胎内回帰願望《パンチーファンシー》 作:来い!ゲンスルー!
ゲーム機の前に立つ。魂の中で、生命の鼓動をかすかに感じた。さっき病院から拾ってきた患者だ。思っていたよりずっと若い。ぱっと見は玉の輿案件にしか見えないが、あれだけバッテラが入れ込むくらいだ、そう単純な話でもないのだろう。
背後ではアニンが「早く早く」と急かしてくる。仕方ないので、私はさっさとゲーム機に手を添えた。バッテラ所有の城から移してもらったゲーム機が、まとわせているオーラをわずかに揺らす。私のオーラと、ゲーム機のオーラが触れ合った。
参加の意思を込めて練を高めた瞬間、視界が切り替わる。
◆
白黒に発光する空間。目を開けると、私はそこにいた。なかなか趣のある空間だ。周囲の壁に軽く触れてみる。一部は自動ドアのような構造になっているらしい。多分、あそこが出口だ。
私は壁から手を離し、その方向へ歩く。扉っぽい部分の前まで行くと、静かに開いた。
その向こうに通路が現れる。チュートリアルへの道ってやつだろうか。私は誘導に従って歩いていく。少しして開けた空間へ出た。そこにh、不可思議な格好の少女が立っていた。
「G.I.へようこそ。名前を設定してください」
抑揚の少ない声。いかにもチュートリアル担当といった感じだ。名前ね。まあ適当でいい。
「ほしリリコほし、で」
「☆リリコ☆様ですね。チュートリアルはお受けになりますか?」
「なります。よろしく」
返答はかなり滑らか。念能力的観点から、ゲーム内のNPCが相当少ないか、この少女が製作者側のどちらかだな。ジンが作ったって話だし、転生者は関わってないだろう。
私が頷くと、チュートリアル少女はゲーム内ルールを一通り説明してくれた。具体例を交えつつ、わりと柔軟に教えてくれる。重要なところだけ頭に入れておけば十分だろう。
・ゲーム内のアイテムは、念でカード化できる。
カード化したものは、そのままだと一分ほどで元のアイテムに戻り、基本的にそうなったら二度とカードにできない。
ただし「ブック」と唱えてバインダーを具現化すれば、そこにカードを収納して保存できる。
もうひとつ「ゲイン」という魔法があり、これはカードを再びアイテム化するときに使う。当然、一度ゲインしてアイテムにしたものは、もう二度とカード化はできない。
つまりゲーム内で使える魔法は「ブック」と「ゲイン」の二種類。
それからカード化の限度枚数。これはレア度に応じて入手可能枚数が決められている、と解釈した。カード化の上限に達したアイテムは、拾ってもカード化できない。
クリア条件は「指定ポケットカード」のコンプリート。指定された100種類のカードを集めればクリア、ということだな。そしてブックの容量は、指定ポケットがちょうど100種ぶん。攻略補助用のアイテムを入れる「フリーポケット」が45種ぶん。
ブックは、もう一度「ブック」と唱えれば消える。ゲームがプレイヤーを識別するのは、開始時に配られる指輪。基本的に、その指輪がなければ魔法は使えず、セーブデータも指輪に保存される。
ゲーム内で死んだら現実でもアボン。当然、セーブデータ入りの指輪も破壊される。
以上。
◆
チュートリアル少女の説明を聞き終え、礼を言って別れを告げる。彼女に示された階段を下りた。自然光が差し込んでくる。目を細めながら、あたりを見回す。
一面の草原。風が頬をくすぐる。ほんの少しだけ、新鮮な気分を味わう。そして、私は一歩踏み出した。アニンとは、ここからしばらく別行動になる。私には私の仕事があるからだ。
一歩草原へと踏み出して──そのまま一気に加速する。景色が流れ、まわりの時間の針だけが早回しになったみたいに感じる。連絡はもう回してある。待ち合わせ場所は北のアントキバのさらに上、人っ子ひとりいない岩石地帯。
スタート地点で一瞬感じた視線の数々も、私の姿を見失ったのか、もう何も感じない。念での強化に身体強化を重ねれば、ヒソカとも正面から殴り合えるのだから当然だろう。なんだかんだで、ヒソカは今まで見てきた中でも有数の強者だから。
……だからといって、それを本人にだけは認めたくないのが、人徳ってやつか。思い出したらムカついてきたので、さらに脚の回転を上げる。アントキバの街並みが見えてきた。迂回すると時間のロスが大きい。
なので飛ぶ。オーラで全身を強化し、草原を踏み抜く。足が大地を掴んだ。身体がバネのようにきしむ。走っていた時の運動エネルギーごと足元に込めて、そのまま跳躍。
空気の層が裂ける。音が限界を超えた。飛行機になったみたいな感覚。眼下では、しょぼくれたオーラを纏ったおっさんが私を指さして何か叫んでいる。
そんなのを横目に、私は飛行魔術も交えつつアントキバを飛び越えた。なんにせよ、仕事は早く終わらせるに限る。
◆
途中、ゲーム内モンスターを振り切りながら岩石地帯へたどり着く。景色が、ヒソカとやり合った時の荒野を思い出させて、少し眉をひそめる。
約束の場所には、ちゃんとそれぞれの組の代表が立っていた。ふたりとも、あんまり仲が良さそうには見えない。
それでも気にせず、私は男達のあいだに入り込み、約束のカードの受け渡しを要求する。男達はそれぞれ違う反応を見せたが、少なくとも片方は、すぐさまカードを差し出してくれた。
「これがお求めのカードだ。収めてくれ」
岩山の麓に、落ち着いた男の声が響く。マネーハンター、ツェズゲラ。髭をたくわえた顔は精悍で、良い歳の取り方をしているのだろう。
纏っているオーラは多くないが、練度の高さが見て取れる。私は約束通り、念空間からアタッシュケースをいくつか取り出した。もちろん、ここで即渡しするわけではないが。
「ま、待て! 待ってくれ!いくらなんでも大天使の息吹を渡すなら、ちゃんとした話し合いを経てからにしてくれ! あんただって分かるだろう!? ツェズゲラが出したのはSランク! 上から二番目とはいえ、まだ取れない代物じゃない! 対して大天使の息吹はSSだぞ!?」
痩せぎすの男が、半ば喘ぐように叫ぶ。地面を強く踏みしめているあたり、相当納得がいってないらしい。少し離れた位置にいた彼は、即決したツェズゲラに「お前とは事情が違う」と噛みついた。
「はぁ……あのねニッケスくん。これは正式にバッテラ氏が決めたことなんだよ。クリア報酬の代替を見つけたから、とね。第一、我々はきちんと報酬を貰う契約になっている。それを今さら疑うのは、バッテラ氏の契約そのものを疑うのと同義じゃないかね? 信用できないなら、君は何のために彼に雇われている?」
鋭い指摘だ。バッテラとはすでに契約済み。魔女の若返り薬に50億。大天使の息吹に500億。さらに私への協力料として250億。あとから来た私が目立つのは気に入らないかもしれないが、実利は十分すぎる。
「わ、わかってるさ。だが、あまりに達成感がなさすぎる。この上クリア報酬が別途で存在するなんて、考えられない。やはりそこの少女とバッテラが共謀しているようにしか思えない。ツェズゲラ、お前だって騙されているかもしれないんだぞ?」
「騙す? 今さら我々を? 仮にそうだったとしたら、むしろ感心するがね。理由は聞いただろう? ずっとゲームに執心してた君にはピンと来ないかもしれないが、世の中には“愛”というものもあるんだよ、ゲーマーくん」
「……や、やはり信じられない。愛なんて馬鹿らしい。大富豪のバッテラがそんな理由で動いていたなんて、どこに証拠がある? なぜ今まで誰も気づかなかった? それが答えなんじゃないのか?」
これまた鋭い。混乱しつつも、ニッケスは身振り手振りを交えて感情と理屈を立ててくる。長年、念能力者同士が競い合うゲームを張ってきただけあって、勘は悪くない。私だって、バッテラの経歴には疑問点を感じてはいる。
それでも、バッテラ本人に黒さは見当たらない。それだけは断言できる。それに大富豪だからこそだ。知られたくない事もあるだろう。
「あー……なんかレスバ真っ最中のところ悪いんだけどさー、事実だけで話そ。妄想で盛るのやめろって。ここに金がある。私はあんた達に渡す。私も協力金を貰う。みんなハッピー。それに言っただろ? クリア報酬は別口でちゃんと残してあるって。達成感が欲しいなら、ゲーム続けりゃいいだけだろ」
無駄な議論だ。情報も何もない相手の能力を、憶測だけで警戒するのと同じ。そんなことしてたら、この世界で誰も信じられないし、生きていけない。要は、それだけの話。
「え、あ、だ、だが! ……いや、そうなのか? ……そう、かもしれない。一人で来た重圧と大役に預かって錯乱していたのだろうか……」
…………。
「これは、この辺でやめておくべきだな。……だがツェズゲラ、ひとつ約束してほしい。あんたも大天使に手が届いてるはずだ。引換券を持っているだろう」
「ああ、持っているとも。それがどうかしたかな?」
「奪取対策に複数枚持っているはずだ。そのうち一枚が大天使の息吹に変化したなら、こちらに寄越せ。それを、この少女に大天使を渡す条件にしたい」
「……いいだろう。思ったより冷静じゃないか、ニッケス」
「ほざけ」
ニッケスとツェズゲラが、男同士の皮肉を投げ合う。ライバルというか、面倒くさい腐れ縁って感じだ。問答が一段落し、ツェズゲラから顔をそらしたニッケスが、今度は私の方へ向き直る。そして、大天使の息吹を吹っ切れたような顔で差し出してきた。
「確認してくれ」
さっき、偽カード対策としてツェズゲラから預かったランクDのカード「聖騎士の首飾り」をゲインし、それを魔女の若返り薬と大天使の息吹にかざす。ブックの指定ポケットに入れた二枚とも、透かしの反応は問題なし。そう簡単に偽造できるもんでもないし、これで確定だ。
「OKー。じゃあ金はバッテラ経由で受け取っとけよー。私はさっさと治療してくるからー!」
ギスギス男コンビに軽く手を振り、その場を離れる。ひと跳びで岩山をいくつか越える。景色は変わらないが、人の気配は消えた。この辺でいいだろう。
《
ツェズゲラのお口の悪さ装着。酷い(т-т)