ブエナビスタのお姉ちゃんのお兄さん   作:幼馴染にされたネクパイ

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反骨心の末に

 

 

 

「……ふぅぅ……」

 

 

 

 地下バ道から続く通路。控え室のドアの間で、“彼”は軽く深呼吸した。

 緊張をほぐすため、意識的に胸を……ネクタイを留めるピンを撫でる。

 そうするだけで、不思議と自分が強くなった気がした。

 

 

 

「ジェンティル。入るよ」

 

 

 

 ノックの後、「どうぞ」という返事を待ち、ドアを開ける。

 するとそこには、まさしく“貴婦人”が居た。

 目を引く赤と黒。差し色に金色を配し、要所を白でまとめる豪奢な勝負服を纏った、ジェンティルドンナだ。

 

 数多の名職人が腕を競い合って仕上げたとされる逸品は、しかし、パニエを模ったスカートやオフショルダー加工などもあり、決して仰々しいだけでない、華やかさまで持ち合わせている。

 加えて耐久性にも優れ、剛性、柔軟性、防水性、通気性までもが極めて高水準の、超高級品である。

 怖くて値段なんて聞けないが、きっと安い車なら複数台買える事だろう。

 

 そんな勝負服をジェンティルは、さも普段使いの夜会服の如く着こなしている。

 本気を出せば獣すら怯える迫力を出せるのに、楚々とした立ち姿は麗しく、男ならずとも見惚れる肉体美を、惜しげもなく披露していた。

 

 

 

「どうなさったのかしら。呆けた顔をして」

 

 

 

 クスクスと笑い、答えの分かりきった質問をするジェンティル。

 見透かされているのは気恥ずかしいけれど、それでも正直に言うべきだと思った“彼”は、紅玉のように美しい瞳を見つめる。

 

 

 

「いや……。もう聞き飽きてるだろうけど……。惚れ惚れするほど似合ってるな、と思ってさ」

 

 

 

 以前にも、勝負服を着た姿を確かめる機会はあった。

 が、そのたびに、どうしても、感嘆とした溜め息が溢れてしまう。

 それをよく理解しているジェンティルは、また蠱惑的に微笑む。

 

 

 

「レース前に担当ウマ娘を口説くだなんて、大胆ですこと」

「……そう思われても仕方ないけど、本気だよ」

「ふふふ。存じていますわ」

 

 

 

 やっぱり気恥ずかしいのか、少々憮然とする“彼”を、からかうようにして言葉を閉じる。

 社交界を経験している身であるジェンティルにとって、褒め言葉は挨拶のようなもの。いちいち喜んでいては、むしろ軽んじられる。

 だが、関心を買うためでも、取り入ろうとするためでもない、純粋な裏表のない褒め言葉には、少なからず心を動かされてしまう。

 

 ……本当にこの人は、わたくしをおだてるのが上手い。

 

 けれども、喜色ばんでばかりもいられない。

 なぜなら今から、闘争本能をむき出しにしなければならないのだから。

 

 

 

「さぁ、始めましょうか。年を越える“3連戦”を」

 

 

 

 本日、たった今から催される、阪神ジュベナイルフィリーズ。

 次なるは年末のホープフルステークス。

 最後に来年初頭の、シンザン記念。

 これら三つのレースからなる連戦を。通常ならばあり得ないローテーションを見据え、ジェンティルはなおも笑っていた。

 

 事の発端は、数ヶ月前にまで遡る……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阪神JFに、ホープフルステークス……?」

 

 

 

 “彼”から得られた解答は、ジェンティルにとって物足りないものだった。

 問題なくメイクデビューを済ませ、トゥインクルシリーズにおける今後の予定を話し合おう……となった時のことだ。

 ジェンティルの望む路線がティアラ路線──桜花賞、オークス、秋華賞からなる、トリプルティアラを求めるものである事は、以前から話していた。

 正直なところ、多くのトレーナーたちと同様、皐月賞、日本ダービー、菊花賞で構成される、いわゆるクラシック三冠を薦められる可能性も考えていた。

 しかし、それに対して“彼”はこう返す。

 

 

 

『貴婦人に対して王冠が似合うかも……だなんて、口が裂けても言えないよ。君に似合うのは間違いなく、ティアラだ』

 

 

 

 トリプルティアラもクラシック三冠も、同じく三冠であるにも関わらず、世間では何故だか、クラシック三冠の方が上位とされてしまう事が多い。

 こんな風に、無条件でティアラ路線を肯定してくれるトレーナーは、珍しいのだ。

 だからこそ、そんな“彼”から提示されたジュニア級での目標レースが、教科書通りとしか言えないもので、少し落胆したのである。

 

 

 

「確かに、ティアラ路線に繋げるならば、そのどちらかで良いのでしょう。しかし……」

「待った。勘違いしてるぞ、ジェンティル」

 

 

 

 ……が。“彼”はそこでジェンティルの二の句を止める。

 ジュニア級のウマ娘が出走できるG1レースは、マイルの朝日杯フューチュリティステークス(FS)と阪神JF、中距離のホープフルの3つ存在する。

 特に、ティアラ路線を志すウマ娘達が実力を示すため、このうちの阪神JFに登録する事が多い。

 勘違い、とはどういう事だろう。

 

 

 

「阪神JFとホープフルのどちらかじゃない。どちらも、だ」

「……つまり、2連戦?」

 

 

 

 “彼”は指を二本立て、したり顔でそう言ってのけた。

 

 

 

「本来、ジュニア級でこんな連戦をする意味は薄い。まだ成長しきっていない体に負担をかけるだけで、単なるトレーナーの実績稼ぎと思われかねない。……だが」

 

 

 

 それを“ジェンティルドンナ“がするなら、一体どう思われるか。

 既にクラシック級での活躍を期待されているウマ娘が、わざわざジュニア級でG1を2連戦する意味。

 

 マイルレースを勝つためのスピード。

 中距離レースを走り切るためのスタミナ。

 そして、間を空けぬ2連戦に耐え得るだけの、肉体のタフさ。

 

 もしもジュニア級G1のトロフィーを、無事に2つも勝ち取ったなら。

 その結果は、ジェンティルの確たる実力を大いに喧伝するだろう。

 

 

 

「それだけじゃなく、距離適性の隔たりがあるレースにウマ娘を即応させる、トレーナーの手腕も問われる」

「……なるほど。わたくしを使って、自らの“力”をも誇示する、と?」

「その必要があるのなら」

 

 

 

 悪様に返したジェンティルを、“彼”もまた、悪辣に見える笑みで返す。

 ……なるほど。興味深い。

 

 レースにおける距離適性は、ウマ娘のキャリアを決定付ける最大の要因だ。

 1000から1400mの短距離。1600から1800mのマイル。2000から2400mの中距離。2500m以上の長距離。

 主にこの4つの区分がなされ、壁となる距離は200m……。中・長距離間では更に半分の100mだが、その差を埋めるのには、多大な労力を必要とする。

 

 どんなにマイルで速いウマ娘でも、2000mを走った途端、残り200mで失速して順位を下げる……といった光景は珍しくない。中・長距離間でも同様である。

 逆に、中・長距離で優れたパフォーマンスを発揮できても、マイルや短距離では上手く速度に乗れず埋もれてしまう、といったケースが多い。

 なればこそ、レースを勝つためには戦略と肉体・意識の調整が必要とされ、トレーナーの手腕が問われる部分なのだ。

 

 

 

「正直な話、外野がどう言おうとも、無視すれば良いと思ってる。結局はレースを見る事になるんだから」

「しかしそれでは、見る側の意識を……固定観念を払拭する事はできない」

「これは驚いたな。君がそんな、弱気な発言をするとは」

「……なんですって?」

 

 

 

 ジェンティルが拘っているのは、ジェンティルを枠に嵌めようとする、レース関係者の固定観念。

 ティアラ路線を走ると宣言したウマ娘に対し、何故クラシック三冠を“捨てる”のか……と、埒も無い問いを繰り返される事に、ほとほと嫌気が差していたからだ。

 けれども、“彼”は大仰に肩をすくめ、さも当たり前のように語る。

 

 

 

「見れば分かる。確信する。“ジェンティルドンナ”というウマ娘が、どういう存在か。理解できないような奴は、そもそもレースなんて見ないさ」

 

 

 

 あまりにも、その姿が堂々としていて。

 まるで自分が、ナイーブな考えに囚われていたような、そんな気さえしてくる。

 

 ……なんて、未熟。

 こんなに簡単な事で、わたくしは。

 

 

 

「“貴方”は、本当に。その気にさせるのが上手ですこと」

「担当ウマ娘のモチベーション維持も、トレーナーの仕事だ」

「あら。もしかして御世辞だったのかしら」

「……分かってて聞いてるだろう? 掛け値無しの本心だよ」

 

 

 

 そう。分かっている。

 “彼”の言葉に嘘偽りはなく、心の底から、ジェンティルを信じていると。

 ならば、するべき事はたった一つ。

 しのごの言っていないで、ウマ娘なら走って示すのだ。

 

 

 

「ただし、これはあくまで提案に過ぎない。どのレースを走るのかは、君自身が決めるべき事だ。それを忘れないで欲しい」

「承知の上ですわ。わたくしとしては、シンザン記念を目標に、と思っていましたが……」

「シンザン記念か。なるほど……その線も一利あるな」

 

 

 

 デビュー戦と同じく、京都レース場で年明けに開かれる重賞、G3のシンザン記念。

 このレースに参戦するウマ娘も、多くはクラシック三冠を目指す。その年の計を占うという意図でも、注目度は高い。

 ティアラ路線のジェンティルが殴り込みをかければ、観客の意識を塗り替える事も容易だろう。

 

 

 

「じゃあ、ジェンティルの第一希望はシンザン記念として、その他のレースに出るかどうかを──」

「お待ちを。そこに、“貴方”の示した道筋も取り入れましょう」

「……は?」

 

 

 

 優先すべきは、実際に走るウマ娘の希望。

 自分の提案を脇に置こうとする“彼”だったが、予想外の言葉に耳を疑った。

 

 

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待った。“も?” って事は……」

「ええ。阪神JF。ホープフル。シンザン記念。その全てに出走します」

 

 

 

 G1レース2つに、オマケでG3まで走る、3連戦。

 自棄になったと思われかねないローテを提示され、流石に狼狽えてしまう。

 

 

 

「反対だ。2連戦までなら、こちらもカバーする算段はある。けど3連戦はリスクの方が高くなり過ぎる。無茶だ!」

「そうかも知れませんわね。わたくしが普通のウマ娘で、“貴方”が普通のトレーナーなら」

「そ、そうは言っても……!」

「わたくしも、単なる逆張りで言ってるのではありません。

 “貴方”が早くから過剰な負荷に言及したおかげで、わたくしの体は余計なダメージを負う事なく、より強靭に、より壮健に成長した。

 今のわたくしであれば、3連戦であろうとも走り抜ける……。そう判断した上での提案です。

 ……“貴方”だって、自分が育てたウマ娘が、どこまで行けるのか。試してみたいのではなくて?」

 

 

 

 そうでしょう? ……とでも言いたげに、手のひらを差し向けるジェンティル。

 ここに来て、“彼”は己の失策を悟る。

 

 

 

(マズい。煽り過ぎた)

 

 

 

 “力”こそ全て、という家に産まれたジェンティルと対峙するには、唯々諾々と従うだけではいけない。

 しっかりと自分の意志を持ち、時に意見をぶつけ合い、不興を買うような言葉で煽りもする。

 これが、まだ長くない付き合いで見つけた、対ジェンティル用の処世術であったが、加減を見誤った。

 

 そう教え込まれたから……というだけでなく、ジェンティルは生来の負けず嫌いだ。

 そんな彼女に連戦を提示すれば、より過激な連戦を求めないはずがない。

 ……考えが甘かった。もうこうなっては、3連戦は避けられないだろう。

 どうにかしてリスクを最小限に、3つのレースを無事に走り終えられるよう、戦略を立てなければ……。

 

 

 

「……少し、時間が欲しい。3日、いや2日あれば、出走後のケアの方法も……」

「いいでしょう。必要なら、わたくしのコネクションをお使いなさい。これも預けておきますわ」

「へ」

 

 

 

 思案する“彼”に渡されたのは、手のひらサイズの黒いカード。

 一般人には絶対無縁の、ブラックカードである。

 

 

 

「は、初めて見た……」

「わたくしの個人口座ですから、どうぞ遠慮なく」

「……悪用するかも知れないぞ。めっちゃ高い家電買ったり」

「ほほほ。そんな度胸がお有りなら、なお心強いですわね。強欲さも、我が家では美徳ですわ」

「本気にしないでくれ……。妹に顔向けできなくなるような事はしない。絶対に」

 

 

 

 思わず、邪な心がムクムクとしてきそうだったが、妹の顔を思い浮かべ、踏み留まる。

 今はそれよりも、連戦の疲労を抜く算段をつけなければ。

 

 トレーナーとしての、腕の見せ所だ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジェンティルは、もう行ったようですね」

 

 

 

 ジェンティルをレースへ送り出した後。

 一人、地下バ道に残っていた“彼”に、背後から声が掛けられた。

 

 

 

「ドナウさん。お会いになれば良かったのに」

「いいえ。必要ないでしょう」

 

 

 

 スーツ姿が凛々しいその女性の名は、ドナウブルー。

 前髪に流れる一筋の流星が特徴の、ジェンティルの実姉である。

 

 

 

「全く、無茶なローテーションを……。なぜ止めなかったのですか」

 

 

 

 ドナウもまた、トゥインクルシリーズを走った経験がある。

 G3を2つほど勝利しているが、レースよりも会社経営に才覚を発揮し、今に至っている。

 そして、少なからず経験があるからこそ、ジェンティルと“彼”がしようとしている事が、いかに無茶苦茶なのかも分かるのだ。

 

 

 

「少し、煽り過ぎました。負けず嫌いなのは理解しているつもりだったんですが……」

「……まぁ、アレは少々、自信過剰なきらいもあります。挫折も良い薬になるでしょう」

「それは……無いですね」

「というと?」

 

 

 

 咎めるドナウに、“彼”も一度は申し訳なさそうにするけれど、ジェンティルの負けだけは否定する。

 何故なら……。

 

 

 

「自分とドナウさんが、ここに居る。ジェンティルは必ず成し遂げ、そして、更に強くなってしまう。……なんとかにつける薬はない、とも言いますし」

「……ふっ。言ってくれる」

 

 

 

 愚直なまでに“力”を追求するジェンティル(いもうと)を支えるため、ドナウはここに居るのだから。

 流石のジェンティルでも、3つのレースを全力で走れば、確実に疲労が残ってしまう。

 それを解決するためにコンタクトを取ったのがドナウであり、その目的は、ドナウの管理が及ぶ施設に、疲労回復を目的としたスパリゾートを発見したからである。

 

 最初こそ「メリットがありませんね」と渋られたが、スパを利用したジェンティルが前代未聞の3連戦を成し遂げたなら、必ず話題となり、何よりも効果的な広告塔代わりになる。

 ……というような建前をごり押し、頭を下げまくって、どうにかこうにか利用権を割り当てて貰った……という形だ。

 

 根負けして協力する事になったという風体のドナウだが、ジェンティルの一家は皆が皆、一様に素直ではないというか、回りくどい方法でしか情を見せられないというか……。

 ともあれ、協力すると決めたからには、ジェンティルには全力で癒されて貰わねばならない。

 レースの発走を見る前に、ドナウはこの場を離れる事にした。

 どうせ、結果は分かりきっている。

 

 

 

「では、わたしはこれで。近く、またお会いしましょう。トレーナーさん」

「はい。また」

 

 

 

 今度はドナウの背中を見送り、また一人に戻った“彼”は、頬を叩いて気合いを入れ直した。

 レース内容に心配はない。問題はレース後、3連戦を敢行すると宣言した時の、マスコミへの対応だ。

 批判、糾弾、疑念、そして期待。それら全てに答え、反論し、時にごり押しで誤魔化す。

 レース後に始まるだろう舌戦の主役は、間違いなく“彼”。

 微かな手の震えを武者震いと信じ、観戦のため地下バ道を後にする。

 その右手は、またネクタイピンを撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマケ 見なよ……私の妹を……』(漫画メダリストを読もう! おもろいど! アニメ二期も来年一月末に始まるよ!)

 

 

 

 ジャパンカップの少し前。

 休日ながらウマ娘でごった返すカフェテリアに、ヴィルシーナは居た。

 人目を避けるような端の席で、待ち合わせでもしているのか、一人で座っている。

 ただ座っているだけなのに、ピンと背筋を伸ばした姿は美しく、絵画として切り取りたくなる端麗さだった。

 が、不意に彼女は笑顔を浮かべ、誰かに向けて軽く手を振る。

 

 

 

「ごめん、待たせたかな」

 

 

 

 それを受け止めるのは、ジェンティルのトレーナーである“彼”。

 ……いや。この場に居るのは、同好の志である新人トレーナー。誰のトレーナーだとかは忘れよう。

 “彼”はヴィルシーナの斜向かいに座り、差し入れのカロリーオフチョコレート菓子を渡す。

 

 

 

「少しばかり……。でも、待っている間も楽しかったですわ。何を話そうか、ずっと考えていましたから」

「それは楽しみだ」

 

 

 

 柔らかく微笑み合う二人。

 まるでこれから、デートでもするかのようなセリフに、実は聞き耳を立てていたモブウマ娘達がザワつく。

 もしやヴィルシーナと“彼”は、そういう関係だったり……?

 けれど、当の二人はその事に全く気付かないまま、さっそく本題に入る。

 

 

 

「では、改めまして。本日の『兄と姉の会』を始めたいと思います。先日は“貴方”にお話して頂きましたから、今日は私の妹達の話を……」

「うん。聞かせてくれ」

 

 

 

 いやその状況で妹談義すんのかい!

 

 ……というモブウマ娘達の心のツッコミは、しかし二人に届かない。

 学園内にも姉妹を持つウマ娘などは居るが、波長の合う友人……仲間……いや、やはり同志か。

 話していて楽しい同志は中々見つからず、この時間が楽しみで仕方がないのである。

 

 なお、前回は“彼”が自分の妹の思い出を語り、両親が亡くなっても気丈に振る舞おうとする姿など、聞くも涙、語るも涙の、感動スペクタクル巨編(当事者比)だった。

 悲しみから立ち直ってトレーナーを目指し、見事に合格した時の話なんて、もうヴィルシーナ自身が“彼女”の姉の気分になり、抱きしめて褒めてあげたい気持ちが溢れかえるほど。

 妹スキーの業はとんでもなく深い。

 

 そして今回は、ヴィルシーナの番。

 自慢の妹達を紹介するため、気合いを入れ直すのだった。

 

 

 

「私達は三姉妹で、長女が私、ヴィルシーナ。次女のシュヴァルグラン。三女はヴィブロスと言います」

「前にも思ったけど、名前に似た響きがあるよね。それぞれに格好良いし、こういう時はウマ娘が羨ましくなるなぁ」

「ふふふ、ありがとうございます。そうですね。私達、名前に全員『V』が入っているんです。ウマ娘の姉妹で、名前に統一感があるのって、凄く珍しいんだそうですよ」

 

 

 

 ウマ娘の名付けについては様々な説があるが、ヴィルシーナ達に与えられたウマ娘としての名前は、ロシア語としての意味を持ち、ローマ字表記にするとVerxina 、Cheval Grand 、Vivlos となる。

 同じ姉妹として産まれても、全く共通点のない名前が与えられる場合が多いウマ娘の中では、こういった姉妹らしい名前を持つ確率は、非常に低いようだ。

 逆に、全くの赤の他人なのに「お前ら絶対親族だろ」という名前になる事も、ままあるのだとか。

 

 

 

「シュヴァルグラン……。シュヴァルは、とても引っ込み思案な子で。人見知りしがちでもあるんですが、実はとても努力家で、一度こうと決めたら譲らない、芯の強さも持っている子なんです」

 

 

 

 持ち込んでいたタブレット端末を操作し、ヴィルシーナは妹の写真を表示させた。

 短めの茶髪に、前髪を彩る太めの流星が目立つ少女で、どうやら不意打ちで撮ったらしく、帽子を直しつつ、恥ずかしげにカメラへと手を伸ばしている。

 表情からして、内気な性格が伺えた。

 

 

 

「下の妹のヴィブロスは、逆にとても元気な子で、好き嫌いもハッキリしているんですが、好きなものにはとことん真剣になれる、凄い子なんです」

 

 

 

 次に表示された写真には、バッチリとポーズをとり、ウィンクまでするツインテールの少女が。

 弧を描く流星の存在感は控えめだが、全身から放たれる愛されオーラが、画面越しにも伝わって来た。

 シュヴァルとは真逆の性格らしく、人懐っこい笑顔が似合っている。

 

 

 

「それぞれに特徴的なんだね。でも三人共、目元が凄く似てる。上の子は少し雰囲気が違うけど、お父さん似とか?」

「あ、よく分かりましたね。私とヴィブロスは母に、シュヴァルは父に似ていると言われます。シュヴァルも、父似と言われると嬉しいみたいで」

 

 

 

 なんでもできて、しっかり者の長女。

 引っ込み思案で、内気な次女。

 元気一杯、天真爛漫な三女。

 見事に個性が分かれていて、三姉妹が揃えば、どんな空間でもきっと華やぐだろうと、想像に難くない。

 

 

 

「二人とも、トレセン志望?」

「ええ。二人とも今年度に入学しました」

「ん? ……という事は、下の子は飛び級で? 凄いね」

「そうなんです。本格化はまだですが、それぞれの才能を認めてもらえて、嬉しいですわ」

 

 

 

 ヴィルシーナが今、中等部の二年生である事を考えると、シュヴァルは現在一年生。

 するとヴィブロスは……年子だと考えても小学生なのだが、既に入学しているとなると、飛び級で入学を認められた、ということ。

 過去にも、同じように飛び級で入学し、まるで魔法のような素晴らしい結果を残したウマ娘も居る。将来有望だ。

 

 

 

「にしても、君ほどのウマ娘が誉めているとなると、俄然、走ってる姿が気になってくるなぁ」

「うふふ。そう仰ると思って、用意していますよ。……というより、普段から携帯に入っているんですが」

「ああ、やっぱりそうだよね。動画も写真も消せないというか、ふとした瞬間に見返したくなるというか……」

「ですね……。それが気持ちを高めてくれたり、落ち着かせてくれたり。もう欠かせません」

 

 

 

 またしても互いに共通点を見つけ、二人揃って笑い出す。

 些細な共通点だが、やはり同じ感性を持っていると分かると、精神的な距離が近づいていくのは、当たり前だろう。

 なお、ヴィルシーナの携帯の待ち受けは、妹達のツーショット。“彼”の場合は、妹が高校を卒業した時の記念写真である。

 妹スキーの業は以下略。

 

 それはさて置き、ヴィルシーナはタブレット端末を差し出して、とある動画を再生した。

 写っているのは、先ほど紹介された妹達。トレーニングのための映像記録、といった所か。

 恐らく撮影者なのだろう、ヴィルシーナの声で『距離1800、右回り。用意……』と説明が。

 直後、スタートが切られ、妹二人の模擬レースが始まった。

 

 前を行くのはシュヴァルグラン。逃げ……いや先行策が得意という印象だ。

 その後ろで控えるヴィブロスは、お手本とも言える差しの位置取り。

 時折、シュヴァルがヴィブロスを引き離そうと速度を上げる場面があったが、しっかりとそれに食らいつき、最終直線のせめぎ合いの結果、軍配はヴィブロスに上がった。

 

 

 

「……どうでしょう。プロの目から見た印象は」

「ははは。プロと言ってもド新人だよ。それでも良いなら……」

「ぜひ。聞かせてください」

 

 

 

 あくまで妹談義のついで……なのだけれど、レースの映像となると職業病か、“彼”は走りの分析をしてしまっていた。

 その真剣な眼差しを確かめていたヴィルシーナとしても、画一的なトレーニングを旨とする教導官ではなく、個々に合わせたトレーニングを行う専門家の意見が気になった。

 ぜひに、と言われて断る訳にもいかず、“彼”は自分なりの印象を語り始める。

 

 

 

「まずは、ヴィブロス。見た目の華やかさだけじゃなく、走りの方も君と似ているような気がするな。

 しなやかで伸びのあるストライドと、そこからは想像もつかない力強い末脚。

 見た限りの距離適性を考えると、マイルを主軸にしたいところだけど、スタミナの温存がしやすい後方脚質を活かせば、中距離でも十分に戦えそうだ。

 逆に、こういった走りをするウマ娘は、長距離に向かない傾向もある。そこは確かめておきたいな」

 

 

 

 一旦、そこで言葉を区切り、ヴィルシーナのタブレット端末を操作する“彼”。

 レース後まで収められていた映像の最後……悔しそうに俯くシュヴァルの表情が、そこにあった。

 

 

 

「対するシュヴァルグランは……この映像だと、不完全燃焼に見える。

 温まっていないエンジンを無理に吹かしているような印象だ。明らかに、短い距離は合ってない。

 加えて、この足運び。本格的なトレーニングは受けていないんだよね? それなのに、この安定感。特筆すべき長所だね。

 いっそ短距離やマイルは除外して、早いうちから中・長距離を走って欲しくなるかな。

 心肺機能を高めるトレーニングを積んで、他の走者との位置関係や、仕掛け所の勉強をしていけば、化ける気がする」

 

 

 

 “彼”の脳内には、既に二人へ提示したいトレーニングが溢れ返っていた。

 マイルを主軸に、恐らくティアラ路線でも活躍できるだろうヴィブロス。

 対して、中・長距離に向いていると思われるシュヴァルは、クラシック三冠が合っているように思える。

 どちらの場合も本人の希望が最優先だけれど、彼女達はどんなトゥインクルシリーズを走るのか、とても楽しみである。

 

 

 

「凄い……。たったこれだけの映像で、そこまで分析できるなんて……」

「あくまで一個人の意見だよ。そこまで重く受け止めないで、本人の希望とかを重視して欲しい」

「もちろんです。あの子達の走りたい道……。その可能性を拡げるために、私も精進しますわ。……ええ。必ず、あの人にも……!」

 

 

 

 その名の意味する通り……“頂点”を目指してレースを走るヴィルシーナだが、己のためだけではなく、妹達の道行きを、自分の走りで照らせるような……。そんな存在でありたいと思っている。

 具体的な、未来へと繋がる情報を提示されて、ヴィルシーナは背筋が正される思いだった。

 ……もちろん。その行き先で、立ち塞がる存在が居るのも、理解している。

 

 ほんの少し、ピリッと緊張感が走った。

 原因が何か、“彼”もすぐに察しはついた。

 が、今は友人との語らいの時間。

 あえて気付かないふりをして、ヴィルシーナの姉としての顔を引き出す事にする。

 

 

 

「で? 本題はこれじゃないんだろう? 君の妹自慢、まだ聞き足りないな」

「……言いましたね? いいでしょう。身悶えするほどのあの子達の可愛らしさ、教えて差し上げますわ!」

 

 

 

 分かりやすい挑発に、しかしヴィルシーナも調子を合わせ、緊張感は一瞬で霧散した。

 もはやモブウマ娘も興味を失っていて、ただただ、和やかな時間が過ぎていく。

 

 そして。

 そんな二人を物影から見守る、妹が二人。

 もちろん、シュヴァルとヴィブロスである。

 

 

 

「ね? ねっ? あの二人、ちょー良い雰囲気でしょ!」

「うーん……。確かに、楽しそうではあるけど……」

「これは絶対にキてるよ! わたしのアンテナがビンビンに反応してるもんっ」

「ヴィブロスがそうなって欲しいと思ってるだけじゃ……。それに“あの人”、ジェンティルドンナさんの……姉さんが目の敵にしてる人のトレーナーだろ? 簡単に気を許すかな」

「だからこそだよー。ジェンティルさんへの対抗心はあるけど、でも“あの人”はお姉ちゃんにも優しくて……ううん、むしろお姉ちゃんにだけ見せる笑顔があってぇ、だんだんと感情の板挟みに……。やぁーん! はかどるぅー!」

「何が捗るのさ……」

 

 

 

 ちょっとした妄想を始めて、とてもツヤツヤした笑顔を浮かべるヴィブロスを、シュヴァルは呆れ顔で見やる。

 生来の派手好きであるヴィブロスだが、そのバブリーな趣味の範囲には、いわゆるセレブリティな人々の恋愛模様まで含まれる。

 正直、そういう人物の恋愛模様は派手なだけで、碌でもない結果に終わる場合が非常に多いので、可能ならやめさせたいけれど、他人の趣味に口を出せるような性格でもないシュヴァルは、言葉を飲み込む。

 一方で、ヴィブロスの暴走はまだまだ続き……。

 

 

 

「ねぇねぇ、もしお姉ちゃん達が“そういう関係”になったら、なんて呼べば良いかなぁ?

 やっぱり定番のお兄ちゃん? それとも兄さん、お兄様、にい様、兄上様、アニキ、兄くん、兄ちゃま、お兄たまとか! 他にもぉ……」

「段々とおかしくなってる。というか、飛躍し過ぎ。まだそうと決まった訳じゃないんだから」

「にいや、お兄ちゃま、あにぃ、あんちゃん、兄君さま! シュヴァちはどれが良い? わたしはねぇ〜」

「……もう好きにしなよ……」

 

 

 

 きっと、何か元ネタがあるのだろう呼称を連発されては、さしものシュヴァルも付き合いきれない。

 今度こそ呆れ果てて、大きな溜め息を零してしまうのだった。

 

 そしてそして。

 そんな妹達とは別方向からヴィルシーナ達を見つめる……否、睨みつける女性が一人。

 涙目でハンカチを噛み締める、ヴィルシーナのトレーナーだ。

 

 

 

「うぎぎぎぎ……。あんにゃろう、アタシの担当と何を話してんのさ……! めっちゃ楽しそうで超羨ましいんだけどぉ……!? アタシの、アタシの担当なのにぃ……っ!」

 

 

 

 歯軋りして悔しがる“その人”は、脳細胞が破壊される音を聞きながら、しかし楽しそうな担当を邪魔したくなくて、ただひたすらにNTRの苦しみに耐え続ける。

 果たして、その想いが報われる日は来るのだろうか。

 今後の活躍を祈りたい所である。

 

 







 メイクラ育成で、絶不調で肌荒れの担当ウマ娘の口に、ビタージュースとカップケーキを詰め込んだ事のないトレーナーだけが、“彼”に石を投げなさい。

 今回の話はアレです、デイリー消化とかで雑にURAを回す時、こんなローテ走らせるなぁというのを物語に組み込んだものです。
 クソローテと言えば、イクノ眼鏡無い方が美人だよディクタス(戦争開始)が有名ですが、その育成シナリオでも言及される通り、無事に連戦を走り抜くという事は、ゲームでのスキポ稼ぎ以上に大きな意味を持つのだと思います。
 “彼”がちょっと煽り過ぎた結果としてのクソローテではありますが、こういった失敗を経て、トレーナーとしても成熟していくのではないでしょうか。

 次に、ヴヴヴ三姉妹の学年について。
 シーナ姉さんの契約前キャラストでヴィブロスが登場している事から、下2人が入学済みなのは間違いないでしょう。という事は、少なくともデビュー当時に二年でなくてはいけない。
 その上で、育成シナリオ中のシニア級の時に、翌年シュヴァルがデビューするという記述があり、ヴィブロスのシナリオ開始時には、もうヴィクトリアマイルを連覇、シュヴァルもクラシック級になっていたので、こんな感じになりました。
 デビュー時の学年を、プロフィールの学年に合わせた、という事ですね。
 でないと、どうしてもヴィブロスのデビュー時に、シーナ姉さんが高等部になっちゃうので。

 そして皆さまに、とても、とても残念なお知らせ。
 この世界のスイーピーは……もう……成長しています……!
 俺達の知っているスイーピーは、もう……居ない……居ないんだ……っ!

 という訳で、嫁スイーピーを引いた時のちょうてーん! の風景を思い出し、いつもはgngnなtntnがsnsnになってしまったので、今年の更新はこれで最後とさせて頂きます。
 皆さま、良いお年を。

 次回、じぇんちるさん家の新年会。

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