白狼救済録 作:らんらん出荷マン
制服はとても大切な物だと、私は思っております。
……夢を見ている。
『なぁ! ユウイチ! 今度はあっちに行かないか!』
砂埃の匂い。
『そうね! きっと楽しいわ!』
照りつける太陽の光。
揺れる誰かの影。
『うん! 行きたい!』
子供のように低い視点。
無邪気な笑い声。
差し出された、温かい手。
――手を伸ばしたところで、意識が浮上した。
◆
その日の朝――
試験まであと2日。
とてもいい夢を見ていた気がする。
誰かがいたような……分からない。もっと触れていたかった。
何か満たされた。そう、誰かの温もりのような――
――バンッ!
保健室の扉が勢いよく開かれる。
「おっはよー!! レナちゃん! 今朝はよく眠れた!?」
「ッ! ……ユメ、あぁ……おはよう。お陰様でな」
どうやら、完全に気を抜いていたらしい。ユメの接近に気付かなかった。
さっき言った通り、よく眠れたのは本当だ。うなされずに一夜を過ごせたのは、いつぶりだろうか。
「それはよかったよ! あっ、そうだ」
何かを思いついたユメは、手に持っている袋の中身を出した。
「じゃん! どう? プレゼント!」
太陽のような笑顔で差し出されたのは、ユメたちと同じ制服だった。
「……それは」
「試験を受ける時は、制服じゃないとダメなんだよ?」
どうやら、これを着させられるらしい。
――プレゼント。
会社から支給された服以外を着るのは、これが初めてだ。
「す、スカートか……履いたことがないな……」
……少し、いや。かなり抵抗がある。
プライドが悲鳴を上げた。
「履いたことないの!? 絶対可愛いよ! ジャージなんて着てないでさ、ほら着替えて? あ、履き方分かる?」
「い、いや? 知らんな……」
「じゃあ教えてあげる! えっとね、このファスナーを下ろすと――」
年頃の女子高生にスカートのレクチャーをされる。何とも言えない感情が心を支配した。
ひと通り説明を受け、受け取ったそれを眺める。
(こ、こんな布1枚で1日を過ごすのか? 正気とは思えない。油断したら下着が見えるぞ……)
ほんの少し前までは毎日、戦いばかりしていたのに――どうして今はスカートを前にして悩んでいるのか。
自分でも不思議で仕方がない。
「どう? 着替えたー?」
保健室の外からユメの声がする。
クソッ……履くしかない。
――覚悟を決めろ。
ジャージを脱ぎ、一通り身に着けた。
アーマーも銃も弾薬もない。
ジャケットと青いネクタイ。そしてスカート――それで全て。たったそれだけの制服。
「……軽い。あまりにも軽すぎる」
だが一番気になったのは、剥き出しになった素肌。
本来、肌の色は自然界では特に目立つ。
これでは狙撃の格好の的になってしまう。
やはり、このスカートは脱いだ方がいいのではないか。
――少し気になって歩いてみる。ふわふわ揺れる布地。擦れ合う太ももの感触。
無防備な足と独特な布の感触が落ち着かない。
鏡に写る自分。試しにスカートを摘んでみる。
……これが、学生。
◆
ファスナーが途中で引っかかるトラブルもあったが、レナはなんとか着替え終え、ユメを中へ招いた。
「……もういいぞ」
――ユメ視点
「入りまーす♪ ……おぉ!」
そこには、頬を赤く染めてスカートを押さえるレナちゃんがいた。
(……これは、中々)
「可愛い!! 似合ってる!!」
「……ぐ! やめろ、それ以上近付くな!」
尻尾が小刻みに揺れている。無意識の動き?
(褒められて嬉しいのかな?)
「な、なぁ……ユメ。足が冷えるんだが、これで1日過ごさないとダメなのか?」
「そうだよ? いい加減、観念しなよ〜」
……でも、喜んでるというより。
「クソッ、足が丸出しなんだぞ? ……これでは傷だらけになって戦えなくなる」
やっぱり……すぐ“戦い”に結びつけようとする。
レナちゃんには何かある。
「またそんなこと言って。ほら、ホシノちゃんにも見せてあげよう!」
私がレナちゃんを普通の生活ができるようにする。
もうあんな顔はさせない。
あの時、抱きしめた瞬間の震える姿。
そしてレナちゃんは、まだ笑っていない。
笑顔が見たい。
そうだ――私が守るんだ。
◆
ユメがホシノにも見せようと言い、腕を引っ張る。
「ほ、本当に見せるのか?」
「当たり前だよ、ホシノちゃんだけ仲間はずれなのは可哀想」
そういえば、今ホシノは勉強中だったはずだ。それを言い訳にしよう。
「ホシノは勉強中じゃないか? 邪魔をするのは――」
「大丈夫、ホシノちゃんはそんなことで怒らないよ!」
言い逃れの道は、完全に封じられてしまった。
――ユメに引きずられ、教室の扉の前まで来た。
「ホシノちゃん、今大丈夫?」
さっきから鼓動が、ひどく脈打っている。こんな服、見せられたものではない。
断ってくれ……ホシノ。そう思わずにはいられないが――
現実は虚しく。
「えぇ、どうぞ」
「お邪魔しまーす、ホシノちゃん! 連れてきたよ!」
……前みたいに“気持ち悪い”とか言われるのだろうか。
「や、やぁ……ホシノ」
「……!?」
ホシノは息を呑み、目を大きくして動かない。まるで別人を見たような表情。どうしたのか?
「ふふ、思ったより似合ってます。これでやっと仲間入りですね?」
仲間入り――そう言われた瞬間、心臓が跳ね、尻尾が揺れた気がした。
「そうでしょ! でもレナちゃん、さっきからすごい嫌がってるんだよ〜」
……あぁ、こんなものなのか。
身構えていた俺が、馬鹿だったようだ。
そうだ、俺は不安だったんだ。
今までの自分を捨て、新しい自分を受け入れるのが。
散々捨ててきた自分を、今になって受け入れるのが。
……不安だったんだ。
「よし! みんなで記念写真を撮ろう!」
「……え、写真撮るんですか?」
「ホシノちゃん!? なんでそこで嫌がるの!?」
――写真なんて、重要情報の記録にしか使わなかった。
仲間内で写真を撮ることは、会社に禁止されていた。
◆
生徒会室で埃をかぶっていたカメラを引っ張り出し、ユメがタイマーをセットする。
いいのだろうか、こんなことをしていて。
――俺に資格があるのか?
「よし……さあ、二人とも、もっと寄って?」
「ぐっ……ユメ先輩、顔に当たって苦しいです!」
「小さいホシノちゃんが悪いんだよ?」
「なぁ!? それは聞き捨てなりません! 撤回してください!」
「ほら! レナちゃんも! 寄って!」
「ユメ先輩!? 話聞いてます!?」
「あ、あぁ……失礼する」
「そろそろ時間だよ! 準備はいい? ……ハイ! チーズ!!」
フラッシュの光が辺りを照らす――
出てきた写真には、ユメに抱き寄せられて、ぎゅうぎゅうになった三人の姿が写っていた。
そう、これは日常。
かけがえのないものだ。