーに、昨年のネクタイピンに合うネクタイをプレゼントした程度だ。
今年は……どうなるだろう。
きっと“彼”は用意してくれる。どんな物であれ、ジェンティルが喜ぶように、心を砕いた品を贈ってくれる。
例え、ジェンティルが何も用意しなくとも。
(でも、今年は。これまでと同じでは、駄目な気がしてならない)
窓の外。夜闇に煌めく街の明かりを見下ろす胸中は、焦燥感にも似た想いで満たされていた。
奉仕される立場に甘んじていたら、何か、大切なものを取りこぼしてしまいそうで。
(バレンタイン。男女が想いを伝え合う日。こんなにも強く意識してしまう理由は……)
脳内に浮かぶ、“彼”の姿。
ジェンティルへと微笑みかけてくれる立ち姿には、まるで寄り添うように並び立つ、女性の影があった。
長い青鹿毛の女性と、栗毛の女性。
そこにジェンティルの姿は無くて。それがどうにも、認め難い。
この感情は、一体?
子供じみた独占欲。
嫉妬心。
……それとも。
「確かめないと、いけませんわね」
決意に満ちた眼差しで、ジェンティルは満月を見上げる。
その手で弄んでいた鉄球は、いつの間にか小さく圧縮されていた。
ブエナビスタは悩んでいた。
この想いは、どうやったら気付いてもらえるのか。ここ数日、真剣に悩み続けていた。
「一昨年は黒い森のチョコ。去年は初心に戻ってトリュフチョコ。今年は……どうしよう?」
授業を終えて、カフェテリアで昼食も摂り、食後のハーブティーを嗜みながら考えるのは、バレンタインのチョコをどうするか。
毎年、“お兄さん”と“お姉ちゃん”に贈っているチョコレート。
子供の頃から続けている習慣でもあり、それ故にネタ切れが近い。
あまり奇を衒ったものを選んでも作れるか分からないし、定番は去年に使ったばかり。チョコレートではなくチョコ味のお菓子というのも、マカロンやらブラウニーなどは使用済み。
もう一つ、確実に印象に残る“何か”が欲しかった。
と、悩み続けるブエナに、ゆったりと歩み寄る人影が。
「どうしたんだい、ブエナちゃん?」
「あ、アキュートさん。こんにちは」
「はい、こんにちは。きちんと挨拶できて、偉いねぇ」
「ふふふ。ありがとうございます」
のんびり、まるでお婆ちゃんのような話し方をするウマ娘は、ワンダーアキュート。ダートで長らく活動を続けている、ベテラン勢である。
どっこいしょ、とアキュートはブエナの隣に腰掛け、その悩み事の内容を尋ねる。
「それで? 一体、何を悩んでいたんだい。あたしで良ければ、聞かせておくれよ」
「アキュートさん……。実は……かくかくしかじか……」
「ふむふむ。なるほどぉ。お兄さんへのチョコをどうしようか、迷っていたんだねぇ」
「そうなんです……。どうしても、印象に残りたくて」
バレンタインにチョコを贈る。
今までと同じ、何度も繰り返してきた事だが、今までとは明確に違う部分もあった。
ブエナの心……。想いの在り方である。
共に苦難の道を歩んだ“お姉ちゃん”への、感謝と親愛の情はこれまで以上に。
そして、ブエナがその背中を見守ると決めた、“彼”……“お兄さん”への想いは、甘く切ない痛みを伴って変化した。
想いの強さや形が変わったのなら、プレゼントしたいチョコも変えたくなるのは必然で。
どうすれば喜んでもらえるのか、過去のバレンタインチョコを超えられるのかが、悩みの種だった。
「あたしは、ばれんたいんの事は詳しくないけれど、詳しそうな人は知ってるよぉ。今、呼んであげるからねぇ。ええとぉ……」
「それには及ばないよん、アキュートさん」
「あ、トランさん!」
「おやまぁ。噂をすれば、ってやつかねぇ」
「ですです。ブエナちゃんもヤッホ」
そんなブエナの助けとなるべく、アキュートが絶滅危惧種のガラケーを取り出したところ、またしてもウマ娘がやってきた。
アキュートと同じくダートを走る、ガジェット大好き、好感度お知らせサポートキャラ属性持ち(自称)の、トランセンドである。
どうやら出てくるタイミングを探っていたらしく、彼女はそのまま話に入ってきた。
「印象に残る……って作戦、良いかも知んないね。今年のバレンタイン、お兄さんはチョコ大量ゲットだろうし」
「えっ。な、なんで、ですか? 去年までは、えっと、あの」
「まぁまぁまぁ、落ち着いて」
お兄さんが、チョコ大量ゲット……?
唐突に悪い情報を流し込まれ、途端に慌て始めるブエナ。
トランセンド……トランはあくまで冷静に、伊達メガネをキラリと光らせながら解説する。
「去年の時点でも相当なもんだったと思うけどさ、今年は違うよね、流石に。
年越し三連勝からのトリプルティアラ。年間無敗で七冠が期待されてるウマ娘のトレーナーだもん。
ツバつけとこうって子とか同僚さんは多いだろうし……。ひょっとしたら、ガチ恋勢も居るかもよ?」
「が、ガチ恋勢……」
「はて……? がちこいぜい? 鯉のお仲間かねぇ」
ブエナの顔色がどんどん青ざめていき、アキュートのとぼけた発言も効果を発揮しない。
よく考えたら、いやよく考えずとも、今の“彼”は超優良物件だ。
年嵩なのは少し問題かも知れないが、独り身だし、新人ながら敏腕トレーナーとして名を馳せ、かつ私生活に悪い癖もない。
なんだかんだ、ウマ娘とくっつく事の多い男性トレーナーと違い、色んな意味で飢えている女性トレーナーにとっては、垂涎の的……なのやも。
「安心しなって。だからこそ、ブエナちゃんが言ったように、印象に残るってのが大事なんだよ。
たっくさん貰ったうちの一個に埋もれるんじゃなくて、たくさん貰ったけど忘れられない一個になれば、他とは明確に差をつけられるじゃんね」
「な、なるほど……! さすがトランさん、凄いです!」
「勉強になるねぇ」
「それほどでもでもー。という訳で、具体的な作戦、立てますか」
ニヤリ。トランは不敵に微笑み、スマホの画面をタップする。
色めき立つブエナが、良いバレンタインを過ごせるよう、完璧な計画を立てねば。
そうして、カフェテリアの一角は、少女たちのかしましい声で満ちるのだった。
“彼”は悩んでいた。
この想いにどう応えれば良いのか。バレンタイン当日になって悩むはめになるとは、思ってもみなかった。
「兄さん、おはよう」
「あ、ああ。おはよう。今日も一日、よろしく頼むな」
「うん、頑張ろうね…………って、これは、まさか?」
お昼時のトレーナー室に、“彼女”……ブエナのトレーナーである妹がやってくる。
怪我をした際の一時的なチームアップだったが、兄妹ならではの、息の合ったトレーニング業務は順調そのもので、連携は続いていた。いずれは正式なチームになっても……と考えている。
それはさて置き、“彼女”は兄の机の上に並べられた、色とりどりの包みの数々に驚く。
今日は2月14日、バレンタインデー。
という事は……。
「実は、朝から待ち伏せされたり呼び出されたりで、貰った。ちょっと……いや大分ビックリしてる」
腕組みをする“彼”は、困ったようでいて、同時に嬉しそうな、複雑な表情を浮かべていた。
パッと見でも片手で足りない数が置かれている。“彼”が……兄がこんなにバレンタインチョコを貰うだなんて、知る限りでは初めてだ。
「ね、ねぇ兄さん? これって全部、義理……だよね?」
「…………」
「……兄さん?」
「な、何人か、本命っぽい事を言ってた、方々が……」
なんてこったい。
“彼女”は頭を抱えた。
常々、世の女性は見る目がない、と思ってはいたが、こうして実際に兄がモテている光景を見せられると、なんか、なんかこう……。
「なんで急にこんな……。嬉しいは嬉しいけど、なんかこう、腑に落ちない……」
「腑に落ちないって、貰った方が言っちゃ駄目でしょ。……そうだよ。それだけ注目されて、当然なんだから」
なんかムカつく。
実績挙げた途端に擦り寄って来やがって(ピー)が。
お前らみたいなニワカにお兄ちゃんの良さが分かってたまるかこの(ピーーーーーー)!!
……と、脳内で思いつく限りの悪態を吐いた後、“彼女”は素知らぬ顔で兄に忠告する。
「一応言っておくけど、個別にお返ししようとか考えたらダメだからね?」
「……やっぱり、そうだよな。変に気を持たせる方が残酷だよな……」
流石の“彼”もそこは分かっているらしく、難しい顔で頷く。
非モテ期間が長かったからこそ、一歩踏み込んだ関係になるのには警戒心もあるのだろう。
が、話が一段落したと思ったら、今度は急にソワソワとしだし……。
「あー、ところで、さ」
「……ふふ。分かってます。はい兄さん、これ」
「お、おお! ありがとう!」
何を求めているかなんて、“彼女”には手に取るように分かった。
鞄から用意しておいた包み……バレンタインチョコを取り出し、手渡す。
すると一転、喜色満面に大喜びして、“彼女”も釣られて笑ってしまう。
「毎年貰ってるのに、そんなに嬉しい?」
「当たり前だろう。毎年のバレンタインで、一番に嬉しい瞬間だ。いつまで経っても、これだけは変わらない」
「…………そういう所だよ兄さん」
「え?」
急に照れ臭くなり、“彼”の脇腹を肘でつっつく。
親しくない相手にはちょっと硬い態度なのに、身内には歯が浮くような台詞でも言ってのける。
嬉しい事だけれども、できれば他の女性に対してはしないで欲しいものである。堕ちたら困る。
なおブエナだったらOK。むしろガンガン言って欲しい。
「ちなみに、今年はブエナとは別々に作ったから、あの子のは後で貰ってあげてね」
「そうなのか。分かった。じゃあ、俺からも。ハッピーバレンタイン」
「うん。ありがとう」
お返しとばかりに渡されたのは、いつものほろ苦いホワイトチョコの包み。
包装紙は違うが、サイズはいつも一緒で、同じ味。
“彼女”がリクエストした通りに、ずっとプレゼントし続けてくれる、特別なチョコだ。
「さっき言われたのと同じだけど……。毎年同じチョコで、飽きないか?」
「そんな事あり得ないよ。私はこのチョコが良いの。バレンタインにだけ食べられる、兄さんの手作りチョコが」
さっそく包みを開けて、目の前で一粒。
鼻腔に広がるカカオの香りと、舌で蕩けるまろやかな甘みに、それを引き立てる苦み。
味変として違うチョコを添えてくれた時もあったが、一番好きな味は、いつまで経っても、変わらない。
「うん。この味、やっぱり大好きだな」
「……そうか」
満面の笑みでそう言うと、“彼”も安心してくれたのか、小さく微笑んで。
いつも通りの、家族愛を確かめ合う時間は、和やかに進んだ。
……と、そんな時、不意にドアをノックする音が。
「失礼します。……あら。お二方とも、お揃いで」
「ああ、ジェンティルか。ちょうど良かった」
やって来たのは、“彼”の担当であるジェンティルドンナだった。
時間的に昼食を取るタイミングだが、それを置いてわざわざ来るなんて、ジェンティルにしては珍しい。
……まさか。
と思った途端、意外にも“彼”の方が早く動いた。
バッグから取り出したのは、“彼女”に渡した物と同じサイズながら、より豪奢な包装紙で包まれた箱。
「前にも食べた事あるだろうし、正直、これで良いのか悩んだけど……。今の俺が一番、自信を持てるチョコだ。受け取ってくれ」
「…………」
差し出されたそれを、ジェンティルはしばらく無言で見つめた。
ゆっくりと、壊れやすい物でも扱うように、優しく両手で受け取ると、これまたジェンティルにしては珍しい、柔らかな微笑みを浮かべる。
“彼女”ですら「ジェンティルってこんなに可愛かったっけ?」と思ってしまうような、微笑みを。
「心遣い、感謝しますわ。例のホワイトチョコ、かしら?」
「ああ。でも、今年は一個だけ当たりを入れてあるんだ。探してみてくれ」
「あら。楽しみですわね。わたくしからも、こちらを」
やはりと言うべきか、これが本題だったのだろう。
ジェンティルも鞄から包みを……なんとハート型の包みを取り出して、“彼”に差し出す。
ハート! ハートって!
ハートってジェンティルさん!?
いやマジっすか!?
「ありがとう! 開けても良いかな?」
「ええ。どうぞ」
気が動転して脳内ボイスがキャラ変している“彼女”を置き去りに、嬉し恥ずかしバレンタインイベントは進む。
丁寧に包みを開け、中から現れたのは、クッキー生地でチョコを挟んだ小さなお菓子。小さなマカロンと言っても良い形をしていた。
「おお……。これは……どういう名前のチョコなんだろう? 知ってるか?」
「兄さん……。私が知ってるはずないじゃない……」
「おほほ。馴染みがなくても仕方ありませんわ。イタリアの菓子で、バーチ・ディ・ダーマ……貴婦人の口付けという物です」
「へぇ、なるほど。だからか。ジェンティルならではのチョイスだな」
「口付け……」
口付けぇ!?
貴婦人の口付けってそれもうジェンティルからのキッスじゃん!!
明らかに本命じゃんか嘘でしょお!?
出遅れていると思っていた相手が、尋常じゃない加速で追いついて来てしまい、“彼女”の頭はもう沸騰寸前である。
もしや、本気で“彼”を獲りに来た? もしジェンティルが本気になったのなら、ブエナが危うい。
早急に対処しなければ……!
「うん、美味い! こういう食感が楽しいチョコ、好きだなぁ」
「気に入ったようで何よりですわ。ああ、貴女には後ほど、別の物をお渡しします。今は手元にありませんので」
「ふ、ふーん。そっかー。た、楽しみだなー」
幸いというかなんというか、当の本人は重く受け止めておらず、単にそういう名前のチョコとして食べている。
ジェンティルの表情は……。一見すると嬉しそうだが、“彼女”には分かる。あれは「喜んでくれて嬉しいけれど、もうちょっとドギマギしてくれても良いのでは?」という顔だ。間違いない。
っていうか、わざわざ別に用意して渡すって時点でやっぱ本命だよ。これで本命じゃなかったらむしろ変だよ。
ヤバいヤバいヤバい、ブエナは巻き返せるのこれ……!? 素直になれなんて煽らなければ……っ。
「あ、LANEだ。ちょっとごめん」
混迷を極めるトレーナー室に、着信音が響いた。
“彼”の私用の携帯だったようで、断りを入れてから二人と距離を取る。
アプリを起動してみると、そのメッセージの送り主はヴィルシーナだった。
『お仕事お疲れ様です。お渡ししたい物があるのですが、時間を頂けませんか?』
礼儀正しく、簡潔なメッセージだったが、今日という日を考えれば、渡したい物がなんなのかはピンと来た。
以前にした約束もある事だし、善は急げ。了解の返事と共に待ち合わせ場所を決めて、急いで出向くことに。
「すまない、ちょっと出てくる。少し時間が掛かると思うから、二人でトレーニングのミーティングを進めておいてくれるか。お昼食べてからでも良いし」
「構いませんが……」
「本当に悪い、出来るだけ早く戻るから」
ジェンティルのチョコを大事そうに仕舞ってから、“彼”は足早にトレーナー室を出て行った。
残された二人は顔を見合わせ……沈黙。
怪しい。
このタイミングでの外出。怪しすぎる。
「…………」
「…………」
「一時休戦、しようか」
「ですわね」
共通の敵の出現を感じ取り、手を組む二人。
昨日の敵は今日の友かも知れないが、敵の敵はやっぱり敵なのである。
ともあれ、“彼”の後を追うために部屋を出て、二人はその背中を尾行し始めた。周囲の不審者を見るような視線は気にしない。
性格からして、真っ直ぐ目的地に行くかと思われたが、まず向かった先は“彼”の学園内での住まい、トレーナー寮だった。
(なぜトレーナー寮に……?)
(あ、何か持って出て来た)
物陰から様子を伺っていると、何やら紙袋を持って出てきた“彼”が、今度こそ目的地に向かうようだった。
ジェンティルの気配にビビって、声をかけられず萎縮する警備員の視線を背中に受けつつ、辿り着いたのは中庭。
まだ多くの生徒は食事中なので、人影は全く無い。きっとそれを見越しての待ち合わせ? なのだろう。
そして、そんな計算高いことをしてのける
「すまない、待たせたかな」
「っ! い、いえ。大丈夫です」
“彼”の姿を見るや否や、パァッと表情を輝かせ、微笑む少女……ヴィルシーナ。
誰がどう見ても、恋する乙女といった立ち居振る舞いであり、ヤバい雰囲気(ジェンティル&ブラコン妹比)がムンムンだった。
言いがかりに近い偏見を受けているとも知らず、ヴィルシーナは“彼”に対し、深々と頭を下げる。
「先だっては、お恥ずかしい姿を見せたにも関わらず、言葉を尽くして頂いて……。本当にありがとうございました」
「もう何度もお礼してくれたし、気にしなくても良いのに……」
「そういう訳には参りません。そのくらい、私にとっては大きな事でしたから。……で、ですので……」
赤く染まった頬を隠すように俯き、深呼吸。
意を決して取り出したのは、青い包装紙で包まれた、バレンタインチョコ。
「感謝の気持ちを、込めて作りました。は、ハッピーバレンタイン、です……」
ヴィルシーナの心臓は、異様なほど早く脈打っていた。まるで、レースの最終直線を駆けている時のよう。
それが伝わっているのか、包みを持つ手はかすかに震えて。
“彼”が気づかないはずもないのだが、しかし敢えて指摘もせず、チョコを受け取る。
「わざわざ手作りしてくれたのか。ありがとう、最高の同志チョコだよ」
「え? ……え、ええ! 大事な同志のためでもありましたから、張り切ってみました!」
(……同志?)
(なんの同志?)
どうやら、ヴィルシーナの中から同志チョコという建前は完全に消え去っていたらしい。
言われてようやく思い出したのか、慌てて話を合わせていた。
一方、覗き見をしている二人にはなんのこっちゃ分からないので、ただ首を捻るばかりである。
久しぶりの妹スキー定期。
「じゃあ今度は俺からも。ハッピーバレンタイン!」
「あ……。ありがとうございます……!」
ヴィルシーナのチョコを受け取った“彼”が取り出したのも、やはりバレンタインチョコなのだが、“彼女”やジェンティルに贈った物とは包装紙が違い、白地に青いストライプのリボンで飾られている。
それが自分をイメージした物だと直感的に理解し、ヴィルシーナの頬はまた緩む。
「去年は試作品を色々と食べてもらったけど、よく考えたら、いつもの味を食べてもらってないと思って。気に入ってもらえると嬉しい」
「そういえば……。食べるのがとても楽しみです」
(……もしかして、去年のアレってそういう……?)
(へぇ……。試作品……。ヴィルシーナさんに、ねぇ……)
そして覗いている二人の顔は厳しくなる。
和やかに微笑みあう二人と、疑念と嫉妬に顰めっ面の二人。
前者が日の当たる場所に居て、後者が暗い物陰に潜んでいる事もあり、陰と陽の差が凄まじかった。
しかも、“彼”からのプレゼントはまだ終わっていなかったようで、さらなる包みが紙袋から取り出される。
「で、次は……シュヴァルに」
「えっ。シュヴァルにも用意してくださったんですか?」
「ああ。ヴィブロスにもね。シュヴァルは肉まんが好きだって言ってたから、チョコまんにしてみた。レンジで温めてから食べると、いい感じにチョコが溶けるようになってる。
食が細いヴィブロスには、彼女の好きな中東のドライフルーツを使った、デーツボートを作ってみたよ。栄養価も高いし、体作りや、体調を整えるのに良い作用があると思う」
「まあ……。そこまで考えてくださるなんて……」
以前に語り合った、妹達の好きな物、という話題を覚えていて、それを参考に作った物である。
チョコと呼ぶにはガッツリ系だったり、フルーツメインだったりと、少し趣きが違っているけれど、それぞれの好みに合わせていると考えれば、文句のつけようがない。
じんわりと、心が暖かくなっていく。
「でも、どうして……? お気持ちはとても嬉しいのですが、妹達にまで用意するのは、大変でしたよね」
「確かにアイデアを出すのは苦労したけど、考えるのも楽しかったよ。
俺の妹ではなくても、同志の……君の大事な妹だからね。
…………あっ、もしかして迷惑だったかな。手作りは苦手とか? よく確かめもせずに、先走って……」
「い、いいえっ! 迷惑だなんて、あり得ませんから! きっとあの子達も、喜んでくれると思います。……本当に、嬉しいです」
改めて、紙袋に詰められたチョコを受け取り、ヴィルシーナは嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を細める。
“彼”からすると、三姉妹で一括りのプレゼントだったのかも知れない。
それでも良かった。嬉しかった。
自分の大切なものを、“彼”も大切にしてくれた。その事実だけで、胸が一杯だった。
(ふ……ふふふ……やりますわね、ヴィルシーナさん……っ!)
(そういう所だよ兄さん……っ)
無論、それを見せつけられる二人の胸中は、負の感情で一杯一杯だった。
ビキビキビキ……と音を立てるのは、無意識にジェンティルの取り出した鉄球が、雑に力を込められたせいでヒビ割れていくから。圧縮するには繊細な力加減が重要なのである。
そして“彼女”も、ブエナ以外を今まさに堕としている兄に対し、妹として怒りを禁じ得ない。多感な思春期にあんなんされたら男性観が歪む。
キツいお仕置きが、必要なようだった。
「ああ……。なんか、ドッと疲れた……」
数時間後。
トレーナー寮に帰った“彼”は、疲労困憊でベッドに突っ伏した。
肉体的な疲労感より、精神的な疲労が凄まじい。
何故なら、ヴィルシーナと同志チョコ交換を終えて戻った“彼”を待っていたのは、針の筵だったからである。
特に無言の圧力が酷く、話しかける度に無言で“彼”を見つめ、しかし必要最低限しか返事をしないまま、そっぽを向いてしまうのだ。
明らかに二人とも不機嫌で、それがヴィルシーナとのチョコ交換後だというのを踏まえれば、理由も明白。ブエナ曰く、ヤキモチ? を焼いている……と思われた。バレた理由は定かではないけれど。
んが、理由が分かっても解決方法は不明なので、対処のしようが無く。
結局は何か言いたげな二人に、滅多に言わないようなお世辞を言ったり、「肩でも揉みましょうか?」と胡麻を擦ったりして時間が過ぎた。
ちなみに肩揉みは「セクハラですわよ」「肩が凝るほど大きくないから」と断られた。悲しい。
こんな時に限って、潤滑油になってくれそうなブエナも居らず、本当に疲れた。
(今日はエナちゃん、用事があるって話だったけど……)
細々とした用事が重なり、バレンタインなのに忙しいようだ。
寮長に預ければブエナにもチョコは届くだろうが……。何故だか今年に限っては直接、手渡したいと思った。
だから、ブエナ用のチョコはまだ手元にあり、ブエナからのチョコは貰っていない。
毎年の恒例行事だったからこそ、寂しさが際立ってしまう。
と、その時、胸ポケットに入れたままだった携帯が震えた。
「ん……? LANE……エナちゃんから?」
体を起こして急いで確認すれば、それは“彼”としても望んでいた内容だった。
『遅くにごめんなさい。今から寮の方に来られますか?』
まだ消灯時間は遠いが、門限はとっくに過ぎている。
こちらから出向かない限り、この時間に会うのは無理だろう。
ブエナ渡すためのチョコの包みを手に取り、“彼”はトレーナー寮を出た。
「あ、お兄さん!」
ほんのり駆け足気味に栗東寮へ向かうと、十分ほどで到着した。
入り口に制服姿のブエナが立っていて、“彼”を見つけると小さく手を振ってくれる。
その腕の中には、大事そうに抱えられる包みも。
「本当にごめんなさい、こんな遅くに呼び出しちゃって」
「いいや、気にしないで。今日はエナちゃんと会えなくて、ちょっと寂しかったしね」
「……っ! そ、そっか……。なら、良かった……」
出会い頭に不意打ちを受け、ブエナは深刻なダメージを負う。
ジェンティルと“彼女”のせいで疲弊した精神が、癒しを求めてブエナを愛でようとしているからなのだが、やられる側には関係ない。
まだまだ空気の肌寒い時期なのに、やたらと頬が熱かった。
「で、わざわざ今日の内に呼び出したのは、やっぱり……?」
「……うん。忙しくてギリギリになっちゃったけど、絶対に渡したかったから……」
俯きながら言うブエナの胸に、小さな痛みが走る。
何故なら、忙しいというのは真っ赤な嘘だからである。
これこそがトランと立てた計画であり、その日の最後にチョコを渡す事で、必然的に印象に残ってやろう……という内容だ。
なお、嘘をついて他の事に没頭するはずだったブエナだが、何をしてもすっっっっっごくヤキモキしてしまい、精神衛生上、非常によろしくなかった。
その反動もあってか……。
「ハッピーバレンタイン、お兄さん!」
チョコを差し出すブエナの笑顔は、かつてない程に輝いていた。
思わず見惚れて、受け取るのを忘れてしまう“彼”。
小首を傾げる仕草で正気に戻り、慌ててお礼を言う。
「あ、ありがとう、エナちゃん。今年はどんなチョコ?」
「えっと、蹄鉄を模ったチョコなんだよ。一つは普通のチョコで、もう一つはミルクチョコにしてみたの。蹄鉄には、色々と良い意味があるって聞いたから」
「験担ぎって訳かな。味わって食べさせて貰うよ」
ウマ娘の靴に装着する、鉄製の装具として知られる蹄鉄だが、実は贈り物のモチーフとしてはポピュラーな物。その形状から、幸運を零さず受け止める、などといった意味合いを持つ。
これを選んだのも計画の内で、自分の気持ちを伝えるのではなく、相手の幸運を祈る贈り物をする事で、大人な自分を演出すべし……と、トランが言っていた。
事実、こういった意味を持つチョコを貰ったのは初めてだったため、バッチリ“彼”の印象に残っている。作戦成功である。
「それじゃあ、今度はこっちが。ハッピーバレンタイン。ギリギリだけど、渡せて良かった」
「うん! ありがとう……!」
そして、“彼”からの贈り物はもちろん、恒例のホワイトチョコ。
ブエナの好きな色……黄色と茶色の包装紙を開けると、見るだけで味を思い出せる。
「もう遅い時間だけど……。一つだけ食べちゃおっかな」
「ええ? 大丈夫なのか?」
「ちゃんと歯を磨くし、明日もトレーニングするから大丈夫。……それで……なんだけど……」
これからするお願いが恥ずかしくて、ブエナはまた俯く。
でも、今日はバレンタイン。
想いを伝える日というだけでなく、伝えるための勇気もくれる日。
気付かれないように深呼吸をし、高鳴る鼓動を抑えて、上目遣いに。
「お兄さんに……た、食べさせてほしいなぁ……って」
抱きしめたい、という欲望を調伏するのに、“彼”は脳内でラノベ的異能バトルを繰り広げなければならなかった。
可愛い妹分を抱きしめて何が悪い妖怪と、倫理的に駄目だろせめてTPOを弁えろ和尚の戦いは、最終的に辛うじて和尚が勝利。緩みそうになる口元を苦笑いで隠す。
「……き、今日だけ、特別だぞ。甘えん坊め」
「あ……。えへへ、いいもん。今日だけは、甘えん坊の“ぶうちゃん”なんだもん」
「全く。はい、口開けて」
「うん。あーん……ん、おいひぃ」
チョコを一つ摘み上げ、ブエナの小さな口へ。
笑顔がチョコと一緒に蕩けて、“彼”も釣られて微笑む。
だからきっと、勘違いだ。
指先にほんの少し残る、柔らかな唇の感触を、艶めかしく感じたのは。
……勘違いなのだ。きっと。
余談だが、この光景を見た通り過がりのアグネスデジタルが、本日17回目の尊死を遂げており、様子を見守っていた寮長によって回収されたとか。
ウマ娘ちゃん全方位全肯定という難儀な癖を持つ、デジタルの未来はきっと明るい。
『オマケその一 将を射んとすればまずウマ娘を射よ。ただし射手はクソボケとする』
「……という訳で、これが貴女達へのチョコよ」
時間を少し巻き戻し、同じく栗東寮。
シュヴァルグランの部屋にて、ヴィルシーナから妹達へチョコが手渡されていた。
「ええーっ! 私達の分まで用意してくれたの!?」
「チョコまん……!」
予想だにしないバレンタインプレゼントに、ヴィブロスもシュヴァルも目を輝かせている。
まだ夕食には早く、おやつと言うには遅い時間帯だが、もう二人とも食べる気満々といった表情だ。
そんな妹達に微笑みながら、ヴィルシーナはシュヴァルのルームメイト……ウインバリアシオンに頭を下げる。
「すみません、シオンさん。急にお邪魔してしまって……」
「あ、大丈夫っすよ。気にしないでください。……にしても、ジェンティルさんのトレーナーさんって、マメなんすね」
線の細い美少女ながら、体育会系のような口調のシオンは、脳裏に“彼”の姿を思い浮かべる。
直接の面識はないので、会見などで見たままの印象なのだが……正直、こういった行事に興味があるようには見えなかった。意外だ。
シオン個人としては、仇敵とも言うべき相手、オルフェーヴルを先に下されたという事もあり、ちょっと複雑である。
が、せっかくのめでたい日。
水を差すような事は口に出さず、早速、プレゼントの箱を開けるヴィブロス達を見守る。
「わぁぁ、ホントにデーツボートだぁ! お姉ちゃん、私の好きなもの、教えておいてくれたの?」
「いいえ。貴女がドバイにくびったけな事は話したけれど、具体的な事は何も。よく考えてくれたみたいね」
「そうなんだぁ、えー超嬉しいー! さっそく食べちゃおーっと!」
「あ、駄目よヴィブロス。手を洗ってからじゃないと。まだ風邪が流行っている時期なんだから」
「う……。はぁい、ちゃんと洗って来まぁす……」
逸る気持ちを抑え、きちんと姉の言う事に従うヴィブロス。
本人が素直なのもあるが、自分を大切に想ってくれているからだと、ちゃんと自覚しているからというのが大きい。
なお、シュヴァルはそれよりも先に、無言で姿を消している。きっと電子レンジを使いに行ったのだろう。
「流石、お姉ちゃんっすね。ところで、ヴィルシーナさんは何を貰ったんすか?」
「え? 私は……“彼”のオリジナルレシピの、ホワイトチョコレートを……」
「へぇ、オリジナルレシピ……。トレーナーをしてなかったら、パティシエでもしてたんですかね?」
「かも、知れませんね。もしかしたら、お店を出していたりしたかも」
二人が戻るのを待つ間、話すのはやはり“彼”のこと。
元は妹を喜ばせるために始めた料理なのだが、妹好きが長じて、こうしたお菓子作りまで出来るようになったのだから、相当なものだ。
とはいえ、最初から全てを上手く作れるはずがなく、試作に試作を重ねて、ようやく上手く作れるようになった物をプレゼントしているだけなので、天才ではなく秀才タイプである。
それを知るはずもないヴィルシーナ達は、あったかも知れない未来を予想して、小さく笑い合う。
「たっだいまー! ちゃんと手、洗って来たよー! ね、ね、食べてもいい? 良いよね?」
「ふふふ。もう、慌てん坊ね。夕飯を食べられるくらいにしておきなさい」
「はぁーい! えっへへぇ、いただきまぁーす!」
「た、ただいま……」
「シュヴァルさん、お帰りなさいっす」
程なく、ヴィブロスとシュヴァルは部屋に戻り、夕食前のデザート祭り? が始まった。
まずはヴィブロスのデーツボート。
彼女がこよなく愛するドバイを含む、中東地域でよく栽培される果物……デーツを乾燥させドライフルーツにし、半分に切ってタネの部分をくり抜いて、そこに様々な具材を載せる。
今回は甘めのクリームチーズがたっぷりと乗り、その上にチョコが飾られている。
デーツのねっとりとした触感にクリームチーズがよく合い、チョコはあくまで引き立て役に。
期待した通りの味が舌を楽しませてくれて、ヴィブロスはうっとりとしている。
「ん〜、おいしー! バレンタインだけど、あえてチョコを少なめにして、クリームチーズたっぷりで……。もう大満足、花丸満点だよー!」
「良かったわね。きっと“彼”も喜ぶわ。シュヴァルはどう? 美味しい?」
「ふもっ!? あふっ、あっ、はふっ、ほふ……っ」
「あああ、シュヴァルさん落ち着いて!」
対してシュヴァルのチョコまんは、チョコが主役のガッツリ系。
薄めながらモチモチ食感に仕上げた生地に負けないほど、濃い味のチョコ餡が特徴である。
温めた事で溶けたそれが、シュヴァルの口の中で渾然一体となり、大きな満足感を与えてくれた。
「はぁ……すごく美味しい……。生地がモチモチで、チョコと口の中で絡んで……。いくらでも食べられそうだ……」
「そ、そんなに美味しいんすか……」
感嘆とした溜め息をこぼすシュヴァルに、シオンは思わず生唾を飲み込む。
夕食前というのもあるが、純粋に美味しそうだった。空きっ腹に温めたチョコまんの香りは、ボディブローが如く突き刺さる。
そんな様子を見たシュヴァルは、少し悩んだものの、チョコまんを千切り、シオンへ。
「シオンさん。良かったら、どうぞ……」
「えっ!? いやいやいや、悪いっすよ流石に!」
「ほ、本当に美味しいので、シオンさんにも、味わってほしいと、思ったんです、けど……」
「うっ。……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」
「は、はい……! それと……姉さんと、ヴィブロスも」
シオンの後は、もう一つ温めておいたチョコまんを半分にして、姉と妹へ渡す。
食い意地の張った……もとい、食欲旺盛なシュヴァルが、自分のチョコまんを分けてくれる。
とても珍しい事態に、特に姉妹二人が目を丸くした。
「私達も? 良いのシュヴァち? 独り占めしても良いんだよ?」
「そうよ、シュヴァル。無理に分けてくれなくても……」
「ぜ、全部食べると、また……太っちゃうし……。それに、一人で食べるより……その……」
俯いて、つっかえながらの言葉だったけれど。
シュヴァルの言いたい事は、確かに伝わっていた。
その不器用な優しさが、どうしようもなく笑顔にさせる。
「シュヴァち優しい〜、ますます大好きになっちゃうよ〜」
「……い、いいから、早く食べなってば。冷めたら、もったいないから……」
「うん! じゃあ、後で私のも分けてあげるね! シュヴァちと、お姉ちゃんと、シオンさんにも!」
「あら、いいの?」
「あたしもっすか?」
「もっちろん! だってみんなで食べたら、もっともぉーっと、美味しくなるもんね!」
そして、シュヴァルが照れて口に出来なかった分は、ヴィブロスが愛嬌たっぷりに補足するのだ。
しっかり者の長女と、不器用でも優しい次女に、甘やかされ上手な三女。
バランスが取れていて、そして何より、仲が良さそうで羨ましいなと、三姉妹を見守るシオンは思った。
……今日は寝る前に、妹に電話してみよっかな。
「そうね。なら、みんなで分け合いながら食べましょうか。私の分も開けるわね」
「あの、でも、あたしだけ何も無くて心苦しいんすけど……」
「じゃあシオンさんは、ホワイトデーにみんなにお返しするとか? 私、シオンさんが選んだリンゴとか食べてみたいなー?」
「あ、それなら、なんとかなりそう……。分かったっす。来月のお返し、期待しててほしいっす!」
「もう、ヴィブロスったら。しょうがないわね」
「すみません、シオンさん。妹が甘えたがりで……」
「いえいえ、リンゴに関してなら任せてほしいっす。……あ、ホントにモチモチっすね。美味しい」
こうして、夕食前のデザート祭りは盛り上がった。
なお、夕食を食べた後はお腹が苦しく、皆、ちょっとだけデザート祭りを後悔したとか。
今後は甘い物の誘惑に負けないようにしようと、固く誓う四人なのであった。
『オマケその二 X』
「……今日は、大人げ無かったかしら」
またしても時間を巻き戻し、夕方の中庭。
“彼”と別れたジェンティルは一人、自分の行動を反省していた。
他人にチョコを渡す姿を盗み見て、腹立たしさを隠しもせず……。淑女にあるまじき行いだ。
おかげで、自分の中にある想いの輪郭は把握できたが、それにしても大人げない。明日、きちんと謝罪した方が良いだろう。
ベンチに座るジェンティルの膝には、“彼”から贈られたチョコがある。
諸悪の根源。
全ての元凶。
期待した通りの、贈り物。
「いっそ、今のうちに食べてしまいましょう」
恐らくジェンティルをイメージしたのだろう、赤と黒の包装紙を開けて、現れたホワイトチョコを確かめる。
これを食べて、そして明日からは気持ちを切り替え、またトレーニングに励む。
それが“彼”の真心に報いる、一番の方法だと思われた。
「……ん? あら、これは……」
チョコを口へと運ぶうち、不意に違うフレーバーを感じた。
カカオの香りに混じって、わずかに感じるこの香りは……薔薇?
味自体にも、ほんのりストロベリーの酸味が加えられているようだ。
恐らく、これが当たり。
ホワイトチョコに混じって、薔薇のフレーバーのチョコが、一つ。
「あの人、意味を分かって……いえ、分かっていないのでしょうね」
深く考え過ぎるのは、悪い癖だ。
裏読みが常となっている世界で育ったジェンティルと“彼”では、考え方がそもそも違う。だからこそ、ここまで来る事ができた。
……けれど、やはり考えてしまう。
薔薇を贈る時には、その色による花言葉の他にも考慮すべき点がある。
それは本数。
例えば、100本の薔薇ならば100%の愛情となり、12本の薔薇ならdozen rose(ダズンローズ)と呼ばれる、12の意味を持つ花束となる。
仮に、このチョコは花束だとしたら。
ホワイトチョコを純白の包み紙とし、当たりのチョコを一本の薔薇としたなら、その意味は。
私には、貴方だけ。
「……私を困らせるのが好きなのかしら。“貴方”は」
微かに残る薔薇のフレーバーを感じつつ、ジェンティルが呟く。
また口へ運ぶチョコは、甘くてほろ苦い、ホワイトチョコ。
今の気分にピッタリと思えるのが、少し悔しくて。
明日の朝、どんな顔で挨拶しようかと、思い悩む。
こんなにも心が騒がしいバレンタインは、生まれて初めてだった。
バレンタインに特別な手作りチョコを贈りますか?
はい ←ピッ
いいえ
しかし勇気が足りない!
という訳で、一カ月遅れのバレンタイン話でした。
割とガチで想いを自覚し始めたジェンティルさんと、素直に甘える幼馴染ムーブで突き放そうとするブエナちゃんに比べて、シーナちゃん日和ってんよー。と言うか逆に攻略されてんよー。
あ、ジェンティルさんとブエナちゃんはゲーム内のバレンタインチョコ演出で出てきたチョコですが、同封されてるっぽい手紙は無しという形にしてあります。物議を醸したあのXもまだです。
ようやくブエナちゃんの誕生日ボイスも正しい数になったし、公式強幼馴染ムーブも見られたし、レディちゃんも早く育成したいしでtntnがgngnなので続きます。
次回、BDC・ミューズオーディション。