境界が開くとき
とある町、もう夜の帳が下りて辺りは暗闇に覆われていた。
時刻は既に0時を回っており、街灯も光が弱く暗闇の中を照らし切れていない。
近くの家の中で銃声が聞こえる。しかし、その銃はサプレッサーが付けられているのか音は銃声だとは思えず針を刺したかのような音にも聞こえる。
その家から1人の青年が出てきた黒いロングコートにフードを深く被っており、口元には黒い口当てをつけている。
このような暗闇の中ではまず気づかれない服装だ。
「・・・これで終わりだな」
彼の名前は十六夜誠斗。先ほど鳴った銃声の犯人だ。
彼は殺し屋として依頼を受けており、たった今も裏でテロリストに資金提供を行っていた資産家を始末したところだった。ただし、彼はもうこの稼業から足を洗おうと考えており今回の依頼を最後に辞めることをクライアントに伝えている。彼はそのまま帰路に着こうとした。
(・・・いるな)
夜闇の中、彼は背中に刺さるような視線を感じた。
呼吸を止め歩幅を自然に落とす。
誠斗はポケットに手を入れ、中に潜ませていた愛銃に手をかける。
安全装置に指をかけ、ーー次の瞬間。
ブォーン
誠斗が銃口を向けた先の何もない空間にスキマが開いた。
「こんばんは、十六夜誠斗」
その奥から一人の女性が顔を覗かせる。
金色の長い髪、見た目は10代後半くらいだろうか。
彼女は何事もないかのようにスキマから出てきた。
「・・・八雲、紫」
「久しぶりね、6年振りかしら?」
彼女は八雲紫、人間ではない。
千年以上生きた・・・大妖怪だ。
紫は誠斗の全身を観察するように視線を滑らせる。
見終えたのか、彼女は誠斗に対して口を開いた。
「あなた、相変わらずね。殺気、本能、そして才能……どこもまったく鈍ってない」
「……俺の何を知っている」
「何もかもよ。あなたの生まれも、才能も、そして“呪い”も」
誠斗の胸が、小さく跳ねた。
まるで何もかも見透かされているような……。
紫はゆっくりと彼に歩み寄り、誠斗の目を真っ直ぐ見据える。
「誠斗、あなたの心はもう限界に近いはずよ。
このままだとその才能に呑まれて、あなたは壊れる」
「余計なお世話だ」
「でも事実よ。実際、あなたはもう、どこにも行けなくなっている」
誠斗はその言葉に反論しなかった。
彼女が言ったことは誠斗自身、感じていたことだったからだ。
「だから、私があなたに選択肢をあげるわ」
誠斗の眉がわずかに動く。
「選択肢?」
「ええ。
誠斗、幻想郷に来なさい。ようやくあなたを受け入れる準備ができた。
あなたの才能も呪いも、受け止められる場所よ」
夜の静寂の中で、その誘いだけが異様に響いた。
「……ふざけるな」
その誘いを誠斗は即座に吐き捨てた。
「お前に言われる筋合いはない。勝手に俺の人生に、俺の中に踏み込んでくるな」
「まあ、そう言うと思ったわ」
紫は笑みを崩さない。
その余裕そうな表情が誠斗を苛立たせる。
「こんな、殺すためだけの才能なんて、俺が望んで得たわけじゃない。邪魔だとも思っている。
だがこれが無きゃこれまで生きてこれなかった。それだけだ」
「ええ、そうね。
だからこそ私は言っているの、“あなたはこのままだと死ぬ”と」
「肉体的には死なないかもしれない。
でも、精神的には間違いなくあなたは死ぬわ」
誠斗は更に苛立つ。今すぐこいつの頭に銃弾を叩き込みたい。
だができない。なぜなら、反論ができなかったからだ。
“あの日”から7年、自分は血と死の中を歩いてきた。
あの時からいったいどれほど殺してきた?
誠斗は覚えていない。
任務でも、戦場でも自分だけが効率よく殺してた。
どの場でも、自分だけが異様に冷静で、異様に強くて、異様に殺してきた。
ただ殺す、殺すことに特化している。
それが彼が天から授かった才能であり、呪いでありーー彼を縛る鎖だった。
「誠斗、例え殺しの才能を持っていたとしても、あなたはただの人間よ。
だから、壊れる前に新しい舞台でやり直すべきだわ」
「……俺に何をさせたい」
「何も。ただあなたに本当の自分を取り戻すチャンスをあげるだけよ」
紫は幻想的な笑みを浮かべた。
「……わかった。あんたの誘いに乗るよ」
折れたのは誠斗だった。
「そう、嬉しいわ。
それじゃあ、入って」
そうして2人はスキマの向こうに消えた。
「あっ、そうそう、あなたの幼馴染2人も招待しておいたわ」
「……はぁ?」
……の前に紫が盛大に爆弾を落とした。