有翼の抑止力   作:雪山崇一

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「本物」と戦う、蒼き零士。


第一章(14)ドラゴン

 零気の柱が迫る。小手調べ程度で放たれた、少年を焼き付くす一条(いちじょう)

 それを迎え撃つは蒼い炎。蒼炎が纏わりついた右手で柱を掴み、右斜め後ろへと軌道を替える。

 

「リォオ……ッ!」

 

 後を追うように、レイシが燁斗へと急接近する。風を切る剣は頸動脈(けいどうみゃく)へ、炎に焼かれる前に燁斗を始末しようとしてくる。

 

「っ――!」

 

 ――弾く。

 零気の剣で以て死を弾く。

 ……しかし攻撃の手は緩まない。

 足をつけていないというのに、レイシの体は空中で何度も回り剣を手に舞を踊る。

 無論、剣の舞は燁斗の上半身をミキサーに突っ込んだかのような有り様に変えていくが――

 

「っ……!」

 

 ――変わらない。

 猛攻に耐えきれず零気の剣は粉々になるが、その身には傷一つない。武器を粉々にされた衝撃で体は押されるが、その際に燁斗の回し蹴りが前へと出ていたレイシの頬へと迫る。

 

「ッ!」

 

 顔を下げることで蹴りを躱す。

 

「……」

 

 躱されるのは計算の内だ。

 回し蹴りを放ったお陰で体はよろめかず体勢をすぐに立て直せる――そして、

 体勢が直る直前に、開いた左手をレイシへと(かざ)す。

 

 ――ボバッ!! と。

 開かれた(てのひら)より蒼炎の奔流(ほんりゅう)(せき)を切ったように流れ出した。

 

 溢れる勢いは収まりを知らず一方的に増していく。

 

「ウイッ!?」

 

 咄嗟に剣を捨て零気(てのひら)で受け止めようとするが拮抗することもできず激流に体を持っていかれる。

 蒼炎は“零装”のみならず“体”まで焼き、レイシはされるがままに瓦礫へと激突する。

 

「ドブラッ!?」

 

 激突の衝撃で体が反る。

 そのまま地面を転がると睨みながら起き上がる。

 燁斗との距離は七〇メートルある。それはレイシであっても二秒はかかる距離……しかし、だからこそ一瞬とはいえ思考を巡らせられる。

 だが、その思考は――

 

「――ァ、ッ!?」

 

 ――青白い流星(りゅうせい)が駆けてくる。

 二秒間の思考を()り潰す縦横無尽(じゅうおうむじん)(きせ)きが視界全てを埋めつくし突き進んでくる。

 軌跡(きせき)は考える時間を与えぬまま視界に広がり続け――

 

「        、ァ――」

 

 ――気づけば、銀眼(ぎんがん)の少年は目の前にいた。

 

「――――」

 

 背後の陽炎がうねる。

 (きおく)が今の自分を後押しする。

 生死をかけた極限状態での覚醒――記憶の奥底に沈められ、凍結されていた“動き”が徐々に溶けだし体に染み渡っていく。

 体が不思議なほど軽い。

 両腕両足が別の素材でできているような感覚。

 

「――らァッ!!」

 

 右手の零気(つるぎ)(うな)る。

 対するレイシは再び紫の剣(零装)を生み出し、連撃を受けていく。

 

「チッ……ヌ、ゥ!」

 

 思わず圧倒され一歩、二歩と下がるが、背後はもう瓦礫の山……これ以上下がることはできない。

 

「――ッ!」

 

 零気散る連撃は鳴り止まない。

 ついには受けきれなくなり、ローブの表面に剣の跡がつき始める。

 ――と、

 

「――ロォアァ!!」

 

 調子に乗るなッ! とでも言ったのか……全身から零気が発せられ、燁斗の剣を弾き飛ばす……だが、

 ――目をキッ! とさせ、弾かれた勢いさえ活かしぐるんとその場で回るとレイシの腹部に鋭い蹴りを振り抜く。

 

「アァ……ッ!」

 

 蹴りが到達する前に斜め前へと、燁斗の真横をすり抜け不利から抜け出す。

 燁斗がこちらを向く前に零気の一条をカラの左手より放つ。

 

 そんな背後からの一撃は――振り向きざまに(きら)めいた新しき剣の一閃に防がれた。

 

 前へと踏み出す――燁斗の意志によって顕現する蒼き炎は行使者の周囲に現出し、燁斗よりも速く、まるで鞭のように大地を抉り、大気を殴り、多数の方向からレイシへと突き進んでいく。

 

 ……当たり前のように使いこなしているが、正直なところ、この蒼炎が一体何なのかは燁斗にもわからない。

 だがこの蒼炎は燁斗に呼応する。自在に顕現、行使することができる。

 ――だから使う。今はただ、目の前の敵を滅するためだけに。

 

「イィラァ!!」

 

 奇声が引き金になったかのように地面から“氷のイバラ”が突出し、一度きりの盾となり蒼炎と共に消滅していく。

 蒼炎と氷が二人を隔てる刹那の壁となり……消えていく――そこで、気づいた。

 

「オウ……?」

 

 ……燁斗の姿がない。

 首を捻っても、眼球を転がしても姿が見受けられない……それもそうであろう。

 彼はいま――

 

「――――!?」

 

 ――殺気。

 死の予感。

 こめかみに迫る気配――その正体は零気の剣。

 振るっているのは他でもない……蒼炎と氷の死角を使い、レイシの背後に回っていた燁斗だ。

 脳髄(のうずい)を晒すがために横一直線に振るわれた刀身はこめかみまであと数センチというところにまで迫っていた。

 

「グッ――イッ!!」

 

 咄嗟に回避し左耳を切り飛ばされるだけに留め――

 

“――それで躱したつもりか?”

 

 ――目的を脳髄から(くび)へと替える。

 力の向きは即座に変わり、頚を切り飛ば――

 

「ヌング……ッ!! アァ――!」

 

 弾かれたように左腕が跳び、ローブ越しに身を守る盾となる……だが剣の先端は中指と薬指の間へと深々と食い込み、

 燁斗から離れるよりも速く、トンっ――と背中から脇腹付近に手をつかれ、

 

「ギィィ!? ――ウゥゥウアアァアア!!」

 

 掌より吹き出た蒼炎の槍がローブを焼き、脇腹を抉り、貫かれたレイシの体はそのまま宙を舞う。

 

 ――まだ終わらない。

 トンッ、と。(かかと)をつける。

 すると……先ほどの“氷のイバラ”を思わせる“蒼炎のイバラ”が踵を起点として前方に広がった。

 

 宙を舞っているレイシが落ちてくるであろう地点にまで展開されたイバラは螺旋状(らせんじょう)に絡み合い……その身を串刺しにせんがために(そら)(のぼ)っていく。

 

「ッ! ……ゲィ、ウ――!」

 

 空中で体勢を直したレイシは血走った目で迫るソレを睨み、勢いよく向けた右手から零気を放出する。

 ……絡み合ったイバラは耐えきれず押し戻され、着地点のイバラごと霧散(むさん)させられてしまう。

 ――だが、

 

「――、ッ――」

 

 銀色の瞳が細められ――霧散したイバラは形を変えていく。

 ……それはまるで磁石(じしゃく)のように。

 宙を舞っていた蒼炎の欠片は再び形を……六つの形を取り――六条の流星となって大きな弧を描きレイシへと四方八方から突き進む。

 

「ギ、ィ……グウゥゥゥアアァァッ!!」

 

 イラつきを隠せなくなったレイシへと躱すことのできない六条の流星が突き刺さる直前――レイシの体が掻き消えた。

 

転移(てんい)か……)

 

 この状況においても燁斗の思考は静かだった。

 転移という高度な零術を目の前にしても、研ぎ澄まされた感覚がレイシを探そうとする。

 ヤツの居場所はすぐにわかった。

 ()だ……しかも、

 

「フゥ……イィ……」

 

 転移のみならず、浮遊(・・)の零術まで行使できるらしいアイツは、肩で息をしながら上空から燁斗の姿を見下ろしていた。

 そして、

 

「アアアアアアアアアアアア――!!」

 

 街全体に響く轟音(ごうおん)と共に発動する『固有零術』。

 ……その固有零術は燁斗の足元に広がった。

 

 ――『紫の魔法陣』。

 足元に展開された事に気づいた燁斗は即座に退避しようとするが、

 

「う……!?」

 

 自分にかかる重力が何倍にもなったかのように魔法陣が刻まれた地面に膝を……腕までつき、四つん這いになってしまう。

 

「これ、は――!?」

 

 体にかかる重さに驚愕していると――魔法陣の『中』より……ぬるり、と。

 ……影のような、怪物のような――現実には存在しないであろう異形(・・)の化物が何体も姿を現した。

 

「ルゥウウウァァアアアアアアアアー!!」

 

 レイシの奇声に応じるように異形が一斉に燁斗に牙を剥く。

 

「チッ――!」

 

 舌打ちと共に自身を守るように蒼炎を展開するが、異形たちの一撃一撃に蒼炎は悲鳴を上げ――

 

「フゥゥゥ――! ラァア……ッ!!」

 

 上空よりレイシが放つ炎の流星。

 無数に放たれたソレは異形たちの間をすり抜け、燁斗を守る蒼炎を削り取っていく。

 ……遂には蒼炎は()け、炎の流星は中に潜んでいた燁斗へと突き刺さる。

 

「ぐ、ぁ――! が……ッ――!?」

 

 容赦なく攻め続ける流星に、砕け散る寸前の蒼炎。

 漏れ続ける苦痛の声に、絶え間ない攻撃の嵐。

 この紫の魔法陣の上にいる限り体は起き上がらない……いや、下手すればこのまま倒れ込んでしまう。

 

「づっ……! く――!」

 

 ――――それは、ダメだ。

 ここで死んでは妹を守れない。

 ここで死んでは遺子(いし)としての役目を果たせない。

 

 ……いや、最悪――

 

「――――」

 

 最悪――燁斗(おまえ)は死んでもいい、だがレイシ(アイツ)は殺せ。

 

 この身に宿る■■(・・)奴ら(・・)にとっては天敵。

 奴らに対する抑止力(よくしりょく)と言い換えてもいい。

 

 緋月(あかつき)燁斗(ゆうと)ではなく――

 ■■(■■■)■■(■■■)であった時に――親からそう教えられた。

 

「――――ッ」

 

 今一度敵を睨む。

 レイシは勝利を確信したように笑っている。

 異形は最後の一撃を振り下ろそうとしている。

 

 ――その顔を、潰してやりたい。

 ――周りの異形を、焼き払ってやりたい。

 

「――――ァ」

 

 ――――今なら、できるとも。

 力の蛇口(じゃぐち)はゆっくりと回されたのではない……あの時、レイシのプレッシャーによって力の蛇口は壊された(・・・・)

 それにより“力”は爆発的に流れ込んでいる。

 

 今の燁斗には不可能な事であっても、激流(げきりゅう)のように“力”が駆け巡っている今なら、不可能な事だってできる。

 

 レイシの作った墨のような世界を壊した時、

 優花の元まで運んだ背中のアレ(・・・・・)も、そのお陰で無意識の内に出現したものだ。

 

「――――ァァァァアアアアアア!!」

 

 (せき)を切ったかのように、体の奥底から込み上がる雄叫(おたけ)び。

 呼応するように蒼炎はその規模を増し、周囲の異形を焼き払い、増大した威力は天へと昇り、空を裂く。

 

 闇に染まった街を照らす、蒼き輝き。

 それを(もたら)している少年の叫びは――次第に、()の叫びへと変わっていって――

 

          ◆

 

 ……理解が、追いつかなかった。

 少年の叫びが轟いたかと思えば、囲んでいた異形が焼き払われ、紫の魔法陣(固有零術)も地面ごと焼き切られ、威力も規模も増した蒼炎は天を貫いた。

 そして――、

 

 ――――ボバッッッ(・・・・・)!! と。

 蒼炎の中心地より、何かが飛び立った(・・・・・)

 

 有翼(ゆうよく)をはためかせながら、蒼炎を纏ったソレ(・・)はレイシが反応するよりも速く接近し――

 

「ギリ、ア――ッ!?」

 

 その鉤爪(・・)で以て、通りすがりに前額面(ぜんがくめん)を切り裂いた。

 前額面を切り裂くと、レイシが次なる苦痛の声を漏らすより速く――

 

「ゴ、オ……ッ!?」

 

 間髪入れずに後頭部を抉り飛ばし、浮遊していたレイシを地面へと叩き落とした。

 

「――ガ!? ァ……ア――」

 

 痙攣(けいれん)する体を起こしながら重い頭を上げる。

 その視界を埋め尽くすように――超常の生命体はレイシの前に舞い降りた。

 

 ――――ウゥゥゥゥ(・・・・・)……!

 人間とは明らかに違う、獣の唸り声。

 四足歩行(よんそくほこう)でありながらもソレ(・・)は圧倒的な存在感を隠さない。

 

 スゥ――と、纏われていた蒼炎が周囲に溶け消えていき、その全貌が明らかとなった。

 

「――――」

 

 レイシよりも明らかに大きい『青白い巨体』。

 ――ソレ(・・)緋月(あかつき)燁斗(ゆうと)■■(・・)によって変貌(へんぼう)した姿。

 

 ――巨大な大顎にナイフのような鋭い目つき。

 その目からは銀色の眼光が放たれており、頭の左右には天を貫く二本の角が(そび)えている。

 ブルーとホワイトの配色の巨体。

 それと同色の有翼と()。両手足に生えた鉤爪。

 

「ア――――」

 

 圧倒されずにはいられない。

 目の前に現出(げんしゅつ)しているのは架空(かくう)の生物。

 幻想の中にのみ生息する幻の獣。

 

 この姿は――未完成(・・・)

 付け焼き刃と言い換えてもいいほどの。

 

 だが、その姿を見て、世の者はこう言うだろう。

 雄叫びを轟かせるこの生き物を、こう呼称(こしょう)するであろう。

 

「グオオオオオオオオオオオオオーッッッ!!」

 

 ――――ドラゴン(・・・・)

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