血・鉄・権謀   作:帝国軍司令部付研究監査群

5 / 14
嗅覚に優れた番犬は、それだけで良い従僕足り得ない。優れた番犬とは、恐怖と戦慄の混合

ヴァザンティン帝国憲兵保全局第2課所属 オスマン・エフェンディ・バルカンル


ストリキニーネ

ヴァザンティン帝国憲兵保全局第2課 本部

 

局長室にてアブデュルハミト・ヌーリ・ベイ・エルテュールルザーデがオスマンを呼び寄せていた。

「少佐,補充の件だ」

 

オスマンは一瞬、何の話か分からなかった。

それから、ようやく言葉を拾い上げるようにして聞き返した。

 

 

「補充,ですか?」

 

「あぁアブドゥッラー『少佐』の後任の件だ,必要だろう」

オスマンは怪訝そうに問うた。

「補充のアテなどとうの昔に尽きたはずでは?

MIA組が生還でもしてくれましたか?」

アブデュルハミトは一枚の紙を机の引き出しから出して渡した。

「新しい調達先がある」

オスマンは補充の内容を理解した途端に声を荒らげて反論した。

「反対!

断固として反対です!

局長ご存知でしょう!

ここは帝国の防諜組織なのですよ!」

 

「だから新品少尉には反対だと?」

オスマンは頷き言い捨てた。

「有害無益以外の何物でもありません!

何の連帯も誇りもない新品で真価の証明すらしていない将校なぞ!!」

 

「とはいえ数も必葉だろう」

「数をカウントできるのは

地獄を体験し、義務を果たした者のみです

それ以外などごめん被ります!!」

 

局長は何も言わず、背後に目をやった。

 

「アルサラーン少尉、出てきたまえ。聞いての通りだ」

 

部屋の扉が静かに開き、一人の若い青年が姿を現した。

 

青年はオスマンの前に立った。

まだ制服が体に馴染んでいない。

新しい軍靴は、まだ世界の汚れを知らないようだった。

 

「オスマン少佐

彼が憲兵保全局の新人だ」

 

少々気まずい気持ちで未だ初々しさの抜けない敬礼をした。

「ぐ,軍務省保全局独立憲兵大隊へ

法務官として配属されました

アレムダル・アルサラーン少尉であります!」

 

「オスマン・エフェンディ・バルカンル少佐だ。

軍務省法務局独立憲兵大隊では法務課長の席を頂戴している」

敬礼を返し,自己紹介を終えたオスマンにアブデュルハミトは声をかけた。

 

「士官学校首席だ。

新品少尉の中では一番マシだろう。

私が推薦するぞ,少佐」

 

「局長のご推薦なのですね?

分かりましたこれ以上は何も申し上げません」

オスマンは先程の会話など無かったかのように親しげな笑顔を浮かべて言った。

「すまんな,アルサラーン少尉。

貴官個人に含むところがあるわけではないのだ。

ただここはちょっとだけ特殊な職場なのでな」

 

オスマンの含みのある言い方に疑問を感じながらアルサラーンは溌剌とした声で返答する。

「ご指導の程よろしくお願いいたします!」

「返事は大変よし!」

オスマンはアルサラーンの肩を叩いた。

「ではまず挨拶まわりから始めるとしようか」

 

ーーーーー

 

 

「少佐殿お車の手配が」

アルサラーンから敬礼を返しオスマンは声をかけた。

「ありがとう少尉。

さて取りあえずは……貴官の先達に紹介しないとな」

関西としたメインストリートを一台の公用車が走っていた。

 

途中,邪魔だと言わんばかりに統一帝国の公用車がクラクションを鳴らしてオスマン達の乗る車の目の前を通り過ぎた。

「帝国め,相変わらず不遜な事だ」

アルサラーン少尉が返答に困った顔を見てオスマンは苦笑して返した。

 

「少尉 私は対外協調主義者だ。

帝国のジャガイモ野郎どもは確かに運転技術が下手だが,それだけで

排外主義を叫ぶ底抜けの馬鹿共よりは知性があるつもりだぞ」

「………………軍人はその政治に関わるな,と教わっていましたので」

車外の様子を見ながらオスマンは呟いた。

「正しくその通り。

能無しの動物さえいなければそうあるべきなんだがな」

車外の都の様子はすっかり寂れていて、かつての帝国の栄光のみを物語っていた。

 

「少尉,車を停めてくれ」

 

「えっ あ,はい」

アルサラーンと共にオスマンは車を降りた。

そして石造りの壁にもたれ掛かっている右足の膝から下が無い薄汚れた軍服を纏った傷痍退役軍人の前で足を止めた。

足元の草臥れた軍帽の中には施しの小銭が幾らかあり,粗末な松葉杖も転がっている。

「第15歩兵連隊?」

傷痍軍人が痩せた顔を上げた。

「懐かしい名前です・・・・・・カウカソスでお供しました。

確か 貴方はアブドゥッラー少尉の上官だった・・・・・・」

 

「オスマン・エフェンディ・バルカンルだ。

軍曹…‥で良かったか」

「まさかご記憶されているのですか?」

オスマンは懐かしそうに微笑した。

「鼻垂れアブドゥッラーの保護者だっただろ?

貴官がMIAになって奴は泣いていたが,生きていたか」

 

「…えぇ,捕虜として生き延び,今はこの様ですが……………」

ゴツゴツとした手に目を落とし,両手はズボンの生地を握りしめる。

「……あそこで死んでいればと思うこともあります」

ボソリと呟いた。

オスマンはしゃがみ込み軍曹の肩に優しく手を置いた。

「誰が何と言おうとも,私は貴方の献身と勇気を知っている。

戦友 貴官の屈辱は私の屈辱だ。

戦友 貴官苦しみは私の不名誉だ。

誇ってくれ、貴官は義務を果たした勇者だ。

軍曹、もしお節介を受けてくれるのならば…連絡を」

懐から取り出した紙と煙草のケースを軍曹に差し出した。

「……………ご迷惑になりませんか」

「戦友が迷惑?

義務を果たした勇者にあるまじき態度だよ軍曹」

硬い握手を交わした。

高級将校の吸う銘柄としては似つかわしく無い少々安く,懐かしい国産の安い量産品の紙煙草。

俗にいう兵隊煙草を一口吸うと軍曹は顔をオスマンに向けた。

「……………………昔語りを何れ」

「では,安酒を用意しておくとしよう。

また会おう,軍曹」

 

ーーーーーーー

 

オスマンは助手席から、流れていく街の風景を眺めていた。

建物はどれも疲れた表情をしていた。

「あの……」

アルサラーンは恐る恐る口を開いた。

オスマンは何も言わず、窓の外を見続けていた。

しばらくしてから、独り言のように呟いた。

 

「あんな勇者が物乞いとは…義務と献身に対する国家の義務すら蔑ろとは全く,寒い時代だ」

民衆のデモに遭遇し,アルサラーンは車を停めた。

 

帝国への思いやり

予算反対!

 

 

仕事を寄越せ!

 

現政権は恥を知れ!

 

市民の苦しみに

耳を傾けろ!!

 

軟弱外交反対!

 

民衆は行進しながら次々と要求を叫ぶ。

 

退役軍人優遇反対!

国民を平等に扱え!

 

またかぁ,別に軍人も贅沢しているわけじゃないんだけどなぁ,などと民衆の叫び声に耳を傾けていたアルサラーンが憂鬱になっているところにオスマンが声をかけた。

 

「少尉,少し良いかね?」

「?」

「あの豚どもを轢き殺せ,今すぐに」

 

オスマンは微笑んでいた。

アルサラーンは何を言われたのか意味不明だった。

が、上官が怒り狂っている事は認知した。

 

「し,少佐殿!?」

オスマンはにこやかに命令した。

「豚が人を語るなぞ悍ましくて耐え難い!,やれ」

冷や汗を流し、アルサラーンは少し胃が痛くなった。

「ご,ご冗談ですよね?

 少佐殿…」

デモに参加する民衆が目前を通り過ぎ,再び車が走り出す。

「ふむ……………そうだな。

だが私は半分は本気だぞ?」

 

ーーーーーー

 

ヴァザンティン帝国 参謀本部

ヴァザンティン第8代皇帝スファシャーン2世の銅像が鎮座する広場を通り,オスマンは参謀総長の下を訪れ,今回の事態について説明していた。

「ヴァザンティン帝国・統一帝国の二国間安全保障条約が無事に締結出来て

ホッとしております」

 

「首相官邸で流血沙汰……それで無事と?

どうやら貴官と私の『無事』の認識には随分齟齬があるように思えるのだが?

全く、そこまでして勲章が欲しいかね,少佐?」

普段と変わらぬ声で少佐に詰問する参謀総長の眼は心なしか普段より鋭くなっている。

 

普段と変わらぬ声で少佐に詰問する参謀総長の眼は心なしか普段より鋭くなっている。

 

「何と,まさか情報局の尻ぬぐいで勲章を頂けるなんて,人の不始末も正してみるものです。

参謀本部のモグラ退治も私どもでお引き受けいたしましょうか?」

 

参謀総長は少し不快げに口を開いた。

「モグラ,モグラと繰り返すのは良い。

だが確証もなく味方を疑うのはいささかせん妄にすぎる」

 

オスマンは重厚な執務机を手の甲でコツコツと叩いた。

「砲弾ショックで現実逃避ですか?

調印式の欺瞞情報を流したのはここだけなのですが。

協調路線への背信者です。

排外主義の動物が確実に「ここに」います」

部屋に同席している将校たちが顔を見合わせてざわつく。

 

「とにかく調査しよう。

 合同で調べる。

それでよいだろう」

 

「極めて不本意ですが,同意いたします」

一切発言をせずオスマンの横に帯同しているだけのアルサラーンは自分の胃がキリキリ痛むのを感じた。

 

「……………あぁそうだ,一つ聞いておきたい事があった。

どうだね少佐、愛国者を殺して貰う勲章と言うのは?」

 

 

「名誉なことでは?」

「何だと?」

 

「祖国のため敵国の愛国者を殺す。

戦争の常ではありませんか」

「ふんよく謳う。

では…」

参謀総長はヴァザンティン帝国の旗にちらりと目を向けて,皮肉げに口元を緩める。

「自国の愛国者を殺す感想は?」

オスマンは一拍おいて返答した。

 

「小官には分かりかねます。

何分,自国の愛国者を殺したことなどただの一度もありませんので」

 

「ふむ?ではこの首相官邸のレポートは何だ?」

机に投げ出した書類には血塗れになって息絶えた男の写真がデカデカと印刷されていた。

「ああ 愛国者を自称する豚共ですか。

豚殺しにどうして罪悪感を?

しいて申し上げれば…

膾切りにしたので

愛剣が脂肪で錆びないかだけが不安ですね」

参謀総長がジロリとオスマンを睨め付けた。

 

 

ーーーーーーー

 

外に出ると、空は重く曇っていた。

湿った風が都を包み込み、これから天気が崩れることを予感させていた。

「少尉」

「はい」

 

「礼儀正しい挨拶は覚えたか?

次からああやって丁寧にご機嫌を伺えよ?」

「えっ

あ……あれ喧嘩を売りに行ったのだとばかり…」

 

「情報局はモグラだらけだ。

そいつらを叩き殺すのが俺たちの仕事だ。

たとえやつらが便所に隠れていても捕まえて、ぶち殺してやる必要がある。

保安要員が手ぬるいことを言うのであれば、尻を蹴り飛ばしてやれ」

 

じっとりとした風が冷たくなって二人の間を駆け抜けた。




MIA :「行方不明者」を意味する軍隊用語(Missing In Action)の略
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。