ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん   作:幼馴染にされたネクパイ

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秋の楯

 

 

 

(……あれ? ここは……)

 

 

 

 気がつくと、ブエナは見慣れた場所に立っていた。

 見慣れた配置の家具。昔はオバケの顔にも見えた天井の模様。自分の生まれ育った生家だ。

 しかし、どこかが微妙に違っても見えて、違和感を覚える。

 

 なんなんだろう。

 この、ふわふわした感じ。

 

 

 

「ねぇ、おねえちゃん?」

「うん? どうかしたの、ブエナちゃん」

 

 

 

 不意に、背後から声がした。

 幼い少女と、若々しい“お姉ちゃん”の声。

 振り向いてようやく、ブエナは自分が夢を見ていると理解した。

 何故ならそこには、昔の自分自身と、学生時代の“お姉ちゃん”が居たから。

 

 

 

「おねえちゃんは、ぶうちゃんの……ほんとのおねえちゃんじゃ、ないよね」

「え゛っ」

 

 

 

 まだ髪が短く、幼さの抜け切らない“お姉ちゃん”は、答え辛い質問に頬を引き攣らせて。

 どうしてこんな事を? あまりに昔過ぎて、記憶の引き出しがガタついていた。

 

 

 

「いいい、一般的な視点から見るとそうだけど、私はブエナちゃんの事、本当の妹みたいに思ってるよ……!」

「うん……。でもね、ほんとじゃないなら、どうすれば、ほんとになれるの?」

「……ん? 本当の家族に、ってこと?」

「うん、そうっ」

 

 

 

 小さなブエナを傷つけないよう、必死に言葉を選ぶ“お姉ちゃん”は、質問の意図を察し、考え込む。

 本当の家族になるために、必要なこと。

 今なら簡単に分かることが、この時のブエナには、とても難しい問題だったのだろう。

 

 

 

「こないだのが原因か……。うーん……。手っ取り早いのは、ブエナちゃんがお兄ちゃ──兄さんと結婚する事だけど……。流石にまだ歳が……」

「けっこん? ぶうちゃんがおよめさんになれば、ほんとになれる?」

「姉妹……お姉ちゃんと妹にはなれる、かな。逆になっちゃうけどね」

「そっかぁ。そうなんだ……」

 

 

 

 一般的に、兄弟が居る相手と結婚をした場合、その続柄は伴侶と同じとなる。

 兄姉が居る相手なら義弟義妹に、弟妹が居る相手なら義兄義姉となる訳だが、この時はきっと、そこまで理解していなかったと、ブエナ自身も思った。

 そして、場面が切り替わり……。

 

 

 

「ねぇ、おにいちゃん」

「うん? なんだい、エナちゃん」

 

 

 

 また、覚えがある部屋に。

 だが今度はブエナの生家ではなく、“お姉ちゃん”の……“彼”の家のリビングだ。

 幼いブエナの前に居るのも、“お姉ちゃん”ではなく“彼”に変わっている。

 

 

 

「ぶうちゃんのこと、およめさんにしてくれる?」

「え゛っ」

 

 

 

 これまた答え辛い質問をぶつけるブエナに、“彼”は“お姉ちゃん”と同じ反応をした。

 それがあまりにもそっくりで、小さく笑ってしまう。

 やっぱり、兄妹なんだなぁ。

 

 

 

「いいい、いきなり、どうしたんだい?」

「だめ……?」

「駄目……というか、ええと、エナちゃん。女の子がお嫁さんになる……結婚するには、最低でも16歳にならないといけないんだ。まだエナちゃんには早いかなぁ」

「そうなの……? じゃあ、ほんとのかぞくには、なれないの……?」

「……もしかして、誰かに何か言われた? だから急に……ううむ」

 

 

 

 あれ? と一瞬考えるブエナだったが、すぐに思い出す。

 この頃はまだ法律が変わる前で、女性は16歳からでも、両親の許可があれば結婚可能だった。

 加えて、ちょっと悲しい記憶も蘇る。

 いつも“お姉ちゃん”に着いて回っていたブエナを見ていた誰かさんが、それを揶揄して言った、『本当の姉妹じゃない癖に』、という言葉。

 その誰かさんも子供だったし、ちょっとした意地悪だったのだろうけれど、ブエナの心には深く突き刺さり、あの質問に繋がったのだ。

 

 なお、これはブエナも覚えていない事だが、意地悪をした誰かさん……。実は“お姉ちゃん”が好きだった少年は、直後に駆けつけた“お姉ちゃん”に鬼のような顔で睨まれ、泣きながら退散した。

 以降、「ブエナちゃんの“お姉ちゃん”は怒らせてはいけない」という共通認識が生まれたとか。

 ついでに少年は新しい世界を見出した。誰かに蔑まれるように睨まれると嬉しくなってしまうという、とても困った世界を。

 

 

 

「じゃあ、じゃあね。ぶうちゃんがおおきくなったら、おにいちゃんのおよめさんにして? いいでしょ?」

「……ううう、男が一度は言われたい台詞No.1なのに、実際に言われるとこんな感じなのか……っ」

 

 

 

 それはさて置き、ブエナの「お嫁さんにして」攻勢に、“彼”は嬉しいような苦しいような、実に複雑な表情をしている。

 娘が父親に結婚をねだるのと同じ、幼い好意の発露。

 きっかけは、“お姉ちゃん”との関係を揶揄された事だろうが、だからと言って、全く好きでもない人にこんな事をお願いするほど、無節操ではなかった……と、思いたい。

 

 ……でも。今のブエナには分かる。

 この思い出は忘れているけれど、どんな結末に終わるのか、分かってしまう。

 

 

 

「ごめんね、エナちゃん。約束は、できない」

「……えっ」

 

 

 

 まさしく、断腸の思いといった口振りで、“彼”は首を振った。

 断られるなんて思っておらず、幼いブエナの目に涙が浮かぶ。

 

 

 

「お、おにいちゃん、ぶうちゃんのこと、きらい……なの……?」

「ううん、好きだよ。大好きだ。でも、結婚するのに必要な“好き”は、この好きじゃないんだ」

「すきなのに、すきじゃない……? わかんないよぅ……」

「……そうだね。まだ難しいよね。きっと大人になれば、エナちゃんも分かるさ」

「んんん……! ぶうちゃんは、ちゃんと、すきなのに……っ!」

 

 

 

 優しく、“彼”は頭を撫でてくれる。

 だが、ブエナの頬は風船のように膨らみ、いよいよ破裂してしまった。

 

 

 

「おにいちゃんのばかっ! きらい! およめさんにしてくれないなら、おにいちゃんのこと、きらいになるもん!」

「ゔっ。ご、ごめん、ごめんよ……」

 

 

 

 ぷいっ、と背を向けるブエナに、ひたすら謝り続ける“彼”。

 ようやく。ようやく、思い出した。

 幼い頃のブエナは、これがきっかけで、本気で“お兄ちゃん”を嫌いになろうとして、仕事や学業でのすれ違いも増え、やがて本当に距離が開いてしまった。

 その間も“お姉ちゃん”との関係は良好で、だからこそ関係性は偏り、想いは薄れていく。

 

 あまりにも幼い、初恋とすら呼べない気持ちは。

 こうして消え去ったのだ。

 

 

 

「……夢?」

 

 

 

 微睡みから目覚めたブエナは思わず、自分の居る場所を確認する。

 朝日も射さない、見慣れた部屋。

 主のいない、ルームメイトの空のベッド。

 栗東寮の自室だ。

 

 

 

「本当に子供だったんだなぁ、私……」

 

 

 

 懐かしくも切ない記憶を取り戻し、ブエナが苦笑した。

 大好きな“お姉ちゃん”と本当の家族になりたくて、“彼”に結婚をせがんで。

 そんなの、断られるに決まっているのに、不貞腐れて、おまけに忘れ去って。自分勝手にも程がある。

 ……でも。

 

 

 

(あの頃の私は、子供なりに本気だったんだよね。だから、きっとこれが、私の初恋)

 

 

 

 他の誰もが恋とは呼ばないだろう気持ちを、せめて自分だけは、初恋だったと言いたい。

 “彼”に向けた言葉は、幼い自分の精一杯だったのだと、信じたい。

 いや、そうでなくては困る。

 だって、初恋は叶わない……と言われるし。

 もう初恋が終わっているのなら。同じ人でも二度目なら、きっと大丈夫。

 ……の、はず。

 

 

 

「行かなきゃ」

 

 

 

 自分への気休めもほどほどに、ブエナはベッドを抜け出して着替え始める。

 今日がどんな日でも、やるべき事は変わらない。

 一年前からずっと続けてきたトレーニングを、今日もまた繰り返す。

 

 季節は秋。

 半日と経たない内に、天皇賞が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターフが怒号を上げていた。

 それは、群れを成して踏みつけられる大地のものか、観客達の放つ声援か。はたまたその両方か。

 開始から2分と経たない天皇賞・秋が今、最高潮を迎える。

 

 

 

『まもなく最終コーナー、好位置につけたトーセンジョーダンが上がってくる、後方のエイシンフラッシュも仕掛けるか!』

 

 

 

 実況の女性が呼ぶ名は、出走者の中でも有力視されるウマ娘。

 未だ破られない、天皇賞(秋)のレコードホルダーであるトーセンジョーダン。

 かつてダービーを制し、今なお厳しいトレーニングで活躍し続けるエイシンフラッシュ。

 だが、最有力ではない。

 このレースで最も期待され、最も警戒されるのは──ジェンティルドンナ。

 

 

 

『注目のジェンティルドンナは団子状態で動けない! これは進退極まったか!? 剛毅なる貴婦人も壁は破れないのか!?』

 

 

 

 序盤から他のメンバーにマークされ続け、ジェンティルは思うようなコース取りが出来なかった。

 誰も彼もがジェンティルを睨み、怯えながらも、立ち塞がる。

 

 ああ、なんて素晴らしい。こうでなくては。

 全員が死力を尽くし、勝利を掴もうとするからこそ、その栄光はより輝きを増すのだから。

 

 コーナーは目前。

 ジョーダンが先行組みを引っ張り上げ、フラッシュが外を加速していく。

 このままでは、進路を塞がれたまま、無惨に沈むしかない。

 

 ──けれど。

 

 

 

「ごめんあそばせ」

 

 

 

 カーブを曲がっていく最中、ジェンティルは大外へと躍り出た。

 文字通り、踊っているような軽やかさ。

 今までのジェンティルでは考えられないような、技巧の光る足捌きだった。

 

 

 

『これは、何が起きた!? 内ラチに押し込められていたジェンティルドンナが、一気に外へ躍り出た! 捲って上がって行く!!』

 

 

 

 実況すら驚くこのステップは、実は単に、隙間を縫っただけでもある。

 ジョーダンに釣られて速度を上げる面々と、大外にブレるのを嫌って抑える面々の、その隙間。

 斜行、進路妨害には当たらない絶妙なタイミングで、そこを通っただけ。

 至極単純であるが故に、これを見極めるための眼力と勝負勘が要求される、神業であろう。

 “力”でこじ開けてきた今までとは違う、ジェンティルドンナの新たな境地だった。

 

 それを為した今。

 阻むものは、ない。

 

 

 

「マジでぇ!? 冗談キツい……っつーのぉ!!」

「く……っ! まだ、抜かせません!!」

 

 

 

 ターフが、土が、蹄鉄が叫ぶ。

 最終直線。

 抑えていた“力”を十全に発揮したジェンティルは、凄まじい勢いで加速していく。

 ジョーダンと並び、そこへフラッシュが加わり、残す1ハロンで、音が消える。

 

 “何か”を突き破るような、不思議な感覚を、ジェンティルは覚えた。

 

 

 

『ジェンティルドンナ! ジェンティルドンナだ! たった今、彼女の“力”によって歴史が塗り替えられた! 前人未到の、八冠達成だぁああっ!!』

 

 

 

 歓声が耳に届いたのは、ややあってから。

 額の汗を拭うのも置いて、ジェンティルはとある人影を探す。

 いつだったか、二人で観戦したS指定席のガラス越しに、”その人“は微笑んでいる。

 本当は飛び跳ねて喜びたいだろうに、人目を気にして、小さく、何度も何度もガッツポーズを繰り返して……。

 

 自然と、ジェンティルの顔にも笑みが浮かび、そのまま観客席へ向けて、優雅にカーテシーを。

 歓声と拍手がさらに大きく、東京レース場を包み込む。

 

 この日。

 新たなる蹄跡が、歴史に刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうかな」

 

 

 

 真新しいスーツの固い着心地に、戸惑いながら背筋を伸ばす。

 天皇賞から約一週間後。

 都内にある超超超高級ブランドショップにて、“彼”はパーティー用のスーツを見繕われていた。

 

 

 

「ふぅん……。悪くはありませんが、決め手に欠けますわね。次を試着してから決めましょう」

「そう言ってもう五着目なんだけど……」

 

 

 

 見定めるのはもちろん、史上初の八冠ウマ娘となったジェンティルドンナ。

 休日を使っての外出は、近く開かれる祝賀会のため、相応しい衣装を仕立てる事になったからである。

 その提案者であるジェンティルの姉、ドナウブルーもこの場におり、普段よりも幾分、柔らかい笑顔を見せている。

 

 

 

「どれもお似合いですよ。出会った頃のトレーナーさんなら、服に着られていたかも知れませんけれど、すっかり風格が備わったように見えます」

「そう、でしょうか。もしそうなら、ジェンティルのおかげですね」

 

 

 

 当人としてはあまり自覚できない部分だが、社交界に身を置いて長いドナウから見ても、纏う雰囲気は大きく変わっていた。

 気骨を見せるばかりの新人トレーナーだった“彼”も、今や未来の名伯楽として名を馳せている。

 ジェンティルのために必死に頭を下げていた、あの頃が懐かしい。

 

 

 

「今回の祝賀会には、様々な世界から、多くの人物が参加くださいます。“貴方”にも、それなりの格好をして頂きませんと。姉様、次はあちらを」

「待て待て、ジェンティル。着せ替え人形にしてはトレーナーさんも疲れてしまう。それに、御本人の好みもある。よく考えてだな……」

 

 

 

 トリプルティアラ達成の時もパーティーは開かれたが、ルドルフの壁を破った今回は、その比ではない規模となる。

 取材陣が入る予定があるし、ドナウも一族としてコメントを用意してある。

 これまでの“彼”とジェンティルは、あくまでレース界においてのみ名が通じる存在だったが、今度のパーティーを経て、名実共に社交界での地位を確立するだろう。

 そんな訳で、勝負服で出席するジェンティルにも負けない、最高級のスーツを用立てる必要があるのだ。

 

 

 

「そう言えば、一つ気になる事が」

「どうしたんだ?」

「“貴方”が今も着ているそのスーツ、何か由来でもあるのかしら」

 

 

 

 やっと生地と色合いを決め、採寸を終えた頃。

 店内のサロンでお茶を一服する“彼”に、ジェンティルは、ふと思い浮かんだ疑問を投げかける。

 出会った当初から着ている物で、もちろん似合わない訳ではないのだが、よくよく見ると微妙にサイズが合っておらず、(ジェンティル達にとっては)手頃な値段の品だと思われた。

 が、それにしては時代遅れ……もとい、年季が入っているようにも見えて、ずっと不思議だったのだ。

 

 

 

「ああ、言ってなかったか。これは親父の形見なんだよ」

「……形見?」

「大丈夫。こんな古臭いスーツ、パーティーには相応しくない。そこは弁えてるさ」

「…………」

 

 

 

 返答の内容は、思いの外、重かった。

 少なくとも、昨日の夕飯の献立を答えるような、気楽に話すような事ではない。

 思わず口を噤んでしまうジェンティルに、“彼”はそれでも笑いかける。

 

 

 

「初めて仕事の面接を受ける時とか、少しでも大人な自分になりたくて、引っ張り出して着たのが初めてだったなぁ。

 形見とはいえ、もう十年以上……。いや、親父も着てたんだからそれ以上か。

 そろそろ、このスーツも引退させてやるべきだろうけど……。捨てるには偲びなくてさ」

「……捨てる必要など、ないでしょう。思い出の品を手元に置きたいと思うのは、ごく普通のことですわ」

 

 

 

 いかに古臭くとも、時代遅れでも。金銭に替えられない価値が、思い入れがある。

 誰しもが一つは、そんな品を持っているはず。

 古くなったからと言って簡単に捨ててしまうなんて、即物的すぎるとジェンティルは思った。

 二人のやり取りを見守っていたドナウもまた、同じ想いのようで……。

 

 

 

「ヴィンテージならば、手入れもしないといけませんね。よろしければ、この機会にフルメンテなど如何でしょう。見たところ、縫製はしっかりしていますし、長く着られますよ」

「そうですか? でも、ただでさえスーツを仕立てて貰うのに、これ以上のご厚意に甘えるのは……」

「厚意を受けるに相応しい貢献を、一族にしてくださった。そう思ってくださって構いません。どうぞ御遠慮なく」

 

 

 

 才気溢れるジェンティルと言えども、一人で今回の偉業は達成できなかったであろう。

 彼女を導き、隣に立つ“彼”が居ればこその、前人未到の境地。

 “彼”にはこれからも、是非とも一族に貢献してもらいたい。繋ぎ止めるためならば、なんでもしよう。スーツの一着や二着、むしろ安過ぎるくらいだ。

 

 望むべくは、ジェンティルの……“妹”の伴侶として一族に加わって欲しいが、父の意向によっては難しくなる。いざとなれば、ドナウ自身が既成事実を作るしかないか。

 幸い、まだ独り身だし。こんな優良物件、逃す方が大損だし。実はジュニア期に真っ先に頼ってくれた時から気になってたので大歓ゲフンゲフン。

 

 何はともあれ、準備はこれにて万端。

 この日は(表面上は)和やかにお茶をして終わった。

 そして、瞬く間にパーティー当日が、やって来る。

 

 

 

「……ふん」

 

 

 

 その少年──ジェンティルの弟は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 一族が所有する高層ビルに集まった、多くの著名人を眺めつつ、彼等の中心に居る二人……姉と“あの男”を、観察していた。

 

 

 

(ルドルフの壁、か)

 

 

 

 既にパーティーが始まって一時間。

 とっくに挨拶やら何やらは済み、客人達は各々、酒や食事を楽しむなり、新たなコネクション作りに奔走したり、様々だ。

 中でも、ジェンティル達の居る場所は黒山の人集りとなっていて、その功績を褒め称える者、レース内容について語る者、自社商品を売り込む者が入り乱れていた。

 

 ジェンティルは手慣れたもので、必死に取り入ろうとするおべっか使いも易々と躱しているが、“彼”の方は苦戦して見える。

 時折、ジェンティルから助け船を出されてようやく……といった所か。

 あんな男が、このような場所に居るなんて。

 

 

 

「やれやれ、呑気なものですなあ。場違いにも程がある」

 

 

 

 一層、目付きを険しくする少年に、歩み寄る影。

 粘ついた不快感のある声の主は、覚えのない初老の男だ。

 着ているスーツは高級でも、服に中身が追いついていない。

 これが第一印象だった。

 

 

 

「……貴方は?」

「お初にお目に掛かります。わたくし、こういう者で。御子息様にあらせられましては、ご機嫌麗しく」

「…………」

 

 

 

 貴様の目は節穴か、と罵声を浴びせたいのを我慢するのは、苦労した。

 どうせ、誰に対しても同じような文句を使っているのだろう。

 雑な謙りは神経を逆撫ですると、今まで知らずにいたとは、ある意味驚きだ。

 

 

 

「ジェンティル様もお年頃なのでしょうが、それにしましても、あの男は立場を弁えるべきでしょう」

「…………」

「トレーナーとしては、まあそこそこかも知れません。しかし財はない、市井の出で地位もない。

 生まれながらの高貴なる血筋(ブルーブラッド)とはかけ離れた人間が、さもパートナーであるかのように振る舞うなど……」

 

 

 

 黙りこくる少年の顔が見えていないのか、男は好き勝手に苦言を呈する。

 初年度から三連戦という無茶をしつつ、トリプルティアラを無事に達成させ、なおかつ史上初の八冠の栄誉をも得たトレーナーが、そこそこ?

 相手を辱めたいがために、その力量を正しく計る事すら放棄するだなんて、愚の骨頂。

 少年は、どうやってこの男を追い払うか、考え始めていた。

 

 

 

「これほどの偉業を達成された方だ。その“血”は然るべき相手と残して頂きませんと」

(……ああ、なるほど。これが不快感の理由か)

 

 

 

 一目見た瞬間から、不快感を覚えた理由。

 それは、この男がジェンティルに向ける、下卑た視線。

 姉を単なる道具としてしか見ていない、欲に塗れた下郎に好感など、抱けるはずがない。

 

 ……もう、我慢の限界だ。

 

 

 

「そちらの言いたい事は理解しました」

「おおお、流石は御子息様。であれば、我が家の──」

「だが、一つだけ。勘違いしておられる」

 

 

 

 男に向き直り、少年は声を張る。

 有無を言わせぬよう、父親譲りの鋭い眼光を浴びせながら、己の矜持を示す。

 

 

 

「我が父も、最初は何も持っていなかった。貴方が言うように、生まれ持った地位や財産しか“力”として見られぬのなら、我々こそが場違いになりましょう」

「なっ、い、いえいえ、あなた方はべ」

 

 

 

 ここに来て、ようやく不興を買った事に気付いた男が、大いに慌てた。

 が、時既に遅し。

 近寄って来る巨大な“気配”に、喉が凍りつく。

 警護を引き連れた少年の……そしてジェンティルの父が、そこに居る。

 

 

 

「息子が、何か失礼を?」

「……いいえ、め、滅相も……」

「おや。顔色が優れない御様子。どうか無理をなさらぬよう。客人がお帰りだ。丁重に、確実に、お送りして差し上げろ」

「はっ」

「お、お待ちをっ、私はっ」

 

 

 

 屈強な警護に囲まれ、男は会場を後にした。

 ここに招待された以上、一廉の人物であるはずだが、恐らく、もう二度と会う事はないだろう。

 少年は、騒ぎを治めてくれた父に対し、頭を下げる。

 

 

 

「申し訳ありません。場を乱しました」

「よい。弁えぬ愚か者が摘み出されるのを、娯楽とする方々も居る。余興にはなっただろう」

 

 

 

 周囲を見れば、遠巻きに少年を観察する目がちらほら。声を張ってしまったのだから当然か。

 だが幸い、ジェンティル達は客人の対応で忙しく、この騒ぎには気付いていないようだ。

 

 改めて、“彼”を見る。

 今回のためにあつらえたと言う、濃紺のスーツに身を包み、笑みを引き攣らせる時もあるけれど、ジェンティルの隣で背筋を伸ばし、並び立っている。

 姉を見る目線と、姉が“彼”を見る目線には、お互いへの信頼が見て取れた。

 

 今はまだ、姉の方が立場が強そうだが、いずれは……。

 そんな風に思わせる、“何か”があった。

 

 

 

「お父様は、あの男を……」

「……どうした」

「ジェンティルがあの男を選んだのなら、お認めになりますか」

 

 

 

 仮に。もし仮にだが、姉が“彼”との結婚を望んだのなら。

 正直な所感は、非常に不愉快極まりないけれど、あの初老の男に同意せざるを得ない。

 八冠を達成して、ようやくスタートラインに立てる程に、他の候補は社会的地位も、才覚も、財力も合わせ持っている。

 ジェンティルが次期当主になるとして、その足枷となるようでは、他に示しがつかないのだ。

 世界を揺るがす程の“力”を持つ者が、ただ己の幸せだけを追求しては、いずれ皺寄せが来てしまう。

 どこかで、辻褄合わせをする必要があるのである。

 

 

 

「さて、な。ただ……」

「ただ……?」

「あの二人には、致命的なまでに欠けているものがある」

「欠けている、もの」

 

 

 

 父も同じ意見なのかと思ったけれど、深い皺の刻まれた目元からは、父親としての情……のようなものが、滲んでいる気がした。

 しかし。

 

 

 

「今のままでは、足りぬ」

 

 

 

 続けて発せられた言葉には、実の息子ですら背筋を凍り付かせる、冷徹さが感じられた。

 父が何を想い、そして何を望むのか。

 その心中を察する事ができない自分を、少年は恥じると同時に、安堵していた。

 理解できてしまったら、きっと。姉を攫っていくかも知れない“彼”を、応援したくなってしまうような……。

 そんな気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマケ? 両親紹介RTAランキング圏外(再走不可)』

 

 

 

「トレーナーさん。……わ、私の両親と会ってくださいませんか!!」

「……へっ!?」

 

 

 

 昼下がりのカフェテリアに、素っ頓狂な声が響いた。

 最近は指定席と化している一角では、兄姉同盟の“彼”とヴィルシーナ、そしてその妹たち+1がたむろしている。

 が、和やかな団欒からの唐突なお誘い? のせいで、“彼”の思考回路はショート寸前である。

 何がなんだか分からない……。

 

 

 

「姉さん、説明を省き過ぎだよ……」

「それに、会いたがってるのはママだけでしょ?」

「ちょっと落ち着きましょう。深呼吸、深呼吸っすよ!」

「え、ええ。ふぅ……はぁ……」

 

 

 

 どうやら、これはヴィルシーナの暴走だったらしく、シュヴァル、ヴィブロス、ウインバリアシオンが彼女を宥めている。

 何度か深呼吸を繰り返した後、ヴィルシーナから改めて、詳しい事情が語られた。

 

 

 

「ええと、実はですね……。私の母が、トレーナーさんに会ってみたいと、話していて……」

 

 

 

 二週間ほど前の話だ。

 次走をエリザベス女王杯に定めるヴィルシーナの英気を養うため、久しぶりに三姉妹で帰省しよう……という事になり、その予定の調整を電話でしていた。

 

 

 

『ねえねえ、ヴィルシーナちゃん』

「なぁに? ママ」

 

 

 

 携帯越しに呼びかけてくるのは、三姉妹の母親。

 寮の自室で寛いでいるヴィルシーナの耳を、優しい声で更に癒してくれる。

 三人の子を産んでなお美しく、気遣い上手で、父とも仲睦まじい、ヴィルシーナ達の理想の女性像を体現する人物だった。

 ところが、そんな寛ぎ気分は、母の次の一言で吹き飛んでしまう。

 

 

 

『今、恋してるでしょう』

「………………にゃんの事、ごほん、なんの事だか、さっぱり……」

『うふふ。動揺しちゃって、分かりやすーい』

「う……」

『お相手は……携帯の待ち受けの人かしら。ロック画面じゃない方の』

「えっ、い、いつの間に……!?」

『だぁってぇ、前に帰ってきた時、ヴィルシーナちゃんったら、携帯をじぃっと見つめたかと思えば、幸せそうに微笑んでるんだもの。分かっちゃうわよ』

「う、嘘……。私が、そんな事を……?」

 

 

 

 秘せていると思っていた恋心を言い当てられ、流石に動揺を隠せない。

 妹の写真を見せると装い、誤作動だと言い訳しながら撮った、“彼”の横顔。

 ロック画面の壁紙だと誰かに見られると考え、ホーム画面に設定していたのだが、まさか盗み見られていたなんて。油断していた。

 

 ……と、ヴィルシーナは思っているが、実はルームメイトのタルマエにもバレていたりする。しかもかなり前から。

 その生暖かい視線にすら気が付かなかったのは、やはり、恋に恋する乙女であるが故……なのだろうか?

 

 

 

『それでね? 今度の週末のパーティー、良ければご招待したいなー、って。どう?』

「どう、と言われても……」

『大丈夫。パパはまだ気付いてないし、秘密にしておくから。きっと、ギクシャクしちゃうものね』

 

 

 

 唯一の救いは、絶対に「娘と結婚したいならまずは一球打ってもらおうかな!」とか言いそうな父が、まだ勘付いていないこと。

 未だに現役のスポーツ選手である父との勝負なんて、ハードルが高過ぎて下をくぐれてしまう。攻略するにしても、ちゃんとした準備期間が欲しいところだ。

 ……まだそういう段階じゃない? ごもっとも。

 

 

 

『もし駄目でも、ヴィルシーナちゃん達は帰ってくる予定だったし、パーティーはしましょう? とにかくお誘いしてみて。ね?』

「わ、分かったわ。一応、声は掛けてみるから……」

 

 

 

 ともあれ、母の中ではもう招待するのは確定らしく、押し切られる形で話はまとまった。

 ヴィルシーナは悩んだ。

 どんな風に声を掛ければいいのか。断られたらどうすれば。

 悩みに悩み、しかし答えは出ず。恥を偲んで妹たちへと相談した結果、オーディエンスとして力を借りる事になったのである。

 

 

 

「私のために、家でパーティーを開いてくれるんです。それで、今度の週末、姉妹で実家に帰る予定なので、その時にでも、どうでしょうか……?」

「……君のお母さんって、ハルーワスウィートさん、だね。女優の……」

「はい。ご存知だったんですね」

「そりゃあ、知らない人の方が少ないよ。いや、でも……本当に? 会いたがってるって……ええ……?」

 

 

 

 事情を聞いた“彼”はと言うと、非常に困惑している様子だ。

 夫婦揃って著名人なヴィルシーナの両親だが、特に女優として活躍していた母親──ハルーワスウィートの存在感と知名度は大きかった。

 婚約発表時も、かなりの大騒ぎになった人物が、自分に会いたがっている。

 実の娘から聞いた話でなければ、変なツボを売りつけるための詐欺だと即断するレベルである。

 

 そんな“彼”の困惑を、どう断ろうか考えている……と勘違いしたヴィルシーナは、一転、眼光を鋭く。

 ここで取って置きの切り札を切る。

 

 

 

「なんでもする、という約束。覚えていらっしゃいますよね?」

「うっ!? そ、それをここで言うのかっ?」

「……言います。言わせて頂きます。是非、母と会ってください」

 

 

 

 夏合宿前、シュヴァルの協力を得るために交わした約束。

 まさか、こういう形で使われるとは思っておらず、これまた狼狽えるけれど、確かに約束した。

 こんなにも食い下がられては、断るのも酷というもの。

 相手方のたっての願いという事もあり、“彼”は招待を受けると決めた。

 

 

 

「……分かった。来週末なら、ちょうど個人的な時間も作れるし、その招待、受けさせてもらうよ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます……!」

「やったね、お姉ちゃん!」

「良かった、ね……」

 

 

 

 色良い返事に、三姉妹が湧き立つ。

 ただパーティーに出席するだけなのに、ここまで喜ばれるとは。なんだか、むず痒い。

 それはそうと……。

 

 

 

「ところで、シュヴァルとヴィブロスはまだしも、なんでシオンがここに?」

「…………な、なんでっすかね?」

 

 

 

 ヴィルシーナ側で唯一、血縁関係のないシオンは、“彼”のツッコミに苦笑いを浮かべた。

 まぁ、シュヴァルと同室ではあるので、全くの無関係ではないのだが、そろそろ名誉姉妹権を得ても良さそうであった。

 名誉姉妹権ってなんだというツッコミをしてはいけない。さもなくば、老若男女問わず弟・妹にされるであろう。あな恐ろしや。

 

 そんなこんなで、パーティー当日。

 タクシーを予約し、学園前で待ち合わせた三姉妹の元に、いつものスーツを着た“彼”がやってくる。

 

 

 

「三人とも、お待たせ」

「トレーナーさん。おはようございます」

「おはよう、ございます……」

「おっはよーございまーす!」

「うん。おはよう」

 

 

 

 各々、自分らしく挨拶を交わす三姉妹。

 その中でヴィルシーナは、“彼”の出立ちが普段と違っている事に気付く。

 いつものスーツ姿が、いつもより決まっている、ような。

 

 

 

「……あら? なんだか、雰囲気が……」

「ああ、分かるかな。実は、いつものスーツを仕立て直してね。ちょうど良いタイミングだったよ」

「そ、そうだったんですね。……す……素敵、ですわ」

「ありがとう。ほとんど今までと変わらないはずなのに、不思議なもんだね。気が引き締まる」

 

 

 

 体に合っていない、吊るしのスーツを着ている人というのは、やはり体の動かし方が微妙にぎこちなかったりする物だが、今の“彼”は違う。

 年季の入ったスーツが体のラインにフィットし、一挙手一投足を引き立てている。まるで別人のよう……と言っても、大袈裟ではないかも知れない。

 そして、そんな“彼”を見た三姉妹が、色めき立たないはずがなく。

 

 

 

(お姉ちゃんお姉ちゃん! これキてるよ! このタイミングでスーツ仕立て直しとか、トレーナーさんも“その気”だよ!)

(そ、そう、なのかしら……)

(偶然の一致、かも知れないけど。来てくれたんだから、期待していい、のかも……)

 

 

 

 ちょっと離れた所で顔を突き合わせ、コソコソと内緒話で盛り上がる。

 実際にはシュヴァルが予想した通り、ドナウブルーの勧めで仕立て直しただけで、ヴィブロスは盛大に勘違いしている訳だが、そんなのは関係ない。

 今日、この場に、仕立て直したスーツで現れた、という事実が重要。

 母への挨拶で、勝負を決めるつもりなのでは……? と、乙女心がうまぴょいしだすのも、無理からぬ事なのだ。

 

 ちなみに、本来であれば居るはずの……居なくてはいけないはずのヴィルシーナのトレーナーだが、今回は珍しく空気を読んで参加を辞退した。

 自身の担当ウマ娘を盗られるのも同義なのだし、悔しさ万点、憎らしさは億万点といった表情と声だったけれども、ヴィルシーナの幸せを願う気持ち、恋心を応援したい気持ちは無量大数。

「ハルーワさんに変な気を起こしたら切り落とすから」とだけ言い残し、煤けた背中で去っていった。

 後で、酒に合う甘い物でも差し入れよう。心でそう誓う“彼”であった。

 

 

 

「三人共、どうかしたのか?」

「い、いえ。問題ありませんわ。行きましょう……!」

 

 

 

 慌てて顔を引き締め、ヴィルシーナは首を振る。

 せっかく“彼”が決まっているのに、自分が気を抜いては意味がない。

 いつも以上に立ち振る舞いに気合を入れて、四人、連れ立ってタクシーへ。

 お昼頃の到着を見越して向かう先は、勝手知ったる我が家。

 実際に目にした“彼”の視点からすると、一等地に建つ豪邸だったりするが。

 

 

 

「ヴィルシーナちゃん、シュヴァルちゃん、ヴィブロスちゃん、お帰りなさーい!」

 

 

 

 パァっと、花が咲くような笑顔で出迎えてくれる女性。

 ウマ娘でも非常に珍しく、“尻尾がない”という特徴を持つその人こそ、三姉妹の母である、ハルーワスウィートだ。

 

 

 

「もう、ママったら。はしゃぎ過ぎじゃない?」

「だってー、いつもは電話で声を聞くだけなんだもの。ちゃんと顔を見られて、嬉しいわ!」

「うんうん、私もママに会えて、ちょー嬉しいー! ね? シュヴァちもそうだもんね?」

「……まぁ、うん……。う、嬉しい、かな……」

 

 

 

 三人まとめてハグをする光景を見て、何も知らない人であれば、きっと四姉妹なのだろうと思うほどに、ハルーワは若々しい。

 制服さえ着ていれば、まだ現役で通じる……かも知れない。

 そんな彼女は、ひとしきり娘達とのハグを堪能した後、“彼”へと向き直る。

 

 

 

「それで、この方が、そうなのね?」

「ええ。……ジェンティルドンナさんの、トレーナーさんよ。トレーナーさん、こちらが私達の母です」

「は、初め、まして……っ」

「あらあら。もしかして緊張していらっしゃいます? どうぞ、気を楽にしてくださいね。ハルーワスウィートと申します」

 

 

 

 タクシーの中でも、家が近づくに連れてソワソワしていたが、ここに来て緊張が隠せなくなったらしく、“彼”はガチガチに。

 一方のハルーワは、たおやかに微笑みつつも、慣れた様子で一礼を。

 こういった挨拶も、著名人には付き物なのだろう。

 

 しかし、豪邸に招かれた“彼”を待っていたのは、盛り付けは華やかでありながら、家庭的な料理の並ぶホームパーティーだった。

 娘達の好物ばかりを取り揃えたメニューは、もちろん母の手作り。

 仕事で忙しいにも関わらず、どうにか時間を捻出して用意してくれる、愛情たっぷりの手料理に、三姉妹はさっそく舌鼓を打つ。

 

 

 

「んぅ〜! やっぱりママのご飯は美味しいー! シュヴァちじゃなくてもいっぱい食べられちゃうよー!」

「ちょ、ヴィブロス! 僕だっていつも沢山食べてる訳じゃ……!」

「いいじゃない、沢山食べられるのも、スポーツ選手には重要よ。どうでしょう、トレーナーさん。母の料理、お口に合いますか?」

「あ、うん。凄く美味しいよ。どれも食べた事のある料理だけど、盛り付けが凝ってて、しかも食べやすく工夫されて……」

「うふふ、良かった。遠慮なく食べてくださいね、ほら、これなんかヴィルシーナちゃんも大好きなんですよ」

 

 

 

 和やかな雰囲気の中、“彼”はふと、ヴィルシーナ達を眺める。

 ブエナの両親が気遣ってくれたおかげで、両親を亡くした後も、家族の団欒を忘れる事はなかったが、あの一家とはまた違った形の、家族の憩いの場。

 招かれた身ではあるけれど、慣れない華やかさもあり、自分という存在の異物感は拭えなかった。

 加えて、もう一つ。

 

 

 

「あの、ハルーワスウィートさん? どうして自分は、ご招待頂いたんでしょうか」

「ん〜……。その前に、フルネームで呼ぶの、変えません?」

「え?」

「ヴィルシーナちゃん達みたく、呼び易ければ良かったんですけど、自分でも言いにくい時があって。だから短くして、ハルちゃん♪ とか」

「い、いえいえ、そんな、畏れ多い……」

 

 

 

 この、妙な距離感の近さが、如何ともしがたい。

 嬉しくない訳じゃない。嬉しくない筈がない。しかし、あんまり急接近されると心臓が保たないのである。誰か助けて。

 ……という心の声に、真っ先に勘付いたのは、同じく他人に急接近されると困ってしまう系女子、シュヴァルだった。

 

 ああ、トレーナーさんのあの顔、たぶん、キタさんに絡まれてる時の僕と同じだ……。

 母さんが原因なら、娘の僕がなんとかしなきゃ……!

 

 

 

「母さん、ちょっと距離を詰め過ぎ。そういうのに戸惑う人も、居るんだから」

「シュヴァルの言う通りよ、ママ。トレーナーさんも困っているわ」

「あら、ごめんなさい。久しぶりのお客様だったから、ママ浮かれちゃって……」

「嬉しいからってダメだよー。他の男の人にそんな呼び方させたら、パパだって怒っちゃうよ?」

「ううう、久々にフルボッコだわ……。でも、そうね。パパに悪いわよね。反省します……」

 

 

 

 娘に叱られてしょんぼりしている姿すら可愛いとか人妻なのに反則では?

 “彼”は真顔で思った。

 しかも、見られている事に気付いたら、今度は「あは」と照れ笑いまで見せる始末。今なら嫉妬の炎で大魔神でも火傷させられそうだ。

 仏転酢とか言わないのか? ハルーワさん達が泣いちゃうだろいい加減にしろ。というか大魔神やぞ勝てる訳ないやんけ。

 

 

 

「さて、トレーナーさんをお呼びした理由ですけど……」

 

 

 

 脳内が雑念塗れな“彼”の質問に答えるためか、またハルーワの雰囲気が変わる。

 背筋を伸ばし、ほんの少し目を細めただけだが、それだけで別人に見えてしまうのは、女優の面目躍如といった所だろう。

 

 

 

「単純に、気になったからです」

「気になった、ですか?」

「ええ。ヴィルシーナちゃんと競い合った、ジェンティルドンナさんのトレーナーを務める方が、どんな人なのか」

 

 

 

 “彼”の存在を本格的に認知したのは、ティアラ路線での戦いを終えたヴィルシーナが、塞ぎ込んでしまった時期だ。

 母として、家族として。結果は振るわずとも、皆の記憶に残る走りを見せてくれた娘を、誇りに思っている。

 ……けれど。どうにか仕事の都合をつけて、夫と一緒に励まそうとしていた矢先、ヴィルシーナは笑顔を取り戻す。

 それ自体は喜ばしい事だったものの、その立役者である人物の事を、知らないままではいられなかった。

 

 

「ヴィルシーナちゃんのヴィクトリアマイル、応援してくださったのですよね。どうしてですか?」

「どうして、と言われても……。当たり前の事では……」

「私は、そうは思いません。なまじ、レースの世界を知っているからこそ、当たり前ではないと、思うんです」

 

 

 

 かつて、ハルーワもトゥインクルシリーズを走っていた。

 重賞での勝利経験こそ無いが、その華やかさで存在感を放つウマ娘だった。

 しかしながら、レースとは全てが真剣勝負。

 勝ってもいないウマ娘ばかりが注目を浴びると、集まるのは善意のみに限られない。……酷い言葉を、ぶつけられる事もあった。

 それでも笑顔を忘れずに走り続けたから、愛しい夫に見初められ、今の幸せがある。

 

 そんな、レースのシビアな側面を知っている身からすると、熾烈な争いを繰り広げた相手を応援するというのは、当然だと思えなかったのだ。

 もちろん、直接に戦った相手ではなく、その担当トレーナーという立場の違いはあれど、それを考慮しても……。

 勝者の余裕? 敗者への憐れみ? もしくは単なる下心? どうしても確かめておきたい。

 

 

 

「ヴィルシーナちゃんの、何がそうさせたんでしょう。“貴方”は、ヴィルシーナちゃんのどこに惹かれたのか。ぜひ聞かせてください」

「ママ……!? 流石にそれは──」

「それはもちろん、彼女の心の在り方です」

 

 

 

 問いかけに返されたのは、ヴィルシーナの声を遮るほど早い、熱弁だった。

 

 

 

「レースに対するストイックな姿勢を始めとして、ヴィルシーナさんの精神性は特筆すべき長所です。

 とりわけ、家族に対する気持ち……。良き姉であろうとする気持ちが、それを支えている。

 だから、秋華賞で激戦を繰り広げ、ヴィクトリアマイルの勝利を掴み取れた。彼女の全盛期は、きっとこれからじゃないでしょうか。

 他にもですね……」

 

 

 

 学園内での勉学への姿勢や、後輩から慕われる様子、面倒見の良さ、などなどなど。

 その後も出るわ出るわ、聞いている方が恥ずかしくなるような賛辞の連発に、ハルーワとヴィブロスの顔がニヤついていく。

 シュヴァルは自分の事のように恥ずかしげであり、そしてヴィルシーナの顔は、トマトのように熟れてしまう。

 

 

 

「まぁまぁまぁ、凄く熱烈だわー。まるでヴィルシーナちゃんのファンみたい!」

「あ〜……。そう言われても、間違いではない、かも知れないですね」

「ですって。良かったわね、ヴィルシーナちゃん」

「…………っ」

「あー、お姉ちゃん照れてる。かっわいー。でも分かっちゃうなぁ、やっぱり嬉しいよねー?」

「こら、ヴィブロス。可愛いのは確かにそうけど、あんまり弄っちゃ、可哀想だろ……」

「やめて……。みんな、もう、お願い……っ!」

 

 

 

 両手で顔を覆い、プルプルと震える娘兼姉。頭はもう沸騰寸前で。

 このシチュエーションで、この行動。

 分かってやってますよね? そういう事なんですよね? もうゴールインで良いですよね?

 

 

 

「……ついでと言っては、あれですが。聞いて頂きたい、話が、あります」

「あ、あら? なんでしょう……?」

 

 

 

 ヴィルシーナの期待に応えるかの如く、ハルーワに対して姿勢を正す“彼”。

 何度も深呼吸をし、表情を整え、隠し切れない緊張に唇を震わせつつも、真っ直ぐな眼差しに、“何か”を乗せる。

 

 

 

「ハルーワスウィートさん」

「はい……っ」

 

 

 

 重く響く声。

 知らず、ハルーワにも緊張がうつっていた。

 続く言葉は、「娘さんをください!」か、それとも「娘さんとお付き合いさせてください!」とか。

 

 

 

(あああ、なんて答えれば良いのかしら? パパの意見も聞かなきゃだけど、ヴィルシーナちゃんを応援したい気持ちもあるし……)

 

 

 

 悩ましい心境を微塵も顔に出さず、ハルーワは続きを待つ。

 今一度、“彼”が大きく息を吸い、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学生の頃からずっとファンでしたっ! さ、サインくださいっ!!」

「……はいっ?」

 

 

 

 派手にズっこける三姉妹。

 幸い、“彼”の視界からは外れていたが、差し出されたサイン色紙を受け取るハルーワも、流石に困惑しきりである。

 

 

 

「わ、私のファン? ヴィルシーナちゃんのファンって話じゃ……」

「それはそうですが、ハルーワさんのファン歴はもっと長いんです。ドラマの『女優達』とか毎週見てました」

「あら懐かしい! えー? それならそうと、早く言ってくれたら良かったのにぃ〜」

「……本当は、そうしたかったです。ヴィルシーナさんのお母上だと知っていましたから。

 でも、それ目当てで近づいたとは思われたくなかったし、友人という立場を利用してお会いするのも、違うと思って……」

「うふふ、真面目さんなのねぇ。可愛い♪」

「か、可愛いだなんて、そんな……はは……」

 

 

 

 娘の彼氏(未満)から慕われていると知り、満更でもない様子のハルーワ。

 “彼”もまた、憧れの人に可愛いと言われてしまい、照れくさそうに笑っている。

 捻くれた見方をしなければ、これからの良好な関係を想像できる、素晴らしい第一歩を踏み出した形だ。

 一方で、ヴィルシーナ達の惨状は酷かった。

 

 

 

「嘘……。嘘よ……。嘘でしょ……。ママが、ここに来てママが、ママが……っ!?」

「おおおぉぉ落ちちち着いておねねえちゃん、ああああり得ないってばばば」

「二人とも、動揺し過ぎだよ。僕達の母さんなんだよ? 若い燕の一人や二人や三人四人、居ても当たり前で……」

「シュヴァちだって普段は絶対に言わないようなこと言うほどテンパってるじゃん! おかげで逆に落ち着いちゃったよありがとう!!」

 

 

 

 予想外にも程がある伏兵に、泡を食う長女。

 ぐるぐる目で冷静を装うも、大失敗する次女。

 したくもないツッコミをさせられる三女。

 

 普通に考えれば本当にあり得ないのだが、思春期満喫中の少女達にとって、義理の母と娘婿(未定)という関係性は、刺激が強過ぎたらしい。

 この誤解を解くのに、ハルーワは二週間ほどの時間を必要とした。

 また、騒ぎを聞きつけた大魔神と過ごす時間は、いつも以上に燃え上がったのだとか。

 ヴィルシーナ達に、歳の離れた弟もしくは妹が産まれる日は近い……かも知れない。

 

 

 






 んほぉーっ! にんじんゼリー500個ガブ飲みして親愛度爆上げするの気持ちいいのぉ゛!! おかげで石も微妙に回復して助かる助かるー!
 ……あ゛? 無料80連で得たもの? そんなもん無ぇよ(ブチ切れ金剛)。むしゃくしゃして思わずハートさん引いちゃったぜチクショウメ-!

 それはさて置き、今回はジェンティルさん八冠達成するもパパンのせいで不穏な空気。
 そしてシーナちゃんはママンのせい(?)で妙な空気。思春期だもんね、仕方ないよね。
 作者もその年頃は常にtntnをirirさせてたよ。今もだろって? おうそうだよ。

 いよいよ物語は佳境に突入。
 ゲームの育成シナリオとどんな違いが生じるのか、ご期待ください。

 次回、ターニングポイント。


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