保守派(親オスタリッヒ帝国派。主に歴史ある地方貴族やその分家で有る文官貴族が多い)
改革派(武官貴族中心だが,文官貴族も含め門閥貴族が多い。また反オスタリッヒ帝国派が多い。)
中道派(ヴィッセル侯爵家中心,有象無象の地方中小貴族達の集まり)
因みに過去の因縁から武門貴族達はオスタリッヒ帝国の事を嫌っています。
注: 統一帝国の門閥貴族とは世襲的に高い官位や社会的地位を独占する名門の貴族家の事です。
(また統一帝国に於ける門閥貴族家はほぼ宮廷貴族や勲功貴族と変わらず,広大な領地を持っていません)
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ヨーロッパ封建社会において、王や皇帝はあくまで並み居る諸侯の代表人に過ぎなかった。
しかし多くの貴族が名ばかりの存在となった。彼らはその忠誠を自家の名誉と繁栄ではなく、他のものに捧げざるをえない。雇い主に。つまりは国家に。指導者に。
コルネリアス帝の改革の本質,それは貴族が国を,皇帝を支える上で唯一無二の部品から優秀な部品と言う変化に甘んじる事となった事である。
合衆国中央大学社会政治学科教授 ダニエル・ルッツ
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活動報告に簡単な「統一帝国改革基本概論より抜粋」のまとめ載せました。
「暗赤色の大改革」とは、単なる制度の刷新ではない。
それは、中世的な「貴族連合国家」の枠組みを破壊し、近代的な「皇帝専制国家」へと、血を以て強制的に脱皮させた凄絶な国家改造劇である。
コルネリアス一世が断行した、この恐るべき改革の主要な柱を以下に概説する。
1. 宮廷における「ヴィッセルの惨劇」
流血による意思表示
改革の号砲は、宮廷での鮮血によって鳴らされた。当時、最大勢力として皇帝代理摂政・皇太子コルネリアスの決定に異を唱えていたヴィッセル侯爵に対し、コルネリアスは自ら近衛兵を率いて断罪。侯爵が「皇帝の死を隠蔽した」という反逆罪を適用し、宮廷内で刺殺したのである。
軍部を完全掌握した上で、「法や議論ではなく、暴力による屈服」を突きつけることで、自らに従わなかった他派閥の門閥貴族の抵抗心を一瞬にして粉砕した。この際、近衛兵の肩掛け(ペリース)が返り血で染まったことが、後に「暗赤色」と称される所以である。
またこの行動によりコルネリアス皇太子(当時)はヴィッセル侯爵家に反感を抱いていた武門貴族を中心とする貴族達(小ライヒ主義派閥)からの支持を取り付ける事に成功し,コルネリアス帝の治世は幕を開けた。
2. 領地返上と「経済的去勢」への移行
中世的特権の解体
それまで貴族が保持していた自営領地および徴税権・裁判権を強制的に没収し、皇室(国家)へと帰属させた。
土地の国有化と「官僚化」
貴族は「領主」としての身分を剥奪され、「国家公務員」としての「土地行政官」あるいは「軍人」へと変貌を遂げた。
経済的首輪の装着
没収の代償として、既存資産の保持と特権的な経済利権は保証された。しかし、力の源泉を土地と私兵から「金銭・利権・官位」へと移転させたことで、貴族は皇帝に依存せねば破滅する仕組みに組み込まれた。
統治システムの再編
旧領地での統治継続は許可しつつも、徴税・軍事・裁判の三権を剥奪。
中央から派遣された行政官(あるいは行政官に任命された貴族)を介した、高度な中央集権化を実現した。
最もコルネリアス帝が古史的な貴族特権を剥奪するにいたったのはウィルヘルム3世の遺産による所も大きい。と言うのも一部大貴族家を例外として中小貴族家の財政悪化はプロザン王国時代から顕在化しており、領地はもはや「重荷」に転化していた。
免税という”古史”的特権の最大の物を切り崩すことで、貴族階級は名を残すも実を失う。
彼らは当時既にそうだったように、国家を支える官僚、政治家層として国家に雇用される存在にならざるをえない。
そうあったとしても大貴族は十分に生き残ることが可能である。
ただし、理屈は分かっていても、1000年近い”古史”代の伝統はそう簡単に破却しうるものではない。
たとえ前任者ウィルヘルム3世の宮廷内部における巧みな婚姻政策があったとしても。
そこでコルネリアスは硬軟織り混ぜた手法を取る事となる。また皇帝に対して向けられるであろう貴族達の対抗のために貴族と競争関係になりつつあった階級に接近し,かつ『鞭』と『耳・目』を手中に収めた。
3. 武力の独占
近衛と特務による監視社会の構築
皇帝直属の二大機関を強化し,貴族の私兵を解体・統合した。
これらの組織は帝国改革の二輪であった。
宮廷近衛軍
皇太子時代、近衛兵総監に就任したコルネリアスは、大胆な人事刷新を行った。名門貴族の採用を絞り、下級貴族や平民出身の才覚ある若者を積極的に抜擢。
貴族階級とは、血縁による横のつながりが強く、当人が優秀だろうがなんだろうがそれを無視することは事実上不可能であった。
故に彼らに「帝室の栄誉と地位を与えた恩義」を植え付けることで、既存の貴族社会の横の繋がりから隔絶された、皇帝の手足となる精鋭部隊を構築した。
言葉にすれば簡単ではあるが、当時、貴族階級ほどの高等教育を受けていない者たちを主体にしてしまうと、能力不足や経験不足で碌に仕事ができない組織が誕生するという結果に終わる例の方がはるかに多いこの改革をやってのけ、近衛部隊を帝室に忠実な――というよりはコルネリアス個人に忠実といったほうが正確な表現であるのだが――部隊にする成果を見せてウィルヘルム三世を満足させていた。
この点からもコルネリアス皇太子(当時)の非凡な点が窺える。
この改革により強力な剣を手に入れた帝室による統一帝国の中央集権化はより推進される事となる。
秘密警察
臣民・貴族を問わず監視し、不穏な動きがあれば「矯正」する。
銀と黒の礼装を纏うこの組織には、かつてルーシー帝国宮廷内の政争に敗れ,亡命したルーシー(東欧)系や少数民族出身の貴族が多く登用され、旧来のライヒ系門閥派閥に対する強力なカウンター(報復装置)として機能した。
この組織の設立により結果的にではあるが統一帝国と言う多民族国家の精神的統一がより促進された。
4. 実力主義の導入と支配層の再編
血筋の優位性を否定し、制度による選別を導入した。
・教育の義務化と能力選別
小学校・中学校・大学校・各種専科学校の設立により、平民にも栄達の道を開くことで義務教育及び専科教育を施された人材を増やし国家のさらなる発展を図り、国民の精神的同化政策を推進した。
また高級士官になる上で士官学校の卒業の半強制化や高級官僚になる上での高等文官採用試験の義務化は、貴族子弟であっても無能な者は淘汰される環境を生み,従来各家の家職として親族間で独占的に継承されていた教育の排除を急速に進めた。
一連の教育政策の狙いとは貴族階級に対する知的特権の剥奪,皇帝に忠誠を誓う新たな階級の台頭,及び貴族階級の官僚化の推進であった。
後に帝国繁栄の礎を築いた一連の教育政策は従来各家の家職として親族間でなされていた教育の場に国家が踏み込んできた衝撃的な事件でもあった。
・「政財軍一体」の支配層
改革に順応した有力家門には「財閥」としての利権を与え、現在の四大財閥に繋がる強固な協力体制を構築した。
環境に恵まれ、血縁関係にある一族や、影響下にある家門で門閥を形成して、経済や政治における特権階級を形成している貴族達が依然として高官の多くを占める現状はあるものの、それは「家柄」ではなく、高度な教育を受けた「実績」によるものという建前が完成した。
・近代的国民の創造
地域共同体の一員であると言う意識を,道徳の授業を通じて「国民」や「国家」という想像の共同体を強く意識させることは,国民意識を醸成し,それまで他人事だった国家の戦争を自分達の戦争へと変換させた。
すなわち,権力支持層の帰属意識が地方共同体の首領たる貴族から国家の元首たる皇帝に移譲されたのである。
またコルネリアス帝は「民衆を導くのに必要なものは、暴力だけではない。カで従わせることも必要だが、同時に民衆が自発的に権威に服従するような“道徳”を持つよう、教育することも同じぐらい重要なことだ」という興味深い言葉を遺している。
教育の義務化と「政財軍一体」の支配層の構築の完了により帝国の真の統一が完成したとする説もある。
と言うのも
実は初代皇帝の頃から進められていた政策であるのだが,貴賤を問わず,国立学校で育成された若者達。
彼らこそが”暗赤色の大改革”以降の統一帝国を支える背骨の役割を担ったのである。
各高等専門学校は「国家の」施設であり「皇帝の」施設ではなかった。
ゆえに卒業生は皇帝に忠誠を誓う臣下を自認せず、地域共同体の利益代表者でも無い,国家の僕であることを意識するようになる。”暗赤色の大改革”による国制の変化を経てなお多民族国家である統一帝国が国家としての一体性を保持しえたのは、このような官僚層の意識変革あったればこそであろう。
総括:改革の本質
「暗赤色の大改革」とは、貴族から「土地・私兵・特権」を剥奪する代わりに、皇帝への忠誠を条件とした「名誉・経済的利権(開発独裁の果実の貴族資本への集中的分配)」を再分配するシステムへの移行であった。
かつての独立諸侯を帝国の歯車へと組み込み、貴族の「自立性」を破壊し,「歴史を持つ名家」という象徴的な地位にまで引きずり落とした巨大な中央集権化政策と言えよう。
最も地方分権構造を一新し、強力な中央集権とそれが生み出す巨大な力を手に入れることができた最たる理由は、簡潔に述べれば『共通の外敵』の存在に尽きる。統一帝国成立の端緒であるザクセン民族の団結に際して幾度となく立ちはだかり妨害を仕掛けてくる”邪悪で強大な国々”達と国内の中央集権を推し進め,『共通の外敵』に対抗し得る国家改造に邁進する皇帝を比べたとき、軍が付くべきはどちらか、諸侯が付くべきはどちらか、平民達でどちらを支持するべきか迷うものはいなかった。
ザクセン民族によるザクセン民族の為の民族国家に足を踏み入れた侵略者達は一人残らず畑の肥やしとせねばならない。本来であれば難渋を極める国内の意識統一、特に身分の壁によるそれが比較的——といってもかなりの”もめ事”があったものの,穏便に達成されたのは、異なる歴史・異なる文化を持つ『国民達』,つまり『平民達と貴族達』が“偉大なる”皇帝の元団結して強大な外敵を斃したという勝利による連帯感が負うところが大きい。
要するに帝国史を知る中での重要な点である,連帯意識。近代国家の土台の創造。
帝国が帝国として成立する上で欠かすことのできないもの——勝利神話の錬成によって政治・経済・軍事の統合を進めていた統一帝国は精神的な統一国家を成したと言えるのではないか。
【歴史的補足:ヴィッセル侯爵家と血統の相克】
ヴィッセル侯爵家は、元来しがない子爵家に過ぎなかったが、娘が皇帝(ウィルヘルム二世)の寵愛を受け、母后となったことで急激に台頭した家系である。
しかし、その実態はウィルヘルム二世による「親オスタリッヒ派貴族」からの没収資産や土地を分配された、成り上がりの貴族であった。
ウィルヘルム二世・三世の父子二代にわたる治世は、秘密警察を用いた恐怖政治とオスタリッヒ帝国への敵対政策によって特徴づけられる。
ヴィッセルの娘を母とするウィルヘルム三世は第二十四代プロシア王国国王であるウィルヘルム二世の病没後、小ライヒ主義派貴族達によって擁立された反大ライヒ主義急先鋒にして厳格王の異名を持つウィルヘルム二世の息子に当たる。
統一帝国初代皇帝ウィルヘルム三世はウィルヘルム二世の子であり、ウィルヘルム二世は父方の親族であるであるディッシェンベルグ公爵家にて時の当主である鋼の公爵ことホルスト フォン ディッシェンベルグ公爵直々に帝王教育を受け、軍人としては実戦を経験し、為政者としても軍人としても一定以上の優れた才覚を見せた。
同時に開明的なディッシェンベルグ公爵家の家風を色濃く受け継ぎ、開明的政策を打ち出し、また熱烈な反オスタリッヒ主義者であった事でも知られている。
そのためにウィルヘルム三世は皇帝に擁立された後オスタリッヒ帝国及びマルデブルグ皇室に融和的であった貴族達や一部平民を自らの手で創設した秘密警察を用いて,多く捕らえて投獄や処刑を繰り返した。
ウィルヘルム二世、そしてその子に当たるウィルヘルム三世の治世数十年は特にオスタリッヒ帝国と統一帝国の関係が悪化した時代でもある。
ヴィッセル家の専横と終焉
ヴィッセル家はこの恐怖政治の波に乗り、没収された親オスタリッヒ派の資産を吸収して肥大化した。
ウィルヘルム三世の治世下、多くの貴族が度重なる戦争の負担に喘ぐ中、彼らは「母后の生家」という地位を利用して私腹を肥やし続けたのである。
しかし、その腐敗と専横は、次代の「暗赤帝」コルネリアス一世によって見過ごされることはなかった。
自らの血脈の一部でありながら、近代化の障害となったヴィッセル侯爵家を、彼は自らの手で速やかに葬り去ったのである。
また興味深い参考文献としてウィルヘルム三世の手記より,帝国において中央集権化する際に障害となる大貴族の弱体化の一環としてヴィッセル家を意図的に重用したと思しき内容が散見されることは極めて興味深い。
統一帝国コルネリアス帝による近代貴族基本概論: 「暗赤色の大改革」全貌より抜粋
合衆国中央大学社会政治学科教授 ダニエル・ルッツ
暗赤色の大改革後の貴族達は平民と同じ立場です。
(資金力,人脈,権威,歴史,経済的利権等を除く)
それはそれとして貴族の屋敷に石とか投げると名誉毀損罪(不敬罪)で捕まりますが。
追記
大ライヒ主義
内容:オスタリッヒ帝国全域(多数の非ザクセン系住民を含む)を、ライヒ統一の対象に含める考え方。
特徴:ライヒ連邦の最大国であるオスタリッヒ帝国を中心とし、神聖ロムリア帝国の広がりを意識。
対立点:オスタリッヒ帝国が多民族国家であるため、統一後の国家運営が複雑になる。
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小ライヒ主義
内容:オスタリッヒ帝国を除外し、プロシア王国を中心にザクセン人居住地域のみを統一する考え方。
特徴:プロシア王国が主導し、プロテスタント色が強い。
経緯:アムマイン国民議会で小ライヒ主義が結論づけられたが、プロシア国王が「議会の恩恵による」皇帝を拒否し頓挫。
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実現:後にヴァルツィンの「鉄血政策」により、プロシア主導で統一帝国として実現。
この話のまとめ
転換の要素 改革前(独立諸侯の時代) 改革後(統一帝国の歯車)
力の源泉 土地・私兵・世襲特権 皇帝への忠誠・経済的利権・名誉
貴族の性格 自立した地方領主 帝国機構の一部(軍人・官僚・資本家)
統合の原理 緩やかな主従関係 勝利神話に基づく民族的連帯
経済モデル 閉鎖的な領主経済 国家主導の開発独裁による資本の集中的分配