ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん 作:幼馴染にされたネクパイ
作者は今まで、いつも自分の心に従って来ました。
だから今回も、tntnの赴くままに邁進する所存でございます。
みんな、ドベスケ水着のDKPIママを引く準備はいいな! 突撃ぃー!(例の突撃ラッパの音)
第0話 フサイチパンドラが踏み出した理由
「ねぇママ。わたしのパスポートって、金庫の中にあるのよね?」
週末。
久しぶりに家へと帰ってきた娘からの問い掛けに、同じソファでくつろいでいた母──フサイチパンドラが答える。
「そーだよー。なになに、どったの? お友達に海外旅行でも誘われた?」
「……似たようなもの、かしら」
「んん……? 怪しいぞぉー? しょーじきに言えー!」
「ひゃんっ!? ちょっとママ、やめっ、あははっ!」
含みのある返しを怪しんだパンドラは、娘──アーモンドアイの脇腹をコチョコチョ。
どこが弱いのかを知り尽くしたテクニックによって、瞬く間にアイは撃沈。ソファの上で息も絶え絶えだ。
トレードマークでもある、カチューシャの白いリボンが揺れていた。
「で? なんでパスポートが必要なん? お金かかる系の話?」
「はぁ、ふぅ……。え、えっと、実は……海外で、ちょっとレースを……」
「レースって事は、トレセン学園の海外遠征だよね。へぇー、今はデビュー前でも海外でトレーニングできるんだぁ」
「うぅーん……。それも少し違って……」
正直に話したいけれど、なんとなく言いづらい。
そんな心境なのだろう、アイは少し言葉を濁らせるが、ややあって、全てを打ち明ける。
「リベンジ、しに行くの」
「りべんじぃ?」
思いもよらぬ答えに、パンドラは素っ頓狂な声でおうむ返しを。
そして、アイが事の詳細を説明し始め、夜は更けていく。
……というのが数日前の話。
その次の週末、パンドラ家の全く同じ場所には、見知らぬ男性が存在した。
「……という訳で、こちらが、わたしの引率をしてくれるトレーナーさんよ」
「初めまして」
アイに紹介されて頭を下げる“彼”。
オートクチュールだろうか。デザイナーであるパンドラから見ても、良い仕立てのスーツに身を包み、真面目でピシッとした印象だった。
そんな人物が相手では、しっかり大人として対応せねば。
手土産として渡されたお茶菓子を横に、パンドラは脳内スイッチを切り替える。
「アイちゃんの母の、フサイチパンドラです。この度は、娘が大変な面倒をお掛けして……」
「いえいえ、そんな。ウマ娘のサポートがトレーナーの本分ですから、どうかお気になさらず」
(……やっぱり、他所行きのママって違和感が凄いわ……)
来客があると言ってあったため、今のパンドラは服装も含めて落ち着きのある女性、といった風体だ。
なお、普段はラフな格好と、抜けきらないギャルさ加減が子供っぽさを漂わせ、一緒に歩けば、親娘ではなく姉妹に間違われるのがほとんど。
まあ、まだ30代前半なのだから、若いと言えば間違いなく若いのだけれども。
「本日は御挨拶に伺いました。見ず知らずのトレーナーに娘さんを預けるとあっては、御不安に思われるでしょうから」
「それはご丁寧に、ありがとうございます。……でも、どこかでお見かけしたような……?」
「当たり前よ、ママ。だってこの人は、あのジェンティルドンナさんのトレーナーだったんだから!」
「えっ。ジェンティルドンナって……あの?」
ジェンティルドンナ。
世間的にも有名なウマ娘の名前は、しかしこの親娘にとっては違う意味で思い出深い名前だった。
ジェンティルドンナが史上初の九冠を達成したレースこそ、アイがトゥインクルシリーズを志すきっかけとなったレースなのだから。
まさか、そんな人がアイちゃんを? 偶然にしたって出来過ぎじゃない?
いやでもアイちゃんだしなー。
なんかこう、道理なんか蹴っ飛ばして、運命を掴み取っちゃいそうな気もするんだよねー。
「本当だったら、こんな引率なんてお願いできないような凄い人だけど、偶然わたしの走った模擬レースを見てくれていたらしくて、それでOKしてくれたのよ」
「なぁるほどー。確か、海外のレースでも勝ってたはずですし、経験豊富って訳ですね? だったら安心!」
「はは。少し舌は錆びついてしまいましたが、伝手は確かです。有意義な遠征になる事をお約束します」
自信たっぷりに頷く“彼”は頼もしく、こうして事前に顔合わせまでしてくれる気配りも合わせて、信頼できそうだと感じた。
以降は、渡航に際する費用は学園持ちである事や、準備しておいて欲しい物の話を進め、それも終えたら、あとは和やかな談笑が続く。
“彼”のトレーナー以前の経歴や、かつての担当ウマ娘の話、そのライバルたちの手強さ……。
生きた経験を通じて語られる数々の出来事は、中々に楽しませて貰えた。
……しかし、登場するウマ娘全員から、“彼”へのデッカい矢印が伸びている気がするのは、何故だろう。
なんだか別の意味で信頼できなくなってきたような……?
「あの……。フサイチパンドラさん。これは個人的なお願いなのですが……」
「長いですから、パンドラで良いですよ。はい、なんでしょう?」
「アイさんのお父様に、手を合わせても、良いでしょうか」
「……あ」
話が途切れたタイミングでの、唐突なお願い。
それは、アイの父……。パンドラの亡き夫への挨拶だった。
わざわざ敬意を払ってくれるというのに、断る理由なんて。
「もちろん、OKです。ね、アイちゃん」
「ええ。こっちです、トレーナーさん」
親娘で“彼”を先導し、向かうのはこの家で唯一の和室。
そこには仏壇があり、仕事で家を空ける時以外、毎日線香を絶やしていない。
アイを間に挟んで三人、膝を並べる。
代表してパンドラが仏壇鐘を鳴らし、手を合わせた。
(ねぇ? アイちゃん、海外までリベンジに行くんだって。すんごい負けず嫌い! ほんと誰に似たんだろ。ま、そこが可愛いんだけど)
まぶたの裏に思い浮かべるのは、レースで負けて悔しがるアイの姿。
きっと、人目が無ければ地団駄踏んでたんだろうなー、と笑みが浮かぶ。
チラリと隣を覗ってみれば、アイはもう目を開けて、“彼”の横顔を見つめていた。
“彼”は……まだ手を合わせ続けている。ただ、静かに。
ようやく顔を上げ、自分がパンドラとアイに見つめられている事に気付くと、照れ臭そうに微笑んだ。
「ありがとうございました。すみません、無理を言って」
「そんな事ないですって。……ずいぶん長く手を合わせてくれてましたけど、何をお考えになってたんですか?」
「そうですね。娘さんを預ける事の報告と、無事の帰国の約束と、後は……」
一旦、そこで言葉を区切ると、アイの瞳を見つめ、次にパンドラの瞳を見つめて。
「絶対に良いレースをさせてみせます。……っていう、誓い、ですかね」
“彼”はそう、宣誓した。
その力強い眼差しに、知らず、胸が高鳴るパンドラであった。
……ヤバ。ちょっとカッコいいとか、思っちゃったかも。
いやいや! 思っただけ! 思っただけだからセーフ! ……だよね?
一ヶ月後。
すっかり季節も春めいた頃、再びパンドラの家に、待ちわびた人物がやって来る。
「トレーナーさん、いらっしゃーい!」
「どうも。アイさんからも貰ったと思いますが、これ、お土産です。ちゃんと違う物ですので」
「わっ。ありがとうございますー。さささ、どうぞ上がってください」
「はい、お邪魔します」
アイのリベンジを目的とした海外渡航は、無事に成功。二人は一週間ほど前に帰国した。
怪我も体調不良も、大きなトラブルも無し。実り多い遠征となった。
パンドラの口調が砕けているのは、その間も密に連絡を取り合い、気心が知れたからである。
アイの体質……レース後に体に熱がこもりやすいという特徴も、パンドラから事前に伝えていたおかげで、問題なく対応できたようだった。
「アイちゃんってば、ずーっと海外での話をしてたんですよ? よっぽど楽しかったみたいで」
「そうですか。良い旅になったのなら、良かったです。自分としても、色々な発見のある遠征でした」
帰国後、家にスーツケースやパスポートを置きに帰ったアイは、興奮冷めやらぬ様子で旅の思い出を語った。
異国の空の高さ。食べた事のない料理。全く違う芝の感触……。
飲み水が合わなくて困ったけれど、“彼”が日本の水を持ち込んでおいたおかげで助かった事もあったのだとか。
幼い頃、ハワイなどに家族旅行をした経験はあったはずだが、単なる旅行と海外遠征では、やはり感じるものが違ったのだろう。
「それで、今日はどんな御用で? お土産を渡しに来た……だけじゃないですよね?」
「もちろんです。アイさんのレース映像、お見せしようかと」
「えっ!? 撮ってくれてたんですかっ? 見る見る見たい! わはー、楽しみー!」
連絡は取り合っていたものの、レースを実況中継するような機材は流石に無く、観戦を諦めていたパンドラであったが、今後の糧になるだろうと、“彼”はしっかり記録を取っていた。
アイがまだ小さい頃からずっと、その走る姿を見続けてきた母として、もうとにかく嬉しかった。
さっそく観戦……と行きたいところだけれど、“彼”が「まずは挨拶を」と言うので、先に仏壇への報告を済ませる。
手を合わせ終わったらリビングへ。
二人分のお茶を入れ、お茶請けも用意して、ソファに腰を下ろす。
「よいしょっと」
「へっ。パンドラ、さん?」
「ん? どうかしました?」
「……い、いえ、なんでも……」
何故だか、戸惑ったような顔つきの“彼”。
それもそのはず、パンドラはごく自然に、“彼”の隣へと座ったからだ。ぶっちゃけ、近い。
ここで、フサイチパンドラという女性の外見を、事細かに描写しよう。
身長165cm前後。ボディラインは黄金比とも言うべき素晴らしいプロポーション。
艶やかな金髪には赤いメッシュと白い流星が映え、今はそれをワンサイドアップにしている。
春先らしい、肌感のある生地の薄いフリル付きブラウスに合わせたパンツスタイルが、彼女の美的センスの高さを如実に表していた。
顔立ちは言わずもがな、薄化粧の今ですら、ファッションショーの花形を務められるレベルだ。
しかも、顔の作り自体は幼さが残るのに、成熟した大人の色香というものも確かに併せ持つという反則っぷり。
未だにチェリーな成人男性にとって、もはや劇物。
そんな存在がいきなり距離を詰めてきたら、ドギマギしようってもんである。
内心の動揺を悟られまいと、“彼”はタブレット端末を起動。レース映像を再生した。
「うぉー、これが海外のレース場かぁ。あ、これが例の子? なんか強そー」
「実際、相当な実力者でした。あれから時間も経って、既にデビューを果たしているウマ娘でしたから。でも……」
映し出されたのは、日本のそれとは様相の違う練習用トラック。
漏れ聞こえる声は英語を喋っており、集まっている海外のウマ娘たちは、スタートラインに立つアイを胡乱な目で見ていた。
が、走り始めた途端、観客の空気は一変する。
既にデビューを果たした、いわば現役のプロに、食らいついているのだ。
いや、それどころか、相手はアイを引き離そうと無理にペースを上げ、それでも食いつかれ続けて、自分の走りを保てていない。
一度は勝ったという自信と、相手が未デビューという事実が、慢心につながっている可能性がある。
そこを突いて……否、たとえそうでなくとも、突いて突いて突き崩すというのが、今回の作戦だった。それができる地力はあると、見込んでいた。
「行け……行け……!」
競り合いを経て、間もなく最終直線。
ペースを乱されても、そこは実戦経験を積んだウマ娘。垂れるどころか逆に加速し、今度こそアイを突き放す。
しかし、アイの方は余力を持ってコーナーを抜け、全力のスパートを掛ける。
双方のスピードは互換。
最後はスタミナ勝負に持ち込んで、ゴールラインへと先に飛び込んだのは……アーモンドアイ。
「ぃよっしゃー! 勝ったぁー!」
「うぉ!?」
「やった、やった! やっぱりうちのアイちゃんが世界一だぁー!」
愛娘の勝利に、パンドラが歓喜の声を上げた。
結果は知っていたけれども、やはり実際の映像を見ると、手に汗を握り、心臓もバクバクと高鳴ってしまう。
タブレットの中では、ドヤ顔でポーズを決めるアイが映っており、そこで再生は止まった。
いやーやっぱアイちゃん天才っしょ。さっすがアタシの娘だわー。
こんなん未来の三冠バか、トリプルティアラ確定! 間違い無し!
「パ、パンドラさん!? ぁぁああのっ、近いっていうか当たってますって!!」
「へっ?」
満面の笑みで喜ぶパンドラであったが、隣に居る“彼”は妙に慌てていた。
その指摘を受けて、ようやく自分の迂闊な行動を自覚する。
喜びのあまり、パンドラは“彼”に飛びつき、腕を抱え込んでいたのだ。もちろん、二の腕を自慢の某に挟んで。
「ご、ごめんなさい……! テンション上がっちゃって、つい……」
「ぃ、いえいえ、凄かブェッホゴッホゴッホ大丈夫です……」
ウソ。信じらんない。なんでアタシこんなこと……。
慌てて距離を取るも、リビングには奇妙な雰囲気が漂う。色で例えるならピンク色だろうか?
独り身になってから今まで、パンドラは色んな男からアプローチを受けて来た。
チャラいナンパ男。鼻の下を伸ばしたオッさん。純粋な好意を伝えてくれた男子学生。
時には、ド直球に「仕事をくれてやるから愛人になれ」とか言ってくるセクハラ成金ジジイも現れたほど。当然だが証拠を集めて刑務所にブチ込んだ(余罪たっぷりで楽ちんだった)。
対応に差はあったけれど、共通するのは、パンドラは彼等に応えなかった、ということ。
アイを育てるのに夢中だったというのもあるが、彼らには興味を持てなかった。
だというのに、どうして“彼”には、自分からアプローチするような真似を……?
隣を確かめると、“彼”は顔を真っ赤にしつつ、大きく深呼吸を繰り返している。
前傾姿勢でブツブツと「色即是空……」とか呟いているのは……あれだ。HOTになった体の一部を落ち着かせているのだろう。
“彼”に比べたら色々と経験豊富なパンドラは、男性事情を把握しながらも指摘しない、大人の気遣いが出来るのである。
程なくしてクールダウンしたらしい“彼”が、今一度「おっほん!」と咳払い。場を取り繕う。
「も、もう一度、レース見ましょう! 今度は、解説しますから。トレーナー目線で!」
「そ、そうですねっ。お願いしまーす!」
再び映像の再生が始まり、“彼”は時折、それを一時停止させて解説を挟む。
するとどうだ、先程までの慌てぶりは消え去り、夢中になってアイの走りの素晴らしさを語った。
身体能力の高さから、類稀なメンタリティ、勝利への貪欲さなど、まさに首っ丈だ。
(へぇー。この人、こんな表情するんだ……。ふぅーん……)
いつしか、パンドラはレースの映像ではなく、“彼”の横顔を眺めていた。
楽しそうに言葉を尽くす“彼”に、何度も相槌を打ちながら。
ずっと、ずっと。気付かれてしまうまで、見つめ続けていた。
そして、時は流れ……。
「アイちゃん! 担当契約成立、おっめでとー!」
三度、パンドラ家のリビングにて。
「パァン!」とクラッカーを鳴らして祝うのは、アイと“彼”との間に結ばれた、担当契約についてである。
ウマ娘の花道の一つ……。トゥインクルシリーズを走るには、トレーナーとの契約が必要となる。これでアイは、模擬レースでも練習並走でもない、本物のレースを走る資格を得たのだ。
これを祝わずして何を祝うのか! ……という訳で、週末を利用して実家に帰って来て貰い、久々の手料理を振る舞っているのだった。
「ありがとう、ママ。わざわざパーティーまで……。大変じゃなかった?」
「ぜーんぜん。むしろ超楽しかったし! アイちゃんがトレセン学園に行ってから、やっぱり……寂しかったんだもん」
二人きりの親娘で生活をして来たこの家は、パンドラ一人には広過ぎる。
アイがトレセン学園に通い始めてから、その事を強く意識してしまい、寂しさに枕を濡らす日も少なくなかった。
だからこそ、帰って来てくれた日には、全力でママをするのが楽しみなのだ。
そんな今日の夕飯だが、アイの好物である、きゅうり尽くしだった。
定番のきゅうりの漬物はもちろん、ゴーヤの代わりにきゅうりを使ったチャンプルー、特製ゴマだれの棒棒鶏、冷や汁にも輪切りのきゅうりが浮かび、どれもこれも美味しそうだ。
さっそく、二人は「いただきます!」と唱和。家族の団欒が始まる。
もりもりと食べてくれるアイの笑顔に、パンドラの胸は食べる前からいっぱいだった。
「それでぇ? 契約成立の決め手はなんだったんですか? ぜひお聞かせ下さい!」
「えぇ、急にどうしたの? まるでインタビュアーみたい」
「予行演習だよぉー。いつか絶対に聞かれるよ? という訳で、そこんとこどうなのどうなのー?」
「え、ええと……」
食べ盛りの娘との夕食は瞬く間に終わり、今度はデザートの時間。
お取り寄せの高級杏仁豆腐を食べつつ、話すのは“彼”……トレーナーとの契約に関して。
マイク代わりのスプーンを向けられ、アイは戸惑ったものの、すぐに返事を考える。
「経験と知識に裏打ちされた指導力と、過去の実績からもたらされる自信。トレーナーとして、これ以上ない人物よ。契約できたのは幸運だったと思うわ」
「…………つまんない」
「えっ。つ、つまんない?」
「つーまーんーなーいー! そんな優等生のクラス委員長が考えた推薦文みたいな答え、つまんない! もっとこう他にあるっしょ? アイちゃんの乙女心をくすぐったsomethingが! オフレコにすーるーかーらー!」
「インタビューの練習じゃないの、これ……?」
テーブルを回って、わざわざ隣まで来て縋りついてくるパンドラ。
少しばかり「変なスイッチ入れちゃったかも……」と後悔するアイだったが、しばらくして、うつむき加減に呟く。
「……君の作る未来が、見たい」
「へ?」
「そんな風に、言ってくれたの」
思い返される、契約時の記憶。
海外渡航後も“彼”との縁は続き、継続的にトレーニングを見てもらう日々を送っていた。
となれば、アイの脳裏にも「契約」の二文字が浮かび、少し踏み込んだ話……。アイが見たジェンティルのジャパンカップの話なども、語り合う仲になっていく。
そんなある日、外回りで山道を走った先の山頂で。
休憩がてら談笑をしていると、不意に“彼”が、遠い目をしたのだ。
『俺は、ジェンティルドンナのトレーナーだった。
良くも悪くも、彼女が判断基準になってしまっていた。
でも、君の走りを見た時、久しぶりに、他の全てが頭から消えたんだ』
ジェンティルドンナ。
国内・海外GⅠを通算13勝という、前人未到の記録を打ち立てた、美しき貴婦人。
決して忘れられるはずのない存在は、その後のトレーナー人生に大きく影響した。
シュヴァルグランと契約した時も、ジェラルディーナに逆スカウトされた時も。他の担当ウマ娘と過ごす時だって、姿は見えずとも、彼女は“彼”と共にあったと言えるほど、強く記憶に刻まれている。
しかし、ターフを駆けるアイの姿を見つめる間は、違った。
ジェンティルドンナだったらどうするか、ジェンティルドンナだったらどうなるか……ではなく、アーモンドアイはどうするのか、アーモンドアイならどうなるのかを、夢中になって考えた。
トレーナーになったばかり頃の、純粋な高揚感と未来への期待を、思い出したのである。
『君の作る未来が見たい。君の走りの行く末を見届けたい。……どうか、手伝わせてくれないか。俺を、君の──アーモンドアイのトレーナーにして欲しい』
そうして、“彼”はアイをスカウトし、アイは“彼”のスカウトを受けたのだった。
照れくさそうに語る娘の横顔は、文字通り、希望に満ち溢れている。
それが嬉しくて……妙に切なくて、パンドラの目頭が熱くなった。
「そっかぁ……。トレーナーさん、そんな風に……あはっ、なんだろ、ちょっとジーンと来ちゃった」
微笑みながら、目尻を拭うパンドラ。
今度はアイがそれをジッと見つめ、やがて真剣な表情で向き直る。
「ねぇ、ママ。わたしも聞いていい?」
「ん? どしたの、改まって。もちOKだけど」
「……ママは、トレーナーのこと。“あの人”のこと……好きなの?」
「………………ふぁ?」
“あの人”のこと……好きなの?
好きなの?
好き?
脳裏で木霊するアイの声。
あんぐりと大口を開けて硬直するパンドラだったが、その意味する所を察すると、錆びついたロボットのような、ぎこちない動きで首を振った。
「ナ、何ヲ言ッテイルノカナー? アイチャンッテバ、オマセサン、ナンダカラー。アハ、アハハ……ハ……」
じー。
宝石の如く美しいアイの瞳が、パンドラを射抜く。
笑って誤魔化そうとするけれど、本心はとうに見抜かれているようで、だんだん顔が熱くなっていった。
そう。パンドラは“彼”に好意を抱いている。
信頼できる友人として? いいや、一人の男性としてである。
今までパンドラに言い寄って来た男たちは、その娘であるアイの事を邪魔者扱いしたり、亡き夫を蔑ろにする事があった。そんな奴は論外だ。
誠実な人物も居たけれど、そういう人物に限って、家族を紹介するような関係になる前に、他の女性が射止めていった。
だからパンドラは、いつしか“そういう関係”を諦めた。
アイの母親である事に集中できるというのも、悪くなかった。
むしろ、若い頃から移り気だった身には丁度良かった。夫を忘れる事も、出来そうになかったから。
……けれど。
亡き夫に誠意を示してくれて。
大切な娘を、同じように大切にしてくれて。
時にはその未来を夢想して笑い合える、そんな存在が、現れた。……現れてしまった。
気がつけば、吸い寄せられるように、惹かれていた。それを誰が責められるのか。
「わたし、ママには凄く感謝してるわ。色んなワガママを聞いてくれたし、トレセン学園に通えるのだってそう。でも、何よりも……全然、寂しくなかったから」
そんな母の心境を、娘であるアイもまた、深く慮っている。
隠れて泣いている姿を見ても、どうすればいいか分からなかった。
仕事で忙しいはずなのに、誕生日だけは絶対に休みを取って祝ってくれる事に、感謝していた。
わがままで負担を掛けているだけのはずが、それすらも嬉しそうになんとかしてくれるパンドラが、好きで好きで、大好き。
……だから。
もっと自分を、大切にして欲しいのである。
「まだ子供のわたしが言ったところで、説得力なんて無いと思う。
それでも、ママに幸せでいて欲しい。自分を諦めないで欲しい。
……もう、手のひらの感触も、おぼろげだけど。きっとパパだって、応援してくれるわ」
アイの言葉を聞き、パンドラはハッとする。
夫が亡くなる数日前に言われた、遺言のような願い。
忘れて欲しくなんてないけど。それでも。
泣いて、泣いて、涙が枯れるくらいに悲しんだら。ちゃんと新しい幸せを見つけてくれ。
どんなに時間が掛かってもいいから。いつかまた、笑えるように。
この言葉を、アイは知らない。その場には居たけれど、まだ一歳にもなっていなかったのだ。覚えていられるはずがない。
だというのに、同じような事を言ってくれる。
ちゃんと、パンドラが愛した優しさを、受け継いでくれている。
肩の力が、抜けた気がした。
今になってようやく、夫の遺言をちゃんと受け止められたような、そんな気がした。
「そう、かな……。アタシが、他の人を好きになっても、許してくれる、かな……?」
「むしろ、『遅いくらいだ』って怒るかも? 今までだってママ、すっごくモテてたんだし」
「んー、確かにモテはするけど、あんまり嬉しい相手じゃなかったからなー。……っていうか、アイちゃんは良いの? アタシがトレーナーさんと……そういう関係になっても」
「もちろん! “あの人”だったら、きっとママの事も大事にしてくれると思う」
アイは、パンドラの手に自分の手を重ね、確かに頷く。
かつては小さかったその手を握り返すと、不思議と、どんな事でも出来るような、力が湧いてくる。
もう一度、自分自身の幸せに向けて踏み出せる、そんな“力”が。
「……アイちゃんがそこまで言うなら、ちょっち頑張ってみよっかな……?」
「そんな弱気じゃダメよ! トレーナーのことを狙ってる人、たくさん居るって噂になってるから、もっと積極的に行かなきゃ!」
「そ、そう?」
「ママは美人だし、愛嬌だってあるし、娘のわたしだって見惚れるくらいにスタイル抜群だもの! 行けるわ!」
どうやら、アイもその気になっているらしく、割とがっつり目にパンドラの背中を押す。
愛する娘にこうまで言われて、奮起しない母親が居るだろうか。いや居ない。
手を繋いだまま立ち上がる二人は、静かに頷き合い、そして決意する。
絶対に、“彼”を新しい家族にしてやろう、と。
「そんじゃま……。久しぶりに、本気出しちゃいますか! トレーナーさんを沼に堕とすゾー!」
「おー!」
かくして、フサイチパンドラとアーモンドアイ、二人きりの親娘は、新たな幸せを見出すため、まだ見ぬ未来に一歩を踏み出す事となった。
その結果は、これまでに語られた世界とは、また違う物語になる……かも知れない。
結果発表ー!
我、無事に叡智なパンドラママ、略してママドラさんをお迎えせり!
無料期間まだあるだろ? そんなの待てる訳ねぇよなぁ? スクショ貼りたいけどセンシティブ判定されそうな深くて長ーいTNMが最高だぜぇー!
…………すり抜け少なくもnewも一つだけの激渋だったよ誰か慰めて。
という訳で、親娘丼ルート……じゃなかった、ママドラ&アイちゃんルートの0話目でした。
ドベスケ水着(誤字にあらず)にtntnがbnbnになってしまい急遽描き上げてしまいましたが、今後どうするかは悩み中。
ダイジェストにしてささっと終えるか、ガッツリ描いてまた違うEDを迎えるか……。
どっちにしても、ママドラさんにドベスケ水着を着てもらうのが目的ですから、そこまでは描きます。命拾いしたねブーケちゃん(えっ)。
あ、ちょいとリアルが忙しくなるので、相変わらずの不定期更新です。御容赦下さい。
それではまた。
次回、ラッキーライラックは見た! トレセン学園、婚活会場疑惑の真相! 「アンタら、うまぴょいしたんか!?」