白狼救済録 作:らんらん出荷マン
写真を撮ったあと、ユメから突然、提案があった。
「明日は休みだから、みんなで出かけよう!」
以前は許可が無ければ、限られた所にしか行けなかった。
どこへ行くのか、見当もつかなかった。
◆
翌日――
試験まであと1日
制服を手に取った瞬間、窓から光が差し込んだ。
清々しい風が吹き、カーテンをなびかせる。
本日は晴天なり、砂は降らないだろう。
――バン!
「レナちゃん!おはよう!準備でき――!?」
「あぁ、おはよう。ユメ、今は着替え中だ。少し待ってくれ」
いつもの癖で保健室に入ってくるなり、下着姿が目に入った瞬間、ユメは急停止した。視線を泳がせ、顔を赤くする。
「あ…………わっ!……わっ!ご、ごめんね!外で待ってるよ!」
(ん……どうしたんだ?)
ユメが去ったあと、ふと鏡を見る。そこには肩が細く、肋骨がうっすら浮いた、下着姿の少女が映っていた。
「俺の体に何か付いてるのか?」
ドア越しから、やけに響く足音が離れていった。
◆
数分後――
「すまない、待たせた。まだ制服は着慣れんな」
「あ、あぁ……いいよ!別に気にしてない!気にしてないから!」
様子がおかしい。
声が裏返っていて、目が泳いでいる。
「じゃ、じゃあ!改めまして――今日は3人で商店街まで行くよ!」
「商店街?なんだそれは」
――聞いたことがなかった。店が街になっているのだろうか?
「え、レナちゃん知らないの!?」
ユメはあやふやな説明を始めた。
「えっとね……小さいお店が集まった、お祭りみたいな場所だよ!」
「……お祭り?そ、そうか。それは楽しみだ」
――
2人で校舎を出て校門まで向かうと、そこにはピンクの髪をした小さな影が見えた。
近付くとその小さな影は振り向いて――
「おはようございます」
「おっはよー!ホシノちゃん!」
「……おはよう」
……なぜだ、挨拶しただけなのに、睨まれた。
「一つ気になるんだが……学校を留守にして大丈夫なのか?」
「その心配はないよ!代わりに警備してくれる傭兵さんを数人雇ったんだ」
……傭兵、この世界にもいるのか。
自然と手に力が入り、平坦だった鼓動のリズムが乱れる。
咄嗟に周囲を見渡す。どんな奴か、確認をしなくては。
「レナさん、何を勘違いしているのか知りませんが、傭兵と言っても日雇いバイトみたいなものです。何か特別な存在ではないですよ?」
「……あぁ、そうなのか」
――
バス停で待つこと数分――
「あ!来た来た!おーい!」
ユメが近付いて来るバスに手を振った。
だが運転席には――人ではなく犬が座っていた。
「……犬、犬だと!?」
「どうしたの、レナちゃん?犬の人が気になるの?」
「あ、いや別に」
「何してるんですか、2人とも早く乗ってください」
(……ドアが勝手に開いた。随分ハイテクだ)
3人が乗り込むと、大きなエンジン音を立ててバスが発進した。
――
バスに揺られてしばらく経つが、歩行者は全く見かけず、道路を走るクルマも少なすぎた。
辺りの民家に目を移すと、空き家がたくさんあるように思える。
「……人が少ないな」
どうやらアビドスは――想像以上に深刻な状況のようだ。
「昔はもっと賑やかだったんだけどね……砂嵐のせいで、みんな出ていっちゃった」
ユメが顔を伏せ、声のトーンが下がる。
(……嫌なことを思い出させてしまったか)
「2人とも、そんな暗い顔しないでください。あとレナさん、足は閉じてください……パンツ、見えてますよ?」
対面に座っているホシノが、場の空気を誤魔化すように注意した。
「あ?あ……すまない……」
(……面倒な格好だ)
◆
十数分後――
『次は〜アビドス東一丁目〜アビドス東一丁目〜次でお降りの方は、停車ボタンを押してください』
「あ!もう着くよ!――はい!降りまーす!」
ユメが高揚感を含んだ声で運転手に言った。
了承したのか、柴犬の運転手はサムズアップをし、徐々に速度を落とす。
「はい、レナちゃん。これ運賃ね」
手のひらに数枚のコインが乗っていた。
「……渡せばいいのか?」
「運転手さんの横に細長い箱があるでしょ?そこに入れて」
恐る恐る投入口にコインを入れると、金属音を立てながら吸い込まれていった。
レナが不思議そうに眺め、ふと顔を上げると、柴犬の運転手はサムズアップをしていた。
(俺もした方がいいのか)
レナも真似しようとしたが――ホシノが途中で止めた。
「……なにしてるんですか、早く降りますよ」
ホシノに引っ張られバスを降りる。
周りを見渡すとそこには、スラムとは比べものにならない大きな街が広がっていた。
忙しなく行き交う他学校の生徒、あちこちから聞こえてくる話し声。
建ち並ぶビル群、それらをカラフルに彩る様々な看板。
スラムと違い、悪臭も全く無い。
(……ここは人が多いが、浮浪者もいなければ、物乞いもいない)
レナの目に映った市街地は、どこか物語の世界のようで現実感がなかった。
「そろそろお腹空かない?お肉屋さんでコロッケを買おう!」
「確かに、いい時間ですね」
「……コロッケ?」
――
大通りを離れ、しばらく歩くと小規模な店が複数まとまって建ち並ぶ一本道が続いていた。
(……これが商店街。確かに店が集まっている。だが、シャッターが降りている店も複数あるな)
3人は肉屋の前に立っている。
「おばちゃん!コロッケ頂戴!3個ね!」
ユメがおばちゃんと呼んだ店主は、なんと鳥の姿をしていた。
「あら〜ユメちゃん!久しぶり!3個でいいの?いつもは2個なのに」
「新しくアビドスに入った子がいるの。紹介するよ!レナちゃんだよ!」
ユメがそう言うなりレナの腕を掴み、店主の前まで連れてきた。
「……よ、よろしく頼む」
「………」
「………?」
どうしたのか、店主の反応がない。
「あら〜!!すごい可愛いじゃない!はじめまして〜……彼女たちと仲良くしてやってね?」
いきなりカウンター越しに距離を詰めてきた。
「あ、ああ……善処しよう」
(……ここの住人は皆こうなのか)
「じゃあ、コロッケ3個ね。揚げたてだよ!熱いうちに食べな!」
それなりの大きさの紙袋をそれぞれ一つずつ手渡された。
予想外に熱く、受け取った瞬間、落としそうになる。
受け取った袋を3人で分け、中を開ける。
そこにはザラザラとした茶色い物体が湯気を上げ、香ばしい匂いをまとっていた。
(これが、コロッケ。何かの揚げ物か)
「ん〜!やっぱり美味しいですね」
「衣がサックサクだよ!やっぱこれだね〜」
眺めていると2人はすでに食べ始め、各々の感想を述べていた。
レナもそれにつられ、一口かじる。
すると口の中は、今まで感じたことのない食感が広がっていた。
……これは、美味いと言えばいいのか。
レナが今までの人生で食べてきた揚げ物は、雑に油に放り込んだ何かの素揚げくらいだった。
だから分からない。適切な言葉が見つからなかった。
「――ああ、美味いな」
――
「お腹も満たしたし、次はレナちゃんの筆記用具を買いに文房具屋さんに行こう!」
(文房具?俺は金を持っていないぞ……まさか)
「レナさん、これは私達からの餞別です。要らないとは言わせません」
断ろうと口を開こうとした瞬間、ホシノに先手を打たれた。
さっきから何なんだ……お見通しなのか?
「……いや、しかし」
『隊長が何か奢るってのは珍しいんだぜ?有り難く受け取っておけや』
「あぁ、そうだな。ありがとう」
「それじゃあ、レッツゴー!」
ユメの掛け声と共に肉屋を後にした。
――
――文房具屋に入った。
「よし!必要な物を揃えるよ!」
「いらっしゃい、ユメちゃん。それとホシノ君」
今度の店主は……ロボットだった。
どういう経緯で文房具屋の店主などやっているのか。キヴォトスの技術力はどうなっているんだ。
頭がおかしくなりそうだ。
「やっほー!おじさん!紹介するよ!新しく入ったレナちゃんだよ!」
(この見た目で……おじさん?)
レナには、ただの人型ロボットにしか見えなかった。
「おやおや、これは可愛らしいお嬢さんだ。これも何かの縁、割引してあげよう」
「……いいのか?」
「あぁ、勿論。その代わり、ご贔屓に……ね?」
強かな店主だ。
「さあ、レナさん。店主もこう言ってますし、私がオススメを選んであげます」
さすが現役の学生と言ったところか、商品棚に向かったと思えば、あっという間に必要な物を揃えてきた。
「価格も抑えた、実用的な物を揃えました」
「手際がいいな……助かる」
「えぇ〜!ホシノちゃん!もっと可愛いのにしようよ!……これとかどうかな?」
ユメが持っていたのは――
バナナに鳥の頭が生えた奇妙なイラストがプリントされ、その上に「たのしいバナナとり」と書かれた手帳だった。
「……何ですかその手帳。センスを疑います」
切れ味の鋭いナイフのような言葉が、ユメの心を切り裂いた。
「……ひぃいん。レナちゃん……ホシノちゃんがひどいこと言うよ〜」
ユメは相当ショックだったのか、目に涙を溜めて、レナに縋るように寄ってくる。
「……い、いや。いいんじゃないか?これも買おう」
「ユメ先輩、後輩に気を遣わせてどうするんですか」
◆
その後は目的もなく町なかをぶらぶら歩き回った。
ゲームセンターなる施設で遊んだり。
ユメが甘い物を飲みたいと言って、スムージー屋に行ったりと、色々な所を回った。
そんな1日に、レナは終始圧倒されていた。
こんな娯楽に溢れた一日を、過ごしたことなどなかったのだ。
そんなレナは時間を忘れ、日が傾いていることに気付かなかった。
「ふー、遊んだ遊んだ。もうこんな時間。じゃ最後はラーメンを食べよう!」
「ラーメンですか?私も行きます」
(……ラーメンとはなんだ)
――
今日の出来事を話しながら歩いていると、気付けばラーメン屋に到着していた。
看板には腕を組んだ犬の像があり、「柴関ラーメン」と大きく書かれていた。
「ラーメン」と書かれた暖簾をくぐり抜け、引き戸を開ける。
「大将!やってる?」
「へいらっしゃい!……ユメちゃんかぁ!隣にいる2人は後輩かい?席は空いてるぜ!好きな所に座りな!」
「ありがとう大将!この2人はレナちゃんとホシノちゃんだよ!」
看板を見て予想はしていたが、大将と呼ばれた店主は犬だった。
「そうかい!レナちゃんと、ホシノちゃんか!よろしく!」
――そうだ、今アレを試す時ではないか?
レナは無言で手を握り、サムズアップをした。
「……おぉ?なんだい!面白い子だな!」
そう言った大将は、同じくサムズアップをした。
なんだか繋がりを感じる。同じイヌ属だからだろうか。
「……レナさん、そんな尻尾を振ってなにしてるんですか?早く座りましょう」
ボックス席に座り、メニューを開く。
写真を見る限り、ラーメンとはスープに細長い何かを入れた食べ物のようだ。
オススメに「柴関ラーメン」と書かれている。
その横にある値段を見ると580円と書かれていた。
今までの買い物のお陰で気付いたが、この額は相当安い。
「……ここは初めて来ましたが、随分安いですね」
ホシノも同じ感想を抱いている。やはり違うのか。
「どう?決まった?オススメはこの柴関ラーメンだよ!」
「じゃ、この柴関ラーメンでお願いします」
「……私も、それにしよう」
「オッケー、決まりね。――柴大将!!柴関ラーメン3つで!!」
「あいよ!!」
――
明日の予定を話し合っていると、大将がラーメンを持ってきた。
3人の前に同じ物が置かれる。
今までに嗅いだことのない、複雑な香りが鼻を包んだ。
(……これは、ただのスープではないな。レーションのとは大違いだ)
「それじゃ、いただきまーす!」
「「いただきます」」
そう言うなり2人は、2本の木の棒を器用に使い、ズルズルと音を立てて細い何かを吸う。
「うーん!美味い!」
「……これは、癖になる味ですね。また来ましょう」
「……どうしたのレナちゃん?早く食べなよ、美味しいよ?」
「……あぁ、今食べる」
(なんだこの棒は、使いづらいな)
今までパンばかり食べていたレナは、箸の使い方が分からなかった。
しばらく格闘して無事に掴み、同じように啜ろうとし――
「ズルッ……ゴホッ!ゴホッ!!」
むせた。
「うぉあ!レナちゃん大丈夫!?」
「……あー大将、フォークありませんか?」
「なんだい!箸は苦手か?珍しいな!ちょっと待ってな!」
大将にフォークを持ってきてもらい、改めて食べる。
初めて食べたはずなのに、どこか懐かしい感じがする。
また口に運ぶ。噛むたびに不思議な感覚が湧いてくる。
(……俺は、この食べ物を知っている?)
次の瞬間、視界がぼやけて前が見えなくなる。
……なんだ、いったいどうしたんだ。
「レナちゃん、いきなり泣いてどうしたの!?」
「泣くほど美味いか!嬉しいねぇ!最高の称賛ってもんだ!」
……あぁ、最高に美味い。
――
「大将!美味しかったよ!また来るね!」
「おう!また来いよ!」
柴関ラーメンを後にし、帰路に着く。
「レナちゃん、明日は頑張ってね。応援してるよ」
「予定通り、私が付き添いで行きます。迷子になって試験に出られない、なんてことは起きませんよ」
「……あぁ、任せた」
帰り道を進む3人の影は――
以前より距離が近くなっている気がした。
読者の皆様、この駄文をここまで読んでいただき有難うございました。
一つお知らせがございます。
今回の話で貯めていたストックを出し切りましたので、これ以降毎日投稿はできなくなります。
書き終わったらまた投稿するつもりですので、引き続き白狼救済録をよろしくお願いします。