有翼の抑止力   作:雪山崇一

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第一章(終)最高のデッドエンド

 月の光を受け、優花の重い目蓋が開いていく。

 

「あ――、ぅ……」

 

 依然として体中には激痛が走っている。

 だというのに血が流れていないのは……、

 

 (いな)――先ほどまでは(・・・・・・)、骨は折れ、血管は破れ、皮膚は裂け、内臓は骨が刺さり破裂寸前だったのに。

 体の傷も内臓も(・・・・・・・)骨も治っているのは(・・・・・・・・・)――優花の体が持つ特性(とくせい)のお陰だ。

 

 流石にすぐに治るわけではないが……長い時間をかければ、瀕死の状態から外部の干渉を受けずに回復することができる。

 人間の自然治癒力(しぜんちゆりょく)の延長線上――“ある理由”から優花だけが持つ特性。

 

 美亜の部屋にて顔の包帯を外した時、傷が塞がっていたのはこの特性によるもの。

 

 骨は元の形へと治り始め、血管には膜が張られ、裂けた皮膚は端から徐々に口を閉じ、

 破裂寸前かつ骨が刺さっていた内臓は、骨が元の形に戻り始めたため、骨が抜けつつ、付けられた傷が姿を隠し始めている。

 

 だが決して軽くはない深い傷、重傷だ。

 ……今はあくまで、すり減っていく命を僅かに上回る速度で増やしているだけだ。

 

「――――」

 

 瞳に映るのは崩壊した街、電気系統が生きていない世界。

 そして……遠くから聞こえてくる戦闘音。

 

「っ――お兄ちゃん!」

 

 激痛を無視して起き上がる。

 そうだ、燁斗――自分を助けた後、レイシへと立ち向かっていった兄。

 

「う、ぐ……ッ!」

 

 この戦闘音のする方で兄が戦っていると確信するが、激痛がそこへ向かおうとするのを(さえぎ)る。

 ……何とか立ち上がり、走るとまではいかなくても、体を奮い立たせながら歩き出す。

 

「い、つ……、はぁ……」

 

 震える体に力を入れる。

 歩いてはいるが、足はほとんど引きずっているのに等しい。

 それでも前へ、前へと歩き続け……爆音が(とどろ)いている戦場へと辿り着いた。

 

「ふぅ……お兄ちゃ――」

 

 ……………………、そこで――――

 

「――――、え?」

 

 しゅ(・・)――と。

 あまりに軽く……冗談みたく簡単に燁斗の心臓へと滑り込んでいく、レイシの手刀を見た……。

 ……抉り(変な音が)抜かれる(鳴る)

 

「――ぁ――ぇ、…………え?」

 

 抜かれた手刀はひゅん、ひゅん……と、首と腹をなぞり燁斗の体をかっさばいていく。

 

「は――――、ぁ…………?」

 

 思考が追いつかない。追いついたとしても理解しようとしない/したくない。

 瞳に映ったのは流れ作業のように殺されていく兄の姿。

 

「お、に……い――ちゃ、ん……」

 

 風に流されるような小さな声など聞こえなかったのだろう……。

 最期に首から漏れ出る血を止めようとして……結局何もできずに手の隙間から血は吹き出し――兄と共に視界に収まったレイシは体から淡い光を放ち……笑いながら消えていった。

 

 それが果たして死んだのかどうか……状況的に死んだように見えたが、そんなことはどうでもよかった……心底どうでもよかった。

 

 レイシの背後に在った灰の太陽が幾つもの球体となって、レイシの消滅と共に鈴杷市の空に飛んでいったが、そんなのも気にならない。

 優花の目の前で……死人となった兄は倒れ伏した。

 

「…………ぁ……、……ぁ、……っ……、――ァ、ア……ぁ――――」

 

 声も、体も、心も、

 自分を形作るモノ全てが感じたことのない震えを発し、激痛も忘れ、立とうとすれば倒れ、駆け出せば崩れていく体を回復を待たないまま、傷口が開くことさえ意に介さず駆け寄っていく。

 

「……う、……そ……、…………う、そ……っ」

 

 這いずって、……這いずって……

 

 

 

 ――『大丈夫だよ』

 

 

 

 スパっと開かれた首からは……溜まりができるほど……ドクドク、……ドクドク、と……

 

 

 

 ――『きみはひとりじゃない』

 

 

 

「…………うそ、だ……こん、な……の…………」

 

 近づけば近づくほど、体は重く、拒否反応を露にしていく……“もうこれ以上は近づ/――ぺちょり(・・・・)……指先に(みず)が触れる。■臓が漏れ■てい■裂傷(れっしょう)から どぷどぷ どぷどぷ …………指先を過ぎ、口元へ。

 

 

 

 ――『ぼくもきみと一緒だから』

 

 

 

「…………い……や、……いや――あ……。……ぁ…………ぁ」

 

 ……ユメだ。/現実(げんじつ)

 コんなの、ワるい……ユめだ。/現実(げんじつ)

 ゆメのは/(げん)/ズ、なンだ……/(じつ)/、――悪夢…………そう、/(げん)じ/アくム、だ。

 

 オ母さ(げん)んが亡く(じつ)ナッた日にミ現実(げんじつ)た悪()夢だ……お()()(死ん)()()と一げん(ゲン)緒に()寝ルま()でウな(ゲン)さレて(ジツ)見テい現実(ゲンジツ)たヨう現実(ゲンジツ)な、悪現実(ゲンジツ)夢ダ。

 

 …………ナら、死人(コレ)はダレ?

 

 

 

 ――『――一緒に生きて(わらって)いこうね』

 

 

 

「ぁ…………ぇ。――グ、う……ゲ、……へへッ、…………ハ、は、……はは、ハはハハはははハはハハははハハハ!!」

 

 わらって、わらった、わらえ。

 そうやって()きたいのなら、わらえよ。

 

「ははは! ハハっはハッ! ひ、……ヘ、フフ……ハ――」

 

 大切な(死んだ)人を抱きしめる。

 ……こてん(・・・)。と……骨まで切り削られていた首がポキッと鳴り、喉仏(のどぼとけ)を晒すように百八十度真後ろへ/手を回し無理やりにでも起こさせる。

 

「ふ――――、は…………。――あ…………あぁ、……あぁあ゛――!!」

 

 外に出るしかなくなった涙は傷口へ……腐っていく遺体には何の意味ももたらさない(しずく)は赤く、(あか)く……血の涙へと変わっていく。

 

「………………お、……に、い……ちゃん……、……おにい、ちゃん…………お兄、……ちゃん……っ! …………ぅ、ぁ、――ぁ……あ、ぁ――っ、――――お兄ちゃん……っ!!」

 

 手で支えていなければ、反対方向へプツンと落ちてしまうであろう……ほとんど生首へと変わり果てた兄の顔を持ちながら。

 何度も、何度も……何度も…………もしかしたら、いつか目を開けてくれるんじゃないか……そんな現実逃避(きぼう)を込めて呼び続ける。

 涙は止め()なく流れ続け、もう()ない少年へと落ちる……。

 まるで……“――目を開けてよ……”……涙もそう言っているようだった。

 見るに()えない凄惨(せいさん)な場面を見るものはいない。

 月と……『銀河の瞳を持つ少女』と――この『少年』以外は、

 

 さっ、と。

 少年は優花の隣に膝を折る。

 敢えて声はかけずに、結果だけを見て、己を呪う。

 

「…………っ、……ティ、ア……」

 

「…………」

 

 潤んだ瞳ではあったけれど、そこにいるのがティアだとわかった。

 ――唇を噛み切り、握られた(こぶし)で爪は(てのひら)を突き破り、胸の後悔を留めたまま、もう零気を感じない少年を見つめる。

 

「ティ……ア……お兄ちゃん、……が」

 

「っ――、ユウカ……」

 

 我ながら情けないと思いつつも、ようやく出せた言葉がそれだった。

 ……優花は声を絞り出すようにして、

 

「…………どうにか、……できる……?」

 

 首が離れないように、千切れないように、手を真っ赤に染めながら支えることしかできない優花は、どうしようもない思いで告げた。

 

「――――っ、」

 

 返すことなんて、できるわけがなかった。

 どんな手を使おうと……もう無理なのだ。

 ……恐らく■■(じぶん)へ答えを求めても返答は同じであろう。

 

 瀕死に陥った、死に至る重傷から、その身を再生させるモノならば心当たりがあるが……命を落とした者、死んでしまった者を生き返らせる異能は存在しない。

 ……一度(うしな)われた命は、もう戻ってこない……。

 

「ねぇ……っ」

 

 縋るように……逃げるように……ティアの胸ぐらを弱々しく掴む、

 

「嘘でも――うんっ、て……言ってよ……っ!」

 

 掴まれた部分が血に濡れていく……それは燁斗の血か、それとも優花の血か……。

 

「っ――――、」

 

 ……うん、なんて……言えない。

 ……何も、できない。

 新星種を殺しきる弾丸を生み出し(・・・・・・・・・・・・・・・)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――燁斗を救うことはできない。

 

「――ク、ソッ!」

 

 自分の弱さを吐き出すという何にもならないあまりに滑稽(こっけい)無様(ぶざま)を晒してしまう。

 ……その言葉を受けて、胸ぐらの力はわなわなと()り減っていき、

 

「……ぅ……、ぅ……ぁ……」

 

 どうしようもないと、もうダメだと、わかってはいた。

 わかってはいた、けれど……、

 ……すぅ――、と。脱け殻になったように胸元から手が力無く落ちる。

 

「ユウカ……、」

 

 その手を取り、口を開こうとし……一瞬の逡巡(しゅんじゅん)がよぎり、やめた。

 これ以上、心を揺らがせてはいけない……。そう思ったからだ。

 

「…………」

 

“――ごめん。奇跡(のぞまれた)言葉を返せなくて”

 

 口には出さず、心の中に吐き落とした。

 

「――――」

 

 優花の心境がどんなことになっているかは想像に固くない……。

 今の彼女は自分から動くことはできない。それほどまでにもうグチャグチャなのだ……この()の心は……。

 ……だからこそ、ここは自分がなんとかしなければ。

 

「……ユウカ。ユウトを僕に渡して。まずはここから離れよう……感情は僕にぶつけていいから。まずはそうしよう? ……ゆっくりでいいから、ね?」

 

「………………………………………………」

 

 …………一五秒はそうしていただろうか。

 …………壊れたロボットのように頷いた優花は、力が抜け落ちる中で亡骸(なきがら)をティアへと手渡した。

 慎重に、首を落とさないように優花の手へと自分の手を添える。

 

「っ、……」

 

 ――ソレは、その時に起きた。

 

「……ん?」

 

 不意に……迫る幾つもの零気の塊を感じ、空を見上げる。こんな日でなければゆっくり浸れたであろう美しい夜空がそこにあった。

 そして、

 

「っ――! あれは――」

 

 その夜空を汚すように――灰色の斑点(はんてん)が幾つも鈴杷市の空に付着していた。

 ……いや、違う。……あれは――

 

「――隕石(・・)!?」

 

 ……そう。

 一瞬、空に付着する灰色の斑点に見えたソレの正体は無数の灰色の隕石。

 

 ――上空に打ち上げられた灰の太陽の欠片一つ一つが、三〇メートル級の隕石となって鈴杷市へと降り注いできたのだ。

 

 ティアは灰色のモノが空に飛び去っていくところを目撃していたが、まさかこんな隕石(もの)になって降ってくるとは。

 レイシの遺した最悪の置き土産。

 その数は一〇……二〇……三〇――それ以上。

 

(まずい……っ!)

 

 すぐさま黒塗りの拳銃(コードファルム)を手に納める。

 降り注ぐ隕石と自分の零装は、相性が良いようで悪い。何しろ数が……いや、隕石がデカすぎる。

 もう少し小さければ可能性もあったかもしれないが、今回はデカすぎる上に範囲が広すぎる。

 

「くっ……」

 

「……………………」

 

 ……隣に座り込んでいる優花はとても立ち上がれる精神状態じゃない。

 自分だけが立ち上がる。

 灰の太陽は元から得体の知れないモノだ。それが凝縮されたエネルギーのような形になって降ってきている。

 そんなモノが鈴杷市に激突すれば、今度こそ都市が崩壊する……いや、それどころじゃ済まないかもしれない。

 無理でもやらなければ……降り注ぐ隕石へと銃口を向け――

 

「――っ……、あの光――」

 

 ――彼方より飛来した、無数の隕石を貫く『光』を見た。

 

          ◆

 

 あと一分もしないうちに鈴杷市の街は地図から消え去る。下手をすれば人工衛星から見ても日本の一角に大きな穴が空いているように見えるかもしれない。

 ――だが、降り注ぐ隕石を見て、

 

「戦いが終わったかと思えば……」

 

 自宅の屋敷――その屋上に立ち、背中まで届く長い銀髪を黒い紐のリボンで長いツインテールにした赤い瞳の少女は、鋭い瞳で落ちてくる絶望を眺めていた。

 隕石の数はざっと三〇を越える。

 これが鈴杷市の街に落ちてくれば、間違いなくこの都会は終わる。数十秒後にはゲームなどでよく見るポストアポカリプスが現実となる。

 

「置き土産か……はた迷惑な新星種(しんせいしゅ)は何処までもはた迷惑なんだな」

 

 ふぅ――と息を吐く。

 彼女としてはそんな気はなかったが、まるでそれがスイッチだったかのように――背中より、美しい純白の輝きが溢れ出す。

 

 ――――それは『(つばさ)』。

 

 夜を照らす(まばゆ)いばかりの六枚の『神秘(しんぴ)』の翼。

 幻想的なその姿に、見れば誰もが一度はこう思うであろう――〈天使(てんし)〉、と。

 

 実際、その答えは間違っていない。

 ――何を隠そう。銀髪の少女の背から生えている白き六翼(ろくよく)は、紛れもなく天使の翼そのものなのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「――――」

 

 天使の翼は空より降ってくる隕石(ひょうてき)に狙いを定め、その輝きを増していく。

 強く、鋭く、出力は上がり続けていく――零気を一切消費せずに(・・・・・・・・・・)

 灰の隕石は今もなお落ち続けている。一〇秒後には鈴杷市を消し飛ばす――それより前に、

 

「やれ」

 

 小さく、ぼそっと呟かれた号令(ごうれい)

 ――ヒュンッ! と。

 号令に答えるように、輝きを放っていた天使の翼の表面から数多の『光の軌跡』が放たれた。

 夜空を駆ける光の軌跡。

 空を駆けていく天使の断片(だんぺん)は数多の隕石へと一瞬で到達し、残らずその全てを粉砕していく。

 

 光に貫かれた三〇を超える隕石は光の(ちり)と化し……何の衝撃も被害ももたらすことなく消滅していった。

 

 今度こそ本当に終わった――(よみがえ)りし新星種(しんせいしゅ)による恐怖の一日が。

〈天使〉の翼は仕舞われていく。屋敷の屋上を照らしていた光は闇に押されるように消えていき、数秒後には月の光しか屋上を照らしていなかった。

 

「?」

 

 スカートのポケットに入れていたスマホが震えだし画面を見ると、メッセージのやり取りをする『コネクト』のアプリに数字が付いていた。

 タップしてみると、『ある特定の者たち』だけが集まりやり取りをしているグループにメッセージが届いており、

 

 

『今の隕石を壊したのってフェリナの天使だよね? 流石だな。魔眼(まがん)で対処しようかと思ってたんだ』

 

『街ではもう噂になってるよ。弱体化してたとはいえ新星種が倒された後だから、余計に歓喜の声が』

 

 

 そんな吹き出し(メッセージ)が二件ほどあった。

 

「……“アイツ”は相変わらずメッセージを送らないな」

 

 と苦笑しながら既読だけ付けるとスマホを仕舞う。

 

(――それにしても)

 

 屋上からベランダへと飛び降りる。

 

(新星種……か。知ってはいたが、こんな身近に現れるとは……これで終わりであってくれると嬉しいんだが……)

 

 ……そうはならないな、と。

 銀髪赤眼(せきがん)の少女、フェリナ=アストレアはもう一度苦笑した。




 第一章、これにて完結!
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