有翼の抑止力   作:雪山崇一

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第一章(4)“ぼく”と“俺”を繋ぐもの

 俺に家族ができたのは、今から一〇年前。

 ……全てを失ってからのコトだった。

 

          ◆

 

 目を開けて最初に見たのは清潔な白い天井。

 次いで理解したのはベッドに寝ている包帯の巻かれた自分。

 

「……ここ、は……?」

 

 横になったまま辺りを見渡せば、この部屋には自分とは他に――自分よりも頭半分ほど小さい少女がいた。

 少年の黒い髪とは正反対の白い髪……患者服を着てベッドに横になっており、すー、すー、と小さな寝息を立てていた。

 

 

 

 

 少年が目覚めたことに気づいた看護師がすぐに医師を呼び、白衣を着た医師は柔らかな笑みを浮かべながら声をかけてきた。

 

「目が覚めたんだね。何処か痛いところはない?」

 

「……いえ、特には……少し、ダルい感じはしますけど」

 

 そんな会話から始まり、次第に医師は少年と……隣で眠る少女の身に何があったのかを話してくれた。

 ……少年と少女は、洞窟の崩壊に巻き込まれたらしい。

 なんとか一命を取り留めていた二人は病院へと運ばれ、今に至るという。

 

「それでね……君、何か覚えていることはないかい? 隣の女の子の事とか」

 

 隣で眠る少女を見る。……見た感じからして、五歳ほどの少女。

 崩壊した場所には少年と少女以外誰もおらず、大人の姿も見えなかった……それでも二人が傍にいたから同じ病室へ、隣同士で搬送されたという。

 しかし、

 

「……ごめんなさい、見覚えがないです」

 

 いや、それどころか――

 

「あの……ぼくは(・・・)誰ですか(・・・・)――?」

 

 

 

 

 ――記憶喪失。医師からそう判断された。

 理由はわからないが、崩壊した洞窟にいたのだ。ならば崩壊した際の岩などで頭を打っていてもおかしくはない。

 

 ……しばらくして隣の女の子も目を覚ましたが、結果は少年と同じ、何も覚えていないとの事だった。

 

 二人が搬送されてからそれなりの日にちが経過したが、誰かが来る様子はない……それはつまり、二人の帰りを待っている者は、もう(・・)誰もいないという事だろう。

 

 これから自分たちはどうなるのか……漠然(ばくぜん)とそんなことを思いながら、ペタペタとスリッパを鳴らし病室へと戻る。

 

「……あ」

 

 病室に入ると、少女がぼんやりと窓の外を見ていた。

 いつもは寝ているか、少年と目があっても小さく会釈(えしゃく)して、布団を被るだけだったため、こんな風に起きているのは珍しかった。

 

 ……とはいえそれも無理のないことだ。

 六歳の少年と、五歳の少女。

 色々と調べて貰ってはいるが、親はいなく、家もなく、記憶もない。

 幼い子どもがそんな現実に放り込まれてしまえば、そうなってしまうのも当然と言えた。

 

「……」

 

 親はいなくて、家もなくて、記憶を失っている。

 ……全く同じ境遇に置かれた者として、子供心ながらに不思議な親近感を覚えずにはいられない。

 

(――よし)

 

 歩み寄っていく。

 いつもはベッドへと向かっていた足だが、今日は少しだけ……ほんの少しだけ、勇気を出したように斜め前へと爪先は向いている。

 

(だいじょうぶだよ、……だいじょうぶだよ。……最初にかける言葉はこれ……)

 

 ――実は少年には、他の誰にも……病院の医師にも言っていないことがある。

 それは――あること(・・・・)を覚えているということ。

 

 そのあることとは……記憶ではなく、親の顔や名前でもない。

 少年自身、最初の頃は『なんだろう?』と思うものだったため、医師にも伝えていなかったのだ。

 でも……あんな様子の少女を見て――同じものが灯った。

 あぁ……うん。――なんとなく、わかった気がする。

 

 六年間の記憶を忘れてしまった自分に、消えずに残っていたもの。

 

 多分コレは……どうしてかは、もう、わからないけど――それでも確かにいたぼく(じぶん)が、心に誓った想い――行動原理そのものだ。

 

「ね、ねぇ……」

 

 声をかける。

 緊張感と気恥ずかしさを隠せず、プルプルと体が震え、少年は気づかなかったがその動揺は顔にまで出ていた。

 

「――――、……ぁ、え?」

 

 ベッド脇の丸椅子に座り、ピクリとも動かない女の子の手をがんばって取る。

 

 前の自分と今の自分は別人だけど……なのに――全く同じ想いを灯すことができた。

 その事実が、なぜか――とっても嬉しくて。

 

「だ、……だ、」

 

 張り付く喉をなんとか動かし、心を前へと踏み出し、白い少女の目を見つめ声をかける。

 

「だ、だいひょうぶ、はよ……?」

 

 ――ぁ。と思った時にはもう遅い。

 情けない声になっただけでなく、その上に噛むとは……みるみるうちに恥ずかしくなっていく少年の頬が染まる。

 顔を逸らすも、思いっきり本人の前であるため、余計に恥ずかしくなるだけだった。

 

「え、えーと……え~~~、と――――」

 

 な、何か気の聞いた言葉を――と思うも、そんなものすぐには出てこなくて、

 

「――――()ふふ(・・)

 

 変わりに、弾むような笑い(おと)が目の前より聞こえた。

 顔を前に戻せば、

 

「ふふっ、ははっ――」

 

 ――笑っていた。

 いつも真っ白な心だった少女が。

 

「――――」

 

 ――笑って、いた。

 いつも感情の変化を見せていなかった少女が。

 

「――――あ」

 

 ――笑って(・・・)くれた(・・・)

 

(よかった……)

 

 心からそう想えた。

 小さいけれど……一歩を踏み出してよかったと、手を差し伸べてよかったと、少女の心を動かせてよかったと――前の自分と、同じ誓い(こころ)を持つことができて、よかったと。

 

「っ――えへ――」

 

 自分まで嬉しくなって、つい笑ってしまう。

 

 少年が唯一覚えていたこと。

 それは別に偉大なものでも、誰かに自慢できるようなものでもない、

 

 ――『助けられる人がいるならば(・・・・・・・・・・・・)何もできずとも必ず手を差し伸べる(・・・・・・・・・・・・・・・・)』――

 

 ――そんな、あまりにも幼稚(ようち)で、自分勝手にも思われる()(まま)

 けれど決して間違ってなどいない小さな誓い(ぬくもり)が、新たな人生を歩み出した少年に残ってくれていた……    (むかし)緋月燁斗(いま)を繋ぐものだった。

 

          ◆

 

「……ぁ――」

 

 目を開けて最初に見たのは白い天井……しかし病院のものではなく、燁斗も見覚えのある場所のものだった。

 

「目が覚めた?」

 

 声の方向に顔を向けると、空色の髪に中性的な顔立ちの少年がベッド横の椅子に座っていた。

 

「ティ、ア……」

 

「動かない方がいいよ……ギリギリ致命傷ではなかったけど、傷は広いからね。その治療だって、気休め程度だ」

 

 見れば体中に包帯が巻かれていた。

 特に胸の部分の処置は念入りだ……その治療のほどを見て、自分の身に何が起きたのかを思い出してきた。

 

レイシ(アイツ)なら身を引いたよ」

 

 燁斗の考えを察したかのように、ティアが洗面器に入った冷水にタオルを浸して、先に口を開く。

 

「キミとユウカの後を追ってビルに入ったら、ユウトがやられたところを目撃してね。

 アイツとユウカが戦闘を開始してからほどなくして、アイツの手によってビルが倒壊したんだ……アイツはそれと同時に身を引いた」

 

 冷水を吸ったタオルを絞るティアを見ながら、燁斗は乾ききった喉を動かす。

 

「ビルが、倒壊、って……」

 

「キミと近くにいた大人の人は僕が零気で守ったよ。

 その後、救いだされた大人は病院へ。

 キミは僕が家まで連れてきて治療したってわけ」

 

 ティアが濡れタオルで額の汗を(ぬぐ)ってくれる。

 

「……どうして、俺を、ここへ?」

 

「病院はあの被害にあった人で混んでてすぐに治療を受けられる状態じゃなかったからね。

 それだったら、僕の家に運んで治療した方が早いでしょ?」

 

「……優花は?」

 

「レイシと戦っている最中にミアの零気がやってきたから、無事だと思うよ。ユウカもミアもね」

 

 それを聞いて、ゆっくりと胸を上下させる。

 確かに、あの場に美亜が駆けつけたのであればとりあえずは安心だ。二人とも無事である可能性が高い。

 

「はい、ユウト」

 

 胸の傷や、落ち着く事も考慮してか、少しぬるいお茶を淹れて差し出してくる。

 

「ありがとう……」

 

 ゆっくりと上半身を起こし、お茶の淹れられた湯呑みを受けとる。

 一口飲むと……体は痛むが、ほどよい温かさのお茶が傷を癒してくれたような気がした。

 ふと、ティアが壁の時計を見ると、針は午後の一時半を指していた。

 

「少し遅めだけど、お昼ご飯作ってくるね」

 

「え……? ティアって、料理できるようになったのか?」

 

「それ……僕のことバカにしてる……?」

 

 むー、と唇を尖らせながら不満げに口にする。

 

「確かにキミほどじゃないけど料理はできるようになったよ……料理できるようになりたいって言ったら、恥ずかしくなるくらい応援してきた人もいたし……まぁ、今日作るのはおかゆとかうどんとかだけど――」

 

 ドアノブに手を触れる。そのまま掴もうとして、

 

 

 

「――ティィィアァァァー!! お姉ちゃんが来たぞぉぉぉー!!」

 

 

 

 バゴォンッッッ(・・・・・・・)!! と。

 

 ――――消え(・・)()……。

 

 外側から何者かの力で開かれたドアに押されるようにして小柄な体は瞬く間に消え去った――いや、隠れた。

 

「他の部屋にいないからこの部屋に……って……」

 

 ショートヘアーの紺色の髪を揺らし、大きな紙袋を手にしながら部屋の中をキョロキョロする、勝ち気な性格の少女。

 燁斗と身長差が大差ない少女は部屋の中には燁斗しかいないことを確認すると、

 

「――――っ、」

 

 燁斗を見て――いや、燁斗を見ながらもそれとは別の事(・・・・・・・)に反応し、目を見開き、

 

「――――――、(きみ)……」

 

 警戒心などなく、引き寄せられるように少女はドアを押して中に――

 

「――みゅ(・・)、」

 

「…………ん?」

 

 ……自分が押したドアに、妙な感覚があることに気づいた。

 絞り出されたような声。

 それは少女にも馴染みのある声で……試しにと二、三回押してみると、

 

「――ふゆっ、むゆっ、ぎゅっ……」

 

 押す度に声は一声ずつ口から漏れでて、

 

「……あー……、あっはは……、」

 

 ばつが悪そうに乾いた笑いをこぼし、そっと全開していたドアを閉じていく……そして、

 

「――――きゅーーーっ」

 

 べちーん! と、瞬く間にドアと壁の間に挟まれていたティアが、受け身も取れず床に突っ伏した。

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