有翼の抑止力   作:雪山崇一

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第一章(9)緋月燁斗

 ――目を覚ます。

 どうやら気を失っていたらしい。ベランダに倒れ、体が夜風(よかぜ)(さら)されていた。

 

「……俺、何してたんだっけ……?」

 

 包帯を巻かれた体で、ベッドではなくベランダで寝るなんて……いや、そもそもどうしてベランダに出たんだっけ?

 

「痛……っ」

 

 胸に走る痛みに手を置き、手すりに掴まり体を起こす。

 そこで……爆心地から鳴る爆音に鼓膜(こまく)が震えた。

 

「――っ!」

 

 ……そうだ、思い出した。

 ティアが部屋から出ていって……その後、心の衝動のままにベランダに出て……そして…………、

 

「っ……、また――」

 

 思い出そうとする思考を爆音が蹴散らしていく。

 忌々しく爆心地の方に目をやり――、

 

「――――ッ!?」

 

 ……それは、不思議な感覚だった。

 見えず、聞こえないというのに、遠くにいる人の気配を感じ取れる(・・・・・・・・・・・・・・・)

 どう動いているのか、いま何処にいるのか、そこにいるのは誰なのか――そんな細かいことさえ、今の自分にはわかる。

 

 それは美亜がやってみせる、『他者の零気(・・・・・)を感じる(・・・・)という、零士の中でも上位の者しか成し得ない技術。

 

 束の間とはいえ、壊れた力の蛇口(・・・・・・・)から今の自分に行使可能なレベル以上の『力』を受けた燁斗は、一時的とはいえその領域に至っていた。

 ――その領域に足を踏み入れた燁斗は初めてだというのに理解した。

 

爆心地(あそこ)に――優花と美亜(・・・・・)が……“アイツ”が、いる……!)

 

 すぐさま(きびす)を返し、玄関へと急ぐ。

 しかし体の痛みによって、玄関に繋がる廊下への扉を開けた途端、壁にもたれ掛かってしまう。

 

「っ……!! はぁ……っ、はぁ……ッ――!」

 

 じんわりと、胸元が濡れる感触がする。

 傷口が開いてしまったのだと理解するが、気持ちも足も止まらなかった。

 ふらついた足取りで玄関のドアノブに手をかける……気をつけたはずなのに、開けた途端、体が予想以上に前へと進んでしまった。

 

「う……」

 

 ここは高層マンション、それも上の階。

 倒れるような勢いで外に出た体は、落下防止の胸辺りまである壁にぶつかり勢いで落ちそうになったが、何とか前に体を戻し落下せずに済んだ。

 

「か……、は……」

 

 壁に背を預けズリズリと座り込む。

 胸の包帯から血が滲んでいるのが見えた……痛みで目眩(めまい)がする。無理を押した体が、すぐに休めと痛みを警告音として告げてくる。

 ……それでも、

 

「ふぅ……、ふぅ――」

 

 壁に掴まり立ち上がる。

 倒れかける体を気持ちの強さで補強する。

 

「――、あ――――」

 

 それでも足元がおぼつかず、転んでしま、

 

「何してるの――っ」

 

 ふわっ、と優しく支えてくれる体。

 聞き馴染みのある声は怒りながらも、一番は燁斗の身を案じてくれていた。

 

「ティア……帰って、来たのか……」

 

「たった今ね……そうしたら、わざわざ死ににいこうとしてる友だちがいたから驚いたよ」

 

 肩を貸し、痛まないように体を起こす。

 その手は倒さないように……逃がさないように、燁斗の体を強く案じて(掴んで)いた。

 

「ユウト、部屋に戻ろう?

 ――その体じゃ、本当に死んじゃうよ……」

 

 強くも弱々しさを含めた、震えた彼の声。

 その優しさは嬉しいけど……ごめん、

 

「ごめん……俺は戻る気はない。

 あの爆心地に、優花と美亜――そして、“アイツ”がいるんだ……すぐに、助けにいかないと……」

 

「その体で何ができるの?

 ……満足に歩くこともできないキミが、力になれるとでも?」

 

 優しさから、燁斗の行こうとする意志をバッサリと切ってくる。

 今の燁斗なら、ティアでも強制的に部屋に戻すことができる。

 ズルズルと引きずり、部屋のベッドに寝かせればいいのだから、

 

 ……でも、彼はそうしない。

 意志をバッサリと切っておきながら、まだ進めるように、向かえるように、ここに留まっている。

 

「僕はこれから戦場に向かうつもりだ。

 ……この時をずっと待ってた(・・・・・・・・・・・)。けど、キミは連れていけない……大切な人を死体にする趣味は僕にはない。

 ……なにより、キミは奴には勝てない――厳しい事を言うと、キミは僕たちの中でも“零士としての実力”だけを見たなら、今のところ一番下だ。駆けつけたとしても足手まといになるだけだよ」

 

 …………わかってる。自分が一番弱いってことくらい。

 零士としての才能が低く、零術もまともに行使できない……武器となるのは零気と、零気を練り上げて作る『零気の剣』。

 

 対する奴は、個人で鈴杷市を壊滅寸前にまで追い込める零士。

 パッと見ただけでも勝敗は火を見るより明らかだ。

 零士が聞いたならば、鼻で笑うような自殺行為ともとれる行動。

 

 ――でも、

 

「……」

 

 ――けれど、

 

「…………“勝てるかどうか(そこ)”じゃないって顔してるね」

 

 燁斗の体を壁にそっと置く。

 ……解かれていく手は、(いさ)めるような強さではなく、ただひたすらに身を案じてくれる慈愛(じあい)の優しさに満ちていた。

 

「ここまで散々言っといてなんだけど……、

 キミの人生はキミのものだ。

 キミの道は、キミだけが選ぶものだ。他の人の言葉なんてその人の進む、選ぶ道を増やすだけのものだ。

 だから強制はしない……さっきの言葉は僕が自分の心を安心させたいがためについた我が儘だ。聞き流してくれて構わない。

 ――けど」

 

 真っ正面からティアが試すように睨んでくる。

 燁斗を見上げるティアの瞳は、嘘をつくのは許さないと言っていた。

 

「聞かせて。キミがそこまでする理由……自分には無理だと気づいていても、無茶だとわかっていても、それでもユウトが人を助けるために前へ踏み出せる理由を――」

 

「――――」

 

 一瞬。ほんの一瞬だけ呆気に取られてしまった。

 今まで具体的な理由を問われたことがなかったからだ。

 当然のように胸の内に在って、緋月燁斗の『誰かを助けようとする際の行動原理』そのものであったため、いざ説明しようとすると悩んでしまう。

 ……数秒の間、どう説明するか考え、

 

「……多分、お前が思ってるより単純なものだぞ?」

 

「それでもいい。聞かせて」

 

 結局、深くは考えず頭に出た言葉を口にすることにした。

 

「俺が一〇年前に記憶喪失になったことは知ってるだろ?」

 

 無言の首肯が返る。出会ってまもない頃に話したことだったが、覚えていてくれたらしい。

 

「実は……一つだけ覚えてたことがあったんだ。記憶でも思い出でもない、『前の俺』が固く心に誓っていたから……『今の俺』にも残ってくれた思いが」

 

 最初は不思議に思っただけだった。

 いや……いま思えば一気に色んなものを失いすぎて、そんな些細(ささい)な気持ちを優先できなかったのだろう。

 でも……同じ境遇に置かれた優花(おんなのこ)(そば)にいて、その些細な思いが大切なものであることに気づいた。

 

 今と昔を繋ぐ誓い(おもい)

 考えてみればあまりにも幼稚で、

 人によっては余計なお世話とも、自分勝手とも取られる我が儘、

 だけど、“誇りに思えるもの”だった。

 

「――『助けられる人がいるならば、何もできずとも必ず手を差し伸べる』――それが理由(こたえ)だよ、ティア」

 

「――――――」

 

「馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけど、ホントのことなんだ。

『前の俺』の誓いなんだけど……『今の俺』も、それと同じ誓い(おもい)を抱くことができたんだ。

 怖くて、緊張したけど……あの日、勇気を出して手を差し伸べたら、笑わなかった女の子が笑ってくれたんだ。その笑顔を見てたら俺まで嬉しくなって……もういない俺も、きっと、“誰かを助けたい”と思ったからこの誓い(おもい)を胸に抱いたんだと思う。

 ――誰かが笑ってくれて、自分まで嬉しくなる。

『前の俺』が持っていたそんな素敵な思いを、『今の俺』も持てたことが嬉しくて、誇らしくなった」

 

 燁斗自身、気づいていなかったが、

 ――その口元は、緩んでいた。

 言葉の一つ一つを取り溢さないよう聞いていたティアも、その燁斗を見ていると――“嬉しそう”――そんな思いが自然と脳裏を照らした。

 

「――『助けられる人がいるならば、何もできずとも必ず手を差し伸べる』――。

 それが――今も昔も変わらない“俺”の行動原理だ」

 

 少年の理由(こたえ)が何度も頭の中で繰り返される。

 ふっ――と、ティアは口元を緩めて、

 

(キミは……見惚れるほど優しく、真っ直ぐだね)

 

 彼がこれほど感心を抱いたのは、冬菜に続いて燁斗が二人目だ。

 

(本当……これだから“人間”は大好きなんだ)

 

 自分と比べれば生きていられる時間は短く、

 得る知識も、それを元に考える時間も少ない。

 なのに人間は“僕”に学びたいと思うほどの『答え』を口にする。

 

 どれほど生きようとも、

 どれほど彼らより世界(知識)識ろ(えよ)うとも、

 

 この一点だけは(まさ)ることはできない……ちょっと、嫉妬しちゃうくらいにね――。

 

「それに、」

 

 感慨(かんがい)(ひた)っていたティアの顔が上がる。

 燁斗の言葉には続きがあったらしい。

 ……燁斗は瞳の中で、静かに過去を思い出しながら、

 

「母さんが亡くなった時に……冷たい手を握って誓ったんだよ。

 ……俺が、家族を護るから――って」

 

 それは彼にとって最もつらい記憶。

 自分たちを引き取り育ててくれた母親との死別。

 たった四年間だけだったけど……たくさんの愛情を注いでくれた母の死。

 

 その最期の別れに、母と約束をした。

 

          ◆

 

“――俺たちのお母さんになってくれてありがとう……。

 安心して……お母さんが護ってくれたように――今度は俺が、家族を護るから――”

 

          ◆

 

「だから、行かないと……家族(ふたり)のところへ」

 

 その為なら、痛みなんて乗り越えてみせる。

 ふたりを助けられるのなら、命なんて惜しくはない。

 

「――――――――――――わかった」

 

 歩み寄り、血が滲む燁斗の胸元へと手を(かざ)す。

 開いた手のひらからは(ぬく)もりを感じさせる淡い光が放たれ、胸の痛みをすーっと癒していった。

 

治癒(ちゆ)の零術で傷を塞いだから、とりあえずは大丈夫だと思うよ。

 ただ、塞いだといっても無茶すればまた開いちゃうから気をつけてね」

 

「……ティア、それって――」

 

「……僕の中にはね、二つの可能性があったんだ。

 一つは、キミの言葉に賛同できずに部屋に連れ戻すこと。

 もう一つは、キミの言葉に(ほだ)されて、一緒に戦いの場所へ向かうこと。

 結果は……見ての通りだよ。――おめでとう、ユウト」

 

 これ以上ないほどのキミの勝利だと、燁斗を褒めながら肩を貸す。

 

「まだ一人じゃつらいでしょ。僕に掴まって」

 

「……あぁ。ありがとう、ティア」

 

 小さな肩を借りて、共に歩きだす。

 

「……一つ言い忘れてた。さっきのキミの返答(こたえ)だけど、」

 

 隣を歩く少年は、(ほが)らかに笑って、

 

          ◆

 

「――とてもキミらしい、優しい思い(こたえ)だったよ」

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