胎内回帰願望《パンチーファンシー》   作:来い!ゲンスルー!

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第3話

水滴の落ちる音が響く。辺りを支配するのは静寂。雰囲気だけは一丁前だが、影ひとつ動かない。廃墟街。こんな治安悪化の温床になりそうな場所をなぜ残しているのか。まあ、都合がいいからだろう。

 

「おお! 久しぶりだな団長! 隣のちびっこいのは新入りか!? 格別に弱そうだなァ」

 

放置された廃墟のひとつから、顔を覗かせた大男が見た目通りの豪快さで笑みを浮かべる。どうやら隣にいるクロロの仲間らしい。失礼な奴だ。まあ弱いのは事実だが。

 

「気をつけな。ああいう表面しか見ないタイプは力は強いけど頭が弱いから。何されるか分かんないよ」

「へー。マチ姉さん、さすがだなー」

「……褒めても何も出ないよ」

 

「て、てめえマチ、聞こえてるぞ! だいたいおめーも同類だろーが! どこに違いが——っウォォォ!?」

 

喚き立てていたゴリラが宙を舞った。マチの方を見れば、どこから取り出したのか、糸を束ねて引っ張っている。

 

「……これがあたしの念能力。教えても問題ない部分は団員同士である程度共有してるから、もし入るなら覚えときな」

「念糸かー。応急処置とかに結構使えそうだな。面白い能力」

 

対して大男の方は見るからに肉弾戦タイプの強化系。オーラを変化させるマチと比べると、確かにおつむが弱そうだ。

 

「マチ、ウボォーを下ろしてやれ……どうやらここにいるのはウボォーだけらしいな。まあいい。ウボォー、こいつが新入りのリリコ=マジルカだ。本人の申告によると、ダサい名前が特徴らしい」

「んん、マチの糸はやっぱ結構硬えな。それで、リリコなんたらだって? んー……なるほど、マジカルか。ダセえな」

 

なんかムカつく。

 

大男ことウボォーとの距離は二メートルあるかないか。年齢相応の体格ゆえ、こちらが見上げる形になるのは仕方ないが、それにしてもでかい。二メートルは余裕で超えている。もう少し成長すれば私も身長を弄れるようになるが、これはもはや巨人症の領域だ。

 

「なかなか可愛い顔してるじゃねえか。俺たちゃ蜘蛛だぜ? しかもクソ野郎の集まりだ。拷問係ってやつもいる。それでも入んのか?」

「あ、じゃあ私入るの辞める」

「そうかそうか、そんな覚悟があんのか……って、ん? 今てめえ辞めるって言ったか? ……じゃあ殺すしかねえな」

「あ、はい。入らせていただきます」

 

ウボォーがオーラを滾らせ、殺意を滲ませてくる。とんでもないオーラ量だ。態度こそ冗談めいているが、想像以上の化け物である。

 

何なんだこの状況は。いっそ逃げるか? クロロは謎の執着で追ってきたし、唯一の良心かと思われたマチはこんなイカれた奴の仲間だし……やはり逃げるか?

 

「まあ待て。そう結論を出すのは……」

 

クロロがウボォーに歩み寄り、肩に手を置く。今私の隣にいるのはマチだけ。これはやはり、逃げるしかない。これ以上の好機はない。

 

故に、私は即座に堅の状態へ移行し、通常以上のオーラを纏った。そしてそのオーラでもって、隣にいるマチを蹴り飛ばす。

 

——防御された。だが吹っ飛ばしはした。これで私の周囲には誰もいない。逃げるには十分だ。

 

懐の手軽な設計図(シンプルライト)

 

 魔術式

 

迷い子がいない負け犬の思想(ディターミナント・オブ・ラビュリントス)

 

魔力とも精神力とも呼べる不可思議な力が、瞬く間に周囲一帯を包み込んでいく。これは大魔術に分類される所業だ。本来、瞬時の発動は難しい。だがそれを可能にするのが『懐の手軽な設計図《シンプルライト》』の能力。

 

「どうやら早かったようだな、ウボォー」

 

満ちた魔力が地響きを演出する。同時にその震動が確かな足取りを崩し、動きを一時的に封じた。生まれた隙に、魔術は発動する。地面が特定の形にせり上がっていく。

 

どんどんと石壁が築かれていく。たまたま交わされたクロロと私の視線も、石壁に阻まれて途切れた。

 

やがて周囲一帯が完全に石壁で覆われると、私は残された通路に沿って悠々と外側へ向かう。要するに迷路だ。シンプルライトは大したことのない能力だが、唯一、魔術にも制約と誓約を適用できるという点では優れている。

 

「ウォォォ! うぉ!? 硬えぞこれ! オレのパンチで崩れねえとはやるなぁ! おいリリコ! すぐてめえのそっ首引っ捕まえてやるから待ってろよ! 楽しくなってきやがったぜ! うぉぉぉ!」

「ちょっとウボォー、うるさい!」

 

……制約と誓約を適用できるという点で優れている。何やら連中、イカれているからか動揺するどころか楽しんでいるようだ。やはり逃げて正解だった。

 

しかし、これを使ってしまったのは痛手だ。

 

相手に危害を加えない代わりに迷宮の強度を高め、構造を変えられず、魔術で迷宮を作る時は今作ったものと同じ構造しか作れないという制約で発動速度を上昇させている。

 

つまり実質、一発芸の魔術。そのおかげで一度は確実に逃げられるが、二度目は通用する保証がない。だからあまり使いたくなかったのだが、仕方ない。

 

迷宮の壁に手を当て、脳内で記憶している脱出路の通りに進む。後方では今もウボォーの拳が発しているであろう轟音が響き渡っていた。この分なら追いつかれることはないだろう。

 

超破壊拳(ビッグバンインパクト)ォ!」

 

——背後で、何かが砕ける音が響いた。同時に、背中を強い圧が襲う。万が一にも容易には抜け出せないよう密閉空間に近い状態にしてあるため、破壊の衝撃から生じた風が私の足元を撫でた。

 

おそらく発による攻撃。それにしてもふざけた威力だ。実際の強度は自分では干渉できないので分からなかったが、少なくとも大口径の弾丸でも通さない程度の硬さはあったはずなのに。

 

……背後でまた音が響く。今度はより近くに迫ってきている。だが私の現在地までは来られないはずだ。しかし迷宮の外で出待ちされると終わる。早く抜けなければ。

 

だが、後ろで鳴り響く音は予想を覆すように私の方へと近づいてくる。まずいと足を速めても、その音はむしろペースを上げて追ってきた。

 

明らかに狙われている。さすがに勘づかざるを得なかった。だが、だからといって何もできず、音が近づいてくる予感を感じながら、ただ迷宮を抜ける時を待つしかなかった。が——

 

「おら、開通したぜ団長。こりゃオレがいなかったら逃してたな。見たところそれなりに制約は多そうだが、肩慣らしにゃ悪くなかったぜ」

 

石が弾ける音。背後の壁が崩れ、煙が舞う。崩れた衝撃で石弾が凄まじい速度で飛んでくる。それを何とか避けると、次は煙の中から大男が這い出てきた。さらにダメ押しとばかりに、クロロやマチまで。

 

私はその間、動けなかった。動かなかったのではなく、動けなかった。体を縛られていたからだ。まさかここまで応用が利くとは思わなかった。マチの糸だ。てっきり応急処置や拘束程度で、私とは相性がいいと思っていたのに。やはり油断は良くない。

 

「蹴った仕返し。あたしの糸、遠くにやると強度は落ちるけど、逆に強度が落ちてもいいなら数十や数百メートル程度わけないから」

「よくやった、マチ、ウボォー。これでようやく腰を据えて話せるな」

 

マチが私に蹴られた瞬間に糸を刺して追跡、壁をウボォーが破壊し、普通では追いつけないはずの私を完全に捕捉。あまりにも運が悪い。マチはともかく、たまたまいただけのウボォーが壁を破ってくるなんて悪夢だ。

 

「まだ何か用があるのか? 私は一抜けってもう言ったぞ? あくまで体験入部で、気に入らなかったら辞めるとも言ったしなー」

「おいおい、つれねーこと言うなよ。おめーが作った迷宮を攻略するのは楽しかったぜ? もっとなんかあんだろ? 見せてくれよ、なあ?」

「そう虐めてやるなウボォー。リリコが言っていることも一理ある」

 

お前は何なんだクロロ。味方なのか敵なのか。今のところしっかり中庸なマチが一番まともだぞこの中で。だいたい蜘蛛といえば、確か最近大暴れしているイカれ集団だし。むしろなんでマチがその集団にいるのか。わけがわからない。

 

「そりゃねえぜ団長。まさか逃がすのか? こんなふてぶてしいガキ、そういねえぜ!?」

「分かっている。だが入団させるなら、できるだけ納得の上で行いたい。それを今考えてる……難しいな」

「団長、あたしの糸は長くもたないよ。こいつ、周囲にかなり強力な結界みたいなの張ってるから」

 

目の前で話が割れている蜘蛛一同を眺める。こんな状況でも逃亡はほぼ不可能だ。体に巻きついている糸はどうにかできるが、その後がどうしようもない。仲間になるしかないか。

 

「分かった。降参。私、仲間になるよ。っていうか仲間にならないとそこのゴリラに殺されそうだし。それは勘弁だからな」

 

体の周囲に張った結界を軋ませていた糸が切れ始め、少し自由になった体で手をひらひらと挙げる。詰みだ。ここからは抵抗はできても対抗はできない。残る選択肢は殺されるか、この通り降参するかだけだろう。

 

「ほう、賢い選択だな。こちらも説得の方法を考えなくて済む」

「なんだぁ? てめえ入団するのか? けっ、つまんねーな。しかしこんなちっこいのがなぁ」

「じゃあどうする? この子まだ小さいし、教育係とかつけた方が良さそうだけど。あたしがやってもいいよ、暇だし」

「それはおいおい考えればいいだろう。とりあえず他のメンバーと顔合わせをしないとな」

 

私の知らないところで勝手に話が進んでいく。まあいいけど。私に主導権はないし。でも他メンバーとの顔合わせは怖い。ここまでで既に何を考えているか分からないクロロ、戦闘狂のウボォーと来ているから、次には何が来ることやら。

 

とりあえず話はまとまったようで、迷宮を解除するよう要求された。私はそれに応じ、迷宮を解除する。解除自体は一瞬で終わった。だが解除した瞬間、私たちの前に広がったのは青い空——ではなく、黒い天蓋と瓦礫の山だった。

 

「やべ、忘れてた」

 

私が使用したのは、あくまで総合的に見て大魔術に分類される魔術式。本物の大魔術そのものではない。だから異空間とか非物理的な領域に影響を及ぼすのには限界があるし、かなり難しい。つまり何が言いたいかというと、こんな廃墟地帯で大規模な物理現象を起こせばどうなるかは馬鹿でも分かる話だった。

 

「う、ぉぉおおおおお!?」

 

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