――処刑台の上に立った瞬間、ロジャーは不思議なほど晴れやかな気持ちだった。
海賊として自由の限りを生き、仲間と笑い、戦い、泣き、生き切った。
その果てに訪れる死は、恐怖ではなく、ひとつの到達点だった。
(俺の死が、次の時代の引き金になる……それで十分だ)
処刑人たちの姿は、もはやぼやけて見えた。
群衆の怒号よりも、海の轟音のような未来の鼓動が、ロジャーには鮮やかに聞こえていた。
そして。
刃が振り下ろされ――世界が、弾けた。
◆
「……ん?」
次に目を開けたとき、ロジャーは広い天井と柔らかな布に包まれていた。
だが、その感触は妙に不快で落ち着かない。
身体を起こそうとした瞬間、両腕が小さく短く動く。
小さな手。ぷにっとした指。
動いているのは、赤ん坊の四肢だった。
「……ガッ……ガハ……?」
喉が震えるだけで、言葉にならない。
ただの笑い声のような、呼吸の乱れのような音が漏れる。
ロジャーは察した――
自分は赤ん坊として転生したのだ。
その混乱の最中、部屋の扉が開いた。
「硝子、また笑ってるよ。やっぱりこの子、おかしいって」
「おかしいじゃなくて“特異体質”。呪力の質も量も……赤ん坊の数十倍はあるよ」
白衣の女性、落ち着いた瞳の家入硝子。
そして、黒い制服の青年――五条悟。
五条はロジャーの小さな身体を持ち上げ、覗きこむ。
その六眼が、ロジャーの内に秘められた“異質な確信”を読み取るように光った。五条は赤ん坊のロジャーを覗き込むと、ニヤリと笑った。
(君、赤ん坊のくせに俺の“六眼”に引っかかるなんて大したもんだよ。
呪力じゃ説明できない何かを感じる。……)
「赤ん坊なのに、呪力の流れが整ってる。
しかも質が変だね。呪霊の気配じゃないし、負の感情にも由来してない……これは、何?」
家入が肩をすくめる。
「分からないわ。でも、この子だけは確かに“何かを持ってる”。見ただけで背筋が寒くなる」
ロジャーはただ笑い声をあげる。
だがその声には、哀れみでも恐怖でもなく――揺るぎない“意志”が染み込んでいた。
五条は興味深そうに微笑む。
「よし、新しい名前を考えよう。海みたいな呪力だから……“陸路(ろくろ)”。どう?」
家入は「あんたが決めるのね」と苦笑したが、ロジャーの呪力の波は喜びのように揺れた。
――この世界は、呪いが渦巻く深海のような場所。
だがロジャーにとって、未知の海ほど楽しいものはない。
死を超えて、この世界に生まれ落ちた理由もきっとある。
(ガハハ……いいじゃねェか。呪いでもなんでも来い。俺はこの世界でも、好きに生きてやるよ)
◆
そして十余年が過ぎた。
陸路 ――そう呼ばれる少年は、呪術高専の門前に立っていた。
制服の袖は少し乱れ、髪は無造作。だがその瞳は、海賊王だった頃と同じ轟々とした光を宿している。
門の横で待っていた五条が手を振る。
「おーい陸路。今日から正式に高専一年生だ。暴れすぎるのは禁止ね?」
「ガハハッ! そりゃあ、気をつけるさ。……退屈さえしなけりゃあな!」
「いや絶対暴れる気だろそれ」
呪術師という道を歩む少年の身体の中に、
海賊王の魂は確かに息づいていた。
自由を求め、海を目指す心は変わらない。
ただ――
今度の海は、“呪い”という名の闇で満ちている。
ならばこそロジャーは笑う。
「この世界の海も、俺が制してやる……!」
高専の校舎へと歩き出すその背中は、
弱々しい少年のものではなく、ひとつの時代を切り拓いた王の風格を漂わせていた。
呪術界に、海賊王がやってくる。
それはまだ誰も知らない、小さな嵐の胎動だった。