有翼の抑止力   作:雪山崇一

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第一章(7)寄生種は、未だそこに

「さぁ、さぁ! ティア! さっき教えたセリフを!」

 

 ――燁斗は今、この場を天国と見紛うほどの感覚に頭を殴られていた。

 

 少し遅めの昼ご飯と言って持ってこられたのはうどん。

 麺の量は多めで、ベッドテーブルの上に置かれたうどんはめんつゆをベースにした具材が少なめのあっさり系で、いかにも食べやすそうだ。

 

 ――しかし燁斗の目が引かれているのはそこではない……ベッドの脇、冬菜に肩を掴まれながら立っている二人より少しだけ身長の低い少年。

 

「~~~~~~っっっ!!」

 

 黒白のミニスカートのメイド服を身に纏い(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スカートの裾をぎゅっと掴み(・・・・・・・・・・・・・)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……プルプルと羞恥に耐えながらそこに立っていた。

 

 元より少女よりの中性的な顔立ちをしているからか、ここまで来るともう少女にしか見えなくなってくる。

 完全なる男の()になってしまったティアちゃんがご奉仕する相手は、今もベッドに横になっている燁斗。

 対象となってしまっている燁斗は、そんなメイドさんを見て――、

 

(――――――――――――――――好きだ)

 

 トンデモねぇことを思っていた。

 燁斗はノーマルだ。ノーマルなのだが……たとえそうであったとしても心を高鳴らせてしまう『何か』が今のティアからは放たれていた。

 目が離せない。恥ずかしがってるティアが新鮮でもっと見ていたい。可愛い。など、

 

 恐らくほとんどの男子諸君が無言で頷く(同意)するであろう燁斗の気持ち(たかなり)

 冬菜に部屋の外に連れ出されて、一五分後。

 頬を赤くしたティアがこの格好で昼食を運んで来た時には心臓が止まるかと思った。

 

 

 

『燁斗、燁斗! どうだ? どうだよ!? メイドティアを見て率直(そっちょく)な感想をどうぞ!』

 

『よくやった、篠坂。こんなの反則だろ』

 

『だろぉー!? く~! 自分でもここまでの破壊力になるとは予想外だ! あたしの弟は最強で最高だぜッ!!』

 

『……………………いっそ、殺して…………』

 

 

 

 先ほどから冬菜がティアに()かすように声をかけ続けているが、何が起きるのかは燁斗自身予測できていない。

 ……ただ漠然(ばくぜん)と『何をしても可愛いんだろうな』と、心が思っている。

 

 そして、

 それは、

 起きた。

 

 冬菜を力なく涙目で睨み付け……震える手を前へと持ってきて、両手でハートを作り、

 心の揺れが伝わるくらいの過呼吸で息を吸い、

 小刻みに震える声で、

 

          ◆

 

「お……お、おお――美味しくな~れ、ライフ♡ イン♡ キュン♡」

 

          ◆

 

 ――――ホワアアアアアアアアアアアーーー!!

 

 

 ――限界を超えた叫び!

(※なお、燁斗は叫びにより響いた胸の痛みに『いってええええええっ!?』と一瞬泣いた……お前もう元気だろ?)

 

 二人の手はガシッ! と繋がり(握られ)

 キャパを超えた弟はヘナヘナと膝をつき、ベッドに倒れ込む。

 

『最高だっ!!』

 

「最悪だ…………」

 

 昇天しかけた二人と、ドン底まで落ちた一人。

 天国と地獄が両立する一部屋。

 箸を手に取りティア(メイド)さんに拝むように『いただきます』と手を合わせる。

 

 料理をする燁斗だからわかるが、このうどんは難しいことをせずとも作れる簡単なものだ。だから味の方もシンプルなものになるのだが、さっきのおまじない(アレ)に本当に意味があったのかシンプルの域を超えた、格段に美味しいうどんへと進化していた。

 ベッドの脇で膝をついたティアを見据えて、ニヤニヤしたまま冬菜は問いかける。

 

「どうです旦那(だんな)? ウチのメイドは。気に入ったならいっそ雇っちゃえばどうです? 姉公認ですからなぁーんにも気にすることはねぇですよ?」

 

「――――――なん、だと?」

 

 ――――瞬間、少年に稲妻走る――っ!

 

「ユウトがそんな悪趣味なことするか! そもそもこれは僕じゃなくてキミの趣味じゃないか! もう一度やれと言われても僕はやらない、絶対にッ!」

 

「え~? ホントか~? あたし知ってんだぞ?

 君が別室で着替えているところを覗いたら、スカートを()いた状態で鏡の前でくるっと一回転したり、猫耳カチューシャの位置を何度も確認してたコトを」

 

 燁斗への信頼が厚いティアは羞恥心に震えながら冬菜を睨み付けるが、冬菜のにやけ(づら)からの発言に身がすくんでしまう。

 

「あ、アレはっ、どうせやるんだったら徹底的にやろうかなと思って――う、ぅぅぅ~~~ッ! と、とにかく、僕はもうこんなことしないから! ユウトだって鼻で笑う話でしょ!?」

 

 ソプラノ気味な少年ボイスを必死に上げながら、真剣に救いを求めるように燁斗へと顔を向ける。

 そこには――、

 

「――――(真面目に考えてる顔)」

 

「――なァーに真面目に考えてるのさ!? 否定してよ! 雇わないって言ってよ! しないって言ってよ! ねぇっ! ねぇっ! ねぇってばぁーー!!」

 

          ◆

 

 ……帰った。

 ……やっと帰ってくれた。

 

『ティアー! こっち向いてくれ! お姉ちゃんを見ろー♪』

 

 カシャシャシャシャシャシャ!! ともはや忍者のように残像を残しながらあらゆる角度からスマホで連写しまくっていた姉を帰らせることができた。

 と言っても方法は単純。

 

 ――ティアの『武器の零装』である拳銃(・・)を出現させ、戦うメイドさんと化したティアが、ゴム弾を冬菜のこめかみすれすれにぶっぱなしたのだ。

 

          ◆

 

『いいよー! 似合ってるよティア! 今度メイド喫茶でバイトでもし――』

 

 ――バァァンッ!!

 

『――燁斗お大事にーーー!!』

 

          ◆

 

「……やっと落ち着いた~」

 

 深く深呼吸をしながら息を整える。

 メイド服から私服へと着替えてきたティアはカーテンを閉めようとベランダ側へと歩いてくる。

 

「仲の良いお姉ちゃんだな」

 

「だから姉じゃないって。あんな制御不能なお姉ちゃん僕は知らない……」

 

 言って、カーテンへと手を伸ばして、

 

「――――っ、」

 

 ピタッ、と。

 息を飲んで、その動作を止めた。

 

「? ティア、どうし――」

 

 ――ガラッ!! と窓を開け、ベランダから身を乗り出すように鈴杷市の中心地を――レイシとの一戦があった場所に眼差しを刺す。

 

「まさか……もう(・・)――?」

 

 普段のティアらしからぬ様子に燁斗は眉をひそめる。

 

「ティア……どうしたんだ――?」

 

「……。――っ! ユウトはここにいて!」

 

 壁にかけてあったコートを強引に取りながらティアは慌てて外へと出ていった。

 

「ティア!? 本当にどう、し――――」

 

 ――ズン……ッ!! と。

 燁斗――ではなく、燁斗の胸の内側(・・・・・・・)に重い衝撃が走った。

 

(これ……昼間の……ッ――)

 

 昼間ならば胸の苦しみだけで済んだが、

 今の燁斗にとってその苦しみは重りとなって胸から体をベッドに縫い付けてしまう。

 

「う……! く――」

 

 ……だが、何故だろうか……、

 ――ここで止まってはいけない気がした。

 

「は――――あ、」

 

 力を振り絞り、ベッドから立ち上がる。

 ――直感が告げている……あと少しだ(・・・・・)、と。

 

「ぐ……っ! か――!」

 

 開けっ放しの窓からベランダへ。

 ――見ろ。感知(かんち)しろ。

 

 倒れかけの体に鞭打ち、ベランダの手すりに掴まる。

 ――そして、

 

 

 

 ――廃墟となった鈴杷市の中心地より、強烈な零気が天を貫いた。

 

 

 

「――――」

 

 夕方だった空が、一瞬だけ純白(じゅんぱく)に染まる。

 爆心地より遅れて放たれた■■■(・・・)の“プレッシャー”は明確に燁斗を突き刺し、

 

 

 

 ――――力の蛇口を壊した(・・・・・・・・)

 

 

 

「               、  ぁ」

 

 胸の内側から全身に駆け巡る感覚。

 細胞の全てが活性化し、束の間の全能感に少年を浸らせる。

 

「――――」

 

 見れば、

 爆心地より放たれた零気はまだ役目を終えていなかった。

 昼間と同じだ――挨拶代わりにと、空から零気の雨を降らせてくる。

 あの時は気絶していて何もできなかったが、今は違う。

 

 ――緩やかに、朧気に、無意識に、雨へと手を伸ばして――

 

          ◆

 

(くそ、予想より早い――!)

 

 舌打ちを打ち、ティアは街を駆けていく。

 まだ時間がかかると思っていた。

 あの■■■が身をひそめたほどだ――深刻なダメージ、それこそ腕でも切り落とされた(・・・・・・・・・・)のだろうと予想し、回復に時間がかかると踏んでいた。

 

 だがその結果はコレだ。

 回復終えたアイツは身を潜めるのをやめ、『外』へと出てきた。

 ……全く、情けない。

 ――(じぶん)はアイツを殺すために長い間――

 

「ッ!!」

 

 ――ドッ!! と。

 廃墟より……爆心地より零気が天を貫いた。

 次いでアイツのプレッシャーがひしひしと伝わってくる。

 

「不味い!」

 

 アイツが『外』に出てきたという事もあるが、それ以上に不味いのは――空。

 天を貫く零気。

 それは昼間の再現のように上空で弾け、零気の雨となって街へと降り注いでくる。

 

「く……っ!」

 

 どうにもならないと知りながら自身の『武器の零装(拳銃)』を生み出そうとする――だが、

 

「……え?」

 

 零気の雨以上の発見があった。

 視界の端、自分の住んでいるマンション。

 その自室のベランダより――何かが(きら)めいた。

 

 

 

 

 瞬間――――“蒼き炎(・・・)が鈴杷市上空を覆い尽くした(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 雨が降り注いでくるより先に、上空に巨大な(たて)のように敷かれる蒼炎(そうえん)

 僅かな隙間もなく展開された蒼炎(ソレ)は、迫り来る零気の雨を(ことごと)く焼き払っていく。

 雨の数、実に一〇〇を超える。

 一〇〇を超える滅びの滴を、蒼き炎が防ぎ切り――役目を終えて、静かに霧散していく。

 

「……」

 

 爆心地にいる■■■よりも、それが放った零気の雨よりも、ティアはいま自室のベランダにいる彼に目が釘付けになっていた。

 この感覚――間違いない。これで確定だ。

 

「ユウト……やっぱり、キミは――」

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