江戸川 祐介の事件簿   作:アサシン・零

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Case.001 「皇成学園白骨死体事件①」

2039年、広島。

 

放課後の金嶋町皇成学園。体育館の周囲に黄色の規制テープが張り巡らされ、静寂が学園全体を覆っていた。

江戸川 祐介は、校舎の二階の渡り廊下から、その異様な光景を静かに見下ろしていた。

白骨死体。数十年前の過去。祐介は、この「ひょんなこと」が、自分と、そして自分の家族の日常に食い込んできたことを理解していた。彼は、自分に課せられた「目立ってはならない」というルールを再確認する。

 

そのとき、規制線の近くに、一台の黒い公用車が滑り込んできた。

中から、厳めしい表情のスーツ姿の刑事たちが降り立つ。その最後に姿を現した人物に、祐介の視線が集中した。

その女性は、すらりとした長身で、濃紺のスーツを完璧に着こなしている。目立つ薄茶色の髪は短く切り揃えられ、瞳の奥には、長年の研究と捜査で培われた45歳の知性と、一切の感情を排した冷徹さが宿っていた。

 

江戸川 哀。彼の母親だ。

広島県警察刑事部捜査一課強行犯一係 警部補。

彼女は醜いファントムである。捜査の最前線に立っている。

哀は、規制テープをくぐると、部下たちに顎で指示を出し、迷いなく体育館の入り口へと向かった。

 

哀警部補は、刑事としての圧倒的な存在感で周囲の大人たちを束ねながら、規制線の中へと進んだ。彼女の部下たちが次々と物々しい機材を運び込む中、哀は一度、立ち止まる。

鋭い視線が、校舎二階の渡り廊下の窓際で静止している祐介の姿を正確に捉えた。

 

「祐介」

その声は、低く、張り詰めた緊張を帯びていた。

祐介は、反射的に背筋を伸ばす。母からの公の場での呼び出しは、ほとんど命令だ。

哀は、感情の読めない顔のまま、規制線に向かって手を広げた。

 

「シャッキとしなさい。ここは規制線張るから」

それは、公的な指示のように聞こえるが、祐介には自分に向けられた言葉だと理解できた。「余計な詮索をするな」「目立つな」という警告だ。

 

哀は、祐介から視線を外し、隣に立つ背の高い男性に声をかけた。

 

「沖村 昭人警部補」

「沖村です」

灰色のスーツに身を包んだ、恰幅のいい中年の男が、哀に一歩近づいた。彼は一見、厳格そうだが、瞳の奥に優しい光を宿している。

沖村は哀の指示を待つ前に、ちらりと二階を見上げた。哀と祐介の関係は、この一課では「公然の秘密」だ。

「祐介君、仕事だからあっち行ってね」

沖村は、その体躯を活かした威圧的な姿勢は取らず、あくまで穏やかに諭した。

 

祐介は小さく頷き、窓から離れる。彼は、母の指示に従い現場から遠ざかりながらも、沖村警部補が哀に説明する事件の概要を、壁越しに、あるいはスマートフォン越しに、どのように盗み聞くかを瞬時に計算していた。

 

「それで、沖村。現場の状況は?」

哀は、体育館の入口に立ち、冷静に問いかけた。

「はっ。遺体は体育館の北西側、床下から発見されました。改修工事のため床板を剥がしたところ、地面を浅く掘った状態で見つかったそうです。白骨化が著しく、性別は不明。おそらく数十年単位で埋まっていたと見られます」

 

「身元は?」

「まだ。指紋も残っていません。歯の治療痕も古いタイプですが、照合できる記録があるかどうか。遺体には目立った外傷は見られませんが、埋まっていた向きから見て、無理やり押し込まれた可能性が高い。殺人事件として捜査を開始します」

哀は顔色一つ変えず、科学捜査用の精密なグローブを装着した。

「掘り出された遺体は触らない。沖村、あなたは周辺の地質調査と、当時の体育館の増改築記録をすぐに洗って。特に、防音工事や特殊な資材が使用された記録がないか確認を。私は、遺体の年代測定を優先させる」

 

「防音工事、ですか?なぜ?」沖村はわずかに戸惑った。

哀は、静かに体育館の内部を見渡した。

「この体育館の古い構造は、単に遺体を隠すためではなく、『誰にも聞かれないように何かを終わらせる』ための密室として使われた痕跡がある気がするわ。それは私の勘。……そして、私の専門よ」

 

沖村は、哀の指示の意図を理解できずとも、その正確さを知っている。

「了解しました。すぐに手配します」

哀は小さく頷き、体育館の薄暗い内部へ、深く踏み込んでいった。

 

哀警部補が体育館の床下を鋭い目で検分し始めて数十分後、沖村警部補が彼女の傍に戻ってきた。手には、学校の古い資料のコピーが握られている。

 

「江戸川警部補、調べました。この金嶋町皇成学園は1964年と歴史が古く、過去に三度も防音工事を繰り返し行っています」

哀は、グローブをはめた手を止めず、床下の土壌サンプルが入ったビニール袋を慎重に密封しながら、沖村に先を促した。

 

「回数と時期は?」

「一回目は設立当時の1964年。二回目は1981年、そして三回目は2004年です」

 

「2004年……」哀の目がわずかに細くなった。

沖村は続ける。「そしてここ一帯の地質ですが、やはり広島市内のほうですから三角州です。ですから建物建設の際には地盤をしっかり固定しないといけません。体育館の基礎工事記録には、通常の建材とは別に、高密度の吸湿性強化材が使用された記録があります」

 

祐介は、再び人目のない場所から、耳を澄ませていた。

1964年、1981年、2004年の防音工事。

三角州の地質と、吸湿性強化材。

これらの情報が、彼の頭の中で、すでに複数のロジックの断片として組み合わさり始めていた。

そのとき、哀が立ち上がり、鑑識が設置した小型の年代測定機を手に取った。遺体の一部に近付け、数値を読み取る。

 

「2002年か」

哀は淡々と、しかし確信を持ってつぶやいた。

「新庄刑事(階級は巡査長)。あなたは鑑識と連携して、遺体発見場所の土壌と、2004年の防音工事に使用されたとされる特殊な資材の残骸を照合しなさい。埋められたのが2002年だとすれば、2004年の工事は遺体を隠蔽するために行われた可能性が高いわ」

「は、はい!」新庄刑事は、哀の指示のあまりの早さに、やや驚きながらも敬礼した。

祐介は、その一連の母の仕事ぶりを見て、胸の中で深く頷いた。

 

「流石だ」

白骨死体の年代を瞬時に特定し、その年代と学校の工事記録を結びつけ、次の捜査の方向性を一瞬で決定する。その科学的な論理と、指揮官としての冷静な判断力は、まさに天才的な科学者であった母の面目躍如だった。祐介は、母の優秀さにホッとし、そして心から感心していた。

 

彼の心の中には、**「探偵」や「推理」といった言葉よりも、まず「家族の持つ異能を守る」**という強い使命感がある。母が現場で完璧な仕事をすればするほど、彼らが過去の影に脅かされるリスクは減る。

 

だが、彼の頭脳は、それだけでは満足しなかった。

遺体が埋められたのは2002年。

防音工事は1981年と2004年。

つまり、遺体は1981年の防音工事が施された体育館の床下に、2002年に埋められ、その証拠を隠すために2004年の防音工事が利用された。

 

祐介の冷静な思考は、この三つの年号の間に隠された、**誰かの「深い秘密」と「巧妙なトリック」**の存在を予感していた。

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