胎内回帰願望《パンチーファンシー》 作:来い!ゲンスルー!
最近見慣れた寂れた廃墟群を眺めながら、マチに連れられて蜘蛛——幻影旅団の新しい仮宿に辿り着く。ここ数ヶ月は顔見せの段階だからか、特に旅団関係の仕事は振られておらず、楽をさせてもらった。
マチに修行も見てもらったので、かなり有意義な期間だったと言える。だがそれも今回の顔見せで最後となる。残念だ。
「出てきなシャルナーク。いるんだろ? 新人をいびるのも程々にしときな」
隣のマチが仮宿の廃墟の闇に一歩踏み出し、声をかける。一見すると何もない場所に向かって言っているように見えたが、少しすると暗闇の奥でオーラが広がった。
「やっぱりバレた? オレ、とことんそういうのセンスないよなー。まあいいや。リリコだっけ? オレ、シャルナーク。よろしくな!」
暗闇から漂ってくるオーラが声を上げてこちらに近づいてくる。どこか猫のような無邪気さのある声だ。そのオーラの持ち主は嘆くように声を落とすと、ゆっくりと暗闇を切り裂いて姿を現した。
「おろ? 聞いてはいたけど小さいな。姿形といい、人形みたいだ。そこも団長は気に入ったのかな? ウボォーも結構気に入ってるみたいだし、できればオレとも仲良くしてくれると助かるんだけど」
暗闘から歩み寄ってきたシャルナークが手を差し出してくる。別に嫌う要素がある訳でもないので、私はそれに応じた。握手が結ばれる。
「……いて。いてて! ちょっ、痛いって! マチ! なんだよこの幼女! 聞いてた能力の印象と違って完全に脳筋じゃないか!」
「あんたが下手くそな挑発するからだよ。リリコ、解いてやんな」
「はーい」
身体強化の魔術と、ここまでで鍛えた念能力。それで旅団相手にどこまで通用するか試してみたところ、どうも優男相手には結構勝てるようだ。ウボォーはちょっと遠慮したいが。
極悪盗賊集団の幻影旅団。その中で少なくとも立場がないということはなさそうだ。ひとまず握手を終え、私はシャルナークを盗み見る。見た感じ、結構可愛げがあって嫌いじゃない。
「さっきも言ったけど、こいつはシャルナーク。最後に会わせたのはたまたまだけど、今後コンビを組ませるのに相性が良さそうだからっていう面もある」
「まーそんな感じだね。オレ、最近流行りの電子戦が得意だから。他のメンバーみたいなとんでもない癖もないし。よろしく」
チンピラのフィンクス。強くなるからと指を切ったフランクリン。拷問係のフェイタン。この幻影旅団で頭文字にフがつく奴は一等イカれている。その一方でシャルナークはいい。マチのお墨付きだ。
「よろしくなー。ちなみに私は魔術が得意だけど、中でも水魔術が得意なんだよ。だからちょっと時間もらえればダイヤモンドも切断できるぞ。その後守ってもらう必要があるけど」
「それマジ!? じゃあ金庫開けるのとかちょー楽になるなぁ」
「初耳だ。あたし、ちょっと舐めてたかも」
これも迷宮を作った時の制約と誓約と同じようなものだが、本来自由度の高い魔術を型にはめることで威力を高める。まさに高水圧カッターのようなもの。用意に手間がかかるという制約があるが、準備さえ整えば高威力を発揮する。そういう仕組みだ。
「じゃあ心配はないね。あとはあんた達でよろしく。リリコも、抵抗する道はあったのに選ばなかったってことは、ある程度覚悟があるんだろ? あんたは強いから尚更」
「え、マチ。オレ、こんな所に来る幼女との接し方なんてまだわかんないって! もう少しここにいなよ! っていうか居ろよ! 監督責任!」
「男があーだこーだうるさいよ」
「ま、マチぇ……」
マチに伸ばしていた腕が行き場を失い、項垂れるシャルナーク。腕力でも負けているのに、口でも負けている。哀れだ。そうこうしているうちに、仮宿には私とシャルナークの二人だけになった。
誰かが他に来ることもないだろう。目の前で手を伸ばしていたシャルナークもそれを察したのか、ひとつため息をついてから私の方に向き直ってきた。
「じゃあ実力はある程度聞いてるから、仕事の話をしようか。今回の標的はずばり、ベゲロセ連合国の富豪が取り仕切っている博物館からのお宝奪取! そいつ、色々姑息なことやってるから、その証拠と一緒に宝物ばらまいてやろうと思ってさ。面白そうだろ?」
「おー、確かに。面白そうだな」
「だろー? ……まあ人殺しはしないから安心しなよ。やれるかやれないかなんて、本来誇れるもんでもないだろ?他にも仕事用意してるから楽しみにしと来なよぉ〜」
極悪盗賊集団の一員の割に、懐から取り出した携帯を弄りながら至極真っ当なことを言うシャルナーク。片手間で会話を続けていたが、何か目当てのものを見つけたのか、携帯の画面を私の方に見せてくる。
画面にはベゲロセ連合国の地図が描かれており、空港から目的の美術館らしき場所までを線で繋いでいるのが見えた。要するにその経路で目的地付近まで行くということだろう。
「わかった? じゃあこの地図送信するから携帯出して。美術館に侵入する時は細かい経路も送るから、連絡先は交換しておきたいんだよ」
「ん、OK。じゃあこれでいいか?」
「うん、大丈夫。それじゃ早速行こうか。どうせ大した仕事じゃないし」
要求された通りに携帯を出して、連絡先を交換する。それが終わると、身長差の関係で屈んでいたシャルナークが身を伸ばし、廃墟の入口へと私を先導した。
どうやら早速仕事に入るようだ。まあ我ながら酷い思考だが、盗みならバレなければ問題ないだろう。私の倫理観的には。そういうわけで、私は渋々幻影旅団への本格加入を決意した。
◆
「うーん、絶景だね。リリコはどう思う?」
光溢れる都心の街。夜でも活発に人が動き、波を作るそこを、本来立ち入り禁止であるどこかの企業のビル屋上から眺める。
かなりの高度があるため風が吹き抜けていくが、私は魔術で体を保護しているので問題ない。視界の端にある大型ビジョンでは、ある有名資産家の不祥事が緊急で放映されているのが見えた。
「スラムを地とするならここは天だなー。全然違うぞ。でもまあ、ぶっちゃけ働き蟻と女王蟻だな!」
「ぶはっ! それ言えてる。資産家っていってもこんな簡単に失脚するしなー。まあそんないいもんじゃないってね」
今回の仕事はシャルナークの情報操作と私の魔術で終わり。やったことといえばそれだけ。特に魔術は一般人に対しては無類の強さを誇るから、ほぼ散歩しただけのようなものだ。それで富豪が一人没落。金もそれなりに入ってきた。
……盗賊業ちょれー! おもしれーッ! 罪云々もこういうニュースにできるような輩を狙えば有耶無耶にできるし、私ならいくらでも隠蔽できる。もしやこれ、私の天職ではないか?
「……お前たち、ここにいたか。随分探したよ」
私が今後についてシャルナークの隣で妄想していると、背後に気配が現れた。かなり静かな現れ方だったので少し背筋が凍った。振り返ると、そこには旅団のフの一角、切れ長の瞳を持ったフェイタンがいた。
「おお〜、フェイタン! 久しぶりだな〜! 元気だったか!?」
「そこそこね。それよりも新人はどうか?」
「ん? 順調だよ。結構物分かり良いしね」
「そうか……わたし、新人嫌いよ」
掃いて捨てるように嫌われた。これには私もびっくりだ。前に顔合わせをした時は軽く顔を顰められた程度だったのに。
だが話を聞いていく限り、どうやら私が嫌いというより新人という概念が最近嫌いになったようだった。というのも、なぜフェイタンがわざわざ私たちを探しに来たのかといえば、新たに新人が入ったためらしい。
新人の名前はヒソカ。旅団のルールで団員を倒せばメンバー入りできるということで入ってきた男だそうだ。
しかしその新人が曲者で、別に団員番号4番と入れ替わりで入ってきたのは、4番と誰も親交がなかったから良かったのだが、問題となったのはヒソカが変態であるということだった。
「変態って。そいつどんな奴なんだよフェイタン」
「道化師に扮した変態ね。たまに粘ついた視線を浴びせてくるし、多分あいつゲイよ。間違いないね」
「どひゃー。でも良かったねリリコ。ロリコンじゃないってさ」
「よくねーよ。私、馬鹿は嫌いじゃねえけど変態は受け付けねえんだ」
仮に襲ってきても、旅団級一人なら逃げ切れる可能性はある。だから襲われること自体は問題視していない。それより変態というのが駄目だ。
この見た目だからそういう輩には何度か遭遇したことがあるが、奴ら何でもかんでも快楽に変換しやがる。話が通じない。同じ人間とは到底思えない。
「とにかくそいつが入ってきたから、お前たちも一応顔合わせするね。これは団長命令よ」
「えーやだなー。リリコは大丈夫だろうけど、この場合狙われるのオレだろぉ? ちょっとリリコ、先に見てきてくれよ。先輩命令」
背中を見せてヒソカの元へ案内しようとしているフェイタンを横目に、シャルナークが私一人に行かせようとする。しかし私に聞く道理などないので、無視してフェイタンの後に続いた。
これにシャルナークも諦めがついたのか、頭を掻いて私の後ろについた。そして一連の流れを確認したフェイタンが、言葉少なに屋上から飛び出し、空を飛ぶかのようなビル間パルクールを始める。
特に私たちがついてくるかなど気にしない高機動だった。あるいは信頼か。私たちもそれに続き、空中に身を投じる。私は魔術の訓練も兼ねて空を飛びながら。シャルナークはそんな私を羨ましそうに見て、息を切らしていた。
◆
変態がいる。そう予め聞いていた仮宿の姿は、相変わらず辺鄙な所にある廃墟だった。ところどころ水漏れが起きていて、水垢汚れが気になる。ただ仮宿の中には確かに気配を感じ、ここに入ることは猛獣の巣に踏み込むようなものだという予感が漂っていた。
それでも一応仲間がいる場所なので、少し緊張しながらも中へ入っていく。役者はもう揃っていた。ウボォーにマチ、他の旅団メンバー。そして新人らしき人影。およそ八名がこの場にいた。
「んんっ、もう喋っていいのかな♠」
前評判通り、道化に扮した線の細い大男が粘ついた声で辺りを窺った。誰も異を唱えないのを見ると、口を開いた。
「それにしても驚いた♦ 君みたいな可愛い女の子がいるなんて知らなかったよ♥ ああもちろんマチとパクノダだったかな♦? 君たちも可愛いと思ってるよ♣ でも少女じゃない♠ 対してそちらの子は少女だ♥ それに驚いてしまってね♣」
くつくつと、道化師姿のヒソカから笑い声が漏れる。女性陣一同を小馬鹿にする感じだ。
「それにしても……こんな少女がいるんじゃ期待外れだったかな♦ あのクロロも幼稚園の運営をしているようでは底が知れる♣」
ヒソカが嘲りを込めてクロロを見つめる。
いや、どちらかといえば挑発か。
何にせよ私にとっては言われ慣れたことなので気にならなかったが、旅団の団員はクロロを侮辱されたことが許せなかったらしく、フェイタンやノブナガといった特攻隊がヒソカに抵抗を許す間もなく刃をその首に向けた。
「怖い怖い♥ 少し踏み込みすぎたかな♠ 謝罪するよ♦ ごめん♠」
僅かでも動けば首が切れる。それほど追い込まれたにしては軽い謝罪だ。それともこの状況すら楽しんでいるのか。変態とは何とも罪深い。だが謝罪したところで特攻隊の気持ちは収まらない。むしろ軽率な謝罪は彼らの神経を逆撫でした。
刃がヒソカの道化師のような青白い肌に食い込む。視界の先でヒソカもさすがに冷や汗をかいているのが見えた。いっそ死んでくれるとありがたいが。
「……そこまでにしておけ。オレも幼い子供をスカウトしたのは格を落とす行為だと自覚している。そのうえでこの少女、リリコには資格が十分にあったからスカウトしたんだ。双方気にするな」
クロロが読んでいた本を閉じて場を収める。その一言でフェイタンもノブナガも渋々身を引いた。ヒソカは笑みを浮かべているものの、冷や汗を隠せていないようだ。だがどこか余裕も感じる。あのまま死なせてやれば良かったのに。
「うーん、今度はちゃんと謝罪するよ♠ ごめん♥ 今のでリリコがただの少女じゃないのはわかった♦ ボクが間違ってたよ♠」
私の動揺のなさからか、視線の意味に気づいたのか、今度は殊勝に謝ってきた。ただの変態ではないらしい。ただ、無意味に混乱を撒き散らすところは好きではないな。そういう賢しいのは嫌いだ。これに比べてスラムの馬鹿どもがどれだけマシなことか。
「それで、こいつが件の新人な訳だが、何か顔合わせの機会に聞きたい奴はいるか? ……いなさそうだな。では解散にしよう。ここは幼稚園ではないから歓迎会もないしな」
——「うーん、手痛い返し♦」
独りごちるヒソカを背に、解散は速やかに行われた。団員からヒソカへの心象はおおよそ最悪だ。ここは人殺しをする割にピュアな人格の者が多いから、尚更だろう。
私はそこが気に入っているのと、仲間でいるうちは標的にされないからここに留まっている。本音を言えばもっと面白いことをしたいんだけど。犯罪なんて一時楽しいだけの刹那的な趣味より。
◆
ヒソカとの顔合わせも済んだことで、私はしばらく一人で自由行動ができるようになった。コンビを組んでいることになっているシャルナークは品物の売却で忙しいとのことなので、しばらく自由にやれるだろう。
そのため、空いた時間で何か面白いことはないか考えてみた。すると、ひとつのことが頭に浮かんだ。オリンピックを何かで目指してみるのはどうだろう、というものだ。
もちろんオリンピックといっても、表で実戦的な念能力者というのは稀だから、純粋な身体能力がものを言う競技だと厳しい。だが例えばアーチェリーなどなら、ある程度は競い合えるはずだ。
私の体験した技能を吸収できる能力というのも、確実に成長できるようにするために願ったもので、実のところ取っ掛かりにしかならない。だから躓くこともある。そう考えるとオリンピックというのは悪くないように思える。いかがか?
「おっと、ごめんね」
都市の雑踏を歩いていたところ、誰かにぶつかった。おかしい。考え事をしていたとはいえ、ぶつかるなら気配に気づくはずだ。湧いた疑問に思わず顔を上げると、そこには嫌な奴がいた。
「やぁリリコ♥ 偶然だね♠ 仕事以外で会えるなんて光栄だよ♦」
道化師風のメイクをしていないから一瞬誰か分からなかったが、こいつヒソカだ。変態だ。見るだけで眉間に皺が寄る。どう考えても偶然じゃない。やはり変態か。
「おやおや怖い顔だ♠ ところで携帯、いいのかい♦ ほぼ親分みたいなものなのに応えてあげなくて」
どうやって知ったのか、あたかも把握しているかのように私の携帯が入っている懐を指してくる。少しムカつきながらも、意味深な発言に携帯を取り出した。
開くと大量の着信メッセージが目に入った。シャルナークとの仕事からここまでマナーモードだったから、随分溜まっていたようだ。
それにしてもこれは念具の取引をしているマフィアからか? そもそもヒソカがなぜこれを知っている。私たちの関係まで理解しているかのようだ。というかこれ……。
「お、おま、おま、お前! お前ぇぇぇ! もしかしてやったな!? 間違いなくやったな!? ふざけんなよ! あの組は私がにっちもさっちも行かない時に頑張って一から育成した組なんだぞ! この! バカヤロー!」
ムカつく、ムカつく、ムカつく。割と本気でムカつく——そんな怒りを胸に、左手の甲を地面に添える。そして脳内から陣を浮かび上がらせ、手と地面を魔術光で輝かせる。
その光はちょうどヒソカのところまで届き、包み込んだ。これもまた大魔術級の式のひとつ。六つまで設定できる中の一。それを煌めかせて、怒りに任せて、街中を様子が分からないように極光で満たした。