【残暑 夜中】
[日本 都内総合病院]
「つ、着いたぞ!」
俺たちは英光が緊急搬送された総合病院へ駆け
つけると、放心状態のみよさんをトンガリが支え
ながら、救急外来へと駆け込んだ。
「春奈さん!?」
「熊田さん! 尖さん!」
「ひ、英光は!?」
俺がそう尋ねると、憔悴しきった春奈さんは口
元を押さえ、大粒の涙をこぼした。
そして、廊下のガラス越しに見えるICUへ視
線を向けた。
その視線につられるように、俺たちもガラスの
向こうを見て――息をのんだ。
そこには、全身を無数の管につながれ、眠り続
ける英光の姿があった。
「うっ・・・・・・うっ・・・・・・うっ・・・・・・」
俺たちが来て少し安心したのか。
春奈さんは、泣き出した。
「うっ・・・・・・うっ・・・・・・うっ・・・・・・」
「・・・・・・英光」
「・・・・・・うぅっ!?」
俺たちは言葉を失い、その場に立ち尽くす。
すると、救急外来の担当医が静かに近づいてき
た。
「ご親族の方ですか?」
「えっ!? あっ・・・・・・えっと、俺たちはこの人
の友人です」
俺は、ガラスに両手を貼り付けたまま英光を見
つめるみよさんを指し示しながら説明した。
「あ、そんなことよりも先生!! あの、ひ、英
光は!?英光は大丈夫なんですか!!?」
トンガリは先生の両肩をつかみ、必死に揺さぶ
りながら叫んだ。
「落ち着いてください。現在、全力で処置を行っ
ています」
俺はトンガリを止めようと、そっと右肩に手を
置く。
「落ち着け、トンガリ!」
「ブ、ブタゴリラ……」
「先生にやり投げを「八つ当たりでしょ!?」」
トンガリは盛大にため息をついた。
「こんな緊迫した時までボケないでよ・・・・・・」
俺は思わず顔を真っ赤にする。
「わ、悪かったよ・・・・・・」
先生は小さく咳払いをすると、俺たちを真っ直
ぐ見つめた。
「まず、英光くんの容体ですが、命に別状はあり
ません」
「ほ、本当ですか!?」
「よ、良かった〜」
「ええ。ただし、安心はできません」
先生の表情が曇る。
「現在の英光くんは原因不明の昏睡状態に陥って
います」
「原因不明の・・・・・・・・・昏睡状態?」
俺たちは息をのんだ。
先生は春奈さんから事情を聞いたが、このよう
な症例は今まで一度も聞いたことがないという。
事件当時、春奈さんと英光は自宅でくつろいで
いた。
テレビを見ていた英光が突然苦しみ始め、泡を
吹いて意識を失ったのだ。
春奈さんはすぐに救急車を呼び、英光はこの病
院へ緊急搬送されたと。
「意識が戻る兆候はあるのですが・・・・・・現時点で
は様子を見ることしか・・・・・・」
渋い顔に変わった先生は英光の容体を今まで経
験したことがないと語る。
「ただ時折、寝言のように何かをつぶやくことが
あります」
「「寝言・・・・・・・・・?」」
俺たちが聞き返すと、先生は英光に視線を向
け、静かに口を開いた。
「何とか聞き取れた言葉は・・・・・・・・・」
一拍置いて、先生は低い声で続けた。
「ただ一言――『スレイン』と」
その瞬間、ブタゴリラとトンガリが顔を見合わ
せた。
「・・・・・・・・・なあ、トンガリ」
「う、うん・・・・・・・・・私も気になってた」
二人は俺たちに聞こえないよう、小声でひそひ
そと話し始める。
「英光って、転生者だからか?」
「うん。もし、この昏睡状態が異世界の影響だと
したら・・・・・・・・・・・・」
二人の表情には、冗談では済まされない不安が
浮かんでいた。
――その時だった。
カタッ。
ベッド脇の点滴スタンドが小さく揺れた。
「「・・・・・・・・・えっ?」」
続いて、棚の上の器具や椅子、カーテンまで小
刻みに震え始める。
「な、何!?じ、地震!!?」
トンガリが反射的に声を上げる。
だが、ブタゴリラは首を横に振り、英光を指差
した。
「い、いや・・・・・・・・・・・・違う」
その場の全員が一斉に英光へ視線を向ける。
英光の眠るベッドを中心に、空気そのものがゆ
らりと歪んでいる。
「な、何だよ・・・・・・これ」
俺は息を呑み、顔を強張らせる。
「英光の周りだけ・・・・・・揺れてないか?」
俺の言葉と同時に、病室の空気が重く張り詰め
た。
「ま、まさか・・・・・・こ、これって・・・・・・念力じゃ
・・・・・・」
トンガリが震える声で呟く。
俺も目の前の光景を見つめながら、小さく頷い
た。
「た、確かに・・・・・・・・・そう見えるな」
もし俺たちの推測が正しければ、英光は異世界
転生者・・・・・・・・・・・・。
しかも、よくある剣と魔法の異世界から来たの
だとすれば――。
「お、おい・・・・・・まさか、魔力とかが暴走しかけ
てるんじゃねぇだろうな?」
「えっ!?」
「どう見ても、そうとしか思えねぇだろ・・・・・・」
ブタゴリラの顔色がみるみる青ざめた。
「に、逃げるぞ!」
「えっ!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「何言ってるんだよ!?」
「何って、暴走に巻き込まれたら終わりだろ!
逃げるなら今しかねぇ!」
ブタゴリラは放心したまま涙を流し続けるみよ
さんの腕をつかむと、半ば引きずるようにICU
の廊下から逃げ出した。
「みよさん!しっかりしろ!逃げるぞ!」
「は、春奈さん!こっちです!」
私も慌てて春奈さんの手を引き、ブタゴリラの
後を追う。
その瞬間――。
バチィィッ!!
英光の身体から溢れ出した魔力が暴風のように
ICUを駆け巡った。
モニターは火花を散らして爆ぜ、点滴スタンド
は根元からへし折れ、照明が次々と砕け散る。
「な、何だこれぇっ!?」
私が叫んだ、その時――。
ドォォォォォンッ!!
バズーカの直撃を受けたかのように、ICUの壁
が爆散し、コンクリート片が四方八方へ飛び散ち
浮遊した英光が廊下の大穴から現れた。
ブタゴリラは思わず振り返り、息を呑む。
「ぐおおおおおおぉ〜〜!!!」
英光は目が深紅のように赤く、禍々しい怨念を
放ち、咆哮を上げていた。
「英光・・・・・・!」
みよさんはブタゴリラの手を勢いよく振り払う
と、暴走する魔力など恐れもせず、浮遊した英光
に駆け寄った。
「お義母さん!!」
春奈も慌ててその後を追う。
「戻れっ!!近づいたら危ねぇ!!」
ブタゴリラが必死に叫ぶ。
しかし、その声は二人には届かなかった。
次の瞬間――。
英光の体からあふれ出した魔力が嵐のように吹
き荒れ、廊下周辺を激しく揺らした。
「きゃあっ!!」
春奈は吹き飛ばされそうになるが、みよさんは
歯を食いしばり、一歩、また一歩と前へ進む。
「英光・・・・・・! お婆さんはここよ!」
しかし、みよさんの声は届かない。
英光の暴走した魔力が渦を巻き始める。
渦はみるみる膨れ上がり、巨大な球体へと姿を
変えた。
そして――。
轟音とともに、その魔力の球体は一直線にみよ
さんへ襲いかかる。
「みよさん!?」
「に、逃げろーーッ!!」
誰もが悲鳴を上げる中、みよさんはただ英光を
見つめ、小さく呟いた。
「英光・・・・・・・・・」
魔力の球体が直撃しようとした、その刹那――。
ゴォォォォンッ!!
天地を震わせる轟音が響き渡る。
みよさんの前に巨大な影が降り立ち、その背に
広がる漆黒の翼が空気を震わせた。
「な、何だ・・・・・・!?」
「あれは・・・・・・て、天狗・・・・・・?」
そこに立っていたのは、山のような巨躯を誇る
紅色の顔に長い鼻を備えた、威厳あふれる大天狗
だった。
大天狗は静かに片手を前へとかざす。
「――ふん!?」
淡い黄金色の光が幾重もの障壁となって展開さ
れる。
次の瞬間、魔力の球体は障壁へ激突した。
ドォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃が病室を揺らす。
しかし、神通力の障壁は微動だにしない。
やがて球体は弾き返され、軌道を変えて天井へ
と飛び、激しい爆発を起こして四散した。
衝撃波が吹き荒れる中、大天狗はみよさんを背
に庇ったまま、英光を鋭い眼差しで見据えていた
「うむ、キテレツの言う通りになったな・・・・・・」
大天狗は悲しい表情を浮かべ、英光を優しい目
を向けた。
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【陽春 昼過ぎ】
[アールスハイド王国 シンの家]
「お〜い、ジィちゃん!バァちゃん!エイジ!」
僕たちの心配をよそに、シンが元気よく帰って
きた。
「シン!」
僕は思わず駆け寄る。
「エイジ、久しぶり!」
「本当に久しぶりだな!」
僕たちはハイタッチを交わしたが、僕の顔を見
てシンは驚いた。
「って!?どうしたの、その顔!?」
「・・・・・・一言で言えば、愛のムチだよ」
その一言で、察したシンは苦笑いを浮かべた。
「ところで、シン、狩りの収穫は?」
「あっ、ふふ〜ん、大漁だよ」
シンは異空間収納から、今日の獲物を次々と取
り出した。
「シン・・・・・・あんた・・・・・・・・・」
最初に驚きの声を上げたのはバァちゃんだった
「これ、全部あんた一人で仕留めてきたのかい
!?」
まあ、誰だって驚くだろうな。
野鳥が五羽に、イノシシが一匹なのだから。
「イノシシまでいるじゃないかい!!」
バァちゃんは目を見開き、シンを叱り始めた。
「危ないことはやめておくれ!!」
額に手を当て、大きく天を仰ぐ。
「どこの世界に、五歳でイノシシを仕留めてくる
子がいるんだい!!」
「ここ」
シンは得意げに自分を指差した。
「おバカ!!」
興奮気味のバァちゃんを、僕は苦笑しながらな
だめる。
「まあまあ、バァちゃん。落ち着いて、どうどう
どうどう」
「エイアス! 私は馬かい!!」
ジィちゃんも苦笑しながら口を挟んだ。
「エイアスの言う通りだ。少し落ち着け」
「この子たちの非常識さは、あんた譲りだろうが
マーリン!!」
シンは頭をかきながら申し訳なさそうに笑う。
「えっと・・・・・・ごめん、バァちゃん」
「まったく、もう・・・・・・」
ミッシェルおじさんが家から出て来て、バァち
ゃんに声をかけた。
「メリダ殿、お久しぶりです」
「ミッシェルかい、久しぶりだね」
「エイアスも久しぶりだな」
「うん、久しぶり」
ミッシェルおじさんも僕の顔を見ると苦笑いを
浮かべたが、さすがは大人だ。
何も言わず、見て見ぬふりをしてくれた。
「・・・・・・あのさ、バァちゃん。あの子は誰?」
シンは、少し離れた場所からこちらを見つめて
いるステラを指差した。
「新しい家族だよ」
バァちゃんは穏やかに微笑むと、ステラを手招
きした。
「おいで、ステラ」
ステラは少し緊張した面持ちで歩み寄る。
「この子はステラ。今日から、あたしたちと一緒
に暮らす家族だよ」
バァちゃんはそれだけを告げ、ステラの素性に
ついては何も話さなかった。
「そうか、よろしくな、ステラ」
ジィちゃんはステラと同じ視線になるため、し
ゃがんで静かに頷いた。
ミッシェルおじさんも事情を察したように小さ
く頷くだけだった。
誰も余計なことは聞かない。
その沈黙には、家族として受け入れるという意
思が込められていた。
「ふ~ん、わかった。よろしいね、ステラ」
シンも何か察したのか、そのままステラを受け
入れた。
「・・・・・・み、みなさん。よ、よろしくお願いしま
す」
ステラは目をうるわせながら、小さくおじぎし
た。
「さてと、今夜はご馳走だね、ジィちゃん」
「そうじゃな、エイアス」
僕の言葉に、ジィちゃんは嬉しそうに頷く。
みんなは笑顔を交わしながら家の中へ入り、そ
れぞれ夕食の支度に取りかかった。
こうして、新しい家族を迎えた我が家の、にぎ
やかな夜が始まった。
ーto be continuedー
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