有翼の抑止力   作:雪山崇一

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第一章(12)蒼炎(そうえん)よ、災厄(やみ)を祓え

 ティアに連れられ、廃墟と化した建物の屋根、壊れながらも奇跡的に原型を留めていた電柱やぽつぽつと立てられた電光掲示板の上を何度も跳びながら、

 立ち入り禁止を表すバリケードテープの内側――その五〇メートル先に着地する。

 

「――っと。ユウト、体への負担は?」

 

「大丈夫だ。今のところ傷も開いてない」

 

 足をつける度にティアが自分の足だけをつけ、衝撃が燁斗に奔らないようそっと跳ぶなどして、気を使ってくれたからだろう。

 ほとんど痛みはなく、傷口も開いていなかった。

 

 ……来る途中に空から見かけた、バリケード付近で話していた人の声が耳を澄ますとここまで聞こえてくる。

 声の多さからして、どうやら見かけた時よりも人が増えてきているらしい。

 

「アイツはこの辺りにいる筈だ……気をつけて、さっきまであった筈の零気が突然消えた。今では何処にいるかわからない」

 

 辺りを油断なく睨みながら、

 その手に黒塗りの拳銃――【零装】『コードファルム』を生み出す。

 

「それじゃあ僕が先導するから、ユウトは後をついてきて」

 

「? 何でだ?」

 

「何でって……今言ったこともう忘れたの? アイツが何処にいるかわからないから纏まって行動しようってこと」

 

 効率より安全を優先した。

 燁斗には悪いが、奴はその気になればこの一帯を一瞬で消し去ることができてしまうのだから。

 でも、

 

「俺の身を案じて言ってくれてるのはありがたいけど……その気遣いは大丈夫だよ」

 

 燁斗は優しく気遣いを制した。

 奴に備え、いつでも零術(だんがん)を放てるよう構え(ゆびをかけ)ながら目を細める。

 

「ユウト……勇気も過ぎれば蛮勇(ばんゆう)だ」

 

「勇気じゃない、当然のことだ。

 俺はいち早く優花を助けたい。助けようとしてくれてるのはありがとうだけど、二人で分かれて探した方が効率がいい。

 ――それに、」

 

 ――――“アイツ”にだけは、負けるわけにはいかない。

 

 今は、強くそう思える。

 何故かは定かではない……ただ、負けてはいけない――殺さなければならない、と。

 心が、本能が……飢えた獣のように意識に刻んでくる。

 

「ここまで連れてきてくれたお前には感謝してる……でも、自分の身は自分で守らせてくれ……ダメか?」

 

「……」

 

 ――優花を助けたい、見つけたいという気持ち。

 その為に手分けしたい、自分の身は自分で守れるから大丈夫だ、という思い。

 言っていることはわかる。だからこそ尊重したいとも思った。

 

(――)

 

 マンションで理由(こたえ)を聞いた後でも、心配な気持ちは変わらない。

 ……過保護だと言われても(うなず)いてしまうほどに。

 燁斗へと向けている思いは冬菜にも向けている思いと一緒――“傷ついてほしくない”。

 

 ……だが、それは自分の我が儘だ。

 何より――燁斗の理由(おもい)を汚す言葉だ。

 理由(おもい)を貫く以上、燁斗にだって傷つく覚悟はあるだろう……それを自分勝手な思いで止めるのは侮辱に値する。

 ――だから、

 

「……ダメじゃないよ」

 

 ――その覚悟を尊重した。

 傍を離れ、燁斗のいる場所から反対方向へと歩いていく。

 

「僕はあっちを探すから、キミはこの辺りを探して。何かあったら、声を大きく上げるんだよ?」

 

 半身だけこちらに向けていた体を直すと、ティアは今度こそ燁斗に背中を向け、

 

「それじゃあ――また後で、ね」

 

 遠回しに“死ぬな”と告げ、ティアは暗闇の奥へと消えていく。

 頬を緩めてその姿を見送り、燁斗は走り出す。

 時刻は午後六時半。

 何も見えない……とまではいかないが、街の光が一切ない街を走る。

 無音の世界。トンネルでもないというのに足音は想像以上に鳴り響く……こんな鈴杷市に足を踏み入れることになるとは夢にも思わなかった。

 

「優花……ッ、――優花ッ!」

 

 名前を叫んでも返事は返ってこない。

 捜索範囲は自分の周囲から始まり、徐々に範囲を広げていき……ふと、気づく。

 

(……静かすぎる)

 

 レイシはこの辺りにいるとティアは言った。

 だというのに戦闘音どころか、自分以外の物音一つ聞こえない。

 ティアとは反対方向のエリアを走り回っているのにも関わらず、だ。

 

 足は止まらない。登れる程度の瓦礫の山があれば登り、そこから姿が見えなければ飛び降り、再び駆け出し――そして、

 

「――――」

 

 そこ(・・)へと辿り着いた。

 丸みを帯びた透明な壁が(そび)える――世界の側面へと。

 

「これは――」

 

 壁は円を(えが)くように横に広がり、縦の長さは目視で測っても二〇メートルくらいはある。

 

「……なんでこんなものが……いや、そもそも……何だ、コレ……?」

 

 侵入者を阻むための壁……にしては無用心すぎる。

 零気で形作られた壁……そんな単純なものではない。

 ならば固有零術か――そうではあるが、それにしてはあまりにもあやふやだ。

 ……気づけば自然と手は伸びていた。

 透明な壁へと触れる……いや、触れる直前で――

 

「ッ!?」

 

 ――バチンッ! と。

 強力な静電気に襲われ、その手が弾かれた。

 弾かれた、というのは比喩ではなく、実際に体が手の弾きと共に後ろへと下がった。

 

「いっ……づ……。今のは、静電――」

 

 その時だった。

 壁の奥……壁の中で、何かが動いた。それも尋常ではない速度で……ぶっ飛ばされた?

 

「……っ!」

 

 総毛立つ。意味もわからずに。

 生きている限り体内で生み出され続ける零気を瞳に集中させる。

 目を凝らし、『中』を見る……そして、

 

「――――ッ!!」

 

『視えた』(もの)に血相を変え、零秒(ぜろびょう)で体が動く。

 

「優花――ッ!!」

 

 自分の意思よりも早く、右手が再び敵わぬ壁に触れていた。

 吹き飛ばされていたのは優花だった。それも回数は一度や二度ではない。

 時には真横へ、時には打ち上げられ、時には上空から地面へと叩きつけられ、時にはプレス機で潰されるのではないかと思うほどの追撃が腹部に襲来し……今こうしている間にも優花の体はゴムボールのように跳ねていく……体から血を撒き散らしながら――

 

「う……っ――ぐ、う……ッ!」

 

 苦痛の声を漏らしながら無理やり押し込んでいく。

 バチバチバチッ! と押し込めば押し込むほど壁からは稲妻が侵入しようとする者を迎撃してくる。

 だがそれから生じてくるのは痺れではない――痛みだ。

 触れている箇所が、突き進もうとすればするほど体が鋭利な刃物で切り裂かれているかのような痛みが奔ってくる。

 

 ……体を流れる血液全てが電気に切り替わったかのよう、

 感電に留まらず体を流れる稲妻は血管を突き破り体内で暴れ狂う。

 

「ガッ!? ァ――ア……!」

 

 (いた)みと(いた)みと(いた)みで、痛覚が麻痺して、……て…………、て……………………、

 

 

 

 

 

「――――――――、邪魔だ(・・・)

 

 

 

 

 

 一周回って全ての感情が怒りに変わった。

 

 異能(いのう)如きが道を遮るな。

 優花の元へ行くのを妨害するな。

 

 退けろ。失せろ。消えないなら――

 

「――殺す(・・)

 

 何の比喩でもなく、宣言通りだった。

 突破しようと壁に触れていた右手から、蒼い炎が奔って(・・・・・・・)――――

 

          ◆

 

 黒の世界。真っ赤に染められた視界(せかい)

 くるくると回る光景、どちらが上でどちらが下かわからない。

 方向を正確にしようにも判断力は低下するばかり……体温の低下と共に痛覚も溶けだし、痛みで意識を引き戻すことも難しい。

 

 ――ドシャリッ!! と。

 

 鈍い音がねっとりと空間に広がる。

 そんな聞き覚えのない音が……

 

「  ……、……  、ぁ」

 

 自分から鳴った音だと認識できたのは背中が血に沈み始めてから数秒後のことだった……危険を知らせる痛覚(しんごう)がイカれてしまったのだから、当然と言えば当然だが。

 

「――ラー、アー……ハァ……」

 

 影が近づいてくる。

 この世界の(あるじ)。血濡れの手を晒し、倒れ伏す優花の首を音もなく(さら)う。

 

「ッ、…………は」

 

 呼吸を奪われる。

 体から流れていた血は重力に従い伸ばされた指先を伝って滴り落ちていく。

 ……眼球を血で覆われた優花では気づくことはできないが、空間の至るところには血がこびりついている。

 

 それは一ヶ所や二ヶ所ではなく、水風船をばらまいたかのような跡がいくつもぶちまけられていた。

 それほど流血していて、まだ溢れ出る血があった……いや、あってくれた、と言った方がいいのか。

 

 自分は他の人間よりも頑丈な作りをしているのか……これだけ血を流せば普通は死ぬというのに、まだ死んでいない……まだ生きている。

 

 ……だがそこまでだ。

 体を動かそうにも頭からの指示が一秒遅れて四肢に現れる……そんなロスをしてしまう体では、とてもじゃないが戦うことなどできない。

 

 軽い体、

 冷えていく肉体、

 零気によって焦がされた、肉の匂いがする……、

 首を握り潰されていく中で他人事(ひとごと)のように思っていると……、

 

「――ごォ、ア……ッ!?」

 

 非常に過ぎる拳に顔面を貫かれる。

 頭も、胸も、両手も、両足も、休む間もなくヤスリのように(あら)くなった面、欠けて尖った部分がささくれのように上を向いた地面に何度も打ち付け、もう十分傷ついた体がさらに傷を刻んでいく。

 

 傷口が広がり、骨は折れ、殴られた鼻からも口からも体からも血は吹き出し、

 ……着ていた洋服はそんな肌を隠すこともできなくなるほど裂け、破れ、(よご)れ……跳ね飛びながら転がった体はようやく止まる。

 

「ルゥ……フッ、フ……ハ」

 

 鮮血(せんけつ)の跡を辿り……ぺちゃ、ぺちゃ……と水を踏むような軽い音が鳴る。徐々に……少しずつ音は近づいてくる。

 少女の呼吸はまだ止まっていない……だが口元に耳を当てても聞こえるかどうか危ういほどのか細い呼吸は、生者(せいじゃ)が死の直前においてとることのできる、生きていることを示す最後の行動なのかもしれなかった。

 ……足音が停止する。

 

「…………」

 

 変わらず視界は赤一色だが……レイシが手刀を上げているのが目に映る。

 振り下ろされれば死は()けられない。

 上から下まで、体の中心を真っ二つにされるのか……人と認識できなくなるほど一直線に潰されるのか……どちらかはわからないが、どっちにしても死ぬのは確定だ。

 ……でも、体が動かない。()けられない。逃げられない。

 

「ヘハ――ッ」

 

 そんなに力を込めていないのか、振り下ろされる勢いで手首が軽く()る。

 ――つまりはその程度で終わる。全力を出さずして事は済む。そんな攻撃で殺される。この世からいなくなる。

 

「……ァ、」

 

 ……ある種の侮辱すら感じる殺り方に少女が怒りを覚えるよりも速く手刀は振り下ろされる……筈だった――

 

 バシュッ!! と。

 吹き抜ける風のような音と共に、この空間に亀裂(・・)が入った。

 

「ヌイッ!?」

 

 驚きから顔が上がる。

 レイシの驚きに答えるように、空間を両断するように蓋へと刻まれた一直線の“蒼い光(亀裂)”が一際大きな音を立てて、まるで枝分かれするようにその亀裂をより大きなものにしていく。

 

 そして――硝子(ガラス)が割られるような破裂音と共に、この悪夢のような小さな世界が砕け散り、

 

 

 

 ――――銀色(ぎんいろ)軌跡(きせき)(はし)った。

 

 

 

「ア、ウ?」

 

 眼下(がんか)には倒れていた彼女の姿はもうない……レイシが呆けている隙に“彼”が救ったからだ。

 

 銀色の軌跡を目で追う。

 優花を救い、レイシから三〇メートルの距離を取った存在を見る。

 

「――――」

 

 少女を救ったのは少年だった。

 優花より頭一つ分大きい黒髪の少年。

 血まみれの体を抱き上げ、苦痛に蝕まれた顔を無言で見下ろしている。

 妹の元へと少年を運んだ銀色のソレ(・・・・・)は、少年の背後で陽炎(かげろう)のように揺らめいていた。

 

          ◆

 

 ……浮かび上がるのは幾つもの後悔。

 ……感情を染め上げようとする殺意は、自身/他者への怒りから生じてくる。

 ……強く抱きしめていると、自分の体温も合わさって始めて優花は人並みの体温を取り戻していく……それが何を意味するのか、燁斗(ゆうと)は語られずとも理解した。

 

「ごめん、優花……遅くなった……」

 

 呼吸もまともにできない優花の体をゆっくり地面に下ろす。

 ……レイシの視線は先ほどから背中を射貫いている。

 その現実が頭蓋骨をかち割るほどの激痛を脳内に響かせ、忌々しく舌打ちをしながら立ち上がりレイシへと体を向ける。

 ――が、

 

「…………だ、……め、殺され……る」

 

 ……絞り出す声に止められた。

 踏み出そうとした燁斗のズボンの裾をすぐにでも手放してしまいそうな弱りきった力で、指先で、やっと掴む。

 

「――げ、て。……にげ……て…………おに、い、……ちゃん……」

 

 もう目蓋を()ける力も失いかけているのか、片目だけしか(ひら)いておらず、裾を掴んでいた指先もずり落ちていく。

 

「――」

 

 その手を掬い上げるように握り、もう一度優花の傍に膝をつく。

 

「――リイイィィィアアァァァアア!!」

 

 そんな隙を見逃す筈はなく、レイシはゴムのようにその場から弾け飛ぶ。

 三〇メートルなどあってないようなもの、一息の間もなく肉薄(にくはく)できる。

 だというのに……レイシは五メートルも進まないうちにその足を止めることになった。

 

 理由は難解(なんかい)だが単純明快(たんじゅんめいかい)……行く手を、阻まれたのだ――、

 

「――――」

 

 ――虚空より飛来し、レイシの前に立ち塞がった……蒼い炎(・・・)によって――。

 

 蒼い炎はレイシの前のみならず、燁斗と優花の周囲にまで展開され、辺りは蒼炎(そうえん)の海と化している。

 だが二人は呑み込まれない。

 この炎は二人を護るために顕現(けんげん)している。

 庇護(ひご)の対象である兄妹には牙を向けない、向けるのは滅するべき■■■()にのみ。

 

 ……そもそもの話。

 蒼炎の行使者は緋月燁斗だ(・・・・・・・・・・・・)――その意志に答えるのは、内包(ないほう)されし異能として当然の事。

 

「ゥ、……ラァ?」

 

 メラメラと、まるでそよ風のように二人を護る炎は払えば一瞬で消え去ってしまいそうなほど弱々しいがレイシは近づくことはできない。

 この炎は少年の無意識……もっと言えば“  (・・)”からの警告だ。

 

 

 

“――――それ以上近づくな。半端者(テメェ)はすっこんでろ”

 

 

 

 ……今すぐ目を伏せるべき優花の頭に、優しく手を置く。

 不安な瞳は消え去らない。それほど大切に思ってくれているのは嬉しいが――今はただ信じて目を伏せて欲しかった。

 大切に思っているのは自分も同じなのだ……血は繋がっていなくても、二人っきりの兄妹だから。

 

「――大丈夫だから。ゆっくり休んでろ、な?」

 

 まるで風邪を引いた妹に話しかけるように慈愛に満ちた声で接する。

 ――こうして頭を撫でるのはいつ以来だろう……母親が亡くなった日の夜に泣き止むまで頭を撫でていた、あの時以来だろうか。

 

「――ん……、ぁ――」

 

 頭を撫でられるほどに広がってくる、これ以上はないほどの、頼れる、疲れに身を落とすことのできる安心感。

 逃げるようにと、

 戦ってはダメと、

 兄を案じるが故に心に沈んでいた――“お兄ちゃんが来てくれた”という当たり前の安心感(きもち)

 

「おに、い……ちゃん」

 

 こんな状況だというのに――いや、この状況にこれ以上相応しい安堵の瞳があるだろうか。

 疲労に身を任せて(目を閉じて)いく中で、青い瞳からは涙が溢れていた。

 それは恐怖からでも、絶望からでもなく――安心のあまり溢れ出てくる、何度も見た妹の涙だった。

 

          ◆

 

「――――さて、」

 

 たった二文字を吐き捨て、切り替える。

 

 ――恐怖はあるか? / あるがコイツを目の前にすれば掻き消える。

 

 ――死ぬかもしれないぞ? / 勝たなければいけない戦いに敗北()を考えるか普通?

 

 ――覚悟はあるか? / 答えなきゃわからないのか?

 

 死地(しち)へと(おもむ)く。

 その体から、あるいは周囲の虚空から蒼炎が揺らめき姿を現す。

 それを見向きもせず、蒼炎の主は銀色(ぎんいろ)(ひとみ)で打ち倒すべき敵を見据えている。

 

 

レイシ(コイツ)は、今はヒトではある……だが人ではない……その証拠に、今も、ナカで――”

 

 ――思いを、握り潰す。

 優しさで己を誤魔化すのはヤメだと告げるように、

 

“……イや、サマツな問題……か、――――”

 

 ――足を、踏み出す。

 蒼い炎が晴れていく……道を開け、平伏する信仰者のように、

 

「待たせたな」

 

 ――顔を、上げる。

 殺意を露にする。■■(殺し)てやる、と……凍結した(おのれ)を隠しもせずに、

 

「終わらせてやる」

 

 ――蒼炎が、(たけ)る。

 ソレこそが、遺子である   (じぶん)に遺された異能(チカラ)だとでも言うように――。

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