血・鉄・権謀   作:帝国軍司令部付研究監査群

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勇者がヴァルハラを夢見る陰で、罪人はニヴルヘイムの冷気におびえる。
真の恐怖とは、焼かれる痛みではなく、昏く苦い凍てつきにある。

北欧神話の一節より


ニヴルヘイム

栄えあるヴァザンティン帝国の第一士官学校首席卒業生であるアルサラーン少尉は自宅のベッドの中でんぅーだのうーだの唸りながら実に寝心地の悪い一夜を過ごしていた。

 

とはいえ時の流れは万人に平等であり,室内に鎮座する時計は午前6時を刻もうとしていた。

 

次の瞬間,アルサラーンは士官学校で叩き込まれた習慣どうりに規則正しく起き,洗面所で歯を磨きながら昨日の一幕を思い出していた。

そう,オスマン少佐のセリフである

『すまんな,アルサラーン少尉。

貴官個人に含むところがあるわけではないのだ。

ただここはちょっとだけ特殊な職場なのでな』

 

ちょっとだけ特殊………??

 

ありのまま 昨日の事を思い返してみる。

『第一希望である首都第2連隊に配属されると

思ったらいつのまにか明らかにブラック(法律的にも人道的にも心身の環境的にも)な職場に放り込まれていた』

何を言ってるのか わからねーという話である。

おまけに先任者や上官はなんかヤバそうだし,士官に任官した以上給与は兵卒よりは高いが、被服費やら将校クラブの会費やらで給与は飛んでいく。

頭がどうにかなりそうだった…。

 

ハンガーに何着か掛けられた士官用の服に袖を通し,鏡で身だしなみを確認する。

机の上の請求書に目をやると

 

 

請求書:将校クラブ付契約書

将校被服費:80万アクチェ

クラブ入会費:8万アクチェ

クラブ会費:4万アクチェ

総請求額:92万アクチェ

 

 

ペーペーの士官に請求する額か?めちゃくちゃ憂鬱だ。

朝から早々げんなりしてくる。

大きなため息を吐くと,朝食を食べて家を出た。

ーーーーーーー

 

憲兵保全局第二課 応接室

参謀本部より出向してきた士官にオスマン少佐とアルサラーン少尉は面会していた。

 

「………最低でも憲兵将校団が来るものだと思っていましたが」

 

「疑心暗鬼はパラノイアを招きます。

閣下は部内の動揺を阻止したいお考えでして」

 

「つまり?」

 

「徹底して内密にことを運びたいのだと

モグラ対策の内部監査であれば少数精鋭も道理でしょう」

 

「貴官もモグラなのか?

それはモグラの言い分ですよ?

それとも……あの部長の犬?

もみ消しでも命じられたのですか?」

 

士官は少しムッとした表情を返す。

「お言葉ですが,犬は犬でも『猟犬』です」

 

二人の間に少々緊迫した空気が流れる。

 

オスマン少佐はニカっと笑う。

「………詫びましょう大尉。

そのうえで成果を期待させてもらいたいものです」

オスマンと出向してきた大尉が席に着く。

「ではどのように調査を始めますか?

参謀本部を漁りますか?」

オスマンは大尉を嗜めた。

「参謀本部に法務部門が調査の手を突っ込めと?

スズメバチの巣に手を突っ込む方がまだ安全でしょう」

 

「外部から固めていくと?」

オスマンは大きく頷く。

「ええ,まさしく」

 

「物証・証言が信用できるという担保は?

ありませんな。

そもそも嫌疑の発端からして疑わしい。

本当に参謀本部にモグラが?

内通者がいると騒ぐ保全局だけを信じろと?」

御気を若干強め,矢継ぎ早に言い放つ。

 

オスマンは先端に火を付けたばかりの紙煙草を片手に僅かに漏れる怒気と共に『駄犬』に向けて言い放った。

「私は確信している,私が確信している。

我々はどこでも売国奴を追跡する。

クズの悪臭が漂うならば参謀本部まで。

こう言っちゃ悪いが、 便所にいても捕まえて、やつらをぶち殺してやる。

それで問題は終わりだ」

お互いが互いの眼を見て牽制し合う。

「でしたらば,やはり合同調査しかないのでは?」

アルサラーン少尉はそれはもう胃に穴が開きそうだったがなんとかカチコチの笑みを浮かべて両者に願い出た。

「そうだな,その通りだ」

「………やむを得ません、か」

アルサラーンは胸に手をやり一息はいた。

そして素晴らしく素敵な笑みを浮かべていらっしゃるオスマン少佐の顔に気付いた。

「それじゃあ,言いだしっぺに頼むとしようか。

よろしく頼むぞ?」

頭に!と?を浮かべ,目を見開いたアルサラーンが口を挟む間もなく会議は進む。

「こちらのアレムダル・アルサラーン少尉を憲兵保全局第二課の担当官にします。

情報共有は徹底していただけるのですね?」

 

「………秘密保持は?

当然徹底していただけるのですね?」

 

「大尉? 言葉には気をつけたほうが良い。

……こちらが流出させるとでも?」

冷ややかな相貌が大尉を少々睨め付けた。

 

大尉が片手を額に当て,自らの願いを口にする。

「漏れ口の所在が参謀本部と確定したわけではありますまい」

 

「剣と名誉に誓って私の部下は義務を知ると宣言しましょう」

 

3者が互いに敬礼を返す。

 

場所は移り,憲兵保全局所有の車内にてオスマンはアルサラーン少尉に念押ししていた。

「少尉,あの糞野郎にくっついて見張っておけ。

どうせ碌に調査もせず誤魔化すだろうから尻を蹴飛ばして催促しておけ」

 

「その・・・・・・本当にモグラがいると?」

 

「恋と戦争で『本心』を読まれるのは死活的。

恋と戦争においてはあらゆる手法も許される」

オスマンはアルビオンの諺を誦じた。

「参謀本部の情報部はモグラが狙うとすれば『真っ先』に狙われる訳だ」

 

「…………こ、心して調査に臨みます」

アルサラーンは車のハンドルを改めて握りしめた。

 

オスマンは懐のマホガニー製のシガレットケースから葉巻を一本取り出す。

「おいおい少尉,難しく考える必要はないぞ?

単なる害獣処理だ。

踏みつぶして祖国の畑の肥料としてぶちまけてやるぐらいで丁度いい」

 

シガーカッターで葉巻のヘッドをジョキリと切り落とした。

 

ーーーーーーー

憲兵保全局第二課 本部 地下牢の一室

ラシード中尉が微笑みながら水をやると、袋の中からごふ、うふ,んっぐ、えふっ、と苦しげに空気を吸おうとする音が聞こえる。

 

ここにくるのは二度目であるがアルサラーンはドン引きしていた。

 

まぁ参謀本部より出向していた大尉は何が何だかどういう事だ?という表情だが。

「これは?」

 

「見ての通りだ,大尉。

捕虜擬き,人間の形をした獣」

椅子に縛り付けられ,猿轡を咬まされた少年が小刻みに震える。

「子供とは……大人と同様に扱うべきではない!違いますか?」

 

オスマンは薄汚い虜囚に蔑んだ目を向けた。

「武器を構えられる時点で年齢に意味があるとでも?

大尉,愉快な意見だな」

 

「間違ったにせよ未来のある子供です。

違いますか?」

オスマンがゾッとするような目を向ける。

「未来ある?

愛国者を背後から撃つ屑にたいそうなご評価な事だな…。

さて大尉、素敵な合同モグラ退治の記念すべき第一歩だ。

はい,どうぞ」

水のたっぷりと入っているケトルを差し出した。

「は?」

「手を貸していただけるのでしょう?」

アルサラーンはそこに昨日の自分を見た。

 

 

 

「豚を歌わせろ」

 

「拷問で「真実」とやらを吐かせると?

馬鹿馬鹿しい。

保全局の職務は防諜でしょう!

モグラ狩りを突き進んで魔女裁判でもやるおつもりですか?」

 

苦痛から逃れるための虚偽証言とはいうけれど………。

アルサラーンが考えを巡らせる中、オスマン少佐は今日一番の笑顔で大尉を罵倒した。

「貴官は本当に馬鹿だな。

豚に何を聞くつもりだ?

貴官、豚語を喋れでもするのかね?

この豚の役割は泣き叫ぶこと。

恐怖をまき散らすただの楽器だ」

 

軍靴で椅子を蹴り倒し,オスマン少佐はラシード中尉から注射器を受け取ると少年の腕に躊躇う事なくズブリと突き刺した。

 

立ち上がり顎に手をやると少年が呻き出す。

 

ジメジメとした陰鬱で,暗い冥界にその悲鳴は良く馴染む。

 

その悍ましい地下に飼われている収監者達は老若男女問わずおぞましい鳴き声に肩を震わせ、恐怖した。

 

「………うわぁ…」

冷や汗を流し,アルサラーンは思わず口に手を当てた。

 

「苦痛は嘘を生む,しかし恐怖は真実を語る。

恐怖から逃れるために『転ぶ』者すら出てくるだろう」

軍帽の陰影に隠れて猟犬は新参者を見定めた。

 

「えげつないことで」

オスマン少佐はコクリと頷く。

そして再び水のたっぷりと入っているケトルを差し出した。

「苦痛と恐怖の幻想が薄っぺらい信念を侵食する。

見せしめは一番効果的なのだよ。

さ、始めてくれ」

 

大尉は押し黙ってオスマンに抗議の目線を向けた。

 

悍ましい笑みを浮かべてオスマンはそして再び水のたっぷりと入っているケトルを差し出した。

 

「豚に同情する理由でも?」

 

大尉が目線を下に下げる。

「私は将校です。

名誉と義務がある」

 

幼い子供を諭すようにオスマン少佐は穏やかに告げた。

「奇遇だね,私もだよ。

だからこそ汚い仕事しなければいけない」

 

水のたっぷりと入っているケトルを受け取り、大尉はその一歩を踏み出した。

 

 

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