ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん   作:幼馴染にされたネクパイ

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エピローグ

 

 

 

「いつまで待たせるのかしら……。あの唐変木はぁああっ!!」

 

 

 

 裂帛の気合いと共に、拳が放たれる。

 盛大に中身を迸らせ、本日三つ目のサンドバッグが、その生涯を終えた。

 

 

 

「ふうぅぅぅ……」

 

 

 

 とあるボクシングジムの一角。

 薄手のスポーツウェアに身を包んだ妙齢の女性……ジェンティルドンナは、大きく息を吐いて気を落ち着かせていた。

 運悪く同じ時間帯に来てしまった他の利用客達は、ただひたすらに視線を逸らし、怯えている。然もあらん。

 

 あの有馬記念から、もう七年。

 トレセン学園を卒業した後も“彼”との契約は続き、ジェンティルの活躍は更に二年ほど続いた。

 ドバイ、凱旋門、ブリーダーズカップ。そして宝塚記念や有馬記念のリベンジを果たして引退した彼女の最終成績は、国内GⅠを11勝、海外での2勝を加え、計13冠。世界に誇る至宝とまで呼ばれた。

 

 そんなジェンティルは今、父から当主の座を譲り受け、姉や弟と共に事業を拡大。レースとは違う形で、世界を股にかけている。

 無論、その美貌に世界中の男達からプロポーズが相次いでいるのだが、全て断っていた。

 “彼”を、待っているからだ。

 

 

 

「全く、律儀な性格にも困りものですわね……」

 

 

 

 引退式で、“彼”はこう言った。ジェンティルドンナを超えたい、と。

 身体能力で叶うはずもないので、これは戦績での話だ。

 ジェンティルの生涯戦績である13冠と同じだけの勝利を、他のウマ娘達と成し遂げる。

 そうして初めて、自分はジェンティルに勝たせてもらっただけのトレーナーではないと、証明できるのではないか。そう言うのだ。無論、簡単ではないことを理解した上で。

 

 あの時、“彼”の心意気に思わず頷いてしまった自分を、ジェンティルは叱りつけたい。

 後に続いたシュヴァルグランをジャパンカップ勝利に導き、ジェンティルとどこか似た雰囲気を持つウマ娘、ジェラルディーナをエリザベス女王杯の栄光に届かせ……。

 他にも幾人かのウマ娘を育て、年に最低一つはGⅠを勝っているのだが、このペースだと30を超えてしまう。

 某漫画の野菜星人の如く、若い時期が長く続く種族と言えども、やはり若いうちに子供を儲けたい。

 毎年GⅠを勝つ時点で超凄腕のトレーナーなのだから、もうさっさと迎えに来て欲しいものである。

 

 

 

「……あら?」

 

 

 

 そんな時、携帯から通知音が。LANEの着信だ。

 誰かしら……と内容を確かめた、次の瞬間。大急ぎで懇意のエステサロンを予約し、ボクシングジムを後にする。

 もう予想がつくだろうが、それは“彼”からの連絡だった。

 

 

 

『久しぶりに会わないか。報告したい事がある。ヴィルシーナとブエナにも声を掛けるつもりだ』

 

 

 

 お邪魔虫ゴホンゴホン顔馴染みが二人ほど居るのは喜ばしくないけれど、久々の、本当に久々の逢瀬。

 金に糸目をつけず自身を磨き、一日千秋の想いで待つこと一週間。

 待ち合わせ場所となる会員制の夜のバーにて、ジェンティルは……。

 

 

 

「なぜ姉様まで来ているのかしら?」

「そんなもの決まっているだろう。“彼”に会いたいからだとも」

 

 

 

 どこからか嗅ぎつけてきた姉、ドナウブルーと、カクテルを傾けていた。

 三十路を過ぎていよいよ焦りが出たのだろうか。妹の元トレーナーに色目を使うとは情けない。

 

 まぁ、姉の参加は想定外だったけれど、上流階級の人々もよく使うバーだけあり、不躾な視線を向ける客もなく、居心地は良かった。

 特に、今のジェンティルが着ているドレスは、普段のそれより胸元や背中がざっくり開いているので、外を歩けば羽虫が寄って来るに違いない。その心配がないのは助かる。

 

 分かっていて何故これを着たのか?

 こうでもしないと“彼”の防御を突破できないと、この七年で学んだからに決まっている。早く手を出しなさい鈍感。

 

米 564ちゃんのワンポイントアドバイス! 自分も焦りまくってんのを棚上げしてるのは指摘すんなよ? さもないと圧縮されちまうぞ! 

 

 

 

「ジェンティルさん。お久しぶりです」

「あら、ヴィルシーナさん……と、シュヴァルさんに、ヴィブロスさん?」

「どうも……」

「こんばんはー!」

 

 

 

 そこへやって来たのは、“彼”に招待されたヴィルシーナと、その妹二人だった。

 ジェンティルと同じく、ドレスで着飾った三姉妹はとても華やかであり、人目を惹きつけている。

 どこかスポーティーな印象のデザインで揃えていて、今すぐ走り出しても問題無さそうである。

 

 

 

「すみません……。“彼”に会うと教えたら、着いてくると言って聞かなくて……」

「いいじゃないか。僕のトレーナーさんでも、あるんだし。……というか、なんで呼んでくれないのさ……! 僕、怒ってるんだから……!」

「まぁまぁシュヴァち、落ち着いて。最近はシュヴァちも忙しかったし、気を遣っただけだよー」

「そう言う貴女は、どうして来たのかしら」

「え? 会いたかったから!」

 

 

 

 ヴィブロスさん、貴女もなのね……。

 

 と、脳内で溜め息をこぼすジェンティル。

 二人目の担当であるシュヴァルはともかく、現役時代には特に大きな接点も無かったヴィブロスまで来るだなんて、裏で一体どれだけのフラグを立てているのやら。

 当人にあまり自覚が無さそうなのも、この場合はよろしくないだろう。気付いた時には泥沼化していそうな気がする。

 

 また、シュヴァルの方は髪を伸ばしていたり、ジェンティル並みに育った凶器をキッチリ主張するデザインを選んだりと、間違いなく狙っている。

 姉を応援するというスタンスは維持しつつ、あわよくば……といった所か。侮れない相手だ。

 

 

 

「ごめんなさい、遅れちゃいましたか!?」

 

 

 

 高まりつつあった緊張感を中和したのは、LANEに記載された最後の待ち人、ブエナビスタ。

 恐らく、直前まで別の集まりにでも出席していたのだろう。

 大急ぎで来たらしい彼女の髪は、少し乱れている。

 

 

 

「いいえ、まだ挨拶を済ませたばかりですわ」

「……あら? ブエナさん、そのブーケは……」

「あ、これですか? 今日はサンシャサンギョウちゃんの結婚式だったんです。とっても良い式で……ぐすっ……」

 

 

 

 ジェンティル達と比べて控えめなドレスを選んだ理由は、友人の結婚式に出席するため。

 ブエナと同期の、クラシック三冠路線で活躍した面々とは、なんだかんだで交流が続いていて、本日の主役だったサンシャサンギョウが、同期で四人目の花嫁だ。

 見ているだけで幸せの絶頂だと伝わってくる、心温まる式であり、その時に手渡されたブーケを胸に抱き、もう何度目かも分からないくらい鼻を鳴らす。

 

 

 

「相変わらずですわね、ブエナさんは」

「すみません……でも……どうしてでしょうか……。最近、よく結婚式に呼ばれるんですけど、みんな、私にブーケを渡してくれるんです……。嬉しいんですけど……なんだか……違う意味で涙が止まらなくて……」

『あ〜……』

 

 

 

 ……違った。涙の理由が微妙に違った。

 今やお茶の間の人気者であるブエナだが、芸能人とは過去をイジられるものであり、最近ではBDCの告白っぽい手紙を掘り返され、「ふ、フラれてないもん……。まだお返事もらってないだけだもん……!」と涙目で返す失恋キャラが定着し始めた。

 必死に否定する様がまた可愛らしいので、何度も何度も繰り返される悪循環となっている。

 その光景をテレビや動画で見ていた皆は、ブエナの心中を察し、涙を禁じ得ない。

 それもこれも……。

 

 

 

「久しぶり、みんな……あれ、なんか多いな……?」

 

 

 

 一番遅れて登場した、“彼”(こいつ)が悪い。

 

 合計七人もの美女からジト目を向けられ、貫禄が増したはずの“彼”もタジタジである。

 ジェンティルとヴィルシーナの峡谷に目を奪われたり、シュヴァルに詰め寄られたり、ヴィブロスに脇をツンツンされたり、恨めしそうに見上げてくるブエナを慰めたり、さりげなく飲み物を注文してくれたドナウに感謝したり……。

 少々時間は掛かったが、ようやくテーブル席に腰を落ち着けた面々は、今回の集まりの主題に入る。

 

 

 

「それで、報告したい事というのは?」

「っと、そうだった。新しく担当する子が決まってね」

「そうなんですね。おめでとうございます。もうあれから七年ですか……」

「時の流れは早いですね……。それで、どんな子なの? お兄さん」

「実は、ジェンティルのジャパンカップを見て、レースを志したみたいで。良ければ、近いうちに会ってあげて欲しいんだ。ジェンティルのライバルであるヴィルシーナと、ジェンティルを有馬で破ったブエナも。どうだろう?」

 

 

 

 新しい担当のため……。

 “彼”らしい理由に、わずかばかり落胆する三人だったけれど、同時に安心した。

 これでいきなり「実は結婚が決まったんだ」とか言われた日には、全員で寄って集って逆ぴょい不可避である。

 が、その新しい担当とやらが歳上好きの肉食系ウマ娘、という可能性も捨てきれない。

 要確認と判断したジェンティル、ヴィルシーナ、ブエナは無言で目配せ。

 了解の返事をしようとした、まさにその刹那。

 

 

 

「それには及ばないわ、トレーナー!」

「こんばんはー。お邪魔しまーす」

 

 

 

 ハキハキとした明るい声が、割り込んできた。

 大人びたドレス姿の少女。

 セミロングの茶髪に、まるで宝石のような瞳を持つ彼女の名前は、アーモンドアイといった。

 後ろには、眩い金髪を一つ結びにした美女……母親であるフサイチパンドラも。こちらは色々と丈の短い、目が嬉しい……違った、目のやり場に困るデザインだ。

 

 

 

「アイ!? それにパンドラさんまで、どうしてここに!?」

「やーやー、どもでーす。トレーナーさんが昔の担当さんに会うって言うから、来ちゃった♪」

「来ちゃった、って……。そもそも教えてないんですが」

「だってトレーナー、私の目の前でLANEしていたじゃない。思わず覗いちゃったのよ。それに関しては、ごめんなさい」

「……仕方ない、か。こっちも不用心だった」

 

 

 

 礼儀正しく、無作法を素直に謝るアイ。

 対する“彼”とのやり取りから、すでに気心の知れた仲であるようだ。

 

 ……随分と発育が良く見える。高等部、いや中等部だろうか。

 母親はギャルギャルしている(造語)けれど、育て方は堅実なのだと思われた。

 

 

 

「あー、まぁ、そういう訳で。今年から担当する、アーモンドアイだ。それと、そのお母様のフサイチパンドラさん」

「アーモンドアイです。皆さん、よろしくお願いします!」

「フサイチパンドラでーす! デザイナーやってまーす!」

 

 

 

 改めて、“彼”から二人の紹介がされると、並んで進み出た親子は、それぞれに挨拶を。

 第一印象ではあまり似ていないと感じるが、立ち並ぶと逆に、強く印象に残るその瞳が似ている……ように思われた。

 

 ちなみに、どうやってこの親子がバーに入ったのか。

 パンドラの親がここの常連だからである。

 その伝手をゴリ押しして、親同伴だからという理由で、特別に中等部の生徒でも入店できた、という訳である。

 

 

 

「今日は、宣言をするためにお邪魔しました。……ジェンティルドンナさん!」

「……何かしら。アーモンドアイさん」

「私、貴女を超えます!」

 

 

 

 ジェンティルの目が、大きく見開かれる。

 正面切っての、打倒宣言。

 一体、いつぶりだろう。真っ向勝負を挑まれるのは。

 

 

 

「貴女の打ち立てた記録、全てを塗り替えて見せます! 国内GⅠを11勝以上、海外のレースでも沢山勝って、私が一番になるわ!」

「……へぇ」

「そうして、貴女を超えたら、その時には……。トレーナーに、私のパパになってもらうんだから!」

「…………パパ?」

「んもう、やだアイちゃんってば、そんなハッキリ……♪」

 

 

 

 どういう事ですの。

 知らない知らない俺何も知らないです。

 

 視線で問うジェンティルと、真っ青になって首を振る“彼”。無言で通じ合う辺り、長年レースで連れ添っただけはある。

 なお、ジェンティルの「パパ」をより正確に文字に起こすと、「ぷぁあぱぁぁあ゛あ゛あ゛?」である。ついでにヴィルシーナもブエナもシュヴァルもドナウも“彼”を睨んでいる。怖い。

 ヴィブロスだけは「うっわぁ、本物の修羅場だぁ……!」と目を輝かせて。将来が心配だ。

 

 

 

「な、何を言ってるんだか……。ほら、パンドラさんも困って」

「ねぇ、トレーナーさん。未亡人って、ダメ……?」

 

 

 

 ビキィッ、と。

 パンドラの発言で、場の空気が凍りつく。

 “彼”を見るパンドラの瞳は。

 紅玉のように美しい瞳は、気恥ずかしそうに潤んでいた。

 

 

 

「旦那が死んで、もう十年以上経つし。遺言でも言われちゃってるんだよね。

 涙が枯れるくらいに悲しんだら、ちゃんと新しい幸せを見つけてくれって。

 だから、さ。若い子には敵わないかも知れないけど……。それでも、トレーナーさんさえ良ければ……その……ね?」

 

 

 

 硬直し続ける“彼”の手を取り、立ち上がらせて、その肩に額をすり寄せるパンドラ。

 腕を抱え込まれた“彼”からはきっと、ミッチリと詰まったマリアナ海溝が見える事だろう。

 

 ……ふ。ふふふ……。ほほほほほ……。

 よもや、そちら方面でも勝負を挑まれるとは、予想外でしたわね……。

 

 目の前で、自分の元トレーナーが、知ったばかりの女とイチャイチャしても、ジェンティルは微笑んでいる。

 ただし、額には青筋が浮かんでいるし、全身から覇気が漏れ出てもいる。有り体に言えば、ブチ切れ寸前だった。

 

 

 

「トレ──」

「トレーナーさんどういう事ですかっ!?」

「担当ウマ娘の親御さんとだなんて、ふ、不道徳だよっ!!」

 

 

 

 んが、それは他の皆も同じようで、先んじてヴィルシーナとブエナが爆発した。シュヴァルも無言で頷いており、ヴィブロスは観戦モード。“彼”に味方はもう存在しない。

 万事休す。絶体絶命。背水の陣。人生オワタ。オワオワのオワ。

 と、無我の境地へ辿り着こうとしていた時、またしても闖入者が現れる。

 

 

 

「お待ちになって! トレーナー様を巡る女の争い……。私も参戦させて頂きますわ!」

「その声は、まさかジェラルディーナさん!?」

「げぇっ、ディーナ!? なんでここにっ?」

「お久しぶりですわ、ジェンティル様。あとトレーナー様、その反応は流石に傷つきますわ……」

「あ、すまない……。流れで、つい……」

「お客様、あまり店内で騒がれますと、他の方々の迷惑になりますので……」

『すみませんでした』

 

 

 

 唐突に出現したのは、“彼”にとって三人目の担当ウマ娘、ジェラルディーナだった。

 ジェンティルに憧れるからか、立ち居振る舞いは正しく貴婦人めいており、現役時代からの付き人(っぽい仲良し三人組)であるモアナアネラ、エヴァンジェリーナ、アルジェンテーラも控えている。全員、豪華なドレス姿だ。

 騒ぎを聞きつけた店員に皆で謝った際のどさくさで、なんとかパンドラの猛攻から逃れた“彼”は、かつての教え子に話を聞く。

 

 

 

「どうやって集まりを知ったんだ、ディーナ? いや本当にどうやって……」

「すみません、トレーナーさん。私が呼んだのです」

「姉様が?」

「正確には、以前からトレーナーさんと会う時には呼んでくれるよう頼まれていた、と言いますか……。どうにも、断われず……」

「ドナウ様を責めないで下さいまし。学園を卒業してから、トレーナー様との繋がりが薄くなってしまったようで、寂しかったのです……」

 

 

 

 スーツのジャケットの袖を小さくつまみ、切なげに見上げるジェラルディーナ。

 もはや隠す気なんてさらさら無い、あからさまな好き好き光線を浴び、“彼”は正気度がガリガリと削れる音を聞いた。

 

 

 

「まさか、こんな形で勢揃いするとは思っていませんでしたが……。良い機会かも知れませんわね」

「……ええ。いずれは必要な事だったかと」

「ですね……。お兄さん。お話、しましょうか」

 

 

 

 そして、我慢の限界だったのは、見せつけられていた側も同じ。

 ジェンティルが席を立ち、ヴィルシーナとブエナがそれに続いた事で、流れは決まった。

 先程の店員も頬をヒクヒクさせているし、他の客が「何あれ修羅場?」「12股とか逆に凄いな」「いやでもブエナちゃんっぽい子も居るわよ」「ってことは撮影?」と興味津々になってきたので、退散する頃合いだ。

 

 

 

「な、なぁ、皆、ちょっと落ち着こう。お店に迷惑が、な?」

「なら表に出ましょうか。姉様」

「分かった。会計を済ませておく」

「他の方にご迷惑ですから、少人数ずつ出ましょう」

「じゃあ、先に出て場所を確保しておくよ」

「任せて、お姉ちゃん!」

「ええ。頼んだわ、シュヴァル、ヴィブロス」

 

 

 

 流れるような連携で、退店の準備を進める女性陣。

 あ、これマズい逃げないとマジで終わる。

 本能でそう直感した“彼”だったが、逃げ出す事は叶わない。

 何故なら、片腕をブエナに捕まえられているからだ。いつの間に。

 

 

 

「逃げちゃダメ、だよ?」

「い、いやいや、そんなつもりは……」

「お? もしかしなくても、ブエナビスタちゃんだよね? うわー、昔からファンだったんだー! こんな形で会えるとか、マジ神ってる! 後でいっぱいお話しよ?」

「へ。は、はい。フサイチ、パンドラ……さん? よろしくお願いしますね」

「パンドラでいいよー。その代わり、アタシもブエナちゃんって呼んでいい?」

 

 

 

 その反対側をまたもパンドラが固め、いよいよ進退は極まった。

 “彼”を囲むようにしてバーから出た後は、広々とした駐車場の一角、時にはイベントなどで設営が行われる場所を陣取る。

 もちろん、中心に立つのは下手人である。

 

 

 

「トレーナー。わたくし達が何を言いたいのか、お分かりかしら」

「……ああ。流石に、この状況で分からないほど、バカじゃない」

 

 

 

 代表してジェンティルが音頭を取る。

 

 ジェンティルドンナ。ドナウブルー。

 ヴィルシーナ。シュヴァルグラン。ヴィブロス。

 ブエナビスタ。

 アーモンドアイ。フサイチパンドラ。

 ジェラルディーナと仲良し三人組。

 

 総勢12名の美女・美少女に囲まれ、“彼”も覚悟を決めたようだ。

 

 

 ところがどっこい。

 

 

 

「だが、こんな風に詰め寄られて出した答えが、正しいものとも思えない。だから俺は………………逃げる!!」

『は?』

 

 

 

 その覚悟は、彼女達が求めるものとはズレていた。

 懐から何やら小瓶を取り出したかと思えば、それを開封して一気に煽る。

 

 

 

「あ、あの薬は……!?」

「知っていますの? ディーナさん」

「はい、ジェンティル様。あれは私のシニア期の夏合宿の夜……。結果を出せなくて焦る私を慰めて下さったトレーナー様に対して、思い余って逆ぴょいしようとしてしまった時に使われた物と同じ薬ですわ! まんまと逃げられましたの!」

「そんな事をしていましたの貴女は!? 危険な配合でしてよ!」

「 何ヲ 仰ッテイルノカ 分カリマセンワー 」 フーッ、フヒューッ!

 

 

 

 自らの後輩が起こしていた惨事を知り、思わずツッコミを入れるジェンティルと、吹けもしない口笛を吹いて誤魔化すディーナ。

 “彼”のあの反応にも、一応の理由はあったのである。

 補足すると、危険な配合という言葉の意味を、ジェンティル自身も分かっていない。フッと脳裏に浮かんだのだ。

 それはともかく、ラベルに大きく「滝音」と描かれた薬を飲み干した“彼”は、えも言われぬ苦味と酸味と辛味とエグ味と、嫌ーな感じで残る甘味に顔をしかめた。

 

 

 

「ゔぉえ、まっず……。タキオンめ、味を改善したんじゃなかったのか……? さて」

 

 

 

 ゾクリ、とジェンティル達の肌が粟立つ。

 気配が変わった。

 見た目の変化は一切無いのに、まるで別人……。

 全盛期のオルフェーヴルにも匹敵するような、圧力が放たれて。

 

 

 

「この薬は、一時的に人間の身体能力をウマ娘と同等に……いやそれ以上にしてくれる。反動で一週間は筋肉痛で動けなくなるし、効果は十分ほどで切れるけど」

 

 

 

 律儀に薬を効果を説明しつつ、何やら金具を取り出して、靴に填める。

 ジェラルディーナに襲われ……もとい、逆ぴょいされそうになった後から、薬と一緒に持ち歩くようになった簡易蹄鉄である。

 更に付け加えると、アグネスタキオン謹製のこの薬は個人差が非常に大きく、全く効かない人物も居れば、“彼”のように、現役ウマ娘と並べるほどに効く人物も居る。

 色んな国の軍部が欲しがりそうな一品だけれど、情報を得ようとした組織のことごとくが、謎の心霊現象によって壊滅的被害(人的被害だけ皆無)を被っており、アグネスタキオンという存在はアンタッチャブルにカテゴライズされたとか。

 世界は不思議に満ちている。

 

 

 

「俺はちゃんと考える時間が欲しい。だから今は逃げる。どうしても今が良いと言うなら、捕まえてくれ。でも、今の俺は……速いぞ?」

 

 

 

 閑話休題。

 ネクタイを緩めながらの、“彼”らしくない挑発が皆を煽る。どうやら性格にも若干の影響が出ているようだ。

 しかし、この場に居るウマ娘は、揃いも揃って負けず嫌い。

 走る事にかけては、自信たっぷりなのである。

 

 

 

「言ってくれますわね」

「全く、こんな場所で野良レースとは……。仕方ない、合図は私がやろう」

「お願いしますわ、姉様」

「当然、私も参戦します! ジェンティル様にも、これだけは譲れませんわ!」

 

 

 

 ジェンティルも“彼”と同じく、いつも持ち歩いている装蹄済みの靴に履き替える。

 ジェラルディーナはドレスの長い裾を破ってまで、走るための準備を始め……。

 呆れたドナウブルーが、せめて形だけでも整えようと奔走する。

 

 

 

「私、今でもトレーニングは怠っていません。簡単に逃げられると思わないで下さい!」

「……ぼ、僕も走る! えっと、その、僕だって、トレーナーさんの元担当、だし……。あああのでもっ、誤解しないで姉さん! 他意は無くて……っ」

「あ、シュヴァちが走るなら私もー! こんな事もあろうかと、走り易い靴にしといて良かったー」

「うふふ、ヴィブロスったら。……ねぇシュヴァル? 本当に他意は無いのよね? お姉ちゃん信じていいのよね?」

「あ、当たり前じゃないか……。はは……」

 

 

 

 ヴィルシーナ、シュヴァルグラン、ヴィブロスの三姉妹は、もともと走りやすいドレス姿だったため、準備をする時間も少ない。

 むしろ、時間が余ったせいで姉妹関係に亀裂が入りそうだった。

 まぁ、恋は戦争と言うし、兵は拙速を尊ぶとも言う。要は早い者勝ちなのだ。

 

 

 

「昔は“お姉ちゃん”とも一緒に、よく三人で駆けっこしていたよね。まさか、今になってするとは思ってなかったけど……。負けないよ!」

「私だって! ……今はまだ、勝てないかも知れないけど。だからって走らない理由にはならないわ!」

「アタシは……流石に観戦かな。アイちゃん頑張れー! けどブエナちゃんも負けんなー!」

 

 

 

 最後に、懐かしむように微笑むブエナと、走りたくてウズウズしていたアイが、皆と横一列に並ぶ。

 “彼”は少し離れた位置でそれを見守り、ドナウに頷いてから背を向け、スターティングポジションを取る。

 幸いにも、近辺には整備された長大なランニング用コースがあり、そこへ駆け込めば、周囲の迷惑にもならないだろう。多分。夜間はライトアップもされるので安心だ。

 

 米米 564ちゃんのワンポイントアドバイスその2! ウマ娘が公道とかに定められた専用レーン以外を全力疾走すると、留置場にようこそここへーされるから注意しろよな!

 

 

 

「皆、準備はいいか? 用意…………スタート!」

 

 

 

 そして今、彼女達の、人生を賭けたレースが、始まった。

 この日、ウマ娘に混じって走る壮年の男性……ターボおっさんの都市伝説が、新たに誕生するのだった。

 

 結果はあえて明言しないが、“彼”はこのレースのしばらく後、とある女性と結ばれ、幸せな家庭を築く事になる。

 風の噂によると、恐ろしい数の婚外子が居るだとか、逆に奥さん一筋の愛妻家になったとか、はたまた担当ウマ娘全員に手を出し続けているとか……。様々な噂が実しやかに語られたものの、真偽の程は定かではない。

 

 人間万事、塞翁がウマ娘。

 三女神の見守る世界は、まだまだ続いていく……。

 

 

 

 そうして、また幾年かの月日が流れた……。 ※個別エンディングが順次、解放できます。閲覧しますか?

  • ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん
  • ジェンティルドンナの婚約者候補
  • ヴィルシーナのライバルの担当トレーナー
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