ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん 作:幼馴染にされたネクパイ
こんなタイミングでアルヴさん実装とか嘘ですやん……。エリ女は半年後だぞ、教えはどうなってんだ教えは!?
だがしかし、ピサちゃんもラララのねーちゃんも引いて、なおも残った石は12万! 絶対にお迎えして、めにしゅき尊厳破壊してやるからな覚悟しろ!!
(結果は後書きで)
その夏は、暑かった。
毎年のように上がり続けている平均気温も合わさり、ただ立っているだけでも体力を消耗しそうなほど、暑かった。
……しかし、ある一点だけは、その真逆。
そこだけ氷点下にでもなったかのような、冷たい空気が漂っている。
原因は……。
「あら。ご機嫌よう」
「…………」
トリプルティアラを戴く剛毅なる貴婦人と、同じく三冠を戴く暴君の、睨み合いのせいである。
ただ挨拶を交わしただけだというのに、一触即発といった様子だ。
それもこれも、世界に名だたる三冠ウマ娘──オルフェーヴルを、ジェンティルが二度も下したことに起因する。
特にオルフェーヴルを傍から見ると、視線だけでクマをも射殺しそうな眼力を放っているため、異様な雰囲気となってしまっている。
「凱旋門、また挑戦するそうですわね」
「……挑戦? 異な事を。あるべき物を、あるべき場所に戻すだけの話だ」
けれど、オルフェーヴルの姉であるドリームジャーニー風に言うならば、オルフェはただ拗ねているだけ。
気にも留めずに話しかけたジェンティルが、やはり異常なまでの胆力を有している、のかも知れない。
なお、二人ともジャージ姿だった。
「貴様の方は、蝶よ花よと可愛がられているではないか。今更、箱入り娘にでもなったつもりか?」
「……ほほほ」
「何がおかしい」
意趣返し……というよりは、単なる悔し紛れに、ジェンティルの現状を揶揄するオルフェ。
彼女らしくない。
一瞬、それが気になったものの、きっと自分が指摘しては悪化するだけと判断し、ジェンティルは気付かないふりをする。
「わたくしが蝶よりも美しく、花よりも愛らしいのは当然ですわ。だからと言って、箱に入れて飾られるのは、御免被りますが」
「…………」
自信過剰、とも言い切れない発言内容に、流石のオルフェも少々げんなりした。
やはり傍からすると「不遜な痴れ者め」とでも言いたげに見えるが、実際には「うわもうまただよ面倒臭いよ誰かコイツ連れてってよ」と思っているだけ。
威厳があり過ぎるというのも、ある意味では大変である。
と、そこへオルフェの待ち望んだ人物が現れた。
そしてそれは、同時にジェンティルの待ち人でもある、シュヴァルグランだった。
「あ、ぁの……っ。ジェ、ジェンティルさん……。準備、できました……」
「時間通りですわね。よろしい。では、行きますわよ」
「は、はいっ……! ぁ、で、でも、その……オルフェーヴルさんは……?」
「もう話は済みました。気になさらなくて結構」
「あ、はい、すみません……」
怯えながら、歩き出すジェンティルに着いていくシュヴァル。
二人の背中を、オルフェは無言で見送る。
その目に宿る感情を読み取れるものは、この場には存在しなかった。
「実は、夏合宿の間、シュヴァルを貸して欲しいんだ」
「えっ」
事の発端は、数週間前に遡る。
いつものように兄と姉の会で団欒する中、“彼”はヴィルシーナにそんなお願いをしたのだ。
「か、貸す、というのは、どういう……」
「ああ、ごめん。言い方が少し悪かった。力を貸して欲しい……協力して欲しいって事なんだけど」
もしや、ボーイッシュ系が好みだったり……? と、戦慄するヴィルシーナをよそに、“彼”は足りなかった言葉を補足した。
「ジェンティルの不調は、知っていると思う。その状態で可能なトレーニングも考えてある。けど、それだけだと筋力バランスが悪くなるし、何より退屈させてしまうと思うんだ」
「退屈、ですか。ジェンティルさんなら、どんな事にも全力を尽くすように思えますが……」
「違いない。ただ、今まで可能だったことを禁止されるんだから、無意識のうちに溜まっていくストレスは、相当なもののはず」
病院での検査により、ジェンティルの足は、ほぼ回復しているとの診断結果を得ている。
が、万全を期すならば、後二週間は様子を見るように、とも言われており、そのままでは夏合宿の25%を無為に過ごす事となる。
足に負担をかけず、上半身や体幹を鍛えるメニューは用意しているけれども、彼女の普段を考えれば、ウォーミングアップにすらならない。
そこで考えたのが、肉体ではなく、精神面のトレーニングだ。
「だからジェンティルには、新しい“視点”を持って貰おうと考えてる」
「……もしかして、教育者としての視点、でしょうか?」
「その通り」
打てば響く、といった返事に、“彼”は満足そうに頷く。
今まで、ジェンティルはただひたすらに、自分自身を鍛え上げてきた。
尋常ではないハードなトレーニングを耐えられる、強靭な肉体と精神。青天井かと思わせるほど、伸び代のある素養。この二つの相乗効果により、今のジェンティルは存在している。
しかし、トレーニングが禁じられた今、他人を通じて自分を見つめ直すことで、精神面の更なる成長を促すのだ。
己が身に蓄積させた技術を、誰かに伝えるために再確認し、アウトプットするために理論づけ、体系立てる。
そうして、より技術への理解を深めると同時に、積み重ねてきたものへの自信も高める。
鬱屈しかねないメンタルの、副次的なケアにもなると見込んでいた。
「シュヴァルにとっても、きっと有意義な時間になると思う。……ただ、彼女の性格を考えると、いきなり声をかけても承諾してもらえなさそうだし、君から口添えしてほしいなぁ……と」
「ううん……そうですね……」
ヴィルシーナは悩む。
理屈としては理解できるし、いつまでもジェンティルが不調では、倒し甲斐もない。
可能な限り協力したいけれど、必要とされるのが自分ではなく妹であるため、おいそれと了承できなかった。
シュヴァルにも都合があるだろうし、正直、“貴婦人”の圧力に耐えられるのか、不安もある。
どうしたものか……。
「もし協力してくれるなら、お礼になんでもするよ。俺にできる事なら、だけど」
「ん? なんでも……? 今、なんでもすると仰いましたか?」
「う、うん。あんまり、無茶な事じゃなければ……が、頑張る、つもりだよ」
なんの気無しに“彼”が言った、なんでもする、という言葉にヴィルシーナは食いついた。
なんでも。なんでも……。
流石に直接的な事はお願いできないけれど、上手く使えば、ジェンティルに差をつけられる……かも。これを逃す手はない。
何やら不穏な気配を察知し、ほんのりビビってしまった“彼”だが、しかし引っ込みもつかず、念を押す肉食系女子に頷いて。
「分かりました。シュヴァルには私からも話をしてみましょう」
「本当か!? ありがとう、助かるよ」
「いいえ。長い目で見れば、これもシュヴァルのためですから」
こうしてシュヴァルは、“彼”の要請を受け、ジェンティルとの猛特訓に駆り出される事になったのである。
余談だが、これを影から見守っていた、後方腕組み妹勢はと言えば。
「えっ。ね、姉さん……? 僕の都合は……?」
「シュヴァち頑張って! お姉ちゃんのためだよ!」
「えっ。えっ」
「シュヴァルさん、ご愁傷さまっす……」
「ちょ、そんな、シオンさんまで!?」
ヴィルシーナを応援するため、シュヴァルを生贄に……もとい、犠牲とする事に、誰も異論を唱えなかった。
妹スキーも大概だが、姉スキーも相当なものであった。
……シオンは妹じゃない? むしろ年上?
細かい事を気にしては、良い兄・姉にはなれない。同士の皆も気をつけよう。
そんなこんなで始まり、瞬く間に終わった、夏合宿初日。
シュヴァルは割り当てられた部屋で、うつ伏せに息絶えていた。
「つ、疲れ、たぁ……っ」
まだ一日目。合宿はこれからだというのに、ジェンティルの用意したトレーニング内容は、最終日の追い込みを思わせるハードさだった。
デビューも未定のウマ娘には過酷であり、おかげで、トレーニングが終わっても碌に動けないまま、とにかく休みたくて部屋で寝転んでいる。
その姿があまりにも燃え尽きていて、同室のウマ娘が心配そうに声をかける。
「大丈夫? シュヴァルちゃん。ジェンティルさんのトレーニングって、そんなに凄いの……?」
短めの黒髪を持つ少女の名は、キタサンブラック。
気っ風の良い明るい性格で、人助けと演歌を愛する人情派ウマ娘である。
側で膝をつき、様子を伺っている彼女に、シュヴァルはどうにか声を返す。
「ジェンティルさんのトレーナーさんが居てくれなかったら、どうなってたか……。明日が怖い……っ」
「まぁ……。やはり、ルドルフの壁に挑むような方のトレーニングは、凄まじいのですね。私も興味が湧いてきました。何か、参考にできる事が必ずあるはずです……!」
同じく同室のウマ娘、サトノダイヤモンドも話に加わり、目を輝かせている。
流石はジンクスブレイカー。その貪欲さは凄まじい。が、シュヴァルからすると、やめた方がいいとしか言えない。
「絶対に初日は加減を間違えるだろうから」との理由で、今日は“彼”がサブトレーナー役をしてくれたのだが、それでも辛かった。
限界以上に肉体を追い込み、その上で更なる一歩を踏み出させる。特訓とは斯くあるべし……という内容で、確かにこれを続ければ、否応なく実力は磨かれるだろう。
一番の問題は、続けられるだけの精神力が必要とされる点だが。
正直なところ、すでに心が折れかかっているシュヴァルであった。
と、そこへ更なるウマ娘がやって来て。
「……シュヴァル。クールダウンはしっかりとやったか? 動くのも大変そうだが……」
アスリートの観点から心配をするそのウマ娘は、ドゥラメンテという名前だった。
連綿と続く、アスリート界の超エリート家系に産まれた期待の新星であり、彼女自身、その事に誇りと責任を持つ、ストイックな少女である。
だからこそ、オーバーワーク寸前に見えるシュヴァルが気になったのだ。
「……正直、自信ない……もう、このまま寝たい……」
「それは駄目だ。このまま眠ったりしたら、明日は筋肉痛で動けなくなる。……こっちへ。顔の下で枕を抱えるようにして、うつ伏せに」
「え……? う、うん……」
泣き言を漏らすシュヴァルを、ドゥラメンテが呼ぶ。
何をされるか分からないまでも、真面目な彼女なら、変な事はしないだろうと思い、体を引きずるようにして従う。
「これからマッサージをする。動けるようになって、食事と入浴が終わったら、もう一度しよう。筋肉痛は避けられないだろうが、かなりマシになるはず」
「え? そ、そんな、ドゥラメンテさんに迷惑は……ううっ……あぁぁあぁ……」
言うが早いか、すっかり張り詰めていた筋肉に、小さな手が沈み込む。
思わず声を上げてしまうシュヴァルだったが、すぐにその妙技の虜となり、為すがままを受けいれ始めた。
「なんか、こう言ったらアレだけど……ドゥラメンテさんって、意外とお世話好き?」
「む。そういう訳ではないが……。ただ……」
「ただ?」
それを見ていたキタサンの問いかけに、一度は否定するドゥラメンテ。
だが、言いつつもマッサージの手は止めておらず、内心とは逆なのがよく分かる。
加えて、彼女がそうする理由も語られた。
「私の尊敬する方が言っていた。同じ時代、同じレースを走る事のできる同期は、得難いものだから大切にすべき、と。だから、私もそうしたいと思った。……それだけだ」
脳裏に思い浮かべる、あの人の姿。
切り揃えられた青鹿毛を靡かせ、一分の乱れもない、美しいフォームでターフを駆ける、女王。
直に教えを受けられた期間は短かったけれど、あの日々は強く胸に焼き付き、今、ドゥラメンテの基礎となっている。
あの背中に追いつくためにも……。いや、少し違う。ほんの僅かでも近づきたくて、真似をしているのだ。
まるで、子が親を真似るように。
ただ純粋に、そうしたくて。
言葉は少なかったが、ドゥラメンテの想いは、キタサンとダイヤにも確かに伝わっていく。
「素敵な方なのですね。お慕いしているのがよく分かります」
「あ、ああ……そう、だな……。うん……。強くて、優しくて、綺麗で。素敵な方だ」
「くぅー、いいなーそういうの! よぉしっ、あたしもシュヴァルちゃんを手伝う! 何かしてほしい事とかない? 伊達にお助けキタちゃんなんて名乗ってないよ!」
「はぇ……? なにぃ……?」
「あらら……。完全に溶けちゃっていますね」
ドゥラメンテに触発されたからか、気勢を盛り上げるキタサンと、逆に落ち着き過ぎて、顔も思考も溶けてしまっているシュヴァル。もうリゾート気分である。
しかし、完全にダメになっている訳でもなく、ふと、ある事が思い出された。
(お助けキタさん……。そう言えば……)
それは、自分を過酷なトレーニングに追いやった張本人。
こんな仕打ちをされてなお、本気で嫌いになんてなれない、強くて優しい、姉のこと。
その助けとなるならば……と。シュヴァルは緩んだ顔を引き締めるのだった。
数日後の夜。合宿所の共用サロンにて。
“彼”は無聊を慰めようとタブレット端末で論文を読み漁り、けれども、あまり集中できずにいた。
「……暇だ」
原因はもちろん、ジェンティルのトレーニングに関われないからである。
初日こそ、シュヴァルに対し過酷なノルマを課してしまったが、ジェンティルは同じ轍を踏まない。翌日からはトレーニング内容を調整し、双方にとって張り合いのある日々を過ごしているようだ。
あと一週間もすれば、ジェンティル本人のトレーニングも再開する予定であり、それまでは合宿関連の雑務をこなすのを仕事としよう……と考えていた。
ところが、思っていた以上に仕事が無い。
同僚であるトレーナー達は、揃いも揃って働き者で、大抵の事は自分で済ませてしまうし、なんならウマ娘の方も率先して手伝ってくれたりするので、“彼”が頑張ろうとすればするほど、仕事はあっという間に終わるのだ。
やりたい事があるのに、何も出来ない。他に出来る事を探すしかない。
それは奇しくも、ジェンティルの現状と似通う部分があった。
「お疲れ様、兄さん」
「ん? ああ、お疲れ様」
悩ましげに天井を見上げる“彼”に、知った声が掛かる。
視線を下ろすと、そこには夏らしい薄手のブラウスを着る妹と、すっかりコンビが板についた、ヴィルシーナのトレーナーが立っていた。
こちらも薄着だが、ガッチリと胸元を固めているらしく、ボリュームは六割減である。謎の物理法則だ。
「お、お疲れっす……」
「……お、お疲れ様……」
……ぎこちない。
ごく当たり前の挨拶のはずが、どうしてこうも、ぎこちないのか。
思わず“彼女”も苦笑いである。
「“先輩”も兄さんも、そろそろ打ち解けられない?」
「いやぁ、分かってはいるんだけどさぁ……」
「どうにも、こう、ライバルという意識が消えなくてな……」
担当ウマ娘の競い合う関係が、トレーナー同士にも伝播するのはよくある事だし、まだまだこれからも続きそうではあるが、それはそれ。
敬愛する二人に仲良くなって欲しくて、“彼女”は共通の話題を振ってみる。
「じゃあ……仕事に関係ない話でもしますか。ほら、合宿終わりの夏祭りとか。ブエナが楽しみにしてるみたいで」
「ああ、そう言えば……。ヴィルシーナ達も浴衣を持ってきてるみたい。風物詩だもんねー」
「夏祭りか。ジェンティルは……どうなんだろう? 興味なさそうな気もするけど」
『は?』
「えっ」
何気なく呟いた“彼”に、女性陣がマジなトーンで聞き返す。
なに言ってんだコイツ。
「兄さん、まさか参加しないつもり?」
「い、いや、興味はあるけど、担当が行かないのにトレーナーだけ行くのは、違うっていうか……」
「うーわあり得ん、アンタそれマジで言ってる? 夏祭りだよ? 合宿終わりの一大イベントだよ? 興味ない女子が居ると思う?」
「えぇぇ……? だって、ジェンティルだし……。遊びに行くより筋トレを選ぶんじゃ……?」
『はぁああぁぁ……』
駄目だコイツ、早くなんとかしないと。
色んなところでフラグを立てまくってる癖に、何故にジェンティルに対してだけクソボケ対応なのか。
流石に可哀想だし、何より、自分達も参加する口実になる。
二人は頷き合い、“彼”を連れ出す事に決めた。
「この様子だと、浴衣なんて絶対に持ってきてなさそう」
「なら、やるべき事は一つっきゃないっしょ」
「え? 何? なんだ? ちょ、なんで腕を……」
「今から採寸します」
「ちょっと脱いでもらうけど、大人しくしといてよ。平気平気、優しくすっからさ?」
「いやいやいやいや、いきなりそんな、こ、心の準備がっ!?」
両腕を抱えられ、ズルズルと引き摺られていくその様は、まるで連行される容疑者。
脱衣所に連れ込まれ、あられもない姿を晒されて、助けを求める声も「関わらんとこう」と無視されて。
滞りなく夏祭りへの準備は進み……。
八月末、某日、夜。
(結局、来てしまった……)
体にピッタリとフィットする、矢柄模様の浴衣(なんと妹達の手作り!)を着る“彼”は、夏祭りの会場へと向かっていた。
どうやら二人が根回ししたようで、ジェンティルやブエナ、ヴィルシーナを始め、シュヴァル達も参加するらしかった。
ここまでお膳立てされては逃げられるはずもなく、一人、こうして待ち合わせ場所へと歩いているのだ。
何故一緒に向かわないのか? 待ち合わせすること自体が醍醐味の一つだから……らしい。
程なく、目印となる鳥居前に辿り着いた。
多くの人でごった返しており、目当ての姿を探すだけで一苦労である。
友人同士らしい少女達。
恋人と思われる、初々しい雰囲気の男女。
小さな子供を抱えるウマ娘の女性と、それを守るように歩く男性の家族連れ。
一人で待ちぼうけしている様子の、白い浴衣を着たロングヘアのウマ娘。
とりあえず、ジェンティルはすでに待っているとLANEにメッセージがあった。
見慣れたその姿を探し、“彼”は鳥居をくぐる。
……ん? 今、どこかで見た事のある女性とすれ違ったような……。
「……ちょっと、“貴方”」
「へ?」
「着飾った担当の前を素通りとは、一体どういう了見なのかしら」
「…………えっ!? ジェ、ジェンティル!?」
先程の、白い浴衣のウマ娘。
見知らぬウマ娘に話しかけられたと思ったら、それはジェンティルだった。
いつもの、あの髪形を探していたため、気付くのが遅れてしまった。
「す、すまない、あまりに普段と雰囲気が違うから、別人かと……」
「はぁ……。謝罪は結構。それよりも、もっと別に言うべきことがあるのではなくて?」
不機嫌そうにするジェンティルは、“彼”の言う通り、普段とはまるで違う出立ちだった。
白地に、色取りどりの朝顔が咲く浴衣。
赤い簪で飾っている髪は、普段はしっかり編み上げているというのに、癖一つなく艶めいて。
つい数時間前、今までの鬱憤を晴らすかのように、猛烈にトレーニングへと打ち込んでいた“貴婦人”と、同じ人物とは思えないほど、淑やかな印象だ。
そんな人に捧げる言葉なんて、“彼”には一つしか思いつかなかった。
「き、綺麗、だ。……本当に、綺麗だ」
「……ふふふ。よろしい」
望んでいた通りの賛美を受け取り、ジェンティルは微笑む。
ナンパ狙いの不届き者を遠ざけるための“圧”も霧散し、ようやく見た目通りの、少女らしい雰囲気となる。
……実は、“彼”が話しかけるまで、ジェンティルの周囲にはぽっかりと空間があったのだが、全く気にしていなかった辺り、“彼”も色んな意味で毒されているようだ。
「うぃーっす、お待たせー」
照れ臭さに“彼”が月を見上げていると、そこへ他の面々が集まって来た。
ヴィルシーナ、シュヴァルグラン、ヴィブロスの三姉妹と、ヴィルシーナのトレーナーである。
各々、自分に合ったデザインの浴衣を着ており、その華やかさが周囲の視線を集めていた。
特に目を引いたのは、ヴィルシーナ。
目の覚めるような鮮やかな青。刺繍だろうか? 三羽の蝶が舞う浴衣は、決して華美過ぎず、しかし目にすれば忘れられない優美さを兼ね備える。
普段は下ろしている髪も纏めていて、BDCでの晴れ姿を連想させた。
見られているのに気付いたのだろう。
ヴィルシーナは一歩進み出て、“彼”を上目遣いに見つめる。
「あ、あの……。どう、でしょうか。おかしくありませんか……?」
「おかしくなんて。やっぱり、君には青が良く似合ってる」
「……っ、ありがとう、ございます」
きっと、そう言ってくれるだろうと、思っていた言葉。
頬が勝手に緩んでしまい、“彼”の顔も見られない。
それでも、気力を振り絞って視線を上げると、隣に居るジェンティルと目が合った。
途端、二人の間に火花が散る。
「……ご機嫌よう、ヴィルシーナさん。お似合いですわ、その浴衣」
「……ご機嫌よう、ジェンティルさん。そちらも、とてもお綺麗ですわね」
かたや、普段のイメージを捨て、貞淑さを演出する浴衣。
かたや、自分らしさを押し出し、煌びやかに映える浴衣。
こんな所でも対照的な二人は、笑顔の裏に敵愾心を隠す。
流石の“彼”も、これには笑顔を引き攣らせながら距離を取った。
なんでか? 怖かったからに決まっている。
「うわぁ、バッチバチ。分っかりやすー。アンタ、そのうち蹴られて死ぬかもよ。なんか言いなよホラ」
「……ノ、ノーコメントで」
「ふぅーん。……いつまでも逃げられると思うなよ」
……が、逃げた先でもヴィルシーナのトレーナーに詰められ、心休まる時がない。
こんな時、ブエナや妹が居てくれたら……。
と思っていたら、袂に入れていた携帯が着信を告げた。
噂をすれば影。妹からだ。
「もしもし」
『あ、兄さん? ごめんね、ちょっと事情があって、行くの遅れそう』
「……大丈夫か? 何かトラブルが……?」
『平気平気、事情って言っても……あ、とにかく後で行くから、心配しないで。それと絶対に、私を探そうとしてみんなを放ったらかしにしちゃ駄目だからね? じゃあ後で』
「あ、おい、ちょ……」
よほど急いでいたのか、説明が不十分なまま、通話は切れてしまう。
心配しないで……と言われて心配しない兄が、この世のどこに居るというのか。
けれど、“彼女”ももう大人だ。心配してばかりでは、逆に愛想を尽かされるやも……。
念を押された事もあり、後ろ髪を引かれる思いはあったけれど、信じる事にした。
「どうかなさいまして?」
「よく分からないけど、エナちゃん達は遅れてくるって。先に行っておこうか」
睨み合いを一段落させたジェンティルに、“彼”はそう説明し、夏祭り会場である境内へと促す。
ところが、歩き出そうとした所で、今度はシュヴァル達が声を上げ……。
「あ、あのっ、僕、友達と待ち合わせが……そっちに行かなきゃ、いけなくて……」
「実は私も、どうしても見ておきたい屋台があってぇー。トレっち借りてっていい? いいよね?」
「というわけで……」
「失礼しまーす!」
返事をする暇も与えずに、駆け出して行った。
取り残されたのは、“彼”と、ジェンティルと、ヴィルシーナの三名。
それぞれが互いの顔を見回し、困惑しつつも、そうなのかーと自分を納得? させる。
「お、置いて行かれた、のか……?」
「いいじゃありませんの。各々で楽しめれば」
「妹達がすみません。……でも、大人数で歩くのも他の方に迷惑ですから、かえって良かったのかも知れません」
置いてきぼり感は否めないけれど、ヴィルシーナの言う事も確か。
とりあえず、三人は連れ立って歩き始める。
“彼”の左手側にジェンティル、右手にはヴィルシーナと、誰もが羨む両手に華状態であった。
「そう言えば、ジェンティルはこういう祭りに参加した事は?」
「生憎と、ありませんわ。食べ歩きなども避けてきましたので」
「そっか。じゃあ……」
「しかし、郷に入りては郷に従え。せっかくの機会です、楽しみませんと。……エスコート、お願い致しますわね」
……やはり、いつもと違う。
ほんの少し首を傾げ、微笑むジェンティル。
普段と変わらない仕草のはずなのに、いつもより柔らかいというか、しっとりしているというか。
妙に、それがむず痒い。
そんな“彼”の心の機微を、ヴィルシーナは敏感に察知。
ずいっと一歩近づき、ジェンティルに
「でしたら! こういったお祭りには慣れていますし、私もお手伝いさせて頂きます。きっと戸惑う事もお有りでしょうから」
「……あら。それはどうも」
「いえいえ、お気になさらず」
「ほほほほほ」
「うふふふふ」
(おかしい……。急に寒気が……っ)
誰もが羨む、両手に華。
間違いなくそうであると確信できるのに、その間に居る“彼”は、まるで肉食獣に挟み撃ちされているような心境にさせられた。
いやいや、きっと気のせいに決まっている。
きっとこれから、実は昔からちょっと憧れていた、可愛らしい女の子との夏祭りデートが始まるのだ。
もちろん、教育者と教え子という関係上、いつも以上に節度を意識しなければならないが、とにかく楽しむ事を考えよう。
いいじゃないかちょっとくらい灰色の青春時代を送ったんだからご褒美があっても!
……と、思っていた自分を、のちの“彼”は笑い飛ばす。
何故ならば。
「……あっ!? ううう、あと少しだったのに……っ」
「残念でしたわね、ヴィルシーナさん。わたくしはもう完成……あら?」
二人は早々に、“彼”を放って勝負し始めたからだ。
四戦目の型抜き勝負が今、引き分けで終わった所である。
「また引き分け、ですか。次こそ勝ちますわ……!」
「ふふふ、楽しませてくれますこと。では、次の勝負は……」
「二人とも、ほどほどにな……? あのー、聞こえてるー?」
ずんずん歩いていく後ろ姿に、一応は着いていくのだが、もはや忘れられている気がする。
楽しんでくれている、のは確実だろう。
あのジェンティルが、年相応に遊んでいるのだから、良い事だ。
良い事なのだから、この疎外感は置いておくべき。
悲しいけど。悲しいけれど。悲しいけれども。大事なことだからもう一回くらい言っておこう。とっっっっっても悲しい。
(ちょっと休もう……。いつまで続くか分からないし……)
今度は遠距離的当てゲームで対戦を始めた二人を遠目に、休憩スペースの長椅子に腰掛ける“彼”。
かなり良い勝負をしているようで、観客から歓声も上がっていた。
が、そんな中、不意に第六感が疼いた。
(後ろから気配。でも、この感じは……)
もしや財布狙いのスリか、と警戒したのも束の間、馴染みがある事に気付き、緊張感は解けていく。
ゆっくり、ゆっくり。
抜き足差し足忍び足、と近づいてくる気配を、笑いを堪えつつ待ち受ける。
そして……。
「だぁれだ?」
小さく柔らかい感触が、“彼”の両目を覆った。
聞き馴染んだ声の、悪戯っ子染みた声色。
誰かなんて考える必要もない。分からないはずがない。
けれど、ここはあえて分からないふりをする。
「うーん、誰だろう。分からないなぁ」
「えっ。わ、分からない? えっと、本当に?」
「うん、分からない。全然分からない。全く分からない。分からなくて困ったなぁ」
「……むう。本当は分かってるでしょう? いじわる」
「ははは、ごめん。悪かったよ、エナちゃ…………あれ?」
そろそろ悪戯返しも終わりにしよう……と振り返った“彼”だが、そこに見知らぬ少女が居て、訝しむ。
声も顔立ちも、間違いなくブエナビスタなのだが、栗毛のセミロングではなく、長い黒髪なのだ。
ウィッグ、だろうか? ウマ耳も隠れている。
「エナちゃん、だよね? その髪は……。それに、“あいつ”は?」
「えっと、実はトレーナーさん……お姉ちゃんは今、私に変装してくれていて……」
ブエナから説明を受け、ようやく合点がいく。
予想されていた事だが、BDC以降、ブエナには厄介ファンが湧いた。
あの手紙を自分宛てだと思い込んだり、自分宛てではない事にお気持ち表明したり……。まだ犯罪行為に走る人物が現れなかっただけ、むしろ良い方だと思われる。
長期休養中、メディアへの露出が増えていたブエナだが、これを鑑みて活動は自粛。普通の学生生活に戻っていたのだ。
二度目の凱旋門賞挑戦を表明している、合宿中のオルフェへの取材が禁止されている事も、ブエナにとっては都合が良かった。
しかし、この夏祭りは学園の管轄外のイベントであり、入場者への制限はかけられない。
一応、“彼”が以前勤めていた警備会社も入ってはいたが、揚げ足取りに長けたゴシップ記者が紛れ込む可能性は高かった。
そこで“彼女”は、先手を打つ事にする。
ブエナと背格好が似ているのを利用し、ブエナに似せたウマ娘化ウィッグをつけて街を練り歩き、注意を引きつけるつもりだったのだ。
どうやら現状、計画は上手くいっているらしかった。
「そうだったのか……。何もできなくて、ごめん」
「ううん、大丈夫。お姉ちゃんも、ナカヤマさん達が守ってくれてるから。それより……」
そこで言葉を区切ると、ブエナは“彼”の背後……。
未だ勝負に熱を上げる、ジェンティルとヴィルシーナを確認する。
……うん。
お姉ちゃんの読み通り。
今しか、ない。
「もうじき花火の時間だから、先に待ち合わせ場所に行っておかない? ここだと落ち着いて話せそうにもないし」
夏祭りの目玉とも言える、打ち上げ花火。
会場からならどこでも見られるが、もっと落ち着いて、よく見える場所をブエナが知っており、皆に共有されていた。
時間も分かっているため、各々が好きなタイミングで、その場所で待ち合わせれば良いわけだ。
“彼”も、ジェンティル達の姿を確かめる。
今度は輪投げで勝負するつもりらしい。
……実に、実に楽しそうだった。
「そうだね。先に行こうか」
「……うんっ」
仲間外れにされた仕返し……というと子供染みているが、今回ばかりは、二人の世界を作ったジェンティル達にも非はある。
だから、ブエナと二人きりで待ち合わせ場所に向かうのも、問題はない。多分。きっと。
そう自分に言い聞かせ、“彼”は歩き出した。
「お兄さん。その浴衣、すごく似合ってるね。かっこいい」
「そ、そうかな。ありがとう。着てみて良かった。エナちゃんも、普段とは印象が違うけど、よく似合ってる」
「……違って見える? なら、嬉しいな」
道中、話題にあがるのは、お互いの着ている浴衣のこと。
“彼”の分は省くとして、ブエナのそれは意外にも、黒を基調としていた。
夜へと溶けてしまいそうな漆黒に、黄土色の帯。余計な装飾は一切なく、それだけに、着ている人物の魅力だけがより際立つ、落ち着いた浴衣だった。
てっきり、明るい暖色系の浴衣を着てくるとばかり思っていたので、本当に予想外の、大人びた立ち姿である。
「ここが、待ち合わせ場所?」
「そう。地元の人でも滅多に来ない穴場なんだって」
どれだけ見惚れていたのだろう。
ブエナの言う待ち合わせ場所には、気がついた時には到着していた。
古い、朽ちかけた社の鎮座するこの場所は、おそらく、かつての神社、祭事場か何か。
ともすれば、おどろおどろしい雰囲気すら感じそうなのだが……。
「そろそろ外しても大丈夫かな。……ふう、やっぱり夏場にウィッグは暑いね」
ウィッグを外し、ようやく本来の姿に戻ったブエナの横顔を、白く月が照らす。
手提げへとウィッグを仕舞い、シュシュを手首に、髪を結おうとして顕になるうなじが、否応なく目を奪った。
(なんだ? なんでこんなに、意識してるんだ)
大人びた浴衣のせい、なのだろうか。
何気ない仕草の一つ一つに、色気のようなものを感じてしまう。
……こんな浮かれ気分ではいけない。
他のことを考えて、気を紛らわせないと。
「し、静かだな。このままだと、二人で花火を見ることになりそうだ」
「……うん。そう、だね……」
……沈黙。
二人で、と口にしたからか、ブエナまでもがモジモジとしだす。
朽ちかけた社すら、もう甘酸っぱい空気に色を添えるオブジェでしかない。
馬鹿か俺は他のこと考えろっつってんだろこの喪男(死語)!
ダメだダメだダメだ、こんな時こそ、伝説のお兄ちゃんトレーナーさんから伝授された煩悩退散術を……!!
「ふぅ……ふぅ……。よし……っ!」
一人で脳内ツッコミを繰り広げている間に、何やらブエナは覚悟を決めたようで。
ポニーテールを揺らし、“彼”へと向き直る。
「あ、あのね、お兄さ──きゃっ!?」
「おおっと」
いや、向き直ろうとして、つんのめった。
慌ててその体を受け止めると、どうやら原因は、彼女の履いている草履にあった。
「え、うそ……鼻緒が切れちゃった……?」
見れば、右の草履の鼻緒が、確かに切れてしまっている。
履き物を壊す、というアクシデントはウマ娘には付き物で、きっと、ブエナは小走りで夏祭り会場まで来たのだろう。
レース用のシューズですら、激しい時は一戦走っただけで壊れるのだから、市販の草履に、耐久性は望めない。それだけウマ娘の筋力、走力は凄まじいのだ。
「ど、どうしよう……」
「安心して。こんな事もあろうかと、鼻緒の直し方は覚えてきたんだ。まさか役に立つとは思ってなかったけど」
「本当? ありがとう、お兄さん。流石だね」
「どういたしまして。とりあえず、座れる場所……社の軒先まで行こうか」
浴衣で夏祭りに行くんだから、鼻緒の修理方法は覚えておくべし!
……とは妹の談だったのだが、本当に役に立ってしまった。恐るべき先見の明である。
ともあれ、ブエナを立たせたままでは、修理するにも落ち着かない。
腰掛けられる場所を探し、肩を貸して歩き出そうとして……ふと、“彼”は思い出し笑いをした。
「なんだか、あの時を思い出すな」
「あの時?」
「ほら、“あいつ”にデートさせられた時。あの時は、はちみーが原因だったけど」
「そう言えば……。もう二年も経つんだね、懐かしい……」
まだ、ブエナが現役最強と称されていた頃。
縁遠くなってしまっていた“彼”に対して、他人行儀な言動をしていた頃の、おでかけ。
今だったら、もっと違う楽しみ方や、感じ方ができたはずの時間。
もう戻らない時計の針が、切なさを呼び起こす。
「……ね、ねぇ、お兄さん?」
「ん? なんだい」
「えっと、その……。お、お……」
「お?」
“彼”の浴衣の袖をつまみ、俯くブエナ。
その横顔は、さっきとは違った色に染まっていて。
「……おんぶ、してくれる?」
恥ずかしそうに呟かれる、甘えん坊なお願いごと。
刹那、“彼”の中から一切の煩悩は消え去り、完全な“兄”モードへとシフトチェンジした。
こうなれば、物理的接触もなんのその。
照れくさそうなブエナに、笑いかける余裕も蘇った。
「いいよ。はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……。じゃあ、お、お願いします……」
しゃがみ込んでくれる“彼”の肩に手を置き、覆い被さるように、体重を預ける。
色んな意味で密着度は高まるが、鋼の意志(兄)は揺るがない。
逆に、ブエナの心臓は爆発寸前だ。
「それじゃ、立つよ」
「は、はい……っ」
「よっ……と」
“彼”が立ち上がると同時に、ぐんっと高くなる視点。
歩き出す時の揺れ。
ほんのり柑橘が香る、男性用デオドラント。
あの時と同じで、でも、違う。
(やっぱり、懐かしい。でも、このドキドキは、多分、知らない)
ただ懐かしさを覚えていたあの時にはなかった、鼓動の高鳴り。
呼吸するたび、胸をいっぱいにする匂い。
薄手の浴衣越しに感じる体温。
その全ては、あの時とは違う感情を抱いているがゆえ。
それをなんと呼ぶか、ブエナは知っている。
同じものを、ジェンティルとヴィルシーナが宿していることも、悟っている。
だから。
だから、私は──。
『どぉーん!』
「おっ」
「あっ」
空気を震わせる炸裂音。
反射的に空を見上げると、夜空に大輪の花が咲いていた。
「凄いな、本当によく見えるね」
「うん……! 凄いね、お兄──」
肩越しに、ブエナを振り返る“彼”。
その笑顔に返事をした瞬間、記憶の糸が過去と繋がる。
『ほら、これでよく見えるだろう?』
『わぁ……! すごいね、おにいちゃん!』
今よりも若々しい、“彼”の横顔。
人混みの中、その背中におぶさり、花火を見上げる幼いブエナ。
そう。過去にも同じように、花火を見たことがあった。
“彼”ら兄妹と、ブエナの家族で出かけた、近所の花火大会にて。
背が小さく、人混みで花火が見えずに泣き出しそうになったブエナを、“彼”が背負い、見えるようにしてくれたのだ。
「思い出した……。前にもこんな風に、おんぶしてもらいながら、花火を見た……よね? あの頃は私まだ、おにいちゃんって……」
「……ああ、確かに。まだエナちゃんが小さかった頃、近所の花火大会で、おんぶしたっけ」
覚えていてくれたのか、“彼”は問いかけに頷いてくれる。
思い出せたのは喜ばしいけれど、だからこそ疑問は強くなった。
どうして、忘れていたのだろう。
あんなに綺麗で、楽しかった花火のことを。
「正直に言うと、初めてお兄さんって呼ばれた時は、少し寂しかったな。“あいつ”もその頃、お兄ちゃん呼びを止めたし」
「そう、だったんだ……」
“彼”にも思うところがあったようで、ブエナとはまた違った思い出を語る。
姉妹同然に育った二人は、似ているところも、真似ているところも多い。
最たるものが“彼女”の言動で、高校に進学し、お兄ちゃん呼びをやめたタイミングで、ブエナもそれを真似たのか、呼び方を変えたのである。
その時の心境を、まだブエナ本人は思い出せないが、そのおかげで、踏ん切りがついた。
「お兄さん。もう一つ、お願いしてもいい……?」
「今日のエナちゃんは甘えん坊だな。いいぞ、どんと来いだ」
「…………」
小さな子をあやすような、優しい微笑み。
分け隔てのない優しさは美徳だけれど、ブエナが望む優しさとは違う。
ぶうちゃんでも、エナちゃんでもない。
ブエナビスタが、望むのは……。
「エナちゃんじゃなくて、ブエナって、呼んで欲しいの。あの時みたいに」
「……え」
前を進んで、導いてくれる優しさではなく。
後ろに立って、見守ってくれる優しさではなく。
隣に立って、手を繋いで一緒に歩いてくれる、優しさ。
「……私。もう、子供じゃないよ」
戸惑う“彼”の首筋に顔を埋め、囁くブエナ。
花火の音は、心臓の高鳴りにかき消され、聞こえなくなっていた。
そして……。
「どどどど、どーすんの? どーすんのぉ!? このままじゃトレーナーさん、ブエナさんに取られちゃう! お姉ちゃんが負けヒロインになっちゃうよぉ!!」
「お、落ち着いてヴィブロス、まだそうなると決まった訳じゃ……っ」
「二人とも静かにっ、今いいところ──じゃなかった、覗いてるのがバレるっすよ!」
「あんにゃろう……! うちのヴィルシーナだけに留まらず、ブエナちゃんまで……っ! ゔあぁあぁぁ羨まじいぃいぃいいぃぃぃ!!」
そんな二人を木の影から覗き見る、四人が居た。
もちろん、ヴィブロスとシュヴァル、ウインバリアシオン、ヴィルシーナのトレーナーである。
この待ち合わせ場所は四人にも共有されており、先回りして絶好のポジションを確保していたわけだ。
まぁ、見るのは花火ではなく、ヴィルシーナと“彼”のはずだったのだが。
「じゃあシオンさんは、お姉ちゃんが失恋してトラウマ抱えちゃって、仕事人間になっちゃった挙句に30手前でお局様って呼ばれるようになっちゃってもいいのっ?」
「妙に例えが具体的すぎない……?」
「そうは言ってないっすけど、でも……。ブエナさんにああ言われて、ドキッとしない人が居るかどうか……。見ているだけのあたしでもドキドキしてるのに」
「アタシだってブエナちゃんと仲良くなりたいのに……。我慢して遠くから見守ってたのにぃ……っ。薄々は気付いてたけど、実際に目の前で見ると脳が、脳が破壊されるうぅぅ……っ!」
(ちょっとトレっち面倒くさいかも……)(姉さんのトレーナーさんってこんな人だったんだ……)(ヴィルシーナさんも苦労してるんすね……)
ウマ娘の鋭い聴覚は、花火の音に紛れる会話も、余さず拾い上げる(厄介ファンの妄言は無視)。
想定外の組み合わせによる、恋愛リアリティショー。
ある意味、観客としては最高の展開だけれども、その結果として姉が負けては元の木阿弥。
特に恋愛事には敏感なヴィブロスが焦っていた。焦りまくっていた。
「ううううう、とにかくなんとか、なんとかしなきゃ……!」
「ちょ、ヴィブロス、そんなに押さないで、倒れちゃ──わぁ!?」
「え? ちょい待ってふぎゅうっ!?」
「あ、皆さ……あちゃあ……」
気持ちが前のめりになり過ぎたせいで、姉妹+1は仲良く木影から転げ出る。
それに“彼”らが気付かないはずがなく、驚きで目を丸くした。
「シュヴァルと、ヴィブロスに、ウインバリアシオン? い、いつから……?」
「いいいいやあのこれはそのっ」
「あ、あはははー。こ、こんばんはー」
「どうもっす……」
「くぉらぁ! アタシのこと無視すんなぁ!!」
気不味い苦笑いが三つも並び、場の空気は一変する。
怒り心頭に発しまくりな一名は……見なかったことにしよう面倒くさそうだ。
更に、ライバルとの勝負に夢中になっていた、ヴィルシーナとジェンティルもやって来て。
「はぁ、はぁ……。や、やっと……」
「追いつきましたわ……!」
場が混沌とする中、ブエナは小さく溜め息をつき、落胆しながらも、安心した。
答えて欲しかったけど。
本当はまだ、変わってしまうのが、怖かったから。
(お預け、だね。残念)
(エナちゃ……あ、いや……)
(いいの。今はまだ、エナちゃんでも大丈夫だから)
ぎゅう、と首筋に抱きついて、目を閉じる。
何やら、ジェンティルとヴィルシーナの焦った声が聞こえる気がした。
けれど……今だけは。
やっと思い出した
夏が終わろうとしている。
そして、秋が来る。
厳しい冬に向け、全てが変わらざるを得ない、秋が。
「わぁ……! 天井、見て!」
わりぃ、やっぱ辛ぇわ……っ。
まぁしょうがないよね……。旦那にスティルさんと浮気させた挙句、今はブエナちゃんに目移りして、将来的にはブーケちゃんとイチャラブするだけの話も描きたいなーとか考えてる頭tntn野郎のとこには来たくないよね……。
でもネクパイの視線誘導すんごぉい。さすがワイやで(なんだコイツ)。
実装された今となっては、色んな意味で恥ずかしい物(=前作)を世に出してしまい、「やぁっちまったなぁー!」という気持ちでいっぱいです。思わず口調とかの改訂作業を済ませちゃいましたぜ。
しかしながら、実装されてからでは絶対に描けなかった怪文書でもあるので、前バージョンも残してあります。どうか寛大な心で許してやって下さい。向こうのオマケも本当にネタ出しは済んでますんで……。
それはさて置き、今回はブエナちゃんの一人勝ちでした。ジェンヴィルの敗因? ライバルを意識し過ぎたんじゃないっすかね。難儀やわー。
ちなみに、夏祭りの場面で地の文で言った子連れの家族、実はオマケに出てきます。
そんでそのオマケですが、本編が長くなったので今回は別枠更新。よろしければお読みください。
次回、秋の楯。