白狼救済録 作:らんらん出荷マン
明日に上げる後編に至っては全くありません。
ご了承ください。
2037年
いつしか世界は、戦争をビジネスに変え、人を戦いに費やす商品として扱うようになった。
アヴァロン・カンパニー。
ユウイチを引き取った企業である。
◆
戦争孤児であったユウイチは時折、泥を啜ることもあるほど、日々を生きることで精一杯だった。
毎日、毎日、近くの川には死体が浮かび、飢えたハエが群がって鬱陶しい羽音を奏でる。
風上に立つと、激しい腐臭が鼻をつついた。
常人であれば吐き気を催す筈だが、誰も吐いたりなどしない。
――これは日常。
死体の臭いを嗅いでも、心は平坦だ。
管理者がいない道路には、糞尿とゴミが散乱し、野良犬が残飯を貪っている。
他には、凶暴化した犬と、薬に逃げた負け犬など、とてもバラエティーに富んだ生態系だ。飽きは来ない。
――だが、暴れる犬にだけは注意しろ。噛まれたら終わりだ。
――ドガァアン!!!
外から聞こえる大きな音が街全体に響き渡り、皆が一斉に見上げた。
高くそびえる壁に視線を移すと、壁の向こうから黒煙が立ち込め、空を黒く染め上げている。
街の外では、地獄が広がっているのだろうか――。
この世界に、優しさなんてものは無い。
◆
ある日、ユウイチが住んでいたスラムに、突如として現れた裕福そうな男たち。
皆が言うには、アレがこの街を守っているPMCとのことだ。
シワ一つないスーツを着こなした役員は、周りを一瞥し、ユウイチを見つけると前に来てしゃがむ。
目線を合わせ、甘い言葉を囁いた。
「君を保護したい」
価値の無いゴミ溜めに、天井人がやって来る。
――怪しいのは分かりきっていた。
だが、気付けば隣人が死んでいる。
いつ自分にお鉢が回ってくるか、分からない。
そんな日々を過ごしていた彼には、奴らの誘いを断ることができなかった。
だが、世の中は――そんな都合がいいものではない。
契約を交わさせられた。
――アヴァロン所有の戦闘員になって、死ぬまで戦い続ける。
そんな内容だった。
そうだ、俺は――商品にされたのだ。
◆
そのままトラックに詰められて、とある施設に連行された――。
なんだここ……俺と同じ子供しかいない。
銃を持った大人が、検問のように佇んでいる。
腕を掴まれ、列に並ばされる。
この先はどうなっているのか?
つま先に力を入れる。
――背伸びをして、僅かに見えるようになった。
その先では、変な機械を持った大人が、子供たちの左腕に押し当てているのが見える。
ゆっくり進む列。
前に進むたびに、不安が胸を満たす。
俺は――選択を間違えたのかもしれない。
ついにユウイチの番が来た。
大人はそのまま、ライン作業のような淡々とした手付きで、肩に機械を押し当てる。
チクッと僅かに感じる痛み。
恐る恐る見てみると、そこには「LD-508」という番号が刻印されていた。
そして首に、何かを埋め込まれた。
後から分かったが、これは――決して逃げられない首輪だった。
もう後には戻れない。
――これから出荷が始まる。
◆
俺が商売道具になってから、既に7年が経過しようとしていた。
最近の戦況は、あまり良くない。
敵国政府に雇われた、ハイテク兵器を扱う新興企業が躍進している。
俺が所属する老舗のアヴァロンは、後手に回る状況になりつつあった。
「……あぁ、また壊滅したのか?」
「はい。敵側はドローン戦術を多用し、後方の輸送部隊に深刻な損害が出ています」
「物資の配給もままならず、弾薬が欠乏している部隊も出始めているとか」
ユウイチ達の隊舎に、沈黙が流れる。
「おい、どうすんだ? 隊長、何か考えはあるのか?」
ゴードンがユウイチを、冷やかな目で見つめる。
意地の悪い質問だ。俺たちには何もできないのに。
「黙れ。俺たちは、ただの襲撃部隊だ。後方の扱いは会社が決める」
確かにユウイチも、最近登場したドローンが気掛かりだったが、決定権は持っていない。
ただ一部隊の隊長でしかないのだ。
「はぁ~……ユーイチ、お前はいつもそうだな?」
ニコライも、呆れたと言いたげに肩を竦める。
ムカつく野郎だが、奴とは長い付き合いだ。
ニコライとゴードンは、酒好き、ギャンブル好きの下らないコンビだ。
だが……他の奴が消えていくさなか、何年も俺の下にいて、生き残っているのだから、運はいいのだろう。
――財布の中は、いつも空だが。
「仕方ないですよ、隊長も自由に動けないんです」
このお利口さんはマーカス。
以前所属していた部隊が、ハンターキラードローンに襲撃されて全滅し、俺たちの部隊に回された。
どうやら、こいつも運がいいようだ。こき使ってやる。
―――――
――――
―――
――
―
◆
懐かしい、夢を見た。
あの頃は、地獄のような日々が続いていた。
人扱いされず、毎日が出撃。
誰かが消えるたび、番号を覚えた。
それでも――仲間と共に過ごした時間は、スラムより充実していた。
――朝日が差し込み目が覚める。
だが、火薬の匂いが漂っている気がして、現実か、夢の中か、分からなかった。
パジャマは背中の汗で濡れ、身体は震えていた。
着替えなくては、試験まで時間が無い――。
ユメは学校を休んでいる。
ホシノ曰く、体調不良とのことだ。
『どうすんだ、隊長?』
黙れ。
『仕方ないですよ』
止めろ。
『お前はいつもそうだな』
クソが!
もういない奴らの声が、頭の中に響く。
◆
俺は、ヘルメット団から奪ったAKを構える。
場所は、倉庫裏の空き地。
敷地ギリギリの距離に置かれた人型ターゲットに、狙いを付ける。
――横では、ホシノが低倍率の双眼鏡を構えていた。
「いつでもいいですよ。距離は200メートル弱。まずは立射で5発、撃ってください」
「了解」
右手で構えたまま、左手で下から回り込むようにチャージングハンドルを引き、チャンバーに装填する。
――これは、AK独特の操作だ。
息を止め、安定させる。
優しく引き金を絞り――。
――バァンッッ!!
「命中」
――バァンッッ!!
――バァンッッ!!
「命中」
――バァンッッ!! バァンッッ!!
「命中」
銃を下ろし、ホシノを見る。
ホシノは、ゆっくり双眼鏡を下ろし、困惑に染まって見開かれた目を、レナに向ける。
「全弾命中、ど真ん中です。この距離で、ここまで当てられる生徒はごく一部です……」
得体の知れないものを、見せつけられた。そんな顔をしている。
「……どこで、覚えたんですか?」
「さぁな、夢の中かもしれん」
「はぁ……? 夢で能力が身に付くっていうんですか?」
本気を出し過ぎたようだ。
ホシノは、訝しんだ目で俺を見つめる――疑うのも無理はないか。
「もう、いいです。貴方はそういう人でしたね」
――ノイズが走る。
『仕方ないですよ』
ホシノの顔が、以前どこかで見た顔に置き換わっている。
記憶と視界が入り乱れ、手が止まる。
脈が不安定になり、呼吸が荒くなる。
――まただ。
「どうしたんですか?」
「ッ……!」
こいつにまで感づかれるのは不味い。
なんとか取り繕う。
「いや? お前に褒められて嬉しいんだよ」
ホシノは、鳥肌が立ったのか、両肩を抱き、震える仕草を見せる。
「いきなり何ですか? その顔、気持ち悪いですよ?」
酷い言われようだ。
彼女の中で俺は、どういうイメージなんだ。