無下限、六眼持って転生したけどサイタマが居ない 作:一般通過ドブカス
「ものすごい轟音と揺れが続いています!!」
「突如A市を襲った大爆発はなおも規模を拡大させ、町全体がまるで」
――――ドッ、ザザッ、ザー……
テレビが緊急速報に切り替わり、現地スタッフの必死のリポートが映し出された直後、映像が途切れテレビが砂嵐になった。
「あー、クソッ。原作が始まっちまったか……」
テレビの前でくつろいでいた男は、砂嵐から戻らないテレビを見ながら思わず頭を抱えた。いつかこの日が来ることは分かっていた。しかし、いざその日が来ると、その事実が確定してしまうことが恐ろしかった。
「いや、まだ確定した訳じゃない。今日、彼が現れてくれれば何も問題はないんだ」
男は深く息を吐きだし、気持ちを切り替えて立ち上がった。
「よし、行くか」
男がこの「ワンパンマン」の世界に転生して約3年。彼はまだ、「サイタマ」に出会えていなかった。
三年前
それは、近年のインターネットではありふれた展開だった。平凡なサラリーマンだった男は、目の前で道路に飛び出して今にもトラックに轢かれそうになった少女を咄嗟にかばい、入れ替わるようにしてトラックに轢かれた。
「(体が、動かない……。俺は死ぬのか?)」
男には、周囲の喧騒や響き渡る悲鳴がどこか遠くの出来事のように感じていた。
「(あの子は無事だろうか。両親には申し訳ないことをしたな。あの漫画の続きはどうなるんだろう。会社に休むって連絡しなきゃ)」
沈みゆく意識の中、まとまらない思考が次々と溢れては溶けてゆく。そして、その生が途絶える間際、男は死を垣間見た。
「っ!? はっ、なっ!?」
男は飛び上がるように起き上がり、胸に手を当て、痛いほどに脈打つ鼓動を必死に鎮めようとしていた。次第に鼓動は落ち着き、周囲に気を配れるほどに冷静さが戻ってきたが、男は困惑することしかできなかった。
「ここは何処だ……、俺は助かったのか? いや、それにしても、なんで病院じゃないんだ?」
男が目覚めたのは病院ではなく、ありふれた作りのワンルームのベッドの上だった。そして、テーブルの上には飲みかけの缶ジュースや財布、家のものらしき鍵が置いてあり、古い型のテレビがニュースを垂れ流していることから、誰かが生活していたことは明らかだった。
「あのー、誰かいませんか? 誰か……。っ!?」
一縷の望みをかけて呼びかけてみるが返事はない。ふと、視界の端に自身の手が映った瞬間、手に微細な粒子が流れているようなイメージが脳裏をよぎり、激しい頭痛が男を襲った。
「がっ、くっそ、何なんだ!」
痛みは一瞬で引いたが、男は何が起こったのかわからずしばらく目を閉じて動揺を鎮めようと必死だった。
「手を見たせい、なのか?」
男は恐る恐る薄目を開け、ゆっくりと片手を視界に収まるように動かした。
「うわっ、なんだこれ……」
男の目には、自身の手を微細な粒子のような何かが血液のように駆け巡っている様子が鮮明に映し出されていた。男は思わず目を見開き、呆然と自身の手を眺めていたが、ふと頭痛がしないことに気がつき自身の全身を見渡した。
「ぜ、全身に流れてるのか」
微細な粒子のような何かは、男の全身を循環するように駆け巡っていた。自身の体を流れるものを思わず観察していると、この何かは丹田を中心に全身を循環していることが分かった。そして、意識をすると流れの強弱や、流れ方を変えられることに気づいた。しばらく流れの速さや経路を変えていた男だったが、自身の置かれている現状を思い出した。
「やば、こんなことしてる場合じゃないんだった。いや、この流れてるのも一大事だけどさ」
男はベッドから立ち上がると、部屋の入口のドアまで歩いていき、恐る恐るドアを開けた。
「あの、誰かいませんか?」
そう廊下に声をかけるも返事はない。少しビビりながらも廊下に出て、人がいないか確認するために洗面所の扉を開けた。
「えっ? は? 誰だよ……」
全身を流れている何かのせいで見づらいが、鏡に映っていたのは自分とは似ても似つかない容姿の青年だった。思わず自身の顔を手で触るが、間違いなく自分の顔に触れている感覚があった。
「どうなってんだ。てか、流れてるの邪魔!」
顔がよく見えなかったため、意識して流れを止めようとすると、案外簡単に全身に流れている何かの流れを止めることができた。
「うわっ、止めれるのかこれ。それにしても、やっぱ俺じゃないよな……」
鏡に映った姿は、黒髪にそこそこ整った顔立ちの寝間着姿の青年であり、何よりも異彩を放っているのは、淡い水色に光り輝く宝石のような瞳であった。もはや、男の元の容姿と同じなのは髪色だけである。
「どうなってるんだ……。まさか、いや、そんなことが現実にありえるのか?」
男は昔から漫画やアニメが好きだった。当然、最近の流行りとして転生ものの作品もいくつか見ていた。故に、自身の現状に心当たりがあった。それは現実としては到底信じられない話であったが、水色に光り輝くその瞳に酷く見覚えがあった。
「転生、したのか? ……しかもこの目、まさか六眼?」
水色に光り輝く瞳は、男が生前好きだった作品の一つに登場するキャラクターの瞳に瓜二つだった。そして、男の瞳が六眼と呼ばれる瞳になっていると仮定すると、全身をめぐる謎の粒子のようなものにも説明がつく。
「俺の目が六眼になっているとしたら、この流れているのは呪力か!?」
六眼は呪力の流れを極めて高精度に視認できるといった設定の瞳であった。その設定が現実になっていると考えると、男の体を流れているものの正体は呪力である可能性が非常に高かった。
「まさか、呪術廻戦の世界に転生したのか!? 確かに好きだったけど転生先としてはクソすぎる! いや、でも、六眼があれば術式次第では生き残れるか? ってか、俺が六眼を持ってるなら、五条悟の六眼はどうなってるんだ。六眼持ちは同時には生まれない的な設定があったはず! だとしたら、もう五条悟は死んでて新宿決戦の後なのか? ……いや、五条の死体は乙骨が乗っ取ったから六眼も残ってるのか? くそ、落ち着け、そもそも転生したのかもまだ確定じゃない」
呪術廻戦の世界に転生した可能性が濃厚になったことで男は取り乱していたが、ある程度考えを吐き出したのか多少であるが気持ちを落ち着けることに成功した。そして、目覚めた部屋のテーブルの上に財布が置いてあることを思い出した。
「そうだ、確か財布があった! 身分証か何かがあれば何かがわかるはず!」
男は急いで部屋に戻ると、テーブルに置いてある財布の中身を物色した。そして、財布からは1000円札一枚と小銭が少し、運転免許証とどこかの店のポイントカードが数枚出てきた。
「お、免許があるな」
運転免許証は男が知っているものと大差はなく、住所や名前、生年月日などの情報に加え、顔写真が張られていた。しかし、そこにあった情報は男が思っていたものとは違うものだった。
「Z市? アルファベットの市なんて日本にないだろ! しかも名前がゴジョウってふざけてやがる! 顔は、六眼以外は間違いなく今の俺か。誕生日は無駄に俺と一緒かよ……。 なんだこれ、転生させた神様が愉悦部だったって落ちか……?」
男は免許証に書かれていたふざけているような情報を見て、転生してしまったという確信を深めていた。それも、質の悪い部類の神様に遊ばれているのではないかと本気で考えていた。そんな中、つけたままになっていたテレビから大きな音が流れ、緊急速報に切り替わった。
「C市にて怪人が暴れています!! C市にお住みの方は直ちに避難を開始してください!! 現場では複数のビルが倒壊させられた模様です!!」
「……ん? 怪人?」
テレビから聞こえてきた言葉に猛烈に嫌な予感がしてきた男は、冷や汗をかきながらテレビに視線を送った。
「ご覧ください! 少し遠いですが怪人が見えました! あれは、カメムシの怪人でしょうか、巨大なカメムシ怪人が暴れています!!」
テレビには、人間の顔が付いた全長10mほどの大きさのカメムシが二足歩行をして暴れまわっている様子が映し出されている。非常にシュールな光景ではあるが巨大なカメムシの脅威は本物であり、今もまた体当たりでビルを倒壊させていた。
その映像を見ていた男は、転生する前に垣間見た死の感覚が脳裏をよぎり、手が震え、自身の血の気が引いていくのを感じていた。Z市、C市、怪人。これらの言葉から予測できるのは最悪な世界だった。
「……ワンパンマンの世界かよ」
男は自分が再び死ぬ可能性が格段に高まったことに絶望した。ワンパンマンの世界に転生するよりは呪術廻戦の世界だったほうが遥かにましだった。
ワンパンマンの世界では、一般人の命は吹けば飛ぶ塵のようなものである。市ごと崩壊するような描写が何度もあるため、数万人規模で人が死ぬのが日常となっているうえに、この世界の上澄みの強者であるS級ヒーローですら苦戦する怪人が頻繁に出現する地獄のような世界だ。
もちろん、最強であるサイタマがいるため最終的には敵がワンパンで死ぬのは確定しているが、サイタマは基本遅れて登場するため、怪人の犠牲者は当たり前のように発生する。
「そうだ、呪力強化でサイタマや他のS級が来るまで逃げ回れば生きていけるか……?」
男は、自分が呪力と思われる力を扱えることを思い出し、そこに希望を見出した。幸い、災害レベル竜などの上澄みの怪人を除けば、多くの怪人はそこまで強そうな描写はされていなかった。原作さえ避けていれば、呪力で強化した身体能力なら怪人が倒されるまで逃げ回ることは十分可能に思えた。
「とりあえず、怪人協会が現れるまではゴーストタウンになる場所を避ければZ市は比較的安全なはず。ボロスがA市を消し飛ばすはずだから、それを機にZ市を引っ越せばいい感じに逃げられるか?」
男は原作の知識を生かしてどうすればこの世界で生き残れるかを考え始めていた。そして、直ぐに致命的なことに気が付いた。
「……その後は? クソっ、怪人協会編が終わったとこまでしか知らないぞ。神とかいう特大の厄ネタがあるんだから絶対その後もサイタマが倒すまでに大惨事になるに決まってる! 怪人協会編が終わった後が分からないとなると、いっそサイタマに近づいた方がいいのか? だけど、そうなるとヒーローとして化け物どもと戦うことになりそうだし……」
男がこの世界に転生する際、ワンパンマンは怪人協会編が終わった所まで連載していた。つまり、サイタマがポチと黒い精子をペットとして連れ帰ったあたり以降の内容を男は把握していなかった。
今後どうすればこの世界で生き残ることが出来るのか。ああでもない、こうでもないと唸りながら頭を悩ませる男だったが、ついぞ結論が出ることはなかった。
男は一時間近く悩み続けていたが、どうしても結論を見いだせず勢いよく立ち上がった。
「はぁ。気分転換に外でも見てみるか」
何度考えても結論が出る気がしない男は、一旦今後の方針を考えるのを諦め、自身が転生したZ市を見て陰鬱とした気分を少しでも紛らわせることにした。
玄関にあった見覚えのない靴を履き外に出ると、先ほどまでいた部屋はボロいアパートの一室であることが確認できた。そのまま少し歩いて回るが、見慣れないだけで普通の住宅街のようであった。
「んー、普通だ。よし、このまま迷わない程度に散歩してみるか」
道路沿いに歩いていくと、大型の団地と思われる建物が見えるある程度人通りのある道に差しかかった。そして、何人かとすれ違ううちに、男は現実との明確な差異を感じていた。
「なんか、人の容姿が極端だな。全体的に容姿が整ってる人が多いのに、アゴに尻がついてるおっさんが紛れ込んでるのは笑うしかないだろ」
人としてありえないレベルのケツアゴのおっさんを見てしまった男は、曲がり角を曲がった瞬間、耐え切れずに笑い出した。
「くっ、ダメだ、我慢できん! なんだよあのアゴ! はーっ、笑ったらちょっと元気出てきたな。よし、あの団地辺りまで行ったら一旦家に戻るか」
ひとしきり笑った男は、少し明るい顔をして再び歩き出した。そして、目標としていた団地にあと少しでたどり着こうとしていたとき、横の公園でサッカーボールを蹴っている少年の後ろ姿が目に映った。
「ガキは無邪気でいいな……っ!?」
リフティングをしていた少年がボールを追って男の方へ振り返った。その瞬間、男の目は少年に釘付けになり、金縛りにあったように動けなくなっていた。少年のアゴは、まるで尻のようなケツアゴだった。
公園にいるサッカーボールを持ったケツアゴの少年。男は、全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。
「ん?何見てんだよ」
男に気がついた少年は、リフティングしていたサッカーボールを手でつかみそう尋ねた。男は今すぐにでもこの場を逃げ出したいほどの嫌な予感を感じていたが、なんとか記憶を引っ張り出し、言葉を絞り出した。
「か、カニの怪人に何か、してないよな……?」
「え?」
「―――公園で寝てたからマジックで乳首かいたよ」
男は膝から崩れ落ちそうなほどの衝撃を受けていた。なんの因果か、原作の3年前、サイタマがヒーローを目指すことを決意する場面に居合わせてしまったのだ。だが、それだけならば男にとって特に問題はなかった。
先ほどからこの場面に対してどうしようもないほどの悪寒を感じている理由。それはただ一つ。
「(周りに、人が居ない……!!)」
そう、男がこのケツアゴの少年を見つけたとき、周囲に自分以外の人は歩いていなかったのだ。そして今も、サイタマらしき人物は一向に現れる様子がない。
何故、サイタマが現れないのか。何故、自分がこの場に居合わせたのか。自分が転生したせいで何か因果が変わってしまったのか。どうしようもない焦燥感と困惑に飲まれた男は、その場で固まったように動けなくなっていた。
「見~っけたァッ!!」
思考の海から抜け出せなくなっていた男だったが、背後から響いた声を聞き、原作の内容が脳裏によぎった瞬間、反射的に少年を抱えるように前方に飛び込んでいた。
「うぐっ!?」
眼前でカニランテの爪が地面に食い込んでるのを見て思わず体がすくみ、少年を抱えたまま地面に背中から着地した。
「あ~?」
「おいガキ! 早く逃げろ!!」
カニランテがゆっくりと振り返る中、男は少年を逃がそうとする。しかし、少年はサッカーボールを気にするそぶりを見せてすぐに逃げようとしない。
「キミ~、何のつもりだい。まさかその糞ガキをかばう気かい?」
カニランテが不快そうに男を見るが、男は震えながらも少年をかばうように立ち上がった。
「死ぬのは嫌だけど、目の前でガキ見捨てたら一生後悔して生きる羽目になりそうなんでね」
それは男の本音であったが、自身が知っている怪人協会編までは原作の流れを変えたくないという気持ちも強かった。そして、男は何の根拠もなくただ強がっている訳ではなかった。カニランテは怪人ではあるが、一般人程度の身体能力しかなかったサイタマが倒せたのだ。呪力強化があれば、自分にも十分勝機があると考えていた。
「そのガキャァ俺様のボディに乳首を描きやがったんだ! しかも油性だぞ! この手ではタオルで強く拭くこともできん! 許すまじ!! 邪魔をするなら君も八つ裂きにしてやる!!」
「(クソっ、呪力強化ってどうすればいいんだ! すでに呪力は全身に巡ってるが、これでいいのか!? もっと早く、大量に巡らせるしかないか!)」
、
怒りを爆発させたカニランテをよそめに、男は呪力で体を強化することに必死だった。それ故、カニランテのハサミによる打撃は容易に男を吹き飛ばした。
「がッ」
男を吹き飛ばしたカニランテは、迷わず未だに地面に座り込んでいる少年へと歩みを進めた。
「ひっ、ひいいいぃぃぃぃいいいい」
地面を這いずるように後ずさる少年の叫び声が響く中、カニランテに吹き飛ばされた男はあっさりと立ち上がっていた。
「痛っ、くない? ははっ、全く痛くねぇ。これが呪力強化か」
軽く数メートルは吹き飛ばされ、かつての自分なら間違いなく酷いけがを負っていたであろう衝撃を受けたにもかからわず、一切のダメージを負っていない自分の体に感動を覚えた男であったが、カニランテが少年に迫る様子を見て意識を切り替えた。
「これなら戦える……!」
カニランテに肉弾戦を挑もうと一歩踏み出した男だったが、ふと、術式があるのではないかと思いついた。
「そうだ、六眼と呪力を持って転生したんだ。なんか術式があったりしないのか!?」
男が自分の術式について意識した瞬間、まるで初めから知っていたかのように術式の使い方を理解していた。
「はは、マジかよ」
男がその身に宿していた生得術式は無下限呪術。さらには、順転の「蒼」だけでなく、反転の「赫」、虚式「茈」、領域展開までも使えることが感覚として理解できた。
「死ね」
カニランテがハサミを振りかざし、少年にたたきつけるその瞬間、
――――術式順転「蒼」
「プグァッはぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」
強烈な破壊音が鳴り響く中、ブチュっという湿った音と主にカニランテは僅かな肉片を残して消滅した。公園は通路に大きな穴が開き、木々が巻き込まれてへし折れており、少年のギリギリ手前までその破壊痕は及んでいた。
「(やっっばい! 全く加減が効かねぇ!! 危うくガキも一緒にすり潰すとこだったぞ!)」
無下限呪術を使えるどころか領域展開や反転術式も使用できることに興奮していた男だったが、自身が生み出した破壊痕を見て冷や水を浴びせられたような気になり、急いで公園から逃げ出した。
全速力で家まで戻り、一息ついた男は最大の問題を思い出してしまっていた。
「サイタマいないじゃん!!」
そう、無下限呪術があることが分かり、さらにカニランテを倒したことですっかり忘れていたが、本来カニランテはサイタマが倒すはずの怪人である。
「サイタマいないのはヤバすぎないか!? 神どころかガロウで詰まないか!?」
男の認識では、サイタマなしではラスボスのように描かれていた「神」に勝てる気がしなかった。それどころか、ガロウにすら勝てる気がしない。ブラストが居れば何とかなる可能性があると思ったが、原作を思い出してみるとガロウの攻撃を見たブラストの動揺っぷりからして勝てるとは思えなかった。
地獄のような世界に転生した上に、全てを解決してくれる主人公が不在の可能性が出て来た事実に散々慌てふためいていた男は、現実逃避をしただけかもしれないが、かなり長い時間をかけて次第に落ち着きを取り戻していった。
「い、いや。まだサイタマがいないと決まった訳じゃない。今日、偶然いなかっただけで、他のきっかけでヒーローを目指し始める世界線なんだ。よし、そうだ。きっとそうだ。今後は、どうしようかな。サイタマを探すのは当然として、原作が始まっても死なないように、あと3年で無下限呪術と呪力はもっと扱えるようになった方がいいよな」
――――こうして、男は五条と名乗り(免許証に書いていたカタカナでゴジョウは何となくダサくて嫌だった)、原作開始までの三年間、サイタマを探しながら無下限呪術の練習として目についた怪人を狩り続けた。そして今、五条の眼下には崩壊したA市の中で泣く少女を握りつぶそうとするワクチンマンがいた。
ワクチンマンが少女に向けて伸ばした手を巨大化させ、少女を握りつぶすために腕を勢いよく伸ばした。
五条はその様子を様子見していた。そして、自身が間に合わなくなるギリギリまで待った後、どこか諦めたような顔で動き始める。
「やっぱり、サイタマはいないのか……」
ワクチンマンの手は、少女の前に突如として現れた五条の寸前で止まっていた。
「何者だお前は」
ワクチンマンは自身の手が止められた原因がわからないのか、困惑した様子で手を眺めた後に五条に問いかける。五条は何と返事するか迷ったが、ついにいないことがほぼ確定してしまった彼にあやかってこう答えた。
「趣味でヒーローをやっている者だ……ってね」
「……なんだその適当な設定は…」
ワクチンマンの全身に血管が浮かび上がり、雰囲気が変化してたのが見て取れたことから、原作同様勘気に触れたようだった。
「私は人間どもが環境汚染を繰り返すことによって生まれたワクチンマンだ。地球は一個の生命体である。貴様ら人間は地球の命をむしばみ続ける病原菌に他ならない! 私はそんな人間どもとそれが生み出した害悪文明を抹消するため地球の意思によって生み出されたのだ!」
ワクチンマンが叫び、怒りのボルテージが上がるのと同時にメキメキと音を立てて巨大な怪物の姿へと変貌を始めた。五条はその様子をどこか緊張したかのように眺めながら、今後、サイタマがいない世界で生き抜いていく覚悟を改めて決めていた。
「それを! 趣味? 趣味だと! そんな理由で地球の使徒である私に刃向かうとは! やはり人間、根絶やしにするほかないようだ!」
変身後のワクチンマンは数倍の体躯に膨れ上がり、その体から感じる圧は先ほどの人型の時とは比べようもないほどになっていた。それに対し、相対する五条はただ静かに片腕をワクチンマンへと向けた。その掌の先には、赤い光が収束し球となっていた。
「な、なんだそれはっ!」
――――術式反転「赫」
「ぐおおおぉぉぉぉおおおお!?」
収束しているエネルギー量に危機感を感じ目を見開くワクチンマンに対し、容赦なく術式反転「赫」を放った五条だったが、その結果をみて思わずため息を零した。
「はぁ。やっぱり、赫でもサイタマの軽いパンチ以下の火力しか出てないのか」
舞い上がった粉塵から覗くワクチンマンの姿は、咄嗟に防御したのであろう両腕が吹き飛び、その巨体が深く抉られるほどのダメージを受けていたが、その目に宿る強い光から、まだまだ健在であることは明らかだった。
「ぐっ、この、私は!! 人間を滅ぼすまではッ、死なん!!」
ボコボコボコッと音立て、ワクチンマンの失われた肉体が隆起し再生してゆく。ものの数秒で胴体を完全に再生し、すでに腕も半ばまで生えているその再生力は、ワクチンマンを一撃で倒せないヒーローにとっては絶望的なまでの力と言えるだろう。
「位相 波羅蜜 光の柱」
五条は再生を終えようとしているワクチンマンに対し再び腕を構え、呪詞を唱えた。その腕の先に現れた赤い光の勢いが強まり、先ほどよりも遥かに強大なエネルギーが渦巻き球へと収束してゆく。
「キサマはここで確実に殺してやるっ!!」
――――術式反転「赫」
五条の放った赫とワクチンマンが放った光球が衝突したが、激しい爆発とともに、一瞬たりとも拮抗することなく赫が光球を突き抜けた。
「ぐ、ばっ、バカなああああああああああああああ!?」
両腕を構え、僅かな間だけ赫を受け止めたワクチンマンだったが、次第にその体を打ち砕かれ、胴体が吹き飛び力尽きた。
「……呪詞の完全詠唱で底上げすればワクチンマンを倒せるのか」
ワクチンマンは五条にとって、自身とサイタマの差を比べる指標として丁度良かった。ワクチンマンは最初にサイタマにワンパンされた怪人ではあるが、災害レベル竜であり原作に登場した怪人の中でもかなりの上澄みの部類のはずであった。
それを詠唱ありとはいえ赫で一撃で倒せた事実は、この三年間の戦いの日々で五条が身につけた確かな実力を証明していた。
「やっぱ、無下限呪術の性能はおかしいな」
幸いなことに、転生当初から術式反転や領域展開まで使える状態だった五条は、この三年間で無下限呪術の本領を十全に引き出せるようになっていた。しかし、蒼や赫といった無下限呪術の技は、制御が不安定だったとはいえ転生当初から現在とほぼ同じ威力で放つことが出来ていた。
「これなら、ボロスが来るまでは心配しなくてよさそうだな」
五条は今日までの三年間の戦いの中で、原作開始の証であるワクチンマンの前にサイタマが現れなかった場合、サイタマはこの世界には存在しないと仮定して生き残るために原作に介入することを決めていた。
サイタマがいなければ隕石は防げずにZ市と共にバンクが死亡し、タツマキやブラスト次第ではあるが怪人協会以前にボロスによってヒーロー協会が敗北し、人類の生活圏が崩壊する恐れすらあった。そうなってしまえば、無下限呪術があれど生きていくことは容易ではなくなる。
五条は一度死んだ経験から自分が生き延びることを至上の目的としているが、文明が崩壊した世界で生きていくことは到底許容できるものではない。そのために、命を懸けて戦う覚悟があった。
「とりあえず、怪人協会とガロウが片付くまではなるべく原作通りにいくことを目指して、そこから起こりそうな神との戦いは……、まぁ、ブラストに頑張ってもらうしかないか」
五条は無下限呪術を用いて浮かび上がると、そのままZ市のゴーストタウンとなった自宅へと飛び去って行った。
なお、ワクチンマンはキングが倒した扱いとなり、ヒーロー協会はキングの評価をまた一段上げた。