血・鉄・権謀   作:帝国軍司令部付研究監査群

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ひそかな陰謀が闇に紛れて急速に迫って来るのを目の前にすれば、こちらもまた素早くそれに応じなければならぬのだ。それを、ただじっと待っていようものなら、勝ちは相手のもの、こちらは負けと決まっている。

ソフォクレス 『オイディプス王・アンティゴネ』より


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昏き黎明のアリア

ある伯爵家の、暖炉がついた瀟洒な邸宅に集まった人々を、ルードヴィヒは満足げに見渡した。

「お前達、そろそろ皆にグラスをお配りしろ」

「ただちに、旦那様!」

 

嘗ては侯爵家ですらあったヴィッセル家の邸宅の栄華を物語る屋敷には多くの着飾った貴族達が集まっていた。

 非主流派国務省官僚、プロシア王国に併合された王国の貴族を先祖に持つ外様の貴族、かつてヴィッセル家に近しかったが故に白眼視されている貴族家当主……皆、ルードヴィヒの支持者だ。

彼らはルードヴィヒの帝位継承を支持し、適切な対価さえ確約すればルードヴィヒのために動く。

彼らは没落した子飼いの貴族達と並び,ルードヴィヒの財産だ。

 弱者がルードヴィヒの駒だとすれば、彼らはルードヴィヒの手札だと言えるだろう。

 

「皆、今宵はよく集まってくれた。今宵は我が派閥の揺るぎない結束と、我らが守るべき伝統、そして未来への意思を確認するための場だ。皆の変わらぬ忠誠と、この帝国への貢献に心から敬意を表したい。今夜は、志を同じくする者同士、大いに語らおうではないか」

 

 少し、政治の話をするとしよう。

ルードヴィヒは帝国貴族社会において、皇族の血を引く人物であり、帝位継承権第二位と認められている。

しかし、エーデルシュタイン侯爵家やゼートゥーア公爵家のような、長い歴史を持つ名門――いわゆる「宮中二十八家」に数えられる譜代の家柄ではない。

そのため、参謀本部総長や帝国議会内閣首相といった、帝国政治の中枢を担う地位を正面から目指すには無理がある。

仮にその地位に就けたとしても、代々皇帝家に忠節を尽くしてきた名門貴族たちが、現行秩序を揺るがす存在であるルードヴィヒを容易に認めるはずがない。

では、その無理を押し通し、栄華を掴み取るために必要なものは何か。

帝冠である。

皇帝になってしまえば、序列を作り変え,家格すらも差配することができる。

だからこそ、ルードヴィヒの支持者たちは彼の帝位継承を後押しする。

目的は明白だ。

皇帝の信任を背景に、これまで政治と軍事の中枢を独占してきた門閥貴族に下剋上を果たすためである。

 

ここに集まっている貴族たちは、いずれも帝国の支配層から冷遇されている者たちだ。

プロシア王国以外の貴族であり,皇帝家と古くから結びついた家柄ではない。

あるいは門閥貴族家と折り合いが悪い。

あるいは、プロシア王国貴族だが皇帝家からの信用に乏しい貴族である。

理由は様々だが、共通しているのは一つだけだ。

彼らは、帝国を動かす中枢の席に座れない側の人間なのである。

 

 

 

 

要するに,ここに集う大半の者共は貴族社会の鼻つまみ者や門閥貴族に従う事を厭う地方貴族などなど様々な有象無象の貴族達。

 

統一帝国の支配層は、歴代皇帝に仕えてきた譜代臣下によって固められている。

その中心にいるのが、宮中二十八家だ。

初代皇帝に付き従っていた大貴族である彼らは多くの分家や従士家を抱え、さらに皇帝の庶子に与えられた"皇立“帝国騎士爵家とも競い合いながら勢力を拡大してきた。

加えて、能力を認められた平民を家臣として取り込み、血の紐帯で結ばれた堅固で巨大な派閥を形成している。

結果として、帝国の軍事・政治の指導層の多くは、いまなお彼らによって占められている。

そのような名門が結束している状況で、団結する事もままならない外様貴族たちが下剋上を果たすなど、本来ならば笑い話にすぎない。

だからこそ、彼らには旗印が必要だった。

そして、その旗印こそが――帝位継承権第二位の伯爵、ルードヴィヒ・フォン・ヴィッセルである。

ゼートゥーア公爵家が軍部御三家の一つとして権勢を誇るのも、門閥貴族としてプロシア王国の時代から皇帝家に忠節を尽くしてきたからだ。

ハイドリヒ侯爵家が栄華を保っているのも、皇帝に近しく,秘密警察に於いて高位高官を独占してきた家柄だからである。

今の帝国では、諸侯は皇帝の臣下で有り家の実力と皇帝の信任こそが、権力の根拠なのだ。

しかし、権力の椅子の数は限られている。

そして、その椅子に座る機会は、ここに集まった貴族たちにはほとんど与えられない。

だから不満を溜め込んだ彼らは考える。

現体制に迎合しない皇帝を擁立すれば、秩序そのものをひっくり返せるのではないか、と。

ルードヴィヒは、その欲望を正確に見抜いていた。

 

没落貴族の多くは地方貴族である。

コルネリアス帝の改革は、地方貴族の力を大きく削いだ。

外敵と対抗するためには中央集権が必要だとされ、地方領主の特権は次々と剥奪されたのである。

その結果、帝国の政治構造は大きく変化した。

第二代統一帝国皇帝コルネリアスはそれをこう評した。

貴族は月,皇帝は太陽である と。

皇帝は太陽――すなわち「選ぶ者」となり、

貴族は月――すなわち「選ばれる者」となった。

月は、太陽に照らされなければ輝けない。

中央集権体制が完成すると、地方貴族たちは帝国の支配層の一部ではなく、体制を支える歯車へと変わった。

国を導く支配者は皇帝ただ一人。

そして、その皇帝を支え,帝国を差配する地位に就けるのは、忠節を尽くしてきた者だけである。

この体制にうまく適応できなかった一部の貴族家は、権威を守ろうとするあまり没落していった。

貴族としての体面を保つための出費は大きい。

しかし、困窮した家には利用価値がない。

よほどの才能でもなければ、良い役職には就けない。

才覚のある者は生き残る。

だが、そうでない者は捨て置かれる。

その結果、多くの地方貴族は、弱者として帝国を支える立場に追いやられた。

そして、弱者であるがゆえに――

ルードヴィヒは彼らを容易に取り込むことができた。

経済的余力があり、出世を望む貴族はルードヴィヒを頼る。

恩を売る事でルードヴィヒは対価を手に入れる。

そして,ルードヴィヒに頼る貴族には経済的に困窮した者も多い。

彼らが支払える物など無い,最もそれが重要なのだが。

恩を売るのではない。

恩を押し付けるのだ。

困窮する没落貴族はやがてルードヴィヒに感謝するようになる。

そうして、数と金が彼のもとに集まる。

数が集まれば発言力が生まれる。

発言力が生まれれば、さらに資金が集まる。

その資金で没落貴族を取り込み、派閥はさらに膨れ上がる。

こうして、ルードヴィヒは外様貴族や非主流派貴族達を束ねる巨大派閥の長へと成長していったのである。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

電気の煌々とした燦めきを受けて、豪奢なクリスタルシャンデリアが広間にきらびやかな明かりを灯す。

楽士たちの奏でる音色に合わせて、中央に集まった若い招待客たちが陽気なガリアードを楽しんでいる。

 

四隅には机に椅子が置かれ,更に軽食のスペースが設けられ、そこでは主催者であるルードヴィヒ伯爵含め、踊りに参加しない者たちがカクテルを片手に優雅に談笑していた。

 

 

 

アマーリエ・フォン・ヴァルソイルは仄かに湧き出る苛立ちと焦燥にその身を焦がししていた。

 このパーティーは勝負の日になる予定だった。

なんとしてでもルードヴィヒ・フォン・ヴィッセル伯爵に渡りをつけ、目的を果たすはずだったのだ。

 だというのに、ルードヴィヒのテーブルに空きが出来る様子はない。

 

「姉上……」

 

 

姉の眼によろしくないものが宿ったのをヴィルヘミーネは見た。

 

止めるべきだとは理解している。だが、言葉は出なかった。

 

姉がとんでも無い事をしでかそうというのは理解できる、引き留める事もできる。

しかし家族の,姉妹の安寧を得るためだと思うと、喉から先に言葉が出ない。

姉が苦しんでいるのをもっとも身近で目にしていた妹に、姉の思いを阻止することはできない。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 妹のヴィルへミーネに言い聞かせつつも、グラスの水面は持ち手の心を表すかの如く蠢き,漣を見せていた。

 

 帝国貴族学院卒業までに話をまとめなければ。

そう決めて動きはじめたはいいものの、後ろ盾のない子どもに過ぎないアマーリエにできることなどたかが知れていた。

ルードヴィヒ伯爵に宛てた手紙は無視され、直接の訪問は使用人に追い払われ、そして今日に至る。

 

「今話していらっしゃる殿方とのお話が終わった時に無理矢理にでも割り込むわ」

「それは、姉上」

「いいから、私に任せなさい。……グラスをお願いね」

 

 何か言いたげなヴィルへミーネにグラスを押し付ける。

 その背に声がかけられた。

 

 

  「――テーブルは空きませんよ,フロイライン。ルードヴィヒ伯にとってザミエル侯爵様は大切な同盟相手です。しばらくはご子息たちの話にでも興じられると思われますので」  

 

 驚いて振り返ると、そこには微笑んでいる男がいた。

 齢は十代前半だろうか?ちょうど貴族院の長期休み中に顔を出したといった所だろう,婚約者にという話だろうか? そうでなければ声をかける理由がわからないが。

丁寧に糊付けされた黒の燕尾服を身に纏い,エナメルシューズも傷一つなく丁寧に磨き上げられた高級品に純白のウェストコートとホワイトタイ。

袖口には品の良いカフリンクス,ボトムスにはガルーンの刺繍が施され,銀の懐中時計を身につけた姿は優雅な気品があった。

 

凝縮された傲慢さが、目の奥で結晶化されて、微笑むときでさえ宿っている。

 

燕尾服の濃紺色よりも幾分柔らかい金の瞳が、試すようにヴァルソイル伯爵家姉妹を見ていた。  

「ごきげんよう、フロイラインアマーリエ、フロイラインヴィルへミーネ」

 

胸に手をあて,恭しく一礼した。

 

そのまま姉妹の手の甲に軽い口付けをおとした男は優雅に少女達に語りかけた。

 

 




帝国は良くも悪くも本人の資質(生まれた家の権勢等も含む)と努力に準拠した実力主義社会です。
過去には帝国騎士と平民の混血ながら最終的に近衛総監にまで上り詰めた『獅子のレオハルト』などの人物がいます。
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