ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん 作:幼馴染にされたネクパイ
「──さま。お父さま!」
「ん……?」
愛らしい声と、体を優しく揺さぶられる感覚に、意識が浮上していく。
目を開けた“彼”が見たのは、声と同じように愛らしい幼子。
妻……ジェンティルドンナとよく似た顔立ちに、昔の髪型も真似たその子は、愛娘であるマリーナドンナだった。
「マリーナ? ……あれ、寝てたのか……」
「はい。おつかれだとは思いますけれど、ほうっておかれると、マリーナはさびしいです」
「ごめんよ。日差しが気持ち良くて……くぁぁ……」
久しぶりの休日。
家族水入らずの団欒を楽しむ……はずが、庭に置いた椅子で、さっそく二度寝してしまった。
なんだか懐かしい夢を見ていた気がするけれど、これではマリーナがむくれるのも仕方ない。
しかしそんな姿すら、親にとっては可愛いだけであり、“彼”と同じようにロッキングチェアでくつろいでいたジェンティルは、大きくなった自分のお腹を撫でながら微笑む。
編むのをやめた長い髪を、春風が穏やかに揺らしていた。
「ふふふ。今や、世界を股にかける敏腕トレーナーですものね。休日くらい好きになさっても、誰も文句は言いませんわ」
「う……。おこしちゃだめ、でしたか? お母さま……」
「あら、貴女は良いのよ。可愛い愛娘なんだもの。ねぇ、“貴方”」
「もちろんだとも。……よしっ、目が覚めた。何がしたい? マリーナ。おままごとでも、駆けっこでも。なんでもいいぞ」
短い二度寝でも、残っていた疲れは抜けたらしい。
椅子から立ち上がり、娘の頭を撫でるようにして、流星のある前髪を整えてあげるのだが……。
「ん、と……。何もしなくて良い、です」
「あれ……っ? でも……」
「おそばに居てくれるだけで、じゅうぶんです。お母さまのおそばにも、居てあげてください。行こ、ドミナ!」
「ワフッ」
マリーナはワンピースの裾をひるがえし、年老いてなお屈強な愛犬、ドミナ(正確にはドミナⅡ世)と行ってしまう。
てっきり、構って欲しいから起こしたのだと思っていたが、どうやら違う思惑があったようだ。
「……気を遣わせちゃったな」
「賢い子ですもの。走るよりも、学業を優先させた方が伸びるかしら」
「ううむ……。本人次第、だな。どんな道を選んでも……」
「ええ」
ジェンティルの娘にしては……と言うと語弊があるかも知れないが、マリーナはとても控えめな性格だった。
ウマ娘らしく、走る事自体は好きだけれど、勝負事にはあまり興味を持たず、その代わりに五歳とは思えないほどに賢い。もしかしたら、レース以外の道を選ぶ可能性も大いにある。
しかし、それでも構わない。マリーナがどんな道を選ぼうとも、親として、その背中を見守るだけだ。時々、お節介を焼く事もあるだろうけれど。
“彼”が見ていた夢……。タキオン印のヤバいお薬を使ってレースをしたあの日から、更に七年が経った。
第一子である長男は六歳で、今は学校に行っている時間だ。第二子がマリーナ、ジェンティルのお腹に居るのは第三子。エコー検査で、ウマ娘なのが分かっている。
あれからもトレーナーとして精力的に活動を続けた“彼”は、その育成実績から、今やレース界で生きる伝説となっている…………らしい。
本人に重鎮である自覚が全く無いため、軽いフットワークで、どんな小さな仕事でも貴賤なく請け負い、慕ってくれる人々も増えた。
そのせいか仕事も忙しく、まともな休みは実に数ヶ月ぶり。
ジェンティルとの結婚生活で体力は(否応なく)鍛えられたため、ちょっとやそっとで音を上げない自信はあるが、それはそれとして、家族の時間は大事にしたいものである。
ところが……。
「ジェンティル、義兄さん。お邪魔して良いだろうか。少し確認したい事が……」
そこへ声を掛けてくる、一人の青年が現れた。
すっかり偉丈夫に育った、ジェンティルの弟である。
整っていた顔立ちにたくましさが加わり、周囲の女性からのアプローチが絶えないそうだが、何故だか全てに断りを入れている。
その即断っぷりは、誰か
「せっかくの家族水入らずに、無粋ですこと……」
「すまない。だが急を要するんだ、終わったらすぐに帰──」
「あ、おじさまだ! おじさまー!」
「おおっと! ははは。お転婆だなぁ、マリーナは」
家族の団欒に水を差された気分なのか、弟に対してジェンティルは鼻白む。
しかし、マリーナは逆に叔父の登場を喜び、その腕の中へと飛び込んだ。
受け止める弟も、普段は絶対に見せないような、優しい表情を浮かべている。
「おじさま。次はいつ、お出かけにつれて行ってくれますか?」
「うん? そうだなぁ。すぐには無理だけれど、次の誕生日までには時間を作ろう。それまで良い子にできるかな」
「はい! マリーナ、たのしみにしています!」
「ふふ……。さぁ、叔父様は御父様とお話があるみたいだから、あちらへ行きましょうか」
「はい、お母さま」
少し動きたくもあったのだろう、ジェンティルは娘の手を引いて、庭の一角にある花壇へ。
その背を見守る弟の目は、やはり慈しみに満ちている。
ジェンティル達は、“力”こそ全て、という父親の方針のもと、厳しく育てられた。だからこそ今の自分達があるという自負も持つ。
が、それをそのまま、自分達で実行することはなかった。
過酷な環境でしか咲けない花があれば、ただ優しく見守るだけで美しく咲く花もある。
もしもマリーナが望むなら、厳しく接する心の用意もあるけれど、望まれるまでは、胸に溢れる愛おしさを、存分に注ぎたいと思うのだ。
というのは建前で、単純に家族全員が、マリーナの可愛らしさにぞっこんなのである。
特にジェンティルの父などは、最初こそ娘達と同様に厳つい顔で対面したが、即ギャン泣きされて態度を改めたほど。ジェンティルの「もう会わせませんわよ」という脅しもよく効いた。
かの偉大な名士も孫には敵わない……と、界隈では語り草となったとか。今では孫の前でだけ完全に好々爺である。
しかしながら、娘が可愛すぎると言うのも、父親には心配の種。
“彼”はその懸念を……将来使うかも知れない言葉を、義弟にぶつける。
「娘はやらんぞ」
「……何を言うかと思えば。マリーナが幾つだと思ってるんだ。そもそも三親等内なんだから結婚なんて無理だろうに」
「分かってる。言ってみたかっただけだ」
「この……っ。義兄さんこそ、“また”担当に手を出していないだろうな」
「おっ、お前、それは言わない約束だろ!?」
「先に絡んできたのはそっちじゃないか!」
売り言葉に買い言葉。
年甲斐もなく睨み合う二人だったが、しばらくすると、同時に「はぁ……」と溜め息を。
このような遣り取り、もう何度目だろうか。
かなり時間を置いたとはいえ、かつての担当ウマ娘と結婚すると発表した時には、方方から恨み辛みのこもった祝福を頂いた。
果ては「本当は現役時代から関係を持っていたんだろこのスケコマシが!」と鬱憤の溜まっていた目の前の義弟に殴られた。もちろん「んな訳ねえだろ童貞だったわこんチクショーが!」と殴り返した。
以降、二人の間には完全に遠慮が無くなり、次第に奇妙な友情(?)も芽生えたのである。
「やめよう、不毛だ……。すまなかった」
「……こちらも、申し訳なかった。で、例の支援プロジェクトの件なんだが」
「どれどれ……」
現に、先程まで喧嘩していたかと思えば、今度は仕事の資料を挟んで顔を突き合わせている。
義理とはいえ、男兄弟なんてこんなものだろうが、まだ幼いマリーナには理解できないようで、父達を遠目に小首を傾げる。
「マリーナはふしぎです。お父さまとおじさま、いつもケンカしたり、なかなおりしたり……」
「おかしく見えるけれど、それがあの二人のコミュニケーションなの。貴女が思う以上に仲良しよ?」
「よく分からないです……」
頭の上に「?」を浮かべる娘の髪を、ジェンティルが指で梳く。
くすぐったそうな笑み。
小さな……。けれど、確かな幸せを感じるひと時だった。
「お母さま。マリーナのいもうとには、いつ会えますか」
「そうね……。予定日は五月だけれど、少しズレるかも知れないわね。楽しみ?」
「はい! でも……ちょっとこわい、です。マリーナ、いい“おねえちゃん”になれるかな……」
母のお腹に耳を当てながら、不安を吐露するマリーナ。
上の子は色んな意味で大物で、なんの躊躇いもなく「世界一のお兄ちゃんになる!」と言い張る妹大好きっ子なので心配していないが、マリーナには初めての妹。不安になるのも当たり前だろう。
それを解消するべく、ジェンティルはスベスベの頬を優しく撫でた。
「心配しなくても大丈夫よ。きっと“アステリア”も、貴女のことを大好きになってくれるわ」
「あすてりあ?」
「……あら」
ふと口をついた名前に、言った本人が驚いていた。
そんなつもりは無かったのだが、何度も頭の中で反芻するほど、「そうだ」という確信が深まっていく。
ウマ娘の名付けについては諸説あるが、母親が不意に、覚えのない名前を呼ぶ、という形も存在する。
実は、マリーナの時も同じく、口が勝手に名前を呼んだ事が名付けの決め手となったのだ。
マリーナ本人も、この時の名前以外ではしっくり来ないようで、今回もきっと……。
「ジェンティル、今のって……」
「……そうなのね。貴女は、アステリア……。アステリアドンナ」
仕事の話を終わらせて来たらしい夫にも、その名前は聞こえていたのか、驚きの表情を浮かべて。
ジェンティルは、“彼”の手を自分のお腹へと導きながら、まだ見ぬ娘の名前を呼ぶ。
とん。
「っ、動いたわ。ふふふ、まるで返事をしてくれたみたい」
「本当だ……! アステリアドンナ。アステリア。綺麗な名前だ」
「アステリアって、なんのことでしょう?」
「お星様の神様の名前よ。貴女が海で、この子が星」
「わぁ……! なんだか、なんだかスゴイです!」
何か、感じ入るものがあったのだろう。マリーナは飛び跳ねながら大喜びだ。
その姿を微笑ましく思いつつ、“彼”はジェンティルの頬へと手を添える。
「マリーナ。少しだけ目をつむっていてくれるか?」
「め? はい、わかりました」
「“貴方”……? あ……ん、っ……」
父の言葉に従い、両手で目を覆うマリーナ。
全く何も見えないが、父と母、二人の呼吸が完全に重なったような、そんな気配を感じた。
「強引なひと」
「ごめん。我慢できなくて」
互いの呼吸を肌に感じる距離で、二人は微笑み合う。
ジェンティルは夫の肩に頭を預け、“彼”は妻の体温を感じながら、万が一にも傷つけないよう、恐々と大きなお腹にまた触れる。
「元気に、産まれてきて欲しいな……」
「あら、不安なのかしら。もう三度目ですのに」
「……側に居ることしか出来ないから、どうしても、慣れなくて」
これまでの二度の出産には、幸運にも立ち会う事ができた。
しかし、産みの苦しみというのは見るだけで肝が冷えるもので、ジェンティルにまた“あの苦しみ”を味わわせていいのか? と、二人目を儲けるのを躊躇するくらいには堪えた。
結局、当のジェンティルに押し切られる形でマリーナが産まれ、今や三人目を儲けるくらいに吹っ切れて…………いや、やはり心配なのは変わらない。
ジェンティル一人に苦しみを押し付けているという、罪悪感も。
けれど。
「安心なさって。きっと無事に産んで見せますわ。だってわたくしは、
そんな“彼”のマイナス思考を、ジェンティルは笑い飛ばす。
産みの苦しみなんて、なんのその。
それを超えてこそ得られる幸せを、知っているのだから。
だから、何も心配する必要などないと、笑えるのだ。
どこまでも力強いジェンティルの微笑みに、“彼”も釣られるようにして笑い、その体を抱きしめる。
温かな幸せに、不安も、罪悪感も、忘れられた。
そして、苦しみを代わる事はできないけれど、それ以外の全ての不幸からは全力で守ろうと、心に誓うのだった。
この後、ジェンティルは有言実行して無事に第三子、アステリアドンナを出産した。
仲睦まじい夫婦は更なる子宝にも恵まれ、奇しくもレースで得た冠と同じだけの息子・娘を持つ、偉大な母となる。
晩年も精力的に活動を続け、レース界はもちろん、政財界にも大きな影響を与えるその傍らには、常に彼女を支えるように立つ、唯一無二の夫の存在があったという……。
「アステリアはどんな子になるだろう。やっぱり走りたがるかな?」
「そればかりはなんとも……。けれど、一つだけ望むとするなら……」
「望むなら?」
「無闇矢鱈とウマ娘を惚れさせるような男には、引っ掛からないようにして欲しいですわね。大変ですもの、 い ろ い ろ と 」
「…………ソウデスネ」
「お父さまー。め、もうあけて良いですか? なかまハズレはさびしいです!」
あ、ありのまま、今、起こった事を話すぜ!
おれはブエナちゃんの名前がタイトルに入った作品を描いていると思ったら、いつの間にかじぇんちるさんEDを描いていた……。
何を言っているのか分からねーと思うが、おれも何をされたのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。
三女神の導きだとか超パワーだとか、そんなチャチなもんじゃねえ……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
という訳で、試合に負けて勝負に勝っちゃったジェンティルさんEDでした。
いやはや、「なんだかんだでブエナちゃん選ばれるやろ」と思ってたんですが、ちょっとジェンティルさんが魅了的過ぎましたかねぇ?
まぁ途中で嫁衣装まで実装されちゃったし、作者はジェンティルさんも大好きだし、切り替えてこう! どうせ全員分描くしな!
余談ですが、本作のジェンティルさんは「うまぴょい」では弱々です。むしろワザと負けてます。
時々、思い出したように勝ちに行きますが、最終的にやっぱり負けます。こっちでも負けて勝つのを覚えたみたいですねtntnモゲロォ!
さてさて、次は負けヒロイげふんごふんメインヒロイン(だったはずの)ブエナちゃんEDです。お楽しみに。