ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん   作:幼馴染にされたネクパイ

26 / 27
第一話 アーモンドアイの徒然なる日々

 

 

「ふんっっっ!」

「く……っ!?」

 

 

 

 一歩。

 たったの一歩、全力で踏み込んだだけで、アーモンドアイとジェンティルドンナの距離は大きく開いた。

 練習用トラックの最終コーナーは過ぎ、もう最終直線。

 どれだけギアを上げても、ジェンティルとアイの差が縮まらない。

 結局、ゴールまで順位は変わらなかった。

 

 

 

「勝負ありましたわね」

「はぁ、はぁ……! 本当にこれが、現役を引退したウマ娘……っ?」

 

 

 

 午後の一コマ授業を終え、多くのウマ娘たちが注目する中での模擬レースは、こうして終了する。

 涼しげな顔のジェンティルと、肩で息をするアイ。

 二人の対比には、実力差がそのまま現れていた。

 

 

 

「喰らいつく気概はよろしい。ただ、如何せん、経験不足ですわね。才能に乗せられていましてよ」

「……っ。ありがとう、ございました。ジェンティルさん。勉強になりました」

「ほほほ。精進なさいな」

 

 

 

 ジェンティルが第一線を退いてから、おおよそ五年。

 普通のウマ娘であれば、それほど時間が経てば本格化期間から抜け、身体能力も相応に落ち、現役のウマ娘とは勝負にもならない。

 それが、この結果。引退後も弛まず鍛え続けて来たのだと、アイは身をもって思い知る事となった。

 以前、“彼”を追いかけた時のレースでは、服装も靴も走るのに適していなかった。本気ではなかったのだろう。

 

 3バ身差もつけられるだなんて……。悔しい……っ!

 

 

 

「残念だったな、アイ。でも、課題は見えた。次に活かそう」

「……もちろんよ。絶対に、糧にしてみせるわ……!」

 

 

 

 拳を握り、唇を「へ」の字に結んで悔しがるアイに、“彼”はアイシング用の塗れタオルや氷嚢などを渡す。

 まだ中等部である事を考えると、その身体能力は極めて高い。加えて伸び代もあり、かつてのジェンティルと比べても、才能に遜色は無い。

 が、ジェンティルが強過ぎる力という欠点を抱えていたように、アイもまた、体に熱が篭りやすいという欠点を持つ。

 特にレース後は、体温が38度を優に越える事も珍しくなく、迅速なアイシングが重要だった。

 そして、現担当ウマ娘が火照った体を休めている間に、過去の担当ウマ娘へと話しかける。

 

 

 

「ジェンティルも、ありがとう。わざわざ時間を作ってくれて」

「いえ。わたくしも退屈しておりましたので、良い刺激になりましたわ」

「にしたって、相変わらずだ。現役時代より、むしろ今の方が走りにキレがある」

「あら、どうも。“貴方”も相変わらず、お上手ですこと」

 

 

 

 苦笑しながらの褒め言葉に、ジェンティルは心の中でガッツポーズを取る。

 目の前に居る唐変木のせいで、溜めに溜めた鬱憤をトレーニングにぶつけていた日々は、決して無駄ではなかった。剛毅なる貴婦人は未だ健在、と示せたのは大きいだろう。

 しかし、得意気で居られたのも束の間。“彼”は懸念でもあるように眉を寄せた。

 

 

 

「ただ、一つだけ良いか」

「……何か気になる事でも?」

「ジェンティル、一人でトレーニングしていただろう? 変な癖がついてる」

「癖、ですか」

「腕を振る時に、肘が少しだけ外向きになっていた。今は大した差は無いだろうけど、このままだとフォームが崩れる。

 早めに矯正しておきた……あ、いや、レースに出る訳じゃないんだから、急がなくても良いんだろうけど」

「……ふふふっ」

 

 

 

 慌てて言い直す“彼”が、かつての日々そのままで、思わず笑みが浮かぶ。

 

 ああ。

 “貴方”は本当に、変わりませんのね。

 

 

 

「たった一度の模擬レースで、よくそこまで。“貴方”のトレーナーとしての力量も、磨かれているようですわね」

「当たり前だろう? それに俺は君のトレーナーだったんだ。ずっと隣で見ていたんだから、すぐに分かるさ」

「…………そういう所でしてよ」

「ん?」

 

 

 

 歯の浮くような台詞が嬉しくて、けれど、それを表情には出せず、ジェンティルは薄く頬を染める。

 本当に、昔からこうだ。

 レースに関しては臆面もなく恥ずかしい言葉を言い放ち、何一つ見逃さんと目を凝らすというのに、肝心の乙女心には無頓着とは。

「俺なにか変なこと言った?」みたいな顔しないで頂戴。

 

 少し前に、ウマ娘十人以上にあれだけ追い回されておいて、なのにコレなのだから筋金入りだ。今後もアピールを欠かすわけにはいかない。

 目下の警戒対象は……氷嚢を頭に乗せ、膨れっ面でジェンティルを見つめる、現担当と、その母親──フサイチパンドラ。

 特に母親の方は、その気になれば強引に既成事実を作って……という手も有り得る。二重三重に対抗策を用意しておくべきだろう。

 

 

 

「ほら。“貴方”の今の担当がむくれていますわ。ちゃんと指導しておあげなさいな」

「おっと、そうだった。じゃあ、このお礼はまた後で」

「ええ。楽しみにしております。今後は、  二  人  き  り  で  、お願い致しますわ」

「あ、はい……」

 

 

 

 最後にガツンと圧をかけられ、“彼”は頬を引き攣らせながらアイの元へ。

 またタキオンにお薬発注しなきゃ……と戦々恐々していたが、それを知ってか知らずか、アイが真剣な表情を浮かべていた。

 

 

 

「ねえ、トレーナー。話したい事があるの」

「話したい事? トレーニングの内容とか……」

「それもあるけれど、もっと大事なことよ」

「……今すぐに? それとも、トレーニング後?」

「トレーニング後でお願い。今は……とにかく走りたい!」

「分かった。厳しく行くぞ!」

「ええ!」

 

 

 

 背後に、ウマ娘達にサインを求められるジェンティルを見ながら、二人は頷き合う。

 眼前に聳える高い壁。

 普通なら諦めてしまうだろうそれも、この二人には挑み甲斐のある目標に過ぎない。

 一層、熱の篭ったトレーニングは、その日の夕暮れまで続いた。

 

 

 

 ややあって。

 すっかり日が暮れた学園内を歩く、華やかな雰囲気のウマ娘が一人。

 

 

 

「ふう。ようやく終わったわ……。はようトレーナー室に行かんと」

 

 

 

 光の加減によっては、紫色を帯びて見える艶やかな髪を、サイドアップにまとめる彼女の名は、ラッキーライラック。

 アイの同期の、才気溢れる少女である。アイや友人からはララと呼ばれていた。

 メイクデビューを目前に控え、忙しい日々を送る中、今日のトレーニングは全休。

 空いた時間を先生方の手伝いで埋めていたのだが、その途中、窓からアイとジェンティルの模擬レースを遠目に見た。

 

 

 

(なんやねん、あの化けもん……。アイさんを子供扱い? いや実際子供やけども、全盛期を過ぎとるはずのウマ娘が? あかん、思い出すだけで寒気するわ……)

 

 

 

 ララは、かつてジェンティルとも鎬を削ったウマ娘……オルフェーヴルを敬愛している。

 故に、オルフェに幾度も煮湯を飲ませたジェンティルに対し、苦手意識を抱いていた。

 が、実際に走っている姿を、遠巻きにとはいえ目にした結果、それは恐怖に似た感情へと変じてしまう。

 

 今までアイと競った模擬レースを、ララは一度も勝てていない。

 そんな相手を容易く捩じ伏せるウマ娘が存在し、しかもその担当トレーナーが今、アイの隣に立っている。

 焦りを覚えた。

 本当に自分はこのままで良いのか。

 デビュー前に、まだ何かするべきでは?

 そんな気持ちが、足を自然とトレーナー室へと向かわせていた。

 

 

 

『────!』

『──! ──!』

「……ん? なんやろ、この声……」

 

 

 

 ふと、ウマ耳が声を捉えた。

 場所は……ちょうど、アーモンドアイのトレーナーの部屋だ。噂をすれば、というやつだろうか。

 トレーナー室はそれなりに防音されているが、完璧とは言いづらく、ウマ娘の聴覚ならば、中の声が聞こえてしまう事もある。

 なんとなく興味をそそられ、ララは耳を側立てる事にした。

 

 もしかして、模擬レースの結果にアイさんが駄々っ子しとるんか?

 負けず嫌いやしなぁ、あの子。ぐぬぬ顔が目に浮かぶわ。

 

 

 

『──い、どう──も──いの!』

『無──! 自分の体──を考────!』

 

 

 

 ……や、そんな雰囲気ちゃうなあ。

 妙に深刻っぽい空気が……。

 何を言い争っとるんやろか。

 

 

 

『私なら大──。だって“貴方”が……。ト────がサポートして──るでしょう?』

『……そ──言い方、ズル──』

 

 

 

 あ、また雰囲気が変わった。

 んん……? アイさんがトレーナーさんを困らせとんのか……?

 そういえば、あのトレーナーさん怪しい噂があるんよなあ。

 実は三十人くらい子供居るとか、目にしたウマ娘を全員食い散らすとか、うまぴょい伝説を見せつけて赤さんホニャララさせるとか。

 一つ目はよう知らんし、二つ目はうちが無事やから事実無根で、三つ目に関しては……新手のSCPなん? はよう隔離収容してもろて。

 

 

 

『本気、な──』

『ええ。──よ。私、ど──ても、“貴方”と……』

 

 

 

 ……あれ、なんやろ、マジで雰囲気が……。

 ま、まさかアイさん、もう“そういう関係”なんか!? アンタら、うまぴょいしたんか!? うちらまだ中等部やで!?

 トゥインクルシリーズもこれからやのに、そっち方面でゴールインしてどないすんねん! は、早まったらあか──

 

 

 

『クラシック三冠とトリプルティアラ路線、両方に出たいの!』

「んなこったろうと思ったわー!」

 

 

 

 どんがらがっしゃーん。

 

 脳内妄想とは全く違うベクトルの単語に、ララはツッコミながらトレーナー室に転がり込んだ。

 驚いた“彼”とアイが、目を丸くしている。

 

 

 

「ララ? どうしたの、いきなりドアから転がって来るなんて」

「い、いややわ。ちょっとバランスを崩してしもうて………………ちょい待って。アイさん、今なんて?」

「だから、いきなりドアから転がって……」

「せやのうて、その前! クラシック三冠と、トリプルティアラ、両方……?」

 

 

 

 倒してしまったゴミ箱を支えに立ち上がったララだが、入室直前のアイの言葉を思い出し、耳を疑った。

 クラシック三冠と、トリプルティアラ。

 トゥインクルシリーズを大きく二分するレースのローテーションであり、そのうち一つを勝っただけでも、素晴らしい栄誉と讃えられる。

 が、二分するというだけあって、三冠路線の皐月賞・日本ダービー・菊花賞、ティアラ路線の桜花賞・オークス・秋華賞は、ほぼ重なるような日程なのだ。

 それを、両方出たいだなんて、前代未聞である。

 

 

 

「アイ。これが普通の反応だ。確かに三冠路線とティアラ路線、レースの日時はズレている。だが、その間はせいぜい一週間前後しかない。これは挑戦じゃない、無謀だ」

 

 

 

 どうやら“彼”も、噂と違って理性的な判断は出来るらしく、窘めるようにアイへと語りかける。

 過去のレース史において、三冠路線とティアラ路線が交わった記録は、数えるほどだが存在する。

 かの名ウマ娘ウオッカの、桜花賞からダービーへ向かった変則ローテは、あまりにも有名だ。

 しかし、同時に二つの路線を走ったウマ娘は……居ない。この世界に、ただの一人も。

 それを知らないはずがないのに、アイは食い下がる。

 

 

 

「分かっているわ。でも、そのくらいの勢いが、決意が必要だと思ったのよ。私がジェンティルさんを越えるためには、常識を打ち破らなくちゃ」

 

 

 

 ジェンティルドンナを、越える。

 無敗九冠達成後、海外へと舵を切り、最終的にドバイ、凱旋門でも栄光を勝ち取って、宝塚の勝利をもぎ取り、最終的に有馬記念を勝って引退した、世界に誇る至宝のウマ娘。

 これほどの記録を打ち破るには……。これ以上の栄光を掴もうとするならば、確かに、同時に二つの三冠を達成するくらい、しなければならないか。

 

 

 

「アイさん。うちが口を挟むべきではない思うけど……。友達として言わせてもらいます。無茶や。絶対に体を壊してまう。そないなったら、お母様が悲しむで」

「……そうね。なんの助けも得られなければ、間違いなくそうなる。でも、トレーナー。もう考え始めているでしょう? どうすれば、この無謀な無茶を成立させられるのか」

「……っ……」

 

 

 

 図星を突かれた。

 “彼”はそんな顔付きで沈黙する。

 

 無謀な無茶。本人も自覚している事なのに。

 この提案を聞いた瞬間、胸が高鳴った。

 直後、理性が働き「不可能だ」と判断したが、アイを説得する裏で、頭をフル回転させていた。

 どうすれば、こんな無謀を挑戦として成立させられるか。

 無茶に決まっているローテーションを走り切るために、どんなケアが必要なのか。

 ……ああ、確かに。確かに、考えていたのだ。

 

 

 

「問題は体調面だけじゃない。インターバルを全て休養に回すとなれば、レースへの調整も、ほぼできなくなる。

 つまり、来年の四月までに、皐月賞、桜花賞、ダービー、オークス、これらのレースで勝ち切れる程に、能力を高めなければならない」

 

 

 

 クラシックレース戦線が始まる四月から、中盤戦の終わる五月までの期間、調整も何もかも捨てて休養に充てれば、体調はなんとかなる、かも知れない。

 が、そうなると、四月までに全ての準備を終えなければ。

 マイルの桜花賞、2000mの皐月賞、そして2400mのダービーとオークス。

 速度とスタミナ、そして戦略眼も十二分に養い、過密ローテの反動で蓄積するだろう、疲労によるパフォーマンスの低下を考慮し、ライバルの存在も加味して戦い抜く……。

 前代未聞どころじゃない。荒唐無稽。机上の空論。それこそ、子供が思い描く妄想の類い。

 

 だというのに。

 

 

 

「自主トレ厳禁。休みも絶対厳守。食べる物だって徹底的に管理・制限しなければ。……地獄を見るぞ」

 

 

 

 どうしてこうも、滾るのか。

 不可能だ、無茶が過ぎる、無謀にも程がある。

 理性がそう訴えかけるのと反比例して、沸々と心が燃え上がる。

 まだ見ぬ地平に挑戦するという、久方ぶりの高揚感。

 それを感じているのは、“彼”だけではないようで……。

 

 

 

「覚悟なら出来ているわ。それに私は、一人じゃない。私よりも私を知ろうとしてくれるトレーナーが……。“貴方”が守ってくれる。そう信じているもの」

 

 

 

 宝石のように輝く瞳が、見つめている。

 “彼”の瞳を。未来を。そして、勝利を掴む自分自身を。

 色こそ違うが、この輝きを、知っている。

 それに導かれ、かつて成し遂げた自分達が偉業を、覚えている。

 

 一人ではなく、二人なら。

 ……これはもう、止められない、か。

 

 

 

「はああぁぁぁ……。この、聞かん坊めっ」

「きゃっ、ちょ、ちょっと、トレーナーっ……!」

 

 

 

 深い溜め息をついた後、アイの頭を、ちょっと乱暴に撫で回す。

 慌てるアイだったが、どうも嫌ではないらしく、されるがままになっている。

 しばらくすると、“彼”は再びアイに向き直り、大きく頷いた。

 

 

 

「責任は俺が取る。君が本気でやりたいと言うなら、やろう」

「ちょっ!? 正気なん、トレーナーさん!?」

「ただし!」

 

 

 

 まさか!? と止めに入ろうとしたララは、しかし続く言葉で逆に止められる。

 その瞳には、熱に浮かされているだけではない、冷静さが光って見えた。

 

 

 

「さっきも言ったが、指示には絶対に従ってもらう。

 加えて、もう限界だと判断したら、トレーナーとして君を止める。

 仮に、三冠やトリプルティアラが目前でも。いいな」

「……分かった。“貴方”に任せるわ」

 

 

 

 頷き合う二人を見て、ララは思う。

 こんな提案を呑む事自体、やはり正気と思えない。

 アイは……決して長くない付き合いでも、“そういうウマ娘”だと分かっているし、ある意味、らしい行動だろう。

 だが“彼”は、どうなのか。

 こんなローテを発表すれば、間違いなくバッシングの嵐となる。

 下手すると、才能あるウマ娘の選手生命を使った、売名行為として扱われる可能性も……。

 

 

 

「無茶や……。あかんて! アイさんの体も心配やけど、トレーナーさんかて何言われるか……!」

「大丈夫。誹謗中傷なんて慣れっこさ。何せ、昔の担当が担当なんでね」

 

 

 

 どうにか説得を試みるも、苦笑いで返す“彼”。

 ララは悟った。

 このトレーナー、アイと同類だ。

 自分がこうと信じたなら、どこまでも一直線に突き進み、結果を掴んでしまう。過去の経歴が、それを物語っている。

 

 ……なんちゅうこっちゃ。

 こないにけったいな人が、アイさんのトレーナーやなんて。

 似たもの同士、惹かれ合ったんやろか……?

 

 

 

「ララ。ありがとう」

「へ? な、なんやの、急に」

「私達の事を、心配してくれて」

 

 

 

 ララが途方に暮れていると、乱れた髪を整えるアイが進み出て、感謝を告げる。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていると、自分でもよく分かった。

 

 ……ズルいわ。

 これだから、嫌いになれへんのよな。

 

 

 

「そんなん、当たり前です。無茶して倒れられでもしたら、張り合いがのうなってしまいますから」

「うふふ。大丈夫! きっと、なんとかしてみせるわ!

 だから、レース場で会った時は、本気で勝負しましょう。

 私の事情なんて構わないで、全力でぶつかって来て頂戴。私も全力を尽くすから」

「……ほんまに、アイさんは……」

 

 

 

 この同期は、一体どこまでレースが好きなのやら。

 心配しているのがバカらしくなるくらい、自信たっぷりで希望に溢れた、愛すべき(?)レース狂いに向けて、ララは姿勢を正し、微笑む。

 

 

 

「レース界の花形になるんは、うちや。絶対、負けへんで」

 

 

 

 向かい合う二人の間には、確かな友情の温もりと共に、ライバルとしての熱い火花も散る。

 トゥインクルシリーズにおいて、彼女達が対決する日は、遠くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマケ 走れヴィブロス』

 

 

 

 ヴィブロスは激怒した。

 必ず、このクソボケトレーナーを分からせねばならぬと決意した。

 

 

 

「とれーにゃーしゃんはー! お姉ちゃんをどー思ってるんれすかー! うぃっく」

「ヴィ、ヴィブロス、落ち着いてくれ。飲み過ぎだ……」

 

 

 

 もっとも、酒を力を借りて、ではあるが。

 二人は今、とある居酒屋の座敷席に居る。

 オシャレでセレブな物が大好きなヴィブロスであるが、何がセレブであるかを見分けるには、プレーンでオーディナリーな物も知らなければ。

 という建前で“彼”を呼び出し、酒の席特有の砕けた雰囲気を作り上げ、姉を袖にする男の真意を問い質そう……という訳である。

 まあ、渋い顔の“彼”が言う通り、酔い過ぎにも思えるけれど。

 

 当たり前の事だが、ヴィブロスはちゃんとアルコールを摂取できる年齢に成長している。

 そして、一人では絶対に外飲みせず、信頼できる人に側に居てもらうよう、しっかり言い付けられていた。

 その結果がチューハイ片手にクダを撒いているんじゃアカンやろ? それはまぁ……。

 

 

 

「ヴィルシーナの事は、魅力的な女性だと思っているよ。……本気で、そう思ってる」

「らったら、にゃんで応えてあげにゃいの……? おねーちゃんの気持ち、もう分かってるんれしょ……?」

「分かっているからだよ」

 

 

 

 お気楽な雰囲気もそこそこに、話は真面目な方向へと変化する。

 数ヶ月前の、あの夜のレース以降、“彼”も自分が、複数の女性から好意を寄せられている事を自覚した。

 喜ばしい事だ。

 歳も歳だし、本当なら早く誰かの手を取り、もう結婚してしまうべきなのだろう。

 ……だが、それは出来ない。

 

 

 

「仮に今、ヴィルシーナとそういう関係になれば、俺は彼女に首っ丈になる。夢中になってしまう。……アイの事を、蔑ろにしてしまうかも知れない」

 

 

 

 ヴィルシーナは、誰もが認める美女だ。

 外見は元より、内面的にも尊敬できる。恋人としても、将来的に母親としても、きっと素晴らしいパートナーとなってくれるように思う。

 しかし、その素晴らしさが、今回は仇となる。

 

 新しい担当ウマ娘を迎えたばかりなのに、同時にヴィルシーナのような恋人ができたとしたら、まず間違いなく仕事への集中を欠く。

 それどころか、仕事を放り出してでも恋人を優先し、愛欲に溺れる可能性も大いにある。

 

 そんなのは、ダメだ。

 人生を預けてくれたアイと、信頼してくれたパンドラに対する、最低最悪の裏切りだ。

 

 

 

「そうなったら、俺は自分を許せない。誰にも誇れない自分になる。だから今は、応えられない」

「うう……しょの気持ちも、分かるけろぉ……ひっく」

 

 

 

 ハイボールを呷る“彼”の言葉を、自らもトゥインクルシリーズを走ったヴィブロスは、否定できなかった。

 もしも自分のトレーナーが、自分を放って恋人を優先したりしたら、とても悲しいし、怒るだろう。最悪、契約解除だって視野に入る。

 アイとの契約が成立する前であれば、これほど悩む事もなかったはずだが、現実は既に契約済み。人生とは斯様に、ままならない物であるようだった。

 

 とれーにゃーしゃんのこういう所を、お姉ちゃん“も”好きににゃったのかにゃ……。

 

 

 

「酷な事を言ってるよな。女の子が一番輝ける時間を、ふいにしろって言っているようなもんだ」

 

 

 

 ヴィルシーナだけではない。

 ジェンティルドンナも、ブエナビスタも。二十代という輝かしい時間を、“彼”のために浪費していると言える。

 ならば、“彼”に出来る事は、ただ一つ。

 ……選ぶ事だ。

 

 

 

「三年だ。三年の間に、必ず結論を出す。……でも。待っていて、くれるだろうか」

 

 

 

 アイとのトゥインクルシリーズが終わる、三年後。

 それだけ時間があれば、誰を人生の伴侶にするのか、選べるだろう。

 問題は……彼女達がそれを待っていてくれるか。

 愛想を尽かして、そっぽを向かれてしまわないか。

 いざ向き合うとなると、不安はとめどなく溢れてくる。

 

 そして、そんな“彼”をヴィブロスは……呆れた目で見ていた。

 

 

 

「分かってにゃい」

「え?」

「もう十にぇん近くも好きにゃんだよ? あとしゃんにぇん位、にゃんて事にゃいよ! やっぱり全然わかってにゃーい!」

「へ? あ、ご、ごめん……?」

 

 

 

 にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん。

 

 酔っ払って猫化しているヴィブロスに怒られ、反省すれば良いのやら、可愛いと思えば良いのやら。

 とりあえず、励ましてくれているのは確かだろうし、ありがたく受け取っておこうと、“彼”はそう思う事にした。

 

 

 

「ありがとうな、ヴィブロス。話を聞いてくれて。こんな事を相談できるの、身近に君しか居なくてさ……。聞いてくれるだけでも助かるよ……」

「……ま、まあ? 色々と勉強してまふから? 相談くらい、いつでもにょってあげちゃうよー?」(実しぇん経験ゼロらけど……)

 

 

 

 頼りにされて得意満面、胸を張るヴィブロスだが、内心では冷や汗びっしょりだった。

 ちょっと危険で情熱的で、ドラマチックな恋に憧れてはいるけれど、その相手は未だ現れていない。

 母親譲りの華やかさはヴィルシーナにも負けず、街を歩けば寄ってくる男は無数に出てくるが、多くの場合、その隣に居る家族のガードを越えられない。

 加えてヴィブロス自身も、誰彼構わず適当に声をかけるような、軽薄な人物とお近づきになるのは遠慮しているため、尚のこと出会いは少ないのだ。

 

 う〜ん……。

 やっぱりお付き合いするにゃら、パパみたいに包容力と頼り甲斐があってぇ、優しくって力持ちでぇ、でも時々は弱みも見しぇてくれるようにゃ、おとにゃの人が良いにゃー。

 ……あれ? にゃんか、すっごく身近に心当たりがあるようにゃ、にゃいようにゃ……?

 

 

 

「さて。今日はそろそろ帰ろうか。タクシーを呼ぶから」

「えー? もう帰るのぉ……? もうしゅこし、にょみたい……」

「呂律も回ってない癖に。ほら、もうお終い。な?」

「ん゛〜……。おんぶ」

「ヱ。……ゑっ?」

「おんぶしてくれにゃきゃ、帰れにゃい。おねがーい……」

 

 

 

 “彼”の顔が劇画調になった。

 それは何故か。もちろん原因はヴィブロスにある。

 

 春先を過ぎ、夏を待つ時期に相応しい、少し露出の多い服装。

 酔いが回って赤らみ、汗ばんだ肌。

 そしてそして、出会った当初から重戦車級だった体付きは、成人してから更に分厚く、女性らしい柔らかみを帯びている。

 そんな美少女……いや、美女となったヴィブロスが両腕を広げ、ハグを待つようなポーズで小首を傾げて。

 

 ダメだ。

 この「おねがい」を聞いてしまったら、詰む。

 “本能”で直感した“彼”は、断腸の思いで「おねがい」を断る。

 

 

 

「ぉ、おんぶはダメ」

「むー。にゃんでぇー?」

「なんでも! ワガママ言わない!」

「ぶぅー。じゃあ、らっこ」

「らっこ? ……い、イタチ科の、哺乳類の?」

「ぶつよ」

「ごめんなさい」

「んーっ、お姫しゃまらっこ!」

「…………」

 

 

 

 お姫しゃまらっこ=お姫様抱っこ。

 場所は居酒屋。視線を感じて周囲を見回せば、慌てて顔を背ける客達と、wktkしてこちらを見続けるウマ娘の店員が。

 なんなんだその「おうおうお盛んですなぁ。そのまんまホテル直行ですかぁ? うちの店はお持ち帰りOKですヨォ?」とでも言いたげな顔は。

 ……それはさて置き、考えられる選択肢は三つ。

 

 1、あくまでお断り。無理やり手を引いて帰る。ただし、ヴィブロスが「やーだー!」とか泣いてぐずったりしたら通報の可能性も。

 2、衆人環視の中では厳しいので、おんぶ解禁。ただし、理性は一撃で吹き飛ぶので、食いしばりスキルの発動必須。

 3、諦めてお姫様抱っこする。ただし、非常に恥ずかしい。

 

 “彼”が選んだ選択肢は………………3だった。

 恥はかき捨て、である。

 

 

 

「こ、今回だけ、だぞ」

「あ……。えへへー。やったー」

「何が嬉しいんだか……」

 

 

 

 ニヤニヤしている店員を呼び、先に会計を済ませ、いざ。

 ジェンティルドンナのトレーナーとして、最低限の言い訳ができるよう鍛えていたおかげか、ヴィブロスの体重は軽く感じた。

 そんなものよりも、周囲からのバカップルを見るような視線と、火照ったヴィブロスの体の体温と柔らかさの方が、よっぽど精神を抉る。

 理性をフル動員し、先んじて呼んだタクシーが来るはずの駐車場へと、“彼”は歩き出す。

 

 

 

(とれーにゃーしゃんの手、おっきい)

 

 

 

 歩く揺れを感じながら、ヴィブロスは記憶を振り返る。

 トレっち……。ヴィルシーナも担当した女性トレーナーと契約し、トゥインクルシリーズを駆け抜けた日々を。輝かしい青春時代の、“彼”との思い出を。

 

 トレっちの相談に親身に乗ってくれて、影から支えてくれたこと。

 トリプルティアラを目指したものの、桜花賞、オークスを逃してしまい、家族達の前では強がっていたヴィブロスの本音を……。弱い部分を、受け止めてくれたこと。

 死に物狂いで掴み取った秋華賞を、自分のことのように喜んでくれたこと。

 そのお祝いにと、姉が皆での小旅行に誘ったのに、「家族水入らずを邪魔なんてできないよ」と断られてしまい、全員で「こいつホンマに」と思った事もあった。

 なんだかんだ、父や母とも意気投合しているし、トレっち同様、もはや家族同然の存在なのだ。

 

 

 

(とれーにゃーしゃんと、おねーちゃんが結婚したら……もう甘えるの、らめ、らよね……)

 

 

 

 ……でも。だからこそ。今、この時が、切ない。

 “彼”を想う姉の気持ちを知り、その想いが遂げられて欲しいと願っているのだから、こんな風に甘えてはダメだ。

 この温もりを、断ち切らなければ。

 

 

 

(ちょっとらけ、しゃみしい……にゃ……)

 

 

 

 微睡みの中、ヴィブロスは思う。

 あと少し。ほんの少しだけ、この時間が続いて欲しいと。

 そうすればきっと、別れの寂しさにも、耐えられるだろうから。

 

 

 

 なお、タクシーに乗っても、実家に到着しても、寝入ったヴィブロスが離してくれず、“彼”はスーツのジャケットを置いていくハメになったのだった。

 戻ってくるのに、何故か一ヵ月も時間が掛かったのを、気にしてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日のフサイチパンドラさん 可愛い愛娘のメイクデビュー』(作者註:手抜きで申し訳!)

 

 

 

「ねぇねぇアイちゃん。メイクデビューの時に着ていく服、何が良いかな? 派手目なのとシックなので迷ってるんだー」

『そうね……。個人的には、しっかり着飾ってるママも素敵だと思うんだけど、それだと主役を奪って悪目立ちしちゃうから、シックな方が良いかも。それに……』

「それに?」

『最近、トレーナーへのアプローチが増えているみたいなの。ガンガン攻め立てられて疲れているだろうから、少し休ませてあげた方が、むしろ良いアピールになるかも知れないわ』

「なーる。さっすがアイちゃん! 頼りになるぅー! じゃ、大人しめで応援に行くねー」

『ええ。楽しみにしていて。絶対に勝ってみせるから!』

 

 

 

メイクデビュー当日……。

 

 

 

「アイちゃん行っけー! もうすぐゴールだぁー!」

「ん……? あ、これマズいかも」

「へ。なんで? ……あ、あれ? なんかズルズル下がってく……? あああ、差されたぁー!?」

「勝ちたい気持ちが強すぎて、かかっちゃったかぁ……。これも今後の課題だなぁ……」

「ア、アイちゃあーん……ドンマイだよぉ……」

 

 






 ニシノウララさんに差し切られたアーモンドアイさんの一言

「  ぐ   や゛  じ   い゛  っ  」



 皆様、お久しブリーフ(抱腹絶倒ギャグ)。という訳で、AE編第一話でございました。
 もうお分かりかと思いますけど、メインとなるのはアイちゃんとパンドラさんですが、ジェンティルさん達も普通に出ます。延長戦突入です。
 レース描写に関しては、作者の力不足により「結果を見る」状態になると思われますが、その分、他のイベント事で補う予定。むしろレースがサブイベ。
 三冠ルートにも被害者が増える? でもアイちゃんなら、やれそうだったらやるかなって……。
 最終的に勝ち星はいくつになるのか、どのレースを勝つのか、どうぞ予想してみて下さい。

 ちょっとだけ内容を補足すると、ヴィブロスに追い剥ぎ(?)されたジャケットは、クリーニングに出しているという体で、三姉妹が替わりばんこにクンカクンカしてました。他の事にも使われてそう。
 まだ三人とも実家住みなので、お姫様抱っこされてるヴィブロスを見たシーナ&シュヴァルが、それはそれは荒ぶったとか。
 ちなみに、お持ち帰りしなかった事で、大魔神パパとハルーワママの好感度はアップしました。ああ外堀が埋まって行く……。

 前に似たようなイベントがあったブエナちゃんも、定期的に家に上がり込んでは、隠れてスーツをクンカクンカしたり、匂いの薄くなってきたワイシャツと、別の使い古しのワイシャツとを入れ替えて楽しんでたり。
「もう、これがないと眠れなくって……」だそうです。なんかヤバいフェロモン出てない? やっぱ新手のSCPだよこの人。

 さてさて、次回はジュニア級の秋から冬にかけての捏造イベント。
 本編で描写の少なかった子(シュヴァルとかディーナとか)を先に出したい所ですけど、ブエナちゃんもシーナちゃんも出したいし、誰の何を描くかは未定!
 ではまたいつか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。