白狼救済録 作:らんらん出荷マン
第3ポイントでハンヴィーを盾に円形の防御陣形を展開した第1小隊は、自律機械群による絶え間ない攻撃で疲弊しきっていた。
霧の向こう、三方向から迫るモーターの不協和音が耳に響く。
まだ戦いは――終わらない。
遊撃に出たWOLFチームは、そこから西に進出した位置で防衛線を張っていた。
「WOLF2! 左の看板の横にいる奴を狙え!」
「了解!」
「3と4は、その場で守れ!」
「アイコピー!」
「イエスマム!」
第1小隊の全隊員が、休みなく戦っている。
弾薬は底をつきかけ、誰の顔にも余裕はない。
撃ち続けているのに、敵は一向に減らなかった。
(……そろそろ限界だ。誰かが落ちても、不思議じゃない)
「GOAT1……こちらWOLF1だ。スキャン完了まで、どれくらいだ?
残弾が心許ない。このままでは帰りの分にまで手をつける羽目になる」
《あと9分! なんとか耐えてッ!!》
「WOLF1、了解! ――みんなッ! あと9分だ! 踏ん張れ!」
「「「了解!」」」
――
――残り7分。
「り、リロードッ!!」
スイが、熱で煙を上げるLMGのフィードカバーを開け、ベルトを交換しようとするが、疲労で手が震え、給弾口に噛み合わない。
指が何度も同じ動きを繰り返す。
だが――どうしてもベルトは噛み合わなかった。
――弾幕が途切れる。
霧の向こうで、赤い光が一斉に蠢き出した。
オートマトンが、雪崩込んでくる。
(……クソッ! ――このままでは突破される!)
レナは持ち場を離れ、全速力でオートマトンに向かう。
(――ここを破られたら、終わりだ!)
ポーチからグレネードを取り出し、強く握りしめる。
ピンを引き抜き、持てる限りの力で投げつけた。
「行けぇ!!」
レナが投げたグレネードは一直線に飛び――犇めいたオートマトンの中心で爆発した。
破片が周囲に拡散し、オートマトンをまとめて吹き飛ばす。
「はぁっ……しつこい奴らだ……」
立て続けに続く戦闘で、息がまったく追いつかない。
肺が焼けるように痛み、呼吸は不規則に乱れる。
過度の運動によって視界は狭まり、気を抜けば座り込みそうになる。
――
――残り5分。
――無線機が鳴る。
《こちらRAVEN1! もう限界だ! 弾薬は残り僅か! 我、防衛線を維持できず! 後退する!》
《GOAT1了解!! ハンヴィーまで下がって!》
《こちらTORTOISE1! 重機関銃は弾切れだ! 使用不能!
繰り返す! 重機関銃は、使用不能!》
TORTOISE1の無線の背後で、弾薬箱を投げ捨てたような金属音が混じる。
残っている重機関銃は、GOATチームが操作する2挺だけ。
《……ッ! ――了解ッ!! WOLF1!! そちらの状況は!?》
「まだ耐えているが……いつ崩壊してもおかしくない……!!」
(まだ任務は終わっていないが……潮時だ。引き際を誤れば、全員がこの悪夢に取り残される)
「……GOAT1」
《なに! WOLF1!? ――ッ! GOAT2! 左にオートマトンの集団!! 重機関銃で制圧して!!!》
(……このままでは――第1小隊は全滅する)
――生きて帰る。それだけは、譲れなかった。
「GOAT1、この状態では第4ポイントまで行くことは不可能だ。
……これ以上状況が悪化する前に、ただちに任務を放棄し、撤退することを進言する」
《……》
無線機の向こうで、沈黙が落ちる。
レンの声は聞こえず、ノイズだけが返ってくる。
「GOAT1! 今、引くべきだ! 弾は残っていない!
……あなたは言いましたよね? 『危なくなったらすぐ帰る』と」
《………… GOAT1より全隊へ通達!!調査任務を放棄して、ただちに撤退する!!
繰り返す!! 任務を放棄し、撤退する!!
尻尾を巻いて、全員で帰る! 誰一人残さない! これは、隊長命令よ!!》
《TORTOISE1、ラジャー!! みんな撤退だ――!!》
《RAVEN1、了解! このまま合流する!》
「WOLFチーム!! 撤退命令だ!! 戻るぞ! 私が殿を務める!!」
WOLFチームは大急ぎでレナの元へ集合し、遮蔽物に身を隠す。
「よし!! WOLF4、先に行け!!!」
「イエスマム!」
メイはショットガンを構え、GOATチームが待つ陣地へ向かって走り出す。
「行け、行け、行け!! 遅れるな!!」
続いてスイとリノも、全力で駆ける。
(……背中は、しっかり守ってやる)
――奴らが来る。
レナは、残り3発のグレネードすべてを取り出した。
震える指でピンを抜く。
「――ほらよ!」
レナは即座に走り出す。
背後で起きた爆風が、背中を押す。
追撃の銃弾が降りかかる。
「クソ!! 諦めの悪い奴らだ!」
さらにピンを抜き、振り向きざまに投げつける。
追撃が止む。
あと数歩で、次の遮蔽物。
(……これで、最後だ)
最後のグレネードのピンに指をかけようとした瞬間――
渇いた破裂音が耳をかすめた。
何かが通り過ぎた。
「 ――ぐッ!!」
鈍い衝撃音、それに続いて背中に激痛が走る。
肺の空気が押し出され、呼吸が止まる。
頭が真っ白になり、音が遠のく。
足がもつれ、倒れ込んだ。
背中が、熱い。
――撃たれた。
(――動け! 寝ている場合じゃないッ!)
背中の痛みが動くたびに浮かび上がり、動きを鈍らせる。
必死に這い、傍の遮蔽物に身を隠す。
「グレネードは……クソ……失くしたか」
手を開いた瞬間、そこには何も残っていなかった。
握っていたはずの最後の希望は、どこかへ消えてしまった。
即座に自分の体を確認する。
前世では撃たれたら終わりだが、ヘイローのおかげで出血はない。
その事実に、胸を撫で下ろす。
「……ヘイローがなければ、即死だった」
マガジンは、まだ残っている。
だが、飛び出せばまた撃たれる。
ここに残るしかない。
銃の状態を確認する。
バレルは高温だが、命中精度はまだ許容範囲内だろう。
銃を傾け、残弾を確認する。
強化プラスチック製マガジンに設けられた小さな窓には、薬莢が少しだけ見えた。
(使いかけと、予備3本……時間稼ぎには十分だ)
レナは身を乗り出し――
(――いいだろう……遊びに付き合ってやる)
たった一人で、反撃を始めた。
――
――リノ視点。
先を走る二人の背中を、ひたすら追いかける。
霧の向こうから、激しい銃声と怒声が聞こえてきた。
おそらく第1小隊だ。もうすぐ合流できる。
「はぁ! もうすぐだ!」
そう言って、前を走るスイは重装備だというのにペースを落とさない。
凄まじいフィジカルだ。
やがてハンヴィーが見えてきた。
第1小隊の誰かがこちらを見つけ、手を招く。
「WOLFチームが戻ってきた! 小隊長! 撤退しましょう!」
「……あぁ! やっと着いた! 隊長! 帰りましょう!
……隊……長?」
返事がない。
――静かすぎる。
恐る恐る、後ろを振り返る。
そこには、頼りになる憧れの背中はなく、ただ暗い霧が続いているだけだった。
「……いない……隊長がいない!!」
リノが叫ぶ。
それを聞いた第1小隊の全員が、撤退準備の手を止めた。
「いない……って、それはどういう……?」
小隊長のレンは一歩前に出て、問い詰める。
「私たちの背中を守るために、殿に出たんです!!
さっきまで後ろにいたのに!! どこにもいない!!」
その事実を聞いた全員に、激震が走る。
あの「大上レナ」がいない。
一体どうしたのか――
間に合わず、取り残された?
全員の思考が白く染まりかけるが、時間はない。
見捨てて撤退か。
それとも、隊を危険にさらして救出に向かうか――
決断を、迫られていた。
レンは無言で立ち尽くし、手を固く握りしめる。
「……」
「――小隊長ッ! 自分に行かせてください! !」
TORTOISE1が、レナの救出に志願する。
「引き返します。見捨てるなんて……できない」
メイは振り返り、再補給したシェルをショットガンに込める。
「わ、私も行きます!」
「僕も! 隊長は置いていけない!」
WOLFチームの全員が、誰一人として躊躇わず志願した。
「この状況で……部隊を分けるのは自殺行為よ」
レンは俯いたまま答える。
顔に影が落ち、表情はうかがえない。
「そんなッ! 見捨てるって言うんですか!!?」
リノはレンに詰め寄り、煤に汚れたセーラー服の襟を、震える手で掴んだ。
「ぐぅッ!!……勘違いしないで!!
さっき言ったわよね? 誰一人……残さないって」
レンの気迫に圧され、リノは思わず手を離した。
「も、申し訳ありません……」
「今から全員で助けに行く!!
ちょっと寄り道になるけど――それは、遠足の醍醐味よ!!
全隊乗車!! 急いで!!」
――
「ハハハ……どうした? 俺を殺したいんじゃないのか?」
マガジンを交換しながら、渇いた笑いで挑発する。
レナの足元には、オートマトンの屍が道を成して続いていた。
(マガジンは……残り一本。あとはハンドガンのみだ)
残弾を確認し、遮蔽物から顔をのぞかせる。
霧の向こうでは、複数の赤い光が揺らめいている。
(……さっきより増えている。クソッ……これだから機械は)
その数に唖然とした次の瞬間、赤い光は一定間隔で停止し、整列した。
(な、なんだ……?)
その光がは突然点滅し、左右に分かれて動き始める。
先ほどとは違う、明らかに統制された動き。
レナの目には、誰かに操られているように映った。
――包囲。
その言葉が脳裏に浮かび、歯を食いしばる。
これより、第2ラウンドが始まる。
――
――第1小隊。
霧による視界不良と、自律機械の散発的な攻撃の中、
第1小隊は全速力で荒れた道を突き進んでいた。
「小隊長!! 前方にオートマトンの集団! 道を塞いでいます!!」
「そのまま突っ切りなさい! アクセル踏んで!!」
「了解ッ!!」
GOATチームのハンヴィーは、さらに速度を上げる。
オートマトンが気づいて銃撃を開始するが、
ハンヴィーは物ともせず、集団を跳ね飛ばした。
それに遅れず、後続のハンヴィーも続く。
「WOLF2! こちらGOAT1! あとどれくらい!?」
《もうすぐです!!》
「GOAT1了解! ――GOAT1より全隊へ!
もうすぐバカ犬が見えてくるはずよ!! 見落とさないで!!」
第1小隊の全員が、目を凝らす。
――無線機が鳴る。
《こちらRAVEN1! 3時の方向で断続的な光を確認!
恐らくマズルフラッシュだ!!》
「よくやったわ、RAVEN1!
――全隊! 聞いていたわね!! あそこに向かうわよ!!」
車列は進路を変えた。
分離帯を踏み潰し、ショートカットを図る。
サスペンションが跳ね、車体が激しく揺れる。
「……ぐっ! ――このまま突っ切るわ!!」
――
「ッ!? ――クソ!」
トリガーを引いても、何も起きなかった。
銃を傾けてボルトを見ると、完全に後退している。
「ホールドオープン」
――弾切れを示す合図だ。
レナは即座にハンドガンを抜き、反撃に転じる。
ギリギリまで引きつけ、的確にセンサーを撃ち抜く。
盲目になったオートマトンは、闇雲に武器を乱射する。
レナは肉薄して背後に回り込み、背中に張りついて盾にする。
撃ちっぱなしの武器を掴み、他のオートマトンへ向けて薙ぎ倒した。
「……ハハハッ!」
やがて弾が尽き、発射音が止む。
役に立たなくなったそれを蹴り飛ばし、
経年劣化でボロボロになった車の陰に身を隠した。
WOLFチームは、合流できただろうか。
無事に脱出していることを願う。
俺は、守り切った。
――悔いはない。恐怖もない。
あの7年で、恐怖はすでに擦り切れている。
ただ一つ心残りがあるとすれば――
アビドスを、助けられなくなることだ。
『まだ終わるには早い……』
ああ、そうだ。
まだ身体は動く。
前世とは違い、異常なほど頑丈だ。
だが――もう弾がない。
――格闘戦だけで乗り切る?
……
……さすがに疲れているようだ。
足元に倒れているオートマトンを一瞥する。
右腕には、内蔵式の武器が固定されている。
弾薬の格納場所が分からない、不思議な構造だ。
もし鹵獲対策でこの形状なのだとしたら、
設計者は用意周到だ。
不意に、遮蔽物の向こうから金属の足音が迫る。
――おかわりが来たようだ。
ハンドガンを握る手に力が入る。
意を決して顔を出した瞬間――
眩い閃光が、オートマトンを貫いた。
「なんだ、後ろから!?」
霧の向こうからヘッドライトを輝かせ、
4つの金属の塊が猛スピードで接近してくる。
霧から飛び出したそれは、第1小隊のハンヴィーだった。
ハンヴィーはレナの周囲に広がり、防御陣形を展開した。
オートマトンを次々と撃ち倒し、
降りてきた数人がレナに駆け寄る。
「隊長!! 間に合ってよかったです……!」
「おぉ……制服はボロ雑巾みたいだけど、随分倒したね……さすが隊長」
「隊長〜! 死んでない! よかった!」
駆け寄ってきたのは、WOLFチームだった。
「……みんな」
――無線機が鳴る。
《こちらGOAT1……思う存分暴れたようね? 無事でよかったわ、WOLF1》
まさか助けに戻るとは思っていなかったレナは、
震える手で無線機のスイッチを押す。
「……どうして、戻ってきたんです?」
《言ったはずよ。誰一人、残さないって――
さぁ、帰るわよ。日が沈んでしまう》
WOLFチーム全員がハンヴィーに乗り込むと、車列は帰路についた。
この遠足は間違いなく試練だったが、第1小隊の結束を強める切っ掛けにもなった。
14話はこれで終わりになります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。