胎内回帰願望《パンチーファンシー》 作:来い!ゲンスルー!
第1話
長い黒髪を持つ幼子を背負った女性が、どこか卑屈な面持ちで呟いた。
「……私が仕えている家を、滅ぼせるくらい強い人を沢山呼んでいただけませんか?」
それは背中の子供に向けた言葉だった。傍から見れば正気を疑う光景だろう。しかし女性の目は、卑屈さの奥に確かな真剣さを湛えていた。
返事を待つように、女性は息を詰める。やがて子供が背中から顔を上げた。
「あい」
その顔は、艶やかな黒髪に似つかわしい愛らしい幼子——ではなかった。伽藍洞。そうとしか表現できない虚ろな面貌。返事が本心からのものかどうかすら、窺い知ることはできない。
だが、その何かが応じた瞬間、空気が一変した。
ゴゥ……と、静謐でありながら途方もなく巨大な気配が立ち昇る。
それは天を貫き、さらにその先へと伸びていくようにも見えた。
あるいは、時の流れそのものにさえ——。
◆
ふと目を開けると、一面の白が広がっていた。
最初に浮かんだ感想は、随分と手抜きな夢だな、というもの。次いで、こんな夢を見るほど自分の頭は空っぽだったのかと、軽い落胆を覚えた。
奇妙なことに、この空間には境界がないのに歩くことができた。見方を変えれば、これは現実に縛られない創造性の表れかもしれない。案外、自分の頭も捨てたものではないのか。くだらないことを考えていると、目の前に何かが浮かび上がった。
─────
《転生者番号No.567》
──対象名:川子理莉子──
《どちらかの能力を選択してください》制限時間10秒
[自由選択:三枠]
[ランダム:十枠]
─────
詳細な個人情報とまではいかないが、紛れもなく自分の名前が刻まれたホログラム。夢にしては凝っている。私は制限時間に急かされることもなく、自然と能力選択へ進んだ。どうせ夢なら、流れに身を任せるのも一興だ。
それにしても転生者番号567番か。そんなに転生者とやらがいるのだろうか。
─────
《能力を選んでください》
[自由選択:三枠]←
[ランダム:十枠]
《選択を確認しました。以降この選択を変更することはできません。川子理莉子様が能力の対象範囲に該当するため、情報を開示します》
・この選択画面では、ある世界において"強者"と呼べる水準まで能力を選択できます(基準超過の能力は下方修正されます)
・「ある世界」とは、選択者様の知識に基づけば『HUNTER×HUNTER』の世界を指します
・選択者様は能力選択完了後、『HUNTER×HUNTER』へ転生します
・転生者の皆様は、ある願いにより原作に関わる可能性が極めて高い運命のもとに生を受けます
※原作知識は"強者"の基準を超えうるため、選択後は未来予知に類する知識は没収されます
─────
……なるほど。興味深い。この現象がいかなる原理で生じているのかは不明だが、心が躍る。現実では味わえない刺激。悪くない。
─────
【一枠目】
【二枠目】
【三枠目】
《情報開示を終了しました。三枠の自由選択能力を決定してください》
【魔術っぽいことはだいたいできる】
《一枠目の能力が確定しました。メモリ超過のため、特殊な力を持つ者に対しては効果が著しく減衰します。二枠目を設定してください》
【あらゆる技能を体験により吸収できる才能】
《二枠目の能力が確定しました》
【自己の状態を可視化できる】
《三枠目の能力が確定しました。以上をもって能力設定を終了します。選択者様の任意のタイミングで転生を実行してください》
[転生]←
─────
選択した瞬間、視界が闇に染まる。目覚めるのか、あるいは。事態を完全には把握できていないが、構わない。現実か夢か、そんなことはどうでもいい。
楽しければ、それでいい。
◆
奪うとは
心の所作な
夏の風邪
……駄作だ。だが今の私の心境をよく映している。
目の前では、大人たちが一人の子供を取り囲んでいた。一見すれば陰惨な暴行。しかしここでは、これが躾として罷り通る。
理由があれば命を奪っても構わない。だが他人から生きる糧を奪うな。それがこの場所の不文律だった。社会復帰の資格を持ちながら、ここでの生き方しか知らない者たちの吹き溜まり。スラム街とは、そういう場所だ。
なぜ私がこんな所にいるのか。自分でも見当がつかない。住民登録すら存在しないという状況は、控えめに言って異常だ。
私は遠巻きに眺めていた暴行の輪に近づき、丸くなって蹲る子供を一瞥した。そして最前列にいた男の肩を掴み、押しのける。
「オラ!子供相手にちんたらやってんじゃねえぞ!こうやるんだよ!オラァッ!」
地面に蹲っていた小さな体が宙を舞い、廃材の山に突っ込んだ。周囲から下卑た歓声が上がる。
「さすが姐さん!容赦ねえ!」
私が肩を引いた男が喚く。いいぞもっとやれ、生意気なガキは叩き潰すに限る。ここに来て、それを嫌というほど学んだ。まったく、たまらないぞ。
◆
思えばこの世界に来てから、随分と時が経った。私も最初は普通に生まれた人間だった。いわゆる転生というやつだ。あのホログラムの通りに。
初めは心底驚いた。半ば寝ぼけて選んだあれが、本当に転生への片道切符だったとは。誰が想像できよう。だが私にとって、それは決して悪いことではなかった。
現代社会という娯楽に溢れた世界だけでも十分面白かったのに、さらに追加コンテンツまで遊べるというのだ。歓迎しない理由がない。
とはいえ、その喜びも長くは続かなかった。今世の親は、端的に言ってクズだった。今時ヤクザでもやらないような真似を平然とやるのだ。私の末路がどうなるかは火を見るより明らかで、案の定、裏の臓器売買ルートに流された。
そうなれば私の存在は邪魔になる。赤子用品の購入履歴から何から、あらゆる電子記録が改竄され、私という人間がいた痕跡は消し去られた。
普通ならそこで終わりだ。だが私には、あの時選んだ力があった。我ながら語感重視の馬鹿な選択だったが、『魔術っぽいことはだいたいできる力』。これがあれば、脱出も不可能ではなかった。
催眠、認識阻害、電子機器への干渉。死の淵で必死に行使した術の数々。曖昧な定義ゆえに使いこなすのは想像以上に難しかったが、やらなければ死ぬ。何とか拙いなりに発動させ、その場を切り抜けた。そうして今、ここにいる。
もっとも、スラム街での日々も楽ではなかった。何しろ私は、この世界では捨て子ですら登録される国際人民データ機構にすら載っていない人間だ。その時点でスラムの住民以下。おまけに年齢はせいぜい五歳。
他の住民と違い、本当の意味で社会復帰の道が閉ざされた子供。スラム街においてすら異端だった。そしてそんな存在は、ある場所を連想させるらしい。
世界から見捨てられた地。流星街。噂では、何を捨てても許される場所だという。廃材でも、人間でも。私はまさにその住民に近かった。だから屈辱的なことに、ガラクタ女だの奇跡の残骸だのと、散々馬鹿にされた。
それはまだ耐えられる。だが私の、無駄に小綺麗な容姿に釣られて寄ってきた男ども。こいつらは許せなかった。だから叩きのめした。魔術で身体を強化しながら。
ただ、発動に手間取っている間にボコボコにされたのは誤算だった。それでも最終的には勝った。連中はその日から態度を改め、私を認めた。
こうして私は、この小さなスラム街の王となった。今やここで私を馬鹿にする者はいない。退かぬ、媚びぬ、省みぬ。
……でも最近、どうにも退屈だ。こいつらもクズではあるが、根っからの悪人という訳でもないのだが。
「おっ、姐さん、ガキが起きたぜ」
先程廃材の山に吹っ飛ばした子供が意識を取り戻したらしい。思考を中断し、埃っぽいスラムの空気に目を向ける。土煙の向こうで、子供が呻いていた。
元々私には関係のない話だ。手下に適当に手を振って、元いた場所に戻り頬杖をつく。最近は魔術の研鑽も、知識として残っていた念能力の修練も、どうにも捗らない。それがいけないのかもしれない。
「あー、姐さん、そういやボスんとこ行かねえの?姐さんの念具の販売、管理してんのボスだろ」
「マフィアに卸してるやつ?あいつに任せときゃいいだろ。私は作るだけでいいの」
「でもボス、前に横流しがどうとか言ってたぜ」
それを早く言え。
膿は早めに潰さないと広がる。苛立ちを覚えて、近くで子供の扱いに困っている男の頭を軽くはたき、その場を後にした。あのボスとかいう男、私を襲ってきた時から思っていたが、本物の馬鹿だ。
◆
「おーい、邪魔するぞー」
形ばかりのノックをして、返事を待たずにひび割れた扉を開ける。さすがスラムというべきか、経年劣化で砂埃まみれだ。建物の中も狭苦しく、だがスラム暮らしで培った勘がボスの居場所をすぐに教えてくれた。
「おげっ!?リリコ=マジルカ様!? ダセえ名前! いや、どうしたんすか!?」
「んー、まあそう。お前、横流ししてるんだって?」
「う、うーん。ちょっと記憶にないっすねー」
大柄な男が椅子からこちらを向き、白々しく首を傾げる。そうか、分からないか。なら仕方ない。
「じゃあいいや。最近やる気も失せてきたし、そろそろ拠点変えようかな」
「いやいやいや! なんでそうなる!? 俺たちWin-Winだろ!? 仲良くやろうぜ! 横流ししたかもしんないけど!」
「あ、したんだ。じゃあお前、ボスから降格な。マフィアとの権利関係は引き継いどいて」
「あ、あ……あぁぁぁ! バカヤロー!!」
元ボスの絶叫を背に、用が済んだので埃臭い建物を出る。接してみればクズだが、根っからの悪人ではない。ただ致命的に馬鹿なだけだ。
後先を考えられないから社会に受け入れられない。やはり去る前に、教育の場でも作っておくべきか。社会の落伍者でマフィアと繋がりがあるなど、役満もいいところだ。
手摺に掴まり、階段を下りる。スラム特有の起伏に富んだ地形を、成長の遅い身体で進む。茶髪に眠たげな目。整った顔立ちに華奢な体躯。我ながら、よくこれでスラムの連中に認められたものだ。普通、暴力だけでは反発を買うはずなのに。
そこが、ここの連中を根っからの悪人とは思えない理由だ。倫理観は崩壊しているが、本質的には悪い奴らではない。とはいえ、こんな馬鹿どもの世話を焼くために転生したわけでもない。かといって明確な目的がある訳でもなく、困ったものだ。
「よう嬢ちゃん。葉っぱ一枚どうだ」
「葉っぱね。ありがとよ、大好物だ。NGL産か?」
「馬鹿、そりゃ言わねえ約束だろ」
葉っぱを差し出しながら自分も吸っている男を横目に、受け取った葉っぱを口に咥え、ライターで火を点ける。吹き出た煙を深く吸い込んだ。悪くない気分だ。
魔術で体への害は除去できるし、むしろ意識を揺蕩わせることで術の発動が容易になる。まあ、魔術なしで吸う奴は馬鹿だと思うが。
「で、何の用だ? 別に忙しくはねえけど」
「うちの組も安定してきた。大きくもなった。お前のおかげだ、感謝してる。ここから素質のある奴を引き抜けるようにもなったしな」
「おー、まあな。それで?」
「正直、迷ってる。お前が他所に行きたがってるのは聞いた。だがお前の念具はうちの看板のひとつだ。居なくなられると困る。かといって、欲をかきすぎるのも良くねえ。マフィア映画の鉄則だ。そこで提案がある」
1、これまでの恩義に報いて、組の方でリリコの身分証を作る
2、身分証は作るが、無償ではなく定期的な取引の継続が条件
3、リリコが後進を育成した後、身分証を渡して関係を解消する
「個人的には1は勘弁してほしい。俺としては堅実な2を勧める。ただ、それでも他所に行かれないか不安はある。とはいえお前は組を育てたグランドマザーみたいなもんだ。縛り付ける気はねえ」
「じゃあ2で。これは貸しだからな? 言っとくけど、私は他にも行けるんだから」
「ああ、ありがとう。身分証の件は俺の方でできるだけ早く手配する。ただ情報の隠蔽とかは期待するなよ。申請にはある程度の正確さが要る」
「んい、了解ー」
身長差に苦労しながら、マフィアの男が差し出した手を取る。こいつはスラムの連中とは違う。頭の回る馬鹿だ。コネを作る力があるくせに、今も裏社会で燻っている。しかも私に感謝しながら、その立ち位置に満足している。
要するに私と同類の馬鹿ということだ。まあ私には仕方ない事情もあるから、まだマシな部類だが。
握手を終え、自然と解散の空気になる。私の住処はスラムの高台にあるから、街中に潜むこの男とは逆方向だ。そして先程子供を吹っ飛ばした場所でもある。
「おーい、お前ら」
急な階段脇の通り道。埃っぽさは薄れていたが、男たちと子供はまだそこにいた。騒ぎは収まったようで、なぜか和やかに談笑している。
「おー、姐さん。こいつ、馬鹿な真似はやめるってよ。捨てられて自暴自棄になってたらしい。まあ幸い、どっかのガラクタ流星女と違って住民データはあるみたいだが」
「やーい、ゴミ山の大将! さっきはよくも蹴りやがったな!」
「お前が言うなよ。冷静に考えりゃどっこいだろ」
どうやら馬鹿が一人増えたらしい。こうしてスラムは存続していくのだろう。悲しむべきなのか、本人たちが幸せならそれでいいのか。よく分からない。
ともあれ、せっかく声をかけたので軽く挨拶しておく。生活の術は、私が加工技術を専門職から盗んで教え込んである。廃品回収さえできれば、私がいなくなっても何とかなるだろう。
彼らは彼らなりに逞しく生きていく。その加工で得た金で学校を建てるなり教師を雇うなり、好きにすればいい。活かすかどうかは彼ら次第だ。
ハンターハンター本編に比べたらわいの作品はカスや。それでも読みたいものは……ここに残ってください!お願いしますセンセンシャル!(意味はよく分からない。破廉恥的な?)
更新は毎日22:00時予定