流星群は燃え尽きない   作:アグロニ

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かき氷は全部同じ味らしい

無事?に契約書の提出を終えたあと、俺たちは学食へと向かった。

腹が減っては戦はできぬ。これから始まる二人三脚に向けた、最初の決起集会だ。

 

「好きなもん食えよ。好みの把握からトレーナーの仕事だからな」

「分かりました。では遠慮なくいただきますね」

「おう、奢るわけでもないしな。無料なのが羨ましいぜ」

 

リュウちゃんはメニューサンプルの前で腕を組み、真剣な表情で悩み始めた。

あれでもない、これでもないと口をもごもご動かしながら視線と指をさまよわせる。

 

「……これにします」

最終的に彼女が選んだのは、真っ赤な激辛麻婆豆腐定食だった。

「おい、大丈夫か? かなり辛そうだぞ」

「はい。見た目が赤くて、匂いが鼻を刺すようで、湯気が立っている。これはとてもバランスがいいです」

「判断基準わっかんねぇ~」

 

俺はチキン南蛮にした。これ最高。

 

トレイを受け取り、席に着く。

彼女は手を合わせると、躊躇なくレンゲで真っ赤な塊を口に運んだ。

見ているだけでも汗が出そうなそれを、彼女は「んー!」と幸せそうに咀嚼する。

 

「辛い! 痛い! 熱い! ……完璧です!」

「味の感想、それで合ってる?」

「刺激が全部同じ方向を向いています。分かりやすくて大好きです」

 

にこにこと笑いながら激辛料理を平らげる姿は、見ていて気持ちがいいような、少し怖いような。

食べ進めるリュウちゃんを横目に、俺はデザートとしてかき氷を二つ買ってきた。

イチゴ味と、ブルーハワイ味。

 

「ほら、口直しだ」

「わあ、ありがとうございます。……あ、これはダメですね」

「え?」

 

彼女はかき氷を見つめて、眉をひそめた。

 

「どうした? 嫌いだったか?」

「まぁ、そうですね。点数低めであることに間違いはありません」

「ほーん、何で?」

 

リュウちゃんはスプーンでイチゴ味の赤い氷をすくい、少しだけ口に含んだ。

途端に、顔をしかめて舌を出す。まるで毒でも盛られたかのような反応だ。

 

「味が一緒なのに匂いだけ違うので。ちぐはぐなんですよね」

「は?」

 

俺も自分のスプーンでそれぞれの氷をすくって舐めた。

「いや、こっちはイチゴで、こっちはブルーハワイだろ。味、全然違うぞ」

「同じですよ。冷たくて、甘い。それだけです。匂いは確かに違いますし、色も違います。でも味は一緒です。」

 

彼女は不愉快そうにスプーンを置いた。

「……かき氷のシロップって、実は全部同じ味で、香料と着色料が違うだけって都市伝説、知ってるか?」

「都市伝説じゃなくて事実ですよ。私の舌がそう言ってます」

 

絶句した。

確かにそんな話を聞いたことはあるが、ここまで明確に「同じだ」と断言されるとは思わなかった。

 

「カレーは?」

「辛い匂いで辛い味。好きです」

「プリンは?」

「甘い匂いで甘い味。好きです」

「ミントガムは?」

「スースーする匂いで冷たい味。最高です」

「炭酸が抜けたコーラは?」

「最悪です。許せません」

 

なるほど。

なんとなく、リュウちゃんという生き物の生態が分かってきた気がする。

五感が「同じ答え」を出した時だけ、快感を得るのだ。

逆に、視覚と味覚、嗅覚と触覚などがズレていると、ひどい不快感を覚えるようだ。

 

「めんどくさい奴だな、お前」

「そうですか? シンプルだと思いますけど」

「ある意味そうなのか…?ま、いいや。本当に要らないのか?」

「はい、その矛盾の塊はけんちゃんに差し上げます」

 

俺はため息をつきながら、二つのかき氷を交互に食べる羽目になった。

 

         

 

午後、俺たちはターフに立っていた。

トレーニング初日。まずは彼女の現状の能力と、あの「噂」の真偽を確かめる必要がある。

 

「とりあえず、軽く流してみようか。ダートコースを一周。ペースは任せる」

「はい、分かりました」

 

リュウちゃんは準備運動を終えると、コースに入った。

その所作一つ一つに無駄がない。関節の可動域、筋肉の柔軟性、どれをとっても一級品だ。

 

「……良く動くな」

 

彼女がコースに入った瞬間、その場の空気が変わったように感じた。

耳がピコピコと動き、瞳が目まぐるしく周囲を見回し、鼻が微かにうごめく。

 

彼女は走り出した。

速い。そして、美しい。

一歩ごとのストライド、着地の衝撃を推進力に変える身体操作。

そして、それ以上に異様なのは、彼女の「視線」だった。

普通であれば、走っているウマ娘は進行方向を見据える。だがリュウちゃんは、あちこちに視線が揺れる。

スタンドの隅、空の雲、コース脇の雑草。それらを見ながらも、走りのラインは一切ブレない。

 

噂通りというか噂以上というか。

彼女は今、走るという行為の中で、脳のリソースを周囲の情報の収集と解析に回しているのだ。

俺は手元のストップウォッチを見た。

タイムも優秀だ。流してこれなら、本気を出せばどれほどになるのか。

 

一周して戻ってきた彼女は、息一つ切らしていなかった。

「どうでしたか、けんちゃん」

「ああ、文句なしだ。因みに走ってる時、何考えてた?」

「第三コーナーの砂が少し深かったので、足首の角度を2回ほど調整しました。あと、向こうの校舎で数学の授業をしている先生の声が聞こえたので、方程式を解いていました。答えは3ですね」

 

こいつ、本当に化け物か。

俺は呆れを通り越して感心した。

レースに関係ない情報まで拾って、それを並列処理している。

 

「…すげぇな。負担を感じたりは?」

「特には」

「分かった。なんか違和感とかあればすぐ言うんだぞ。無意識に負担になってる可能性もあるからな」

「はい、分かりました」

 

リュウセイグンはこう言っているが、どこかでしっかりと検査なりをした方がいいだろう。

行き過ぎた能力ってのは、何かしら問題起きるまでがセットである。

 

「…よし。じゃあ次は、俺の合図でスタートダッシュをやってみよう。反応速度を見たい」

「分かりました」

 

彼女はスタートラインにつき、クラウチングスタートの構えをとる。

集中力が高まる。全身の筋肉がバネのように収縮する。

 

「位置について……用意……」

 

俺はホイッスルを口にくわえた。

彼女の耳がこちらを向く。

 

……ピッ!

 

鋭い音が鳴り響いた。

普通なら、音が聞こえた瞬間に体が弾けるはずだ。

だが。

 

一瞬。

ほんのコンマ数秒。

彼女の動き出しが遅れた。

 

「……ッ!」

 

遅れを取り戻すような爆発的な加速で、彼女は駆け抜けていく。

タイムは速い。だが、最初の間はなんだ?

 

「もっかいやるぞー!次戻ってこい!」

「はい!」

 

……ピッ!

 

やはり、遅れる。

音が鳴る。彼女がそれを認識する。そして、体が動く。

その動作の間に、目に見えないタイムラグがある。

 

戻ってきた彼女に、俺はストップウォッチを見せずに尋ねた。

 

「リュウちゃん。お前、合図聞こえてから動くまで、何か考えてるか?」

「え? いえ、特には。……あ、でも」

 

彼女は小首をかしげた。

 

「『音が鳴った』って受け取ってから、『じゃあ走ろう』ってなってる気はします」

「……受け取ってから?」

「あ、 感覚的な話です」

「感覚的ねぇ…。模擬レースの時はどうしてたんだ?タイミングばっちりだったろ」

「あれは担当員の動きで分かったのでタイミングを合わせていました」

 

めっちゃグレーというかほぼ黒の行動してるんだけどこの子。

というかそれなら。

 

「俺の動き見たら分かるんじゃねーの?」

「…確かに…そうですね。なんででしょうか?」

「何でって言われてもなぁ…」

 

それがわからないから聞いているのであってだな。

とにかく、この問題は致命的だ。

本番のレースではゲートが開く瞬間に予兆なんてものはない。

それこそ反射で出られるようになるまで練習するのが定石ってもんだが…。

 

パンッ!

俺は予告なく、彼女の目の前で手を叩いた。

 

「…何してるんですか?」

「驚かそうと思って」

 

リュウちゃんは突然のねこだましにも驚かない。

それどころか目を閉じることさえしなかった。

 

「お前反射とかないの?」

「もちろんありますよ。でもされることが分かっていたので」

「分かっていたので…じゃなくてなぁ。分かってても目とか閉じるもんだけどなぁ」

 

うーむ。ハイパーマルチタスクウマ娘のリュウちゃんが意識外の出来事で驚いたりする姿は想像しがたい。

何かないだろうかと考えているとある事を思いついた。

 

「リュウちゃんは熱いやかんとか触ったことある?」

「やかんはないですが、ヘアアイロン等はありますね」

「そういう時にも同じ感じ?熱いと感じてから手を離す?」

「いえ、熱いと受け取るのは手を離してからです。あ…そういうことですね!」

「おう。ホイッスルとかゲートでも同じ感じでやってほしいんだわな」

「分かりました。やってみます」

「うし、じゃあいくぞー」

 

位置について、構える。

そして…ピッ、という甲高い音と同時に一歩を踏み出すリュウちゃん。

彼女の足は、音とほぼ同時に地面を蹴った。

さっきまでのラグが嘘のような反応速度。

 

だが。

 

「――っ!?」

 

二歩目が出なかった。

体が前のめりに突っ込み、足が追いつかない。

まるで操り人形の糸が切れたように、彼女の体勢が崩れた。

 

ズザァァァッ!

 

派手な音を立てて、リュウセイグンが地面に転がる。

砂煙が舞い、彼女の小柄な体が土にまみれた。

 

「おい!大丈夫か?」

 

俺は慌てて駆け寄った。

受け身はとれていたようだが、顔から胸にかけて泥だらけだ。

だが、彼女は痛がる素振りも見せず、仰向けのまま空を見上げていた。

 

「…あ、失敗しました」

 

きょとん、とした顔で地面に仰向けで寝っ転がるリュウセイグン。

スタートは完璧のように見えたが、何が彼女をこけさせたのか。

 

「何やってんだ。ほら、立てるか?」

「ありがとうございます」

 

差し出した手を掴み、彼女は起き上がる。

そして、泥を払うよりも先に、ずれたメガネの位置を直した。

 

「うし、見た感じ怪我はなさそうだな。心臓にわりーから気を付けてくれ。で?何がどうなったんだ?」

「え、えとですね。こう、感覚?反射?に任せるじゃないですか。そうすると、意識的に走るところに繋ぐのが難しくてですね…」

「はぁ…?」

「バトンタッチに失敗しまして。…いままで気付きもしませんでした」

 

バトンタッチねぇ…。

なにやら難しく考えているようだ。

俺はわたわたと両手を動かしながら説明をするリュウちゃん見ながら、顎をさする。

 

「シームレスに動きをつなげるのが難しい感じか。難儀なことだなぁ」

「…そうですね。そうみたいです」

 

泥だらけの頬のまま、困ったように笑うリュウちゃん。

俺はため息をつきつつ、ジャージの袖で彼女の頬の泥を拭ってやった。

 

「まぁこれは課題だな。一日二日で何とかなる問題じゃなさそうだし」

「はい、分かりました。けんちゃんにお任せします」

「ほい、お任せください。とりあえず今日はこの辺だな」

「もう終わりなんですか?」

「おう。初日から飛ばしても意味ないからな。こういうのは一歩ずつだ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなの」

 

会って二日。

異例のスピード契約となってしまったわけだが、既にこんな生活も悪くないと思ってしまっている自分に驚く。

俺って単純なんだろうか?

 

「ふふっ」

「なに笑ってんの?」

「いえ、すみません。顔が面白くて」

 

そうですか。

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