呆けている暇などなかった。
ドラゴンはバネのようにその場から飛び跳ね、レイシに喰らいつこうとしてくる。
「ッ!」
即座に回避し、がら空きの背後へと回る。
そのまま手に持つ剣を振り下ろ――
「ゴ――ッ!?」
肺の空気を全部出されたレイシは打ち付けられた体を起こそうとする。
――瞬間、迫る殺気を感じて顔だけを先にそちらへと向ければ――レイシを踏み潰そうとしている、ドラゴンの手が振り下ろされていた。
「グッ――!」
無理やり浮遊の零術を行使し、空へと投げ放たれたように飛び上がる。
ドラゴンの眼光がレイシを捉えるも、それごと押し潰すように『巨大な火球』を零術によって出現させ、街もろとも消滅せんと打ち出される。
「ァァァアアアアアアアアア!!」
――望むところだ。
ドラゴンは迎え撃つように、その火球を容易く呑み込むほどの規模を持つ
……レイシの驚愕を煽るようにして放たれる蒼炎。
蒼炎の火球はレイシの火球と一瞬だけ撃ち合いになり――そして一瞬で押し勝ち、粉砕し、レイシへと突き進んでいく。
「ァ――ア!」
ギリギリで避けるが、ジュッ……! と、肌を焼いていく火球。
惜しくも
黒い夜空を彩るように弾け、その
雨となった蒼炎は、今度は下からではなく上からレイシの体を撃ち抜こうと降ってくる。
「ヌ、ア……!」
真の狙いは別にある。
「ゥウ――!」
大きな巨体はそれだけで軽い紙のように舞い上がった。
速度を落とさず
「ッ!」
接近に気づいたレイシが振り向き様に
蒼炎の中を通り抜け、妨害に掠りもしないまま飛来する
しかしこんなものは想定の内だ。
ドラゴンは真っ正面から迫るのではなく、体を前から横へと飛ばした。
レイシの視界を
打ち落とそうと数々の零術を放つが一度も当たることなく数秒が過ぎ、
「――ガァアッッッ!?」
レイシでさえ反応できない速度で以て肉薄し、渾身の一撃を浴びせた。
鉤爪に裂かれたレイシは回復する間もなく廃墟と化した大型ショッピングモールへと突っ込む。
「シィ、アアアアアアアアアー!!」
――――
間髪入れずに
蒼炎を纏った右の鉤爪。
何層もの階層をまるごと両断する一撃は両断だけに留まらず、裂いた建物の一部を蒼く全焼させる。
「グ……、ア……ッ!」
燃え
一度距離を取ろうと、そのまま浮遊の零術で飛び立とうとし、
「アアアアアアアアアッ!!」
大きく開かれたドラゴンの
グジッ――! と、その体を牙と牙で貫き、潰し、噛み千切ろうと力が込められていく。
「ギ、アアアアアアアアアアアアアアア!?」
初めて飛び出したレイシの
追い討ちをかけるように口内に
「ガ、アッ!! ル、グ、ラ……!? ア――アァ、アアアAAアaアアaaAアアAAアaAAアaアアaaーッ!!」
それでもレイシは両腕に力を込める。
突き刺さっている牙を握り締め、零気を込めて、ドラゴンの口内を内側から爆発させ――
「ッ!? イ、ガ――!?」
――させられるよりも早く、
抵抗を感じ取ったドラゴンは噛み千切るのをやめ、今にも吹き出そうとしていた蒼炎をレイシもろとも地面に向かい解き放った。
蒼炎の
◆
焼き払われた大地。
そこへ大地を焼いた蒼炎の宿主であるドラゴンは降りて、
「グウッ――ァ――アァ――――」
――
ドラゴンの
ほんの一時の奇跡はこうして終わる。
飛び疲れたドラゴンはようやく翼をしまい、その巨体を、抑止力としての姿を
「はぁ……! はぁ……、は、あ――」
零気も体力もごっそりと消費した燁斗は膝をつき、ようやく息を整える。
「はあ……、ふぅ……、これ、で――」
終わった――
視界の先でガラガラッ……と、瓦礫が崩れていくまでは、
「ヴ……ア゛……!」
ヤツはまだ生きていた。
体の至るところが焼け焦げ、溶け落ち、左腕を失おうとも、苦悶の声を上げながらその足で立っている。
「お前、まだ立てるのか……!」
瀕死にまで追い詰められたレイシと、
ドラゴンとなった影響で零気も体力も限界まで磨り減っている燁斗。
――それでもなお、
『――――』
決着が付くのはそろそろだと、言われずとも二人はお互いに感じ取っていた。
そして――、
「ウゥ――!」
レイシはボロボロの右腕を掲げる。
その先は空。――掲げられた、その……上空に、
「……
それは美亜が打倒してみせた『光の槍を降り注ぐ光の魔法陣』。
彼女ならば射出前に斬り伏せてみせたが、燁斗はそうはいかない。
行動を起こすよりも先に、上空に展開された複数の魔法陣からは、美亜の時には放たれなかった
「くっ……!」
数に限りのない、文字通り
それは、一発一発が必殺の威力を誇る槍。
迫る光槍を零気の剣で防いだ燁斗は一撃で剣を破壊され、脇腹を貫かれる。
「がッ、あぁ……ッ!?」
体勢を崩した燁斗に光槍は追撃を仕掛けるが、周囲に放った蒼炎がそれを防ぐ。
……だが、一撃耐えられればいい方だ……二撃目を防いだ蒼炎は守りを突破され、三撃目が燁斗を貫こうとする。
「ッ……! ちっ――!!」
ゴオォッ!! と、振るわれた蒼炎が燁斗を救う。
しかしこうしている間にも光槍は蒼炎の守りを崩し燁斗を射貫こうとする。
「はぁ……、はぁ――」
あの魔法陣がある限り今の自分には勝ち目がない。
だが迎撃しようにも光槍が妨害する。
そして迎撃すれば光槍がその隙を突いてくる。
戦況は劣勢。圧倒的な不利。打開策が見いだせない。
貫かれるのは時間の問題だった――
――――
◆
彼女は戦場を遠くから見ている――。
その“瞳”に、
「――――」
◆
「――――、え?」
呆けた声は燁斗の口からだった。
それもその筈……無限の光槍が、
「ナ、ア――?」
驚愕していたのはレイシも同じ、自分がどれほど『念』を送ろうとも光槍は動かない……まるで、“見えない力”に押さえつけられているように。
そして驚愕はそこで終わりではなかった。
――
思考が真っ白になる。
……ナニガ、オキタ――?
意図しなかった迎撃にレイシの動きが止まる。
それに対し――呆けてはいたものの、チャンスだと睨んだ燁斗は最後の力を振り絞り、戦場を駆ける――!
「あぁア゛――!!」
レイシとの距離は五〇メートル。
――つまりは決着がつくのも五〇メートル先。
「――イイィィイイアaAaaアアAAアアaAAッ!!」
一瞬遅れ、レイシも最後の
世界に亀裂を生じさせる雄叫び。
もうただの奇声の類いでないことは誰もがわかっている。
自然と身が引き締まる。
どんな攻撃がこようと対処するために、
――――
レイシの背後、何もない虚空より闇を呑み込み……
色は
本当に灰という灰を圧縮して生み出したのではないかと思うほどの――
――『モノを引き寄せる太陽』はその効力を
だが、今の燁斗にとってソレは脅威ではない。
むしろ追い風だと思った燁斗は駆ける速度を上げていく。
死の予感さえも
そして、
その時、
気づいた。
「――――――――――――ケヒ♪」
レイシの顔は、興奮を抑えきれないと言わんばかりに笑っていたこ/――
「 あ、」
……真っ正面から放たれた“
袈裟懸けから吹き出る血が顔にかかる。開け放たれていた口の中へと、喉の奥へと引っ付く。
……でも、
……まだ、
――――まだ、死んでない。
その事実だけを
……急に右足が軽くなるような錯覚に陥った。
うつ伏せに体が倒れ込んでいく。……目線が自然と下に落ちるものだから錯覚の正体が嫌でもわかってしまった。
……
――“不可視の斬撃”に続く、“
痛みが奔るより先に体勢が崩れていく……。
死が迫るより早く顔を上げ、敵を見据える。
そこで、気づいた――、
…………人の身など軽く呑み込むであろう零気の
◆
――奔流は全てを
不可視の斬撃/刺突は容赦なく彼を削り、灰の太陽は少年を求めるように引き寄せ続ける。
右の掌からの零気は未だに鳴りを納めない。
膨大な零気を放ち続けているというのに、治癒の零術を行使したとしてもまだ零気は有り余っている。
「ペッ、……ハハ、アハハハハ……ッ!」
……予想以上の損傷ではあったが、一〇分余り治癒の零術を行使すれば元通りだ。
圧倒的な力というのはやはり素晴らしい――散り散りの理性をかき集めながら『ヤツ』は高揚感に溺れる。
その顔は勝利を確信し、笑ってすらいた。
――
◆
◆
「ヘ、ハ――、ッ?」
笑みが崩れる。
違和感を感じ取る。
いや……違和感どころではない。もはや明白だった。
「――――ナ、グ!?」
影が、見えた。
――蒼い炎が、見えた。
――――人が、見えた。
「――――」
血濡れの少年が、そこにいる。
……袈裟懸けに裂傷を刻まれ、太ももに風穴が空きながらも……血まみれの左手を
翳した左手の先には、燁斗の前方を覆うように――守るように蒼炎が展開されていた。
動揺から零気の奔流が止まる。
ボロボロの
血濡れの少年は脅威そのものだった。
口を開いていないが、それでも分かる。
荒れ狂う
――――辿り着いたぞ、と。
これが最後。
少年の中で目覚めた全てが右の拳に結集していく。
先天の零気は勿論のこと――蒼く燃ゆる炎は手から溢れんばかりに注ぎ込まれる。
今の少年がヤツの正体を忘れていたとしても、過去の
だからこそ、少年は目の前の正体を口にした――。
「終わりだ――――“
一条の
一撃は強く、鋭く、奥底にまで響く。
――――その身の奥底に封じられていた、“彼女”の意識を呼び戻すほどに。
◆
「――あぁ――」
体が動かない。
戦いが終わった戦場を照らす月の光は瀕死の少年を眠りに誘おうとする。
「――、ぁ――」
終わったのだと思ったら、本当に気が抜けて……僅かに残っていた力さえ、まるで疲労が抜け出ていくように……外へと流れる。
目蓋が静かに閉じていく……その中で、
◆
――――
◆
――ヒュン、と。
あまりにも軽い音が燁斗のこめかみ辺りを掠めた。
「――――、え?」
ソレは
先ほどの戦闘にはただの一度も使われなかった戦うための武器。
――小さく跳ねるレイシの頭。
――それが、何者にも為すことのできなかったドドメだった。
存在も、再構成の希望も、持ちうる
……ここで終わりなのだ、本当に何もかも。
燁斗にも直感的に理解できた。
数分前からの死闘も、最後の一撃も、瀕死に至らせることはできていたが、
足りなかった最後のピースは、今しがた彼方から放たれた弾丸だ。
できれば振り向き、その弾丸を撃ち込んだ人物を確認したかったが、疲労の方が気持ちに勝る。
思考も受け身もかなぐり捨て、今は一瞬でも早く意識を落とそう……。そう思い目を閉じる。
……
「っ、――?」
最初は、わからなかった。
何をされたのか?
何が起きたのか?
何の音なのか?
わかったのは次から、
「は? ……あ、ぇ?」
呆然と……、やっと痛みと熱さが回ってきた体を感じながら/――ひゅん、ひゅんと、ふざけてるほど軽い風切り音が手刀より鳴り、冗談みたく簡単に
「――ぐ、ぶッ!? ガ、ァ……ぇ、――――」
自分の血で溺れるなんて初めてだ……。
血を抑えようにも死人となる今では何をしようと無駄であり、抑えられない。
「ご……、が――ッ、ぁ――――」
……赤一色に染まっていく視界で、
“ ――お、――レ……の ――カ、ちだ…………”
満足したように笑って
その死に呼応するように、幾つもの球体となって街の上空へと飛んでいく灰の太陽だった……。