ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん 作:幼馴染にされたネクパイ
ジェンティルドンナは苛立っていた。
それを表情に出すような不作法はしないが、代わりに激情は覇気として放出され、気の弱い人物なら近づくだけで気を失いそうな、凄絶な迫力が溢れ出ている。
元凶は、自らを売り込みに来たはずの、婚約者候補たち。
(揃いも揃って、不甲斐ない方々ばかり。今年のリストは白紙のままかしら)
今年度、トレセン学園の高等部に進級したジェンティルは、父の命により婚約者を探す事となった。
たった一代で、政財界にまで食い込むほどの地位と財を勝ち得た、稀代の名士。それがジェンティルの父親だ。
娘であるジェンティルにも、名士の娘である責務というものがあり、早過ぎる婚約者探しはその一環だった。
誰の助けも借りず見合いの場を用意し、自分一人で候補者と相対するのは、単にジェンティルの信条故であったが、年末に駆け込んできた候補者たちは、まぁ……酷かった。
最初こそ威勢が良いものの、“少し”圧をかけるだけで怯えてしまう男たちばかり。
どんなに地位と財があれど、それでは話にならない。
(わたくしの隣に立とうというならば、せめて虚勢だけでも纏える人物でなければ。最後の一人くらいは、物怖じしないことを期待したいものね)
現在は、今年最後になる見合いの場で、椅子に座り、最後の一人の来訪を待っている。
空調が効いているとはいえ、かなりの広さの部屋にジェンティル一人きりでは、なんとも寒々しい。
早く終わらせて、トレーニングでもしたい。
そう思って止まない所に、ようやく待ちわびたノックの音が響いた。
「どうぞ。お入りになって」
「……失礼します」
静かにドアを開け、スーツ姿の男性が入室する。
一歩一歩、確かめるように踏み締める歩き方は、何らかの武術の鍛錬を受けているような印象を受けた。
(確か、この方は一般の出だったかしら。選択肢を狭めないためとは言え、どこまで保つのか……)
ジェンティルの父親もまた、最初は何も持たない一般人だった。
飢えにも似た衝動だけで上り詰めたからこそ、候補者の生まれなどには制限を設けていない(なお、周囲からの圧で結局は自粛されるもよう)のだが、今年唯一の“持たざる者”であるこの人物は、果たして……。
そんなことを考えているうちに、相手側の自己紹介が終わっていたため、ジェンティルも自己紹介で返す。
「ジェンティルドンナと申します。本日はお忙しい中、御足労、痛み入りますわ。どうぞお掛けになって」
「はい」
“彼”は勧めに従い、一脚数十万円の椅子へと腰を下ろした。
ジェンティルの真正面。
じっと見据えてくる視線に宿るのは……好奇心、だろうか。
(まぁ、媚びへつらったり、下劣な欲望を向けないだけマシかしら。……いえ、これまでのせいでハードルが下がっているのかも。評価はあくまで客観的に)
今までが今までだったので、ごく普通の反応ですら好印象になってしまうのは、困りものだ。
それというのも、不必要に謙って取り入ろうとしたり、ジェンティルの全身を舐め回すように見たりと、これまでの候補者たちが悪過ぎたせいだろう。
しかしながら、ただ好奇の視線を受けるだけというのも性に合わず、言葉を促す。
「何か気になる事でも? 尋ねたい事がお有りでしたら、どうぞご遠慮なく」
「……では、お言葉に甘えて」
若干の緊張。
居住まいを正した“彼”は、少しばかり表情を固くしつつも口を開く。
「ジェンティルさんは、トレセン学園の生徒だとか」
「ええ。通わせて頂いております」
「……ブエナビスタという子が、寮の同室、なんですよね」
ブエナビスタ。
見合いの場で聞くとは思わなかった名前に、思わず首を傾げる。
学園の在籍生徒くらいなら誰でも調べられるが、プライバシーや防犯の関係上、寮の部屋割りは一般に公開されていない。
そんな情報を知っているなんて、もしやこの男、ブエナさんの厄介ファンという奴なのでは?
「確かに、ブエナさんとは寮で同室ですが、それがなんの──」
「ああ、やっぱり。あなたがエナちゃんの言っていたジェンティルさんなんですね」
ジェンティルが警戒心を露わにしようとした瞬間、“彼”が不意に破顔して、毒気を抜かれる。
聞きなれないブエナへの呼び方からも、確かな親しみを感じられて。
「“貴方”、ブエナさんのお知り合い……いえ、そういえば“貴方”の苗字は……?」
「はい。エナちゃんの担当トレーナーは、自分の妹です」
ああ、なるほど。通りで。
得心がいき、ジェンティルは納得すると同時に、自らの不作法を内心で恥じる。
普段なら言われる前に気付くような事なのに、以前の候補者たちのせいで、大した人物でもないだろうと決めつけ、プロフィールの精査を怠っていた。
なんたる怠慢。
すでに礼を逸してしまったからには、せめてこれからの言動で取り返さねば。
「お名前を伺った時から気になっていたんです。学園生活の話を聞いた時、あの子が何度も褒めちぎっていましたから」
「まぁ……。ブエナさんは、相変わらずなのね。可愛いらしいこと」
……と、気を引き締めようとしているのだが、純真無垢なルームメイトのおかげで、どうにも頬が緩む。
決して親しみ易い性格ではないと自覚しているジェンティルにも、ブエナは人懐っこく接してくれ、時には髪を梳きたいと甘える時も。
どんな風に話されているのかは……聞かないでおく。
気恥ずかしい部分もあるが、“彼”の表情を見るに、本当に褒めちぎってくれているのだろうから。
「それで? 如何かしら。実際に会ったご感想は」
「……そうですね。名は体を表す。貴婦人という名前に相応しい佇まい……ではないかと思いました」
「あら。お上手ですわね」
オマケに“彼”自身からも賞賛を貰い、自然と微笑んでいるのを自覚する。
単なる外見や、自分で勝ち得たものではない血筋などを褒められるよりも、そう在ろうと心掛けている部分を見てもらえるのは、純粋に嬉しいものだった。
「ブエナさんと妹さんのトリプルティアラ達成、おめでとうございます。遅ればせながら、祝福させて頂きますわ」
「ありがとうございます。小さい頃から、ずっと見ていましたから。二人の努力が実って、誇らしい限りです」
礼には礼を、という訳ではないが、ブエナ本人へも送った祝辞を述べると、“彼”は心から嬉しそうに笑う。まるで自分の事のように。
他人の業績を誇るなど、ジェンティルの家族ではあり得ない事だ。
誰も彼もが家督を相続するため、「最も強き者」である事を証明しようと躍起になっている。
兄弟姉妹の出した結果を表面上は認めても、影で歯噛みし、もっと上を目指す。それが、ジェンティルの知る家族だ。
けれど、“彼”の在り様を惰弱と思ったりはしない。
身内を思い、助け、苦楽を共にするのは、ごく普通の家族が、ごく当たり前に繰り広げる光景。
多くの人々の心を支える、小さな幸せの光景を否定するなど、強者のする事ではない。
むしろ、それを知るものこそが、最も良く強者を支えるのだろう。母が父を支えたように。
ならば“彼”も…………いけない。
先程から“彼”への個人的評価が、勝手に上がっていく。
いくら他が酷かったからと言って、このままでは不公平な裁定をしてしまうかも知れない。
思考を変えるためにも、今度はジェンティルが“彼”に尋ねるとした。
「それでは、“貴方”がこの縁談に申し込んだ理由を、お聞かせ願えますかしら」
門戸を広くしているとはいえ、一般の出である“彼”が、上流階級の子女との見合いに臨んだ理由。
地位や権力を求めて。
財力を得るため。
あるいは、ただジェンティルを娶るため。
どんな理由であろうと、これを聞かずして話は始まらない。
「妹が立派になってくれたから、です」
いよいよ本題に入った事を悟ったか、返される言葉は静かで、重々しいものだった。
ただただ不幸だったとしか言えない事故に巻き込まれて、両親が亡くなったこと。
心を病みそうなほどの悲しい記憶から離れるため、地元から引っ越したこと。
そこで幼いブエナと出会い、その世話をするうちに、妹がまた笑ってくれるようになったこと。
“彼”は淡々と、己が身に起きた事柄を語る。
「両親が亡くなって以来、兄として……。父親代わりとして、がむしゃらに生きて来ました。その事に後悔はありません。
そして妹は、あの子と……エナちゃんと夢を叶えてくれた。もう、手を引いてあげる必要もない。……正直に言うと、寂しいですが」
照れくさそうに。そして寂しそうに。
“彼”の浮かべる苦笑いは、しかし、どこか満足そうにも見えた。
「だから、これを機に自分を見つめ直そうと思ったんです。蔑ろにしてきた自分の可能性を、確かめてみたくなりました」
そう言葉を結び、真っ直ぐにジェンティルを見つめてくる。
大人になり、ある程度の安定を得た人間は、それを維持することに執着するようになるという。
しかし“彼”の目には明らかな向上心が見え、自他共に厳しいジェンティルをして、好印象を抱かせた。
が、そうなると試したくなる悪癖も持ち合わせており……。
「つまり、わたくしを試金石にするおつもりで? それはまた、随分と……大きくでましたわね」
目を細め、獰猛な笑みを浮かべるジェンティル。
その威圧感は、今までの候補者たちが、まるで肉食獣に睨まれたように表情を引き攣らせたほど。
色んな意味で慣れているだろう下の弟ですら、きっと後ずさるレベルだ。
……けれど。
「そう思って頂いて構いません。望んでも得られない機会ですから、最大限、自分の糧にさせて頂く所存です」
「……へぇ……」
そんな威圧感を真っ向から受け止めて、なお“彼”の態度は変わらない。
僅かばかり……。ほんの一瞬、たじろぐ素振りは見てとれたが、すぐに持ち直してみせた。
なかなかの胆力である。
……認めよう。
ジェンティルはもう、“彼”に対して興味を抱いていた。
一から十まで好みに合う……とまでは言わないけれども、こうも軒並み高得点を返されては、思わず夢想せずにいられない。
(この人なら……。こういう人が、わたくしのトレーナーなら。あるいは……)
わたくしの往く道程を否定せず、共に歩んでくれるやも知れない。
(……馬鹿ね。何を考えているのかしら)
未だ本格化も迎えていない状態で、理想のトレーナー像を妄想するなど、まるで普通のウマ娘のよう。
それでは駄目だ。
ジェンティルドンナというウマ娘は、最強たらねばならないのだから。
乙女の如く夢想するのではなく、自ら選び取れる強者で在らねば。
かぶりを振り、ジェンティルは浮き足立つ気分を正す。
そして、不敵な笑みを浮かべ、“彼”をより深みへと誘う。
「その意気や良し。早速、場所を移しましょうか」
「は……?」
「父の系列企業で、警備業務を担っているのでしょう? ならば、いざという時に必要となるのは、対応力と制圧力。お手合わせ願いますわ。……もちろん、手加減は致しますので」
「そ……手加減……?」
そうはならんやろ見合いやぞ……と言いかける“彼”を止めたのは、ジェンティルの挑発。
一貫して柔和だった表情が引き締まり、纏う雰囲気も鋭利に変わった。
そう。そうこなくては。
年端も行かない小娘に煽られたのだ。誘いに乗って貰わねば困る。
「それは、願ってもない。──全力を、尽くします」
「ほほほ……。期待していますわ」
侮りに憤るのは、胸の内に誇りを持つ証。
確固たるそれを確かめるため、ジェンティル達は部屋を後にする。
足取りは、思いのほか軽かった。
「ジェンティル。見合いはどうだった。リストへ追加できるような者は居たか」
年始恒例の家族会合にて。
ジェンティルの父親は、おもむろにその話題を切り出した。
豪奢なる装飾品に彩られたホールが、ピリリとした空気に染まる。
前年の功績を、宗主である父へ報告する場として設けられる、この会合。
ジェンティルの姉と弟も揃って参加する今回は、相当に荒れると目されていた。
何故なら、見合いを重ねる度にジェンティルが不機嫌になっていったからだ。
使用人の間でも話題に挙げるのが憚られるほど、その苛立ちは顕著なものだった。
が、大方の予想に反し、ジェンティルの返事は穏やかなもので。
「御一人、興味深い方が。最後にお会いした方ですわ」
「最後……というと、確か、下請け企業の平社員じゃないか。地位も財も持たない男では、我が家に相応しくないだろ」
やっと中学生になったばかりの弟(実はお姉ちゃん大好き勢)は、記憶にあった見合い相手の資料を思い返し、眉をひそめた。
上の姉もそうであったように、見合い相手に条件はないけれど、その実、相応の地位と財力を持ち合わせなければ、そもそも候補に上がらないのが通例だ。
ジェンティルの性格からして、初回である今年度は言葉通りに、垣根を越えて見合いを受け、現実を知った来年度から、適切な層のみを選出するようになるだろう……というのが、皆の共通見解だったのだが……。
「8勝2敗」
「は……? なんだ、一体何を言って……?」
「柔道の手合わせを所望しましたの。10戦して、8勝2敗でしたわ」
「………………はぁあっ!?」
弟が目を剥き、悲鳴にも近い大声を張り上げた。
普段なら不作法を叱責されよう行為を、しかし誰も咎められない。
ジェンティルが敗北したという事実は、それ程までに衝撃的だった。
「2敗……!? 姉さ──ジェンティルが、負けた!? 2回も!?」
「普通の人相手でも、一度だけなら、幸運はあり得る。……しかし、二度となれば……」
思わず素を出しかける弟の言葉を継ぐ、ジェンティルの姉(実は妹こそ至高派閥)も、表情こそ冷静であるものの、驚愕を隠せない。
唇を湿らせるために取ったグラスが、戸惑いに揺れている。
「実力は確かでしたわ。一度目は初戦、完全に虚を突かれました。
その後、8戦を使ってブラフを積み重ね、最後に逆転されましてよ。
負けを使って勝ちを得る……。わたくしは選ばない選択だからこそ、学び多い時間でした」
あの後、家が保有する武道場に場を移したジェンティルと“彼”は、柔道着に着替えて相対した。
名家出身の子女の定めで、ジェンティルも様々な技能を修める事を求められる訳だが、柔道もその一環で習得している。
そして、類稀な筋力を大きな理由に、無敵を誇っていた。
それが初手で敗北を喫したのは、“彼”が放った凄まじい猿叫が原因だ。
古流剣術である示現流や、その流れを汲む空手道などの技として知られる、独特な気合い法。
主に相手を威圧する意図で用いられるその猿叫を、ウマ娘の鋭敏な聴覚が余すことなく受け止めてしまい、朦朧とした一瞬の隙を突かれた……という形だ。
『ジェンティルさんに勝つためには、こうするしか無いと思いまして……』
「本当にすみませんでした」と“彼”は何度も謝り、目を泳がせながら、ジェンティルの耳をとても気にかけていた。
加減はしていたらしく、耳鳴りもすぐに落ち着いたけれど、お陰で火がついたジェンティルは、続く9戦を本気で勝ちに行った。
“彼”は為す術無く投げられ、固められ、抑え込まれ、文字通り手も足も出せず。
そうして、初戦を取っただけでも御の字か……と、少し落胆するジェンティルの油断を刈り取ったのだ。
油断したのは、“彼”の動きに癖を見つけていたため。
行動の出足に癖があると見抜いたジェンティルは、それを確実に攻めて勝ちを重ねた。それが罠だと気付かずに。
思いも寄らぬ負けに熱くなった後、冷静さを取り戻して癖を見抜いたと”思わされたまま”最後の一戦に臨んだ結果、見事に二本目を取られたのである。
勝ち逃げされたのは非常に、非常に、 非 常 に 悔やまれるが、己の未熟な勝負勘を自覚する、とても良い機会だった。
次は無い。
「もちろん、このままで終わるつもりはありません。次の約束は取り付けましたので、近くリベンジさせて頂きます」
「嘘だろ……。ジェンティルが、変な男と次の約束まで……」
「明日は槍が降るかもな……」
「あら酷い。わたくしをなんだと思っているのかしら」
「そりゃあゴ──っゔうん! なんでもない」
動揺が治らず、言ってはならない一言を出しかける弟。
ギロリと睨まれ言葉を飲み込むけれど、やはりまだ落ち着かない様子。
この場で落ち着いているのは、ジェンティルを除いて唯一、父だけ。
「……ならば、リストに追加するか」
「ええ。末尾にでも記載してくださいませ。あくまで候補ですから」
親子の情など欠けらも垣間見えない、実に素気ないやり取りで、見合いに関する話題は終わった。
何一つ変わらない父の態度を、けれどジェンティルも気に留めず、生まれて初めての、デートの約束に想いを馳せる。
(たとえ末尾でも……他に追加が無ければ、筆頭と変わりませんが)
その内容が、色気が微塵も無い柔道の手合わせだけだとしても、デートはデート。誰がなんと言おうともデート。デートであれ。
異性との逢引に胸を躍らせ……いや、闘志を滾らせ? ……とにかく、静かに微笑むジェンティルの姿は、貴婦人と呼ぶには少々幼い、愛らしい少女に見えたのだった。
…………少なくとも、見た目だけは。
なお脳内では、お兄さんをどうやってギッタンギッタンにするか考え中。怖いなー。戸締まりしとこ。
ジェンティルさんのスケスケ谷間には日頃からtntnがirirしていたのでお見合い……を作者がしたら捥がれそう。女の子になっちゃーう!
ぶっちゃけますと、この話を考えてる最中に訃報が届き、「不謹慎かな」と作品ごと没にしようか悩みました。が、そんな事しても誰も喜ばないので、完結まで描き続けようと決心した次第。
んで、ジェンティルさんが出るという事は、じぇんちるさんだいしゅきな“あの子”も出ない訳がなく。色々と絡めていきます。
あ、忘れてましたが、もし作者の前作に興味があるという酔狂な方は、以下のアドレスからどうぞ。完結済みです。
https://syosetu.org/novel/385227/
次回、ブエナとお姉ちゃんのバレンタイン協奏曲。