胎内回帰願望《パンチーファンシー》 作:来い!ゲンスルー!
夜の闇の中で火を囲む。川岸の薄ら寒い空気に、陽炎が暖かな風を生み出していた。念能力者といえども結局は人間だ。代謝が違うリナウジは別として、人間にとっての適温が一番心地いいのは間違いない。
それでもわざわざ冷たい空気が流れる川岸にいるのは、日が暮れる前までそこで魚を獲っていたからだ。今でこそ月光を反射している水面も、ついさっきまでは陽を浴びていた。そろそろ冬ということだろうか。
「スペルカードはニッケスらのグループ、通称ニッケス組がほとんどを所有してる。やつらは攻撃系のスペルで囲んで叩くタイプだ。でもだからこそ、私達からすれば怖くない。やつらは烏合の衆。しかし数が多いってのは、カード化限度枚数があるこのゲームじゃ反則級だわね」
ビスケの言う通り、クリア報酬という争いの種がありながら「組むしかない」側に回っている連中は、そこまで怖くない。本来、協調性があるのは悪くないが、報酬が限られている中でそうするしかないというのは、「自分一人じゃ貰えない」と言っているようなものだ。
加えて攻撃系スペルが、基本的にカードに関する効果しか与えられないのも大きい。所詮スペルカードでハメるといってもそれだけしかできないから、スペル攻撃がスペルカードでしか防げないにしても、対応するスペルさえあれば凌げる。またスペルカードの効果範囲外に逃げれば攻撃は掻い潜れるので、そういう意味では単純な数も決定打にはならない。
それでもやはり問題なのは人数だ。あまりにも人が多すぎて、入手が難しい指定ポケットはともかく、入手が容易な指定ポケットは独占こそされていないものの、ほぼ食い荒らされている。
つまり、カード化限度枚数というシステムの限界だ。これには私達も頭を悩ませるしかない。そばで焼き魚を食べているアニンとリナウジも困り顔だ。もちろん、どう考えても運営側が対処しておくべき問題なのだが、そういう仕様で初めから作られている以上、文句も言えない。
それでも何とかしようとするなら、もう力でどうにかするしかない。幸い向こうは烏合の衆だ。
仮に一流が一人や二人紛れていようと、暗黒大陸原産疑惑があるほどの潜在能力を持つ私達と、経験豊富なビスケが連携すれば、潰すだけならわけはない。だがそんな真似をするくらいなら、いっそプレイヤーを一掃したほうがまだ筋は通っている。私達はそういうことをしたくてゲームをしているわけじゃない。
「まあカード化限度枚数問題は後回しでいいでしょう。食い荒らされているといっても、まだゲームは成り立つ程度です。それよりも、アレキサンドライトの独占を優先するべきです。まだ集まっていないんでしょう?」
「そうだわねー。こう、しょぼくれたやつが名乗り出てくれればいいんだけど、そういうやつほど注目されるのを嫌うだろうからね」
「うん。おれ達が『
どん詰まりの空気に、この場にいる全員が渋い顔をする。ニッケス組はあくまでハメ技がしたいだけで、他プレイヤーを追い詰めすぎたら自分達がジリ貧になるのは明白だから、高位の攻撃系・防御系以外はそこそこ入手しやすい。
それでも『
「じゃあ、とりあえず指定ポケットカードを集めるとして、トレードショップで情報を買えるAランク以下を集める組と、Sランク以上を集める放浪組に分けるのがいいんじゃねーか?」
「うむ、それが理想的だわね。そしてパワーバランスを考えると、私とリナウジが念の実力では頭抜けてる。だから編成は……私とリリコ、アニンとリナウジ!」
私とビスケが放浪組。リナウジとアニンが定住組。パワーバランスはかなりちょうどいい感じだろう。ざっくり言えば、バランス型の放浪組に、特殊パワー型の定住組。
数時間前の魚獲りである程度お互いを知れたし、仲は行動しながら深めていけばいい。収集中に連絡を取ることもあるだろうから、なかなか理想的な編成だった。人格的にも相性は悪くない。というか、相手がヒソカでもない限り、基本トラブルにはならないので問題ないだろう。
編成が決まったあとも、私達はゲームのことから現実のことまで、夜が更けすぎない程度に話し合った。聞くところによると、リナウジは元いた部族が興した会社の副社長らしい。
彼ら部族にとってリナウジはまさに象徴のようなもので、いるだけで部族を宣伝してくれる歩く広告塔だから、旅に不自由しないよう収入源として世話になっているそうだ。
その強さも頼りにされているのだろう。リナウジは不労所得を得ているようだった。まあそれは申し訳ないからと、貰ったお金には手をつけず、日雇いの仕事で旅費を稼ぎながら旅していたらしいが。
うーん、家族愛。今世の私の母親にも見習わせたい。まあ、いい人だったらそれはそれで赤の他人だから、苦労していたんだろうけども。
◆
夜も明けた空の下、私達放浪組は近くにあったという理由でマサドラに寄り、準備を済ませていた。主に用意したのは生活用品で、あとは万が一のときの資金。それで準備は整ったのだが、ビスケの一声もあって、スペルカードを買いにカードショップへ向かうことになった。
道を歩き、店の前で並び、扉を潜って店員に声をかける。ゲームらしい定型の受け答えを聞きながら、1パック3枚入り10000Jのスペルカードパックを買った。
このゲームでは10000J札がゲーム内通貨の最大だ。そしてそれはカード化していないと使えない。つまり、私達は持ち金最大まで20パック、計60枚を買い、それを開封することにした。
今のフリーポケットの空き個数からすると少しはみ出すが、店内から出なければカードは消滅しない。時間はかかるが、ここから厳選開始だ。最終的には30枚ほどに絞る算段である。
パックの開封はそうして始まった。というか、こうでもしないとレアカードは得られないので、ある意味常套手段だ。
そのうえでスペルカードは「常用してなんぼ」の類だから、ここに関してはニッケス組みたいな集団が独占を狙っても、攻撃系を除けば枯渇することはそうそうない。
「ちょ、ちょっと見なさいこれ! リリコ! これ! これ!」
隣で一緒にパックを開けていたビスケが、急に慌て始めた。私は無心で床に座ってパック開封に集中していたので、その声で強制的に現実に引き戻される。なんだか鬱陶しい。
それでも一応先輩なので、慌てながら指差しているカードを覗き込む。なるほど、慌てる理由もわかった。
「んぉ、『
「ど、どうしようどうしよう。今すぐ使う? う、うん、絶対それがいいわさ! えーと………どこに使うのがいいのかしら?」
自分で「それがいい」と言っておきながら、まるで使用法を考えていなかったビスケ。可愛いところを見つけた。おばあちゃんみたいだ。そりゃあまだ指定ポケットも全然埋まっていないんだから、使うも何もない。
「現状、攻撃呪文握ってるハメ組が烏合の衆だし、別に自分達で使う必要なくねーか? 例えば取引に回すとかさー」
「あ! それだわさ! あんたいいこと言うだわね。特別に弟子にしてやってもいいわよ」
「おお、それは本気でありがたい。検討しておいてくれよー」
「……そこまで言うなら、考えなくもないわさ」
本当は冗談なんだけど、とでも言いたげな顔をしている。だが検討してくれるなら越したことはない。ビスケは単純な体術だと、私なんかとは比べ物にならないだろうから。
パック開封の結果は、Sランクの『
あとは『
◆
「ほんと? いいの? なんかの罠じゃないだろうね? じゃ、ありがとー。これは貰っていくわね」
アスタ組。集めた指定ポケットは60種を超える。比較的上位の組といっていいだろう。取引相手としては悪くない。場所は、崩れた家屋が目立つ廃墟の村落ち。そこでお互い待ち合わせをして、Sランクカードの交換をまさに今行ったところだ。
こちらが『
「はーい、じゃあなー。いい取引だったぞ」
「あんた達も、せいぜい精進することね。もっといい取引相手になることを願ってるわ。じゃ、『
アスタがこちらを振り返り、手を振ってきた。私もそれに応じて手を振り返し、その後ろ姿を見送る。
少し離れたところで土を踏みしめたアスタは、「ブック」と唱えてバインダーを出し、カードを取り出して効果を発動。空に一条の光が走った。移動系スペルの軌跡だ。隣のビスケは、何か感慨深げに頷いている。
「うんうん。なんだか得しちゃったわー。スペルカード、買っておいてよかっただわさ」
それには同意だ。少し前にアニンから聞いた話だと、カードショップには根気よく並ばないと、そもそも店に入れないらしい。それを思えば、ちょっと並んで20パック買えたのは運がよかった。
また最近は、ニッケス組が本格攻略に動き出しているという情報もあったので、あいつらの手がスペルカードに届く前に確保できたのも大きいだろう。
アスタボンバー!(チチでけーな)