胎内回帰願望《パンチーファンシー》 作:来い!ゲンスルー!
地響きのような歓声が鳴る。単に251階あるうちのひとつのスタジアムだとは思えない熱気だった。あまりの人の数に、空調があっても香水や制汗剤の匂いが混ざり合い、あまり嗅ぎたくはない匂いが出来上がっている。だが人々はそんなことすら忘れ、スタジアム中央のリングを注視していた。
『さあ始まりました注目の一戦! 入ってそうそう200階闘士を素手で仕留めた拳のゴン! VS! 休みがちの死神ヒソカァー!』
実況の熱ある声に、会場の熱気はさらに跳ね上がる。観客は今か今かと身を乗り出して騒いでいた。そんな彼らを気にせず、まずはゴンがリングに登る。それだけで観客のテンションが最高潮に達した。
続けてヒソカもリングに上がる。黄色い声と茶色い声が二重に交差した。舞台はもう完全に整っている。だが会場の雰囲気とは逆に、本来優位であるはずのヒソカは、今回はリベンジャーだ。
なぜかといえば、ヒソカは試験でゴンに一度してやられているから。戦いに意味を見出したいヒソカは、それを戦いの理由付けに使うだろう。リング上で何事かをゴンと交わしているのも、おそらくその一環だ。
「ここからでも怖気が走るオーラ。やはりヒソカはヤバいやつですね。加えて恍惚とした表情からしてショタコンと見ました……こ、怖い」
隣で体を隠すためにパーカーを目深に被っているアニンが、ヒソカの姿に膝を抱えて震え出した。だがそれも一瞬で、少しすると落ち着き、冷静に戦局を見始める。
「大前提としてゴンくんはまだ未熟。私が見てきた限り、念能力者としては単純な技術だけなら戦闘系の中堅一歩手前。オーラ量でいえばまだまだ話にもならないレベル。ただし出力は目を見張るべきものがありますね」
アニンが端正な瞳を細めて呟いた。だいたい合っている。私の中では「戦闘とはいかに粘り勝つか」なので、ゴンにはとにかく無駄を削らせた。無駄な動き、無駄な判断。唯一意味の分かんない発想だけはそのままにしておいたが、経験を伴わない「技術」だけで言えば、今のゴンは相当だろう。
「ゴンは流の速度だけならかなりやばいから、もしかしたらヒソカにも勝てるかもなー」
「ここのルール内なら、ですね。でも大丈夫かな?」
「ん?何が?」
「いえ、なんでもないです」
ちょっとだけ心配を覗かせて、すぐ鉄面皮に戻る。これは最近発見したアニンの癖だな。外面と内面を使い分けてる感じか。なかなか可愛いところもある。戦いの結末は、さて、どうなるか。
◆
ヒソカは回顧する。思うに、自分はあの瞬間、溢れさせたのだ。目の前の獲物を狩る事で。その驚愕を、その体験を、
(ああいいよその顔♦ ゾクゾクする♠)
ヒソカの前には、硬い顔をしたゴンがいる。緊張しているのだろう。
ゴンの前にはヒソカがいる。
喜んでいるのだ。復讐という言い訳で、存分に戦えることを。
両者は向き合っている。戦うためだけに。ただひたすらに、自身を最強たらしめるために。それが結果的に、夢を続ける/叶えるための近道だから。
「ポイント&KO制! 時間無制限! 一本勝負!」
審判の声が観客の声に紛れながら響く。それをヒソカもゴンも聞き逃さなかった。
同時に、両者はもう開始を待たずして動いている。明らかに合図より早い動きだった。だが誰も指摘しない。審判も、ヒソカに向けられたオーラに、黙って開始を告げるしかなかった。
「始めェ!!」
開始と同時に、両者のオーラが激突する。
オーラ量は明らかに同等程度。
ヒソカは遊ぶ気だ。
それならと、ゴンは顔を怒らせて攻勢に出る。
最初、どうしても両者の間に位置する審判の真ん前で、強く拳を握った。
ゴンがヒソカに向かって拳を振りかぶる。
容易に躱された。
体格差の為、殴るために飛び上がったゴンの腹が無防備になる。それはヒソカの前ではご飯を差し出すようなものだ。
今度はヒソカが拳を握る。
「耐えてくれよ」と願いつつ、ヒソカが拳を大きく引き絞ってゴンの腹に突き刺した。とてつもない破裂音のようなものが鳴る。
見ていた審判も、これにはポイントコールをしようとした。だがヒソカの目線の先のゴンは、俯いていた顔を上げ、気の強い顔でヒソカを睨み上げてくる。
(いいね♦ もっと見せてくれゴン♣)
ヒソカの願いを聞き入れるように、ゴンは大きなオーラで殴られたにも関わらず、一切のダメージを負っていないかのような様子で着地する。
そして、油断しているヒソカの足を掴んだ。
自然とヒソカは目線を下にやる。
直後、ヒソカの視界は回った。物理的に。
ゴンはヒソカを投げたのだ。ただ投げるのではなく、回転を加えて。その結果、ヒソカは大衆の前で曲芸を行うピエロのような姿を晒す。
ゴンはそれにちょっと笑い、飛んだ。
そして、未だ状況を把握しきれていないヒソカに、空中で捻りを加えた蹴りを食らわせる。
空中を飛ぶヒソカ。今度は超速で落下する。土煙が舞った。
審判は状況を把握できない。だが目に見える事実から、技術点も含めてコールする。
「ダウン!&クリティカル! 1+2! ゴン3ポイント!」
ダウンで1点。クリティカル(痛打)で2点。確実に積み上げている。
上空から土煙を避けて着地したゴンは、冷や汗を拭いながら一時の優位を感じ取った。
(あと7ポイント……有利だけど全然勝ててない!)
実際、ゴンのその感覚も間違っていなかった。
土煙が徐々に晴れる。腹の奥から出る、不気味な声がちょっとずつ響いてきた。
ヒソカには、まだ笑う余裕がある。ゴンがそう確信するのも無理はない笑い声を纏いながら、ヒソカは姿を現した。
「ヒソカ!」
「クックック♥ 謝るよゴン♦ 同じ量は流石にナメてた♠ やったポイントの分、今から僕優位でやらせてもらう♦」
現れたヒソカの姿からは、やはり傷が感じられない。どころか、明らかに先程よりも纏うオーラの規模を上げていた。
笑みを深めたヒソカが地を蹴る。それによってヒソカは爆発的な推力を得た。
変わったヒソカの様子に、ゴンと言えども一歩後ろに下がる。
(いや! 逃げちゃダメだ! 正面から勝つ!)
不意打ちしかなかった過去を思い出し、今度は違うぞと踏みとどまり、オーラを練り上げるゴン。
その姿にヒソカは喜びを感じながら、全体重・全オーラを込めて拳をゴンの頬に打ち込んだ。
意識が揺れる。膝が崩れ落ち、視界が歪む。一体何があったのか。
地面を向く視界を無理やり見上げる形に直し、前を見る。
(そうかゴン♠ 君か♦)
ヒソカの目線の先には、拳を水平に振り抜いたゴンの姿があった。
これはあくまでヒソカの推測だが、おそらくゴンはギリギリまでヒソカを引き付けて油断させ、頬に拳が当たる瞬間に練っていたオーラを流で防御に充てたのだ。
そしてダメージを軽減し、脳を守ることで次の行動に繋ぎ、衝撃を回転に変えて体を捻り、頬を殴った拳の下からヒソカの顎を殴った! ここでは逆に体格差がゴンに微笑んだはず!
ゴンが追撃の為に拳を振り上げてくる。想像以上の練度。何より根性。それは賞賛に値する。が。
ヒソカは纏っていたオーラをさらに強める。オーラで補強された肉体が、ヒソカを立ち上がらせた。
ゴンの拳が、立ち上がったヒソカによって軽い音を立てて受け止められる。
ゴンは想定外に「えっ」という声を出した。
「残念♠ ハズレだ♣」
顎に痛々しい痕を残しながらも余裕のヒソカ。その姿に、観客達も熱気を潜めて静まり返る。
だがそれとは反対に、審判によるポイントジャッジはゴンに2点を与えた。
ゴンの耳にもそれが届く。
(審判の人には悪いけど、ぜんっぜん嬉しくない!)
ヒソカに掴まれた手を、精一杯暴れて離させようとするが、まったく離れる気配がない。
視線を上に向ければ、笑うヒソカの顔があった。
ヒソカが突然手を離す。
ゴンはよろけながら後退りし、直後、腹に衝撃を感じた。
「かッッ!?」
体が吹っ飛ぶ。今度は明確なダメージを感じた。だけど流は間に合っている。まだゴンが敵わないレベルではない。
痛む腹を押さえ、顔を上げる。ヒソカの顔が目の前にあった。
故に、ゴンは迷わず反射で頭突きを繰り出す。
より強大なオーラに、頭の骨が軋んだ。視界が歪む。
それでも思考を止めず、かろうじて浮かぶヒソカのシルエットを頼りに走り寄る。
仰け反ったヒソカの体が、まるでバネを仕込んでいるかのように起き上がった。
殴られる! 予感を覚えたゴンは、頭を腕で覆う。だがそれがかえって仇となった。
顔を隠したゴンは、その一撃に対する反応を若干鈍らせた。打撃が来ると思っての早すぎる反射。
だがヒソカはそれをゆっくり見定め、ゴンがあまりにも早く頭を固めた段階で、「時間を掛けても構わない」と蹴撃に切り替えた。
結果、ゴンは初めてまともに一撃を食らう。
リング上をゴンの体が舞った。
そしてそれでヒソカの攻撃は終わらず、弾むゴンの体に飛びかかり、上から押し潰そうとする。
だがゴンは奇妙なほど早い復帰で、上から来るヒソカの攻撃を、横に体を飛ばすことで避けた。
(目だけじゃなくてオーラで察知! それはもうゼビル島でやった!)
だが防御はしてもダメージは否めず、リングの端にいる審判がヒソカに3点、ゴンに2点を付与した。両者とも、これには異論がない。
ヒソカの追撃は続く。状況は7-3でゴン有利。だがヒソカの蹴りが、かすりはじめる。
ヒソカを相手にするには、リングは狭すぎた。
だがそれはヒソカも同じ。ごく限られたルールの中で戦わされているヒソカは、興奮する。
(ゴン♠ 君を壊したい、壊したい)
壊したい!
リングに線状のヒビが入る。
ヒソカの視線の先で、ゴンがヒソカの上段からの攻撃を身を翻して躱しているのが見えた。
一歩、踏み出す。逃げていたゴンが踏みとどまった。
拳を振りかぶる。ゴンも合わせて拳を握る。不利なのは明白なのに。
「ゴン!クリーンヒット! ヒソカ!クリーンヒット! 8-4!」
殴り合いの結果、ゴンが吹っ飛んだ。
しかし飛ばされた先でゴンはすぐに地面に降り立ち、ヒソカを睨む。
血が巡るのを、ヒソカは感じた。
そして、そんなまだ何も分かっていないゴンに見せつけるように、指を自分側に向かって強く引っ張った。
その瞬間、ゴンはヒソカに向かって、自ら飛んでいくかのように引き寄せられた。
ヒソカの拳が引き絞られる。体勢が崩れたことで、ゴンは反撃を封じられた。
取れる手段は防御のみ。ゴンは今度こそ殴りが来ると見て頬にオーラを集めつつ、ヒソカの能力をおおよそ予測する。
だが予測していようと、避けられないものは避けられない。ゴンの頬はヒソカの拳に引き寄せられ、殴り飛ばされた。
(いい反応だゴン♠ でもそんなに耐えられると……うーん♣)
迷うなァ。殺すか。生かすか。
ふたつにひとつ。
どちらかしか選べないって。
ならばヒソカは───。
(殺すのが、正解なんじゃなーい?♥)
頭が、一気に沸騰する。興奮が最高潮に達する。壊す前の、えも言われぬ快感。下品の極み。それをヒソカは味わう。
近くでその様子を見た審判は、恐れおののいて腰を抜かした。
ヒソカが身を屈める。ゴンはその間に立て直す。
そしてヒソカは、跳躍する。
オーラはこれ以上纏わない。
ただ殺す! 殺さなきゃいけない!
ヒソカにはなんとなく、そんな予感があった。
ヒソカの殺気に、ゴンが顔を硬くひきつらせる。
(それイイ!♣ いいよ!♠ だから頼むから!♦ イマココで死んでくれ!♥)
ヒソカの拳が、硬直したゴンの頬を捉えた。それでも流は怠っていない。
ゴンが吹っ飛ぶ。そして飛ばされた先で着地した。
構わない。ヒソカはその勢いのまま、着地でよろけるゴンを狩るように拳を幾重も叩き込む。
だがそれは、これ以上ない窮地に顔を強ばらせるゴンによって、ギリギ
リ躱される。
どころか、命の危機が迫ったことで、ゴンはヒソカに対して一撃を返した。
あまりにも凄まじいポテンシャル。反応が遅れたヒソカは、ダメージこそ大したことは無いが、ゴンに点を与えてしまった。
ここで審判が、ようやくこれまでの攻防の点数を読み上げる。
「ヒソカ! クリティカルダブル! ゴン! クリーンヒット! 9-8!」
審判がコールする。だがその間も、ヒソカの興奮は収まらない。
ゴンの拳で顔を逸らしたヒソカは、ぐりんと顔を正面に戻し、殺気立った自分を警戒するゴンを見つめた。
そして何を考えたのか、突然構えを解き、ゴンの周りを時計回りに疎開し始める。
困惑が観客席に広がった。
だがゴンの目には、確かに映る。無数のヒソカが。
これはキルアの
なぜヒソカが。
そう思う間もなく、ヒソカの幻影はゴンの目の前まで迫ってきて、それで───。
(僕の勝ちだよ♦ゴン♠ じゃあね♥)
突然の、真正面からの暗殺技術に、ゴンは反応しきれない。
そこを狙い、ヒソカはゴンの頭を足で地面に叩きつけた。間違いなく意識を刈り取ったはずだ。
静かになった舞台で、ヒソカは足を上げる。
審判がコールをするより前に、足をギロチンのように落として。最後にゴンの首を飛ばす光景を見る。
そのはずだった。
「───ヒソカ! クリティカル&ダウン! 9-11! 勝者ヒソカ!」
ヒソカの足は地面を砕いた。そこにゴンの姿はない。
観客は「そういうパフォーマンス」だと思っただろう。さすがの死神も子供を殺す気はないよ、という。
だが違う。ヒソカは間違いなく殺す気だったのに……。
ヒソカは視線を観客席に向ける。
誰もが熱狂に飲まれる中で、彼女だけが冷静に指を前に出して構えていた。
(やっぱり君は好きになれない♦ リリコ♠)
特に前半はここら辺の折り返し地点〜後半に向けて見せ場が少ないからこんな事に……まま完結はちゃんとするからあらすじ履行することもできるので多少はね?
期待外れだったら申し訳ねぇ。