有翼の抑止力   作:雪山崇一

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第一章(10)(つど)え、始まりを飾る者たちよ

 命を狩りにくる紫の剣。

 一瞬の遅れでもあれば体を裂く一閃を、刹那(せつな)の狂いもなく剣を合わせて防ぐ。

 

「リヒ……ッ♪」

 

「ったく……何なのその鳴き声は――!」

 

 ため息まじりに苦情を漏らしながらも一撃もこの身には到達させない。

 昼間の時のような獣のような動きではなく、明らかに知性を得た人間のような動きに自然と身が引き締まる。

 しばらくの剣戟(けんげき)の後に、お互いが押し合い、弾かれ、共に距離をとる。

 

 だが隙は与えない。

 僅かに屈み――美亜はその場から掻き消えた(・・・・・・・・・・・・・)

 

「ウ――!?」

 

 境界に入ったわけでもない。転移の零術を使ったわけでもない。

 ――これこそが美亜の真骨頂。

 燁斗の身体能力強化など比にならない、美亜の身体能力強化。

 極限まで強化された身体能力は、単純な速さで美亜の姿を掻き消した。

 ――そして、

 

「ヌ、ウ――ッ!?」

 

 ――斬ッッッ(・・・・)!!

 背後からの一閃。咄嗟に首を捻るも紺色の刀身はレイシの耳を切断した。

 

「ギウッ!」

 

「――――」

 

 間髪入れずに刻まれる三撃。

 不安定な体勢では回避はできない。零気で体をコーティングするも、相手は燁斗でも優花でもない、霧雪美亜だ。

 そのような防御手段は紙くず同然。

 零気ごと零装を切り裂かれ、肌も骨も内臓も損傷(そんしょう)する。

 

「グ、エア――!」

 

 遥か後方に飛び退くも――、

 まるでくっついているかのように――美亜はゼロ秒で肉薄(にくはく)する。

 

 ゼロ距離からの薙ぎ払い。

 腕を盾にするも、結果としてレイシは左腕が飛び、今度はレイシが廃墟の建物に背中から激突した。

 それも一つではない……二つ、三つ……四つの建物を貫き、レイシの体は地面に落ちる――筈だった。

 

「――ッ、ア……」

 

 四つの建物を貫いた先に、既に彼女はいた(・・・・・・・)

 ギュルルルルッ!! と唸りを上げる右足に凝縮された零気。

 その威力は地面を割るほどで――

 

「っ、――ぁああ゛ッ!!」

 

 グチャッ!! そんな音をレイシは背中から聞いた。

 次いで意識を失いかける鋭い鈍痛(どんつう)

 破裂した背中を確認する間もなく斜め上に蹴り飛ばされたレイシはビルの最上階をその身で蹴散らしながら上空へと上がり、

 

 ――レイシの目の前に瞬間(あらわ)れた美亜は、青の斬撃を纏った(・・・・・・・・)零装(ルステナ)で敵を薙ぎ払った。

 

          ◆

 

 すたっ、と地面に降り立つ。

 眼前には完全に倒壊し、レイシを押し潰した廃ビルの成れの果て。

 

「レグ……イ、ガ……!」

 

 ガラガラと瓦礫が崩れていく。

 次第に胸を切り刻まれ、背中が破裂したレイシが姿を現した。

 ……驚いた。あの状態でも立ち上がれるのか。

 しかしやることは変わらない。

 ――アレで駄目なら、立ち上がるのが嫌になるほど切り刻んでやる。

 

 だが、

 

「フゥ……ハァ……、――――ヒッ♪」

 

 相変わらず気味の悪いやつ。この状況で何を笑っている――?

 

「リィ……フイ……」

 

 ホゥ――と。

 左腕の切断面に、胸に、背中に……傷を負った全ての部分に淡い温もりを感じさせる光が灯った。

 光を塗られた部位は……次第に治っていく。腕も背中も、元に戻っていく。

 それは美亜も知る治癒零術だった。

 ――けれど、その『質』があまりにも違いすぎる。

 

(昼間の腕も、ああやって治したんだ……)

 

 レイシの次元の違う零士としての質に目を細めていると、

 

「ヒヒ――」

 

 ゆらりと、片手がこちらへと向けられる。

 瞬間――

 

「――ッ!」

 

 ゾクリ、と。

 目には見えない殺意(・・・・・・・・・)を、直感が伝えてきた。

 あれはただの動きじゃない……恐らく、もう何かが起きている(・・・・・・・・・・)

 そう直感した瞬間、自らの固有零術(こゆうれいじゅつ)を発動させていた――ただし、『()』に。

 

 ――美亜の『固有零術』“境界”には二つの使い方がある。

 一つは前のように『境界に身を隠し、外から身を隠す』こと。

 もう一つは――『自身の(・・・)()だけに(・・・)境界の世界を見せる(・・・・・・・・・)』こと。

 境界の中は灰色一色の世界――しかし『異能の類い』だけは『光を放って』存在している。

 

「――ッ、」

 

 結果は正しかった。

 境界の世界を目で見れば……レイシより、現実世界では『不可視』となる攻撃が幾つも放たれていた

 攻撃の正体は『不可視の斬撃』。レイシが持つ固有零術の一つ。

 翳した手より繰り出された斬撃の数は一〇(じゅう)

 それら全てが、美亜を切り刻もうと迫りくる。

 

 紺色の剣(ルステナ)を払う。

 血を払うような動きは何かを振り払うどころか、その刀身に青い斬撃(・・・・)を纏わせた。

 これが美亜の零装、ルステナの持つ力。

 

 ――青の斬撃を纏う、放つ。

 

 字面(じづら)にすればそれだけの能力。

 しかし美亜の神速とも呼べる速さを以てすれば、これは彼女にとっての何よりの異能(ぶき)となる。

 

「ふぅ――――」

 

 呼吸を止め、命を狩りにくる斬撃を迎え撃つ。

 

 ――(ひと)つ、

 躊躇なくルステナを叩き付け霧散させる。

 

 ――(ふた)つ、(みっ)つ、

 霧散させつつ回転し得物を振るう。右腕に走る衝撃さえも原動力に変え、次の死に備える。

 

 ――(よっ)つ、(いつ)つ、(むっ)つ、

 衝撃など何の障害にもならない。呼吸を止めるというある種の集中状態の美亜は、容易く斬撃を絶つ。

 

 ――(なな)つ、(やっ)つ、(ここの)つ、一〇(じゅう)

 これを凌いだ後はどうするか……。そんな雑念を考える余裕さえあった。

 全ての斬撃は美亜を仕留めることは叶わず、がら空きとなったレイシへとかっ飛ぶ。

 

「ドゥ――リャッ!」

 

 零気の(かたまり)が地面へと叩きつけられる。

 土埃が大きな目眩ましとなるが、即座に一閃する。

 

「フ、ヒ……」

 

 レイシの零装がそれを受け止めるが、すぐに次の一手、を――

 

「!?」

 

 ――直感。

 ヤバい、という気がして追撃をやめてバックジャンプをした途端……先ほどまで自分の首があった場所に剣が振り下ろされた。

 だが美亜が驚愕したのは、自分の首が落とされかけたことではなく、

 

(紫の剣が、二本(・・)?)

 

 振り下ろされた剣は、レイシの礼装と同じ『紫の剣』だった。

 アレはレイシの零装。

 ……だがどうして二本ある?

 零装なのだから、紫の剣(ソレ)をいくらでも複製できる能力がある。……そう言ってしまえばそこまでだが、何故か美亜には嫌な予感がしてならなかった。

 複製する以外で零装が増える理由……それは、

 

「――――は?」

 

 呆けた声が漏れでた。

 戦場であるというのに、何を情けない事をしているのかと自分でも思うが、こればっかりは仕方がない事だ。

 その理由は目の前にある――

 

「ケヒ……ヒヒヒ」

 

 ――レイシにある。

 

ハハ(・・)フヘヘ(・・・)……』

 

 そこに……いる(・・)

 

「そんなの、ありぃ……?」

 

 レイシが、二人いる(・・・・)

 悠然(ゆうぜん)と、ニヤニヤしながら……「本体」と全く同じ実力と素質を有する『分身』は、美亜の首を切り落とそうとしたもう一本の(紫の剣)をくるくると回している。

 

 レイシの持つ固有零術の一つ(・・・・・・・・・・・・・)

『分身』――本体と同じ実力と素質を付与し(・・・・・・・・・・・・・・)出現させる、零気で形作られた存在。

 

 思わず苦笑してしまう。

 一人だったから何とかできたものの、二人となると厳しい。

 美亜のそんな考えを読み取ったかのように、ねっとりとした笑みを作ったレイシは二人同時に斬りかかり――

 

「――――え?」

 

『分身』ではない“本物”のレイシを、彼方より飛び込んで来た彼女のよく知る人影(しょうじょ)が蹴り飛ばした。

 純白の髪を持つその少女は――、

 

「優花ッ!?」

 

 傷を負い、自分の家にいる筈の優花だった。

 その優花がこの場に……あまつさえレイシへと戦いを挑み始めた。

 

「ばっ――!? な、何してんの! すぐに――」

 

 離れろ、と言おうとして……優花の眼光に射貫かれる。

 

 

 

     “――こっちはわたしが()る――”

 

 

 

 言葉ではなく……いつもの青眼(せいがん)とは違う、白き瞳(・・・)でそう告げて――蹴り飛ばした本物のいる方へと跳躍した。

 

(……傷が……)

 

 包帯を巻かざる負えない有り様だった顔の裂け目。

 振り返った優花には包帯どころか裂け目(きず)さえなく、五体満足といった感じだった。

 

 ……それに、あの瞳。

 どういう仕組みかはわからないが……色が変わっていた、だけではない……。

 

 瞳だけではあったが、見据える眼光から放たれていたプレッシャーは、

 ……いま相手にしているレイシのモノと同等かそれ以上の重圧を持つ、人外だけが放てる異様さに満ちていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

          ◆

 

 体が軽い。先ほどまで眠っていた筈なのに、これまでにないほどの活力に満ちている。

 振るうセルウェン(零装)は、剣どころか竹刀よりも軽い。

 

「グウ……!?」

 

 斬撃を受け止める度にレイシの体は後方へと飛ばされていく。

 その体に喰らいつくように……(けもの)のように少女は飛びかかる。

 

「ふぅ――」

 

 いや――これは零装が軽いのではなく自身の体が強化されている(・・・・・・・・・・・・)のだと直感で気づく。

 零気による身体能力の強化を行っていないのに、剣に絶大な威力をもたらす腕力(わんりょく)

 どれだけ退避しようと追いつく脚力(きゃくりょく)

 

「ギ、ィア――ッ!?」

 

 ――そら、今だって反撃に放たれた一閃を(かわ)し、蹴りを首に撃ち込んでやった。

 

 レイシはすぐさま体勢を直し、右手より溢れんばかりの零気(かがやき)を解き放つ。

 ソレは触れるモノを消失させ、止まることなく優花を飲み込もうとしてくる。

 

(――――なら)

 

 ならば迎え撃とう、この――――

 

「――こい(・・)

 

 優花の声に答えるように、先ほど自身の周囲より放たれた純白(じゅんぱく)の異能が右手の先に渦を巻いて現出(げんしゅつ)した。

 それは『純白の突風』――ではない(・・・・)

 

 先ほど吹き荒れた時、コレに触れたモノに稲魂(いなだま)が付着していたことからもわかるように……、

 

「お前が何かはわからないけど……力を貸せ――」

 

 ――この『力』は優花本人にもわからない。

 だが本能(ほんのう)懐かしい(・・・・)と言っている、覚えていなくともこの感覚を覚えている過去(じぶん)がいる。

 ――ならば存分に使おうか。使い潰してやる。

 渦を巻き、凝縮(ぎょうしゅく)しているコレ(・・)を。

 

 いま一度宣言する。

 ならば迎え撃とう、この――――

 

「おおおおお――らッ!!」

 

 生物、無生物の(へだ)たりなど関係なく、

 あらゆる『モノ』を灰塵(かいじん)と化す――『純白の稲妻(・・・・・)』でもって。

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