お願いします。
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中世の衰退ははすなわち平民も教育の普及と移動の自由が得ることの出来る可能性の時代の登場でもあった。
これは平民が指導層に反抗する能力・余力を十分に涵養したと言うことを表した。
人文歴史研究者
マクシミリアン シュルト
憲兵保全局第二課 本部
「これは珍しい。
初めて見る顔があるとは」
腕に白地に赤い三日月が書かれた腕章をつけた優男が敬礼をした。
アルサラーンも敬礼を返す。
「ペーペーの新人だぞ、ついでに処女だ」
「おやそれは困りものですね。
卒業は早い方がいい,どうです今からでも?」
「私が混じっても?」
「あまり人数が多いのもどうかと思うのですが」
「・・・・・まあ,それもそうだな。
アルサラーン少尉 彼に卒業させてもらうといい,ラシード中尉は経験豊富だからな」
初体験は手取り足取り面倒を見てあげてくれ」
アルサラーンは上官と先任士官が何の会話をしているのかわからない。
まぁ謎は直ぐに氷解する事になるのだが。
「すまないね,ここは少々特別な部隊なんだ
とりあえずかるーく大人の階段を登ってみようか」
地下からちょうど一人の大柄な士官がやって来た。
「選り分けは終わった。
見せしめ組はまとめて置いたぞ」
「ありがとうございます大尉。
いくつか新人の研修用に献体として使わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
フセイン大尉は顎に手をやり思案顔になった。
「しまったな、殺していい献体は見繕っていないぞ」
「そうでした………どうしましょうか?」
「仕方ないな,手伝おう」
「すみません大尉」
「遠慮無用だ,扱き使ってくれ」
ラシード中尉はアルサラーン少尉を連れて地下通路を下っていった。
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ラシード中尉が牢の鍵を開ける。
そこには一人の少年が猿轡を咬まされ,椅子に縛り上げられ,拘束されていた。
「ちょっと空気の大切さを学習しようか?」
ラシード中尉は後ろを振り向いた。
「さて自己約介から始めよう
君の名前は?」
「アレムダル・アルサラーン少尉であります!」
胸をはり,綺麗な型通りの敬礼をラシード中尉に返す。
「よろしく,少尉」
フセイン大尉が口を挟む。
「あぁ一つ良いか少尉。
貴官はたった今そいつの処刑命令書にサインした。
理由は分かるかね?」
「はっ?」
アルサラーンは上官の前にも関わらず間抜けな声を出した。
「我々保全局独立大隊には機密保持義務がある。
保安上 個人名を含む詳細な情報を知った敵兵は『処理』せねばならん。
口は災いの元だ,保全に留意したまえ」
「なに罪悪感を抱く必要はないさ少尉。
こいつは降伏したにも関わらず私の戦友を背中から撃ち殺した人以下の畜生でね、どのみち処分は確定だ。
こいつを教材として使おうか。
人間相手にはできない特別情報収集の為のね」
「では改めて
アルサラム・ラシードだ。
退役軍医中尉で今は嘱託の法医学医でもある」
「フセイン・ヒュスニュ・エフェンディ大尉だ
独立大隊の隊長代理…。
まあ法務官とだけ覚えておいてくれればいい」
ラシード中尉は懐から取り出した布の袋を少年の頭に被せる。
次いで軍靴で椅子を蹴り倒し、水のたっぷりと入っているケトルを手に取った。
水を少年の頭にかける。
直ぐに少年は水中で溺れているのと似た感覚に陥り、強い苦痛と窒息の恐怖に襲われた。
「おめでとう豚野郎。
一呼吸ごとに世界へ感謝できる。
人間のようになれるぞ」
袋の中からごふ、うふ,んっぐ、えふっ、と苦しげに空気を吸おうとする音が聞こえる。
椅子に縛上げられてた四肢が暴れ出し、椅子がガタガタと音を立てる。
「ウォーターボーディング。
至ってシンプルだが肺は反射的に空気を放出し溺水状態に陥る。
ごく短時間で疑似的な溺死を体験できるわけだ」
再びラシード中尉が水をかける。
息を吸おうとする苦しげな音と椅子がガタガタと音を立てる音が寒く静かな地下牢全体に響く。
絶句するアルサラーン少尉にラシード中尉はケトルを渡した。
「少尉 こいつは重宝するぞ,覚えておくといい」
「ご,拷問術としてでしょうか」
ラシード中尉が穏やかな声色で解説する。
「おいおい拷問は違法だ少尉。
こいつは『非暴力的』かつ『合法的』な「強度の尋問」にすぎないぞ」
フセイン大尉もさも当然かのように言う。
「現場の流儀だ。
士官学校では教えられんがな。
少尉 ここ保全局では改めて学んでもらう
徹底してな」
ラシード中尉が穏やかな微笑みを浮かべる。
「なにフセイン大尉,時間はたっぷりとあるのですから。
大丈夫だよ少尉,まだまだ学ぶ事は多いが,しっかりレクチャーするから。
今日からばっちりと人間の壊し方を勉強しょうじゃないか」
冷や汗の止まらない哀れな新任少尉にラシード中尉は改めて声をかけた。
「ようこそ,保全局へ。
歓迎するよ」
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ヴァザンティン帝国の交通の結節点であるアドルアノープルには統一帝国租界総督府が置かれていた。
都市の中心部に位置する瀟洒な煉瓦造り、クイーンアン様式の美しい総督府の一室で将官用の仕立ての良い漆黒の軍服を身に纏った一人の男の忍耐が沸点の限界を超えていた。
「何たる醜態!何たる無様か!!
ワシがこれまでの人生でここまで恥をかかされた事はない!」
そう言って、皇帝から統一帝国租界守備駐屯軍団の指揮権を預かるエルヴォルト伯爵本家現当主 ボースハイト フォン エルヴォルト中将は怒りを露わに黒檀製の執務室の机に拳を振り下ろした。
統一帝国第2代皇帝コルネリアス帝,通称暗赤帝による『暗赤色の大改革』の後、特権と領地を剥奪された中小貴族達が没落していったがそれでも尚、名に実の伴う貴族達は血縁関係にある一族や、影響下にある家門で門閥を形成。
軍事、経済,政治等における特権階級を形成し膨大な貴族資産を持ち,今でも帝国政財界の中核をなしている。
特に著名な貴族家だけでも帝国の五大財閥を形成するディッシェンベルグ公爵家,カルステン公爵家、ミヒャエルハウゼン侯爵家、ライヒェナウ伯爵家。
帝国政界屈指の名門であるハーフェンシュタイン公爵家,エーデルシュタイン侯爵家,ブラウシルト侯爵家やベルグホーフェン侯爵家、ローヴァンデン公爵家や、コンラート伯爵家,シュヴァイゼン伯爵家,グーテンベルグ侯爵家、フェルガー侯爵家,ローデンドルフ伯爵家,シューゲル伯爵家,グレーバー侯爵家等々が挙げられる。
他にも軍人系貴族では武門八将家であるゼートゥーア公爵家、ゼーゲンバウアー侯爵家、シュラーゼン伯爵家、ヴァッサーブルク伯爵家、シェリルヴァルツ公爵家,ロネンカンプ侯爵家,バウリッツアー伯爵家,ルヴァーデン侯爵家やエックハルト伯爵家,ラウゼン伯爵家に代々憲兵や秘密警察の職を独占するケール=ブラウシルト伯爵家,ハイドリヒ侯爵家等々の大貴族達が知られている。
当然エルヴォルト伯爵家も代々高級士官を輩出してきた名家だ。
宮中28家でこそないものの四家の分家と多数の従士家を従え帝国貴族の中でも名門として知られるエルヴォルト伯爵家及び従士家に連なる現役軍人の中で将官は三名、佐官は十二名、尉官十九名、下士官や士官学校・専科学校学生含めれば更に増えるだろう。
他にも中央・地方政界の議員、高級官僚、大企業役員を務めている者もいる。
名門エルヴォルト伯爵家の当主であり,普段は好々爺を装いつつその実陰険で陰湿な策謀家であり、絶えず他者を陥れる策を巡らせる模範的な貴族軍人であるエルヴォルト中将は、連日の軍上層部や宮廷等の本国からの突き上げでその怒りの頂点に達していた。
中将の心中は重厚にして荘厳な部屋の装いとは裏腹に暫し煮えたぎった怒りの嵐が吹き荒れていた。
無論ドアと壁の厚さによってそれが外まで漏れる事は無いが、直接その暴威を目の当たりにする人物の肝は相当に冷えた事だろう。
最も、この時エルヴォルト中将の執務室にいたのは中将本人とその懐刀と目され、ハイマイヤー従士家当主でもあるアリシア フォン ハイマイヤー大佐の2人だけで有った。
若々しく長身痩躯,ほんのりと赤い頬が目立つ色白な肌,明るい緑色の瞳を持つ端正かつ酷薄そうな顔つきをした美しい五十代の帝国軍大佐は、同時に統一帝国成立以前から代々エルヴォルト伯爵家に従属し,数十ある伯爵家に仕える従士家の中でも五本の指に入る権勢を持つ大従士家の一つ、ハイマイヤー家本家の当主にも当たる。
軍歴三十年、その間に情報将校として幾多もの暗躍を経験し,目立つ実績を挙げずとも将官一歩手前の地位まで登り詰めた傑物である。
最も,そのハイマイヤーにしても主人の怒り狂った様相に対して眉ひとつ動かさず,全く臆する事のない様子である。
『黒衣の枢機卿』との異名を持つ女にとって、主人の怒りは直ぐに鎮静する事は長年の経験から察していたし,主人を諌めるよりも先に解決すべき事は山ほどあったからだ。
「閣下、お気は晴れましたか?」
ハイマイヤー大佐が慣れた口調で尋ねると、少し頭の冷えたエルヴォルト中将は乱れた襟首を正し乱暴に執務室の椅子に座り直してから一言放った。
「ああ………で、何か掴めたのか」
長年に渡り帝国軍の軍籍にある長老格の将官をして、ここまで怒りに駆り立てるほど今回の一件はそれ程に深刻であったのだ。
事件の発端は軍管轄の『第2兵站部』である。
統一帝国本国ではもともと海外領土の保持,防衛のための「公費投入」は評判が誠に芳しくない。
というのも統一帝国は遠い海外に領土を求めずとも元々国土が肥沃で工業も盛んであったし,列強とはいえ比較的新興国なので魅力的な土地はすでにアルビオン連合王国やフランソワ共和国が居座っている。
さらに統一帝国はその成り立ちから周辺国と領土問題を多く抱えており,その立地も相まって兵力分散はなるべく避けるべきである。
つまり費用対効果が乏しく、海外領土を獲る必要性も薄かったのだ。
そして予算も有限である以上海外領土へ振り分けられる予算はあまり無い。
さらにいえばその乏しい予算はインフラ維持や開発費,官僚の給与など細分化され駐屯軍団の使える予算は非常に少ないのだ。
そこで当初十分な予算を確保できていなかった軍の一部は入手したヴァザンティン帝国の薬物製造プラントの『活用』による費用の現地調達(公式には貿易)という碌でも無い方法を思いついた。
そして現在、予算問題が解決したにも関わらず『第2兵站部』は表向き解体されるに留まり,駐屯軍団隷下第37師団の下、密かに、規模を縮小しつつも存続していた。
その結果、他国にこの問題はかろうじてバレてはいないものの(薄々勘づかれている),軍の信用失墜危機問題どころか統一帝国の外交的地位の失墜危機が引き起こされたのである。
それも列強各国のパワーバランスが複雑なヴァザンティン帝国という場所で!
連日この事が統合参謀本部隷下の情報総局で議論され、またその流通経路や影響等を調べるべく特務憲兵達が駐屯軍団の実務部隊に察知されないように隠れつつ現在総力を上げて事の詳細を調査している。
さらに本国から事態の真相究明の為に監査将校が極秘に送り込まれた上に、事態が重大であるとして皇帝に知られる大事となった。
帝国軍陸軍参謀本部も駐屯軍団隷下第37師団首脳部の処分の承諾と部隊の再編成を余儀なくされた。
当然駐屯軍団を預かるエルヴォルト中将への責任追及は凄まじく、この機に中将の勢力を削ろうとする他派閥の工作もあって中将の神経を逆撫でし続けていた。
もっともこのような醜態が明るみに出れば間違いなく政治的にも社会的にも物理的にもエルヴァルト中将の首がほぼ確実に飛びかねない。
仮に軍法会議に告発されれば名門伯爵家当主とは言え死刑は免れまい。
いや、それだけならば良い。
軍人として銃殺刑か、貴族として毒を呷るならば名誉は守られるだろうがそんな保証はない。
最悪一族まで連座して公職追放に加え貴族資産を剥奪され、爵位剥奪まであり得た。
此度の麻薬問題の発覚はそれだけの失態であった。
最もそんな大事になれば一部の高級将校の首だけで収まらない大事件になりうる大惨事が引き起こされるのでその混乱の収拾と隠蔽に政府と軍も躍起になっていたが。
「確証はまだですが、しかしアフェチミンが関係しているのはまず間違い無いでしょう」
アフェチミンと顎を手で摩り気を落ち着けさせながら繰り返しその名を呟くエルヴォルト中将、事件の発覚以来今やその名を聞かない日は無かった。
統一帝国の科学者が開発した科学的に合成された麻薬であり、その依存度は天然由来の麻薬の比ではない。
しかし禁断症状が弱いものであるため,一見するとあまり問題がなさそうに見えるタチの悪い麻薬であった。
「本来なら今すぐにでも合成プラントに憲兵隊を突入させたいところだが…」
「おそらく統合参謀本部が許可を出さないかと」
ハイマイヤー大佐が言う通り未だ麻薬の製造,流通に関して末端の調査は完了しているとは言い難い。
さらにもしそのような行動に出れば他国にもこの件の情報が知れ渡る危険性が跳ね上がる。
小規模生産工場等の末端や流通業者に関して現地の犯罪組織も関わっている為思うように調査が進んでいなかったのである。
「現状ではそのようなリスクの高い行動はとても取れません。
今しばし御辛抱の程を…」
エルヴォルト中将は少々忌々しげに言った。
「無論,今強硬策に動けば、他国に察知される可能性が高い。
それに現地の犯罪組織も絡んでおる。
悪戯に事を掻き乱す事は避けるべきだと分かっておるわ」
「ヴァザンティン帝国が我が帝国を含む列強に依存する現状ではヴァザンティン帝国の番犬共とも利害が一致いたします。
第二兵站部の件が露見すればヴァザンティン帝国の対列強感情が危うくなることでしょう。
それはヴァザンティン帝国の枢要にとっても歓迎できない展開となりかねません。
彼らは私たちに忖度せざるをえません。
その時に師団長の首根っこを掴めれば自ずと事件の全容も明らかになるというものでございます。」
既にハイマイヤー大佐はこの時根回しを行なっており、この件を『穏便』に処理する準備を進めていたのである。
「ふむ……………で、いつまで泥を被り続けろと言うのか、このワシに?」
ジロリとエルヴォルト中将の鋭い視線がハイマイヤー大佐に飛び、大佐は真っ向からこれを受け即答した。
「爾後処理も含め,凡そ3ヶ月程かと」
エルヴォルト中将は窓辺に立ち、不夜城の如く燦然と輝く歓楽街とそれを取り巻く静寂と夜に沈む帝国人街の街並みを見下ろした。
窓ガラスに映り込む、常ならば微笑みに満ちた顔は、先程の激昂の面影など一つも無く,感情の一切を削ぎ落とした仮面の如く静かだった。
暫く室内を重苦しい沈黙が支配する。
「分かった……とは言え,自ら賢いと思い込んでいる愚か者は、墓穴を掘るというが,底抜けの愚か
「誠にその通りでございます」
低い、冷たい声達が室内に響いた。
ヴァザンティン帝国の情報部門は尋問対象者に対しても人権に配慮し,現代医学に基づく『非暴力的』かつ『合法的』な「強度の尋問」のみを行うクリーンでアットホームな職場です。(笑)
追記
統一帝国の軍の高級軍人の大半を貴族軍人が占めるという状況は、貴族達がコネを持っているのも要因ですが決してそれだけではないです。
幼い頃から身内や家臣から一流の教練を受け、帝国を守護する藩屏としての誇りを叩き込まれた貴族軍人達は、その実力も覚悟も誇りも唯の平民とは隔絶しています。
(また膨大な資産を保有する門閥貴族は不正を働く事も無くそれが主に不正を働く平民や下級貴族への蔑視へと繋がることもあります)
尚この不正とは殆ど”予算の横領”の事をさします。
五大財閥には貴族資本の財閥の他に帝室資本の事実上の”国富”財閥が有り,圧倒的な規模を誇ります。