白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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皆様、明けましておめでとうございます。

26年も白狼救済録を、よろしくお願いします。


第15話 帰路

 

 

レナを救出した後も、自律機械は諦める気配を見せなかった。

もう残弾を数える余裕はなく、ただ引き金を引き続けながら、第1小隊は強引に市街地を抜けていった。

 

気付けば追撃は止み、霧が薄くなる。

だんだんと夜空がはっきり見えてきた。

それに合わせてECMも途切れ、無線がクリアになる。

先ほどまで慌ただしく戦っていた車内は、ようやく落ち着きを取り戻し、エンジンの規則正しい音だけが響いていた。

 

やっと終わった――そう感じた途端、レナの身体は急激に重さを増し、シートに沈み込む感覚が強くなる。

 

肩が鉛のように重い。

 

まるで今まで溜め込んでいた負債が、一気に押し寄せてくるような感覚だった。

視線を下に向けると、両手が小刻みに震えていた。

止めようと意識しても、指先は言うことを聞かなかった。

 

(……まただ。試験の時と同じ。あの時も、終わったと同時に――)

 

ハンドルを握るリノが声をかける。

 

「どうしたんですか、隊長? 手が震えてますよ?」

 

(……なんて言えばいいのか)

 

この症状が何なのか、レナ自身にも分からない。

答えようがなかった。

 

「……あ、ああ。興奮が抜けてないだけだ……多分……休めば収まる」

 

「た、多分ってなんですか……はぁ。帰ったら、しっかり寝てくださいね?」

 

「……そうする」

 

やけに車内が静かだと思い、後ろを振り向く。

後席に座った二人は、泥のように眠っていた。

正式にSRTの隊員になってから初めての長期戦だったのだ。

 

 

こうなるのも無理はない。

 

 

だが――俺に眠気が訪れることはなかった。

 

 

 

――

――ミレニアム近郊・検問所

 

「日が……沈みましたね……」

 

ヴァルキューレの一人が、窓の外を見て口を開く。

監視室内にいる全員に、重苦しい空気が漂っていた。

 

「やっぱり、戻って来ないか……本部に連絡を」

 

頷いた一人が受話器を取り、番号を入力しようとした、その時――

 

外から見張りの一人が、息を切らしたまま飛び込んできた。

 

「戻って来ました!! 第1小隊の車列です! 4両、健在!!」

 

その報告を聞いた瞬間――

監視室は歓喜に包まれた。

 

「戻ってきた!?」

「す……すごい! SRTの名前は、伊達じゃない!」

 

朗報を聞いたリーダー格の少女は、即座に指示を出す。

 

「負傷者がいるかもしれない! 医療班に連絡を!」

 

「はいッ!」

 

監視室にいた全員が、慌ただしく外へ飛び出していった。

 

 

 

――

 

《GOAT1から全隊。検問所の光が見えてきた。みんな……よくやったわね。家に帰れたわよ》

 

レンから全チームに連絡が入った瞬間。

 

第1小隊の無線に、静かな歓声が上がる。

 

《はは……! やっとですか……小隊長。任務は失敗してしまいましたが……》

 

《あ〜、給料は引かれちゃうんですかねぇ〜……欲しい服が、あったんですが……》

 

《しょうがないわよ……帰れただけ、儲けもの……

あーでも、これから群長に報告しなきゃいけないのよねぇ……胃が痛いわ……》

 

レナとリノも、無線に耳を傾ける。

レンの声が、改めて自分たちが「帰ってきた」のだと実感させていた。

 

だが――レナには一つ、懸念事項があった。

 

命令違反だ。

 

レナは無線機のスイッチを入れる。

 

「GOAT1……私は……いかなる処分も、受け入れるつもりです」

 

《……そうね。SRTも組織である以上、命令違反には何かしら罰を与えなきゃいけない決まりがあるけど……》

 

レンは一息置いて答える。

 

《TORTOISE1から聞いたわ……あなたがいなきゃ、全滅してたって。

こうなったのも……すぐに援護を出さなかった、私の責任でもある……》

 

《……群長には、私が言っておく。悪いようにはしないと誓う》

 

「寛大な対応、感謝しま――」

 

《……ただし》

 

レンは言葉を遮った。

 

《……》

 

ノイズだけが、しばらく続いた。

 

《……記録は残さなきゃならない。あなたが何をしたか、全員が知ることになる。

……それだけは、覚悟しておいて》

 

「……了解しました」

 

検問所から漏れる光に引き寄せられるように、第1小隊の車列は一直線に進み、到着した。

 

そして、車列に駆け寄ってきたヴァルキューレ生徒たちは、その凄惨さに言葉を失った。

 

「こ、これは酷いですね……弾痕だらけだ」

「一体、どんな戦いを……」

 

皆が立ち尽くす中、ハンヴィーのドアが開き、第1小隊の全員が降りる。

 

それを見たヴァルキューレ生徒たちは、一斉に敬礼した。

 

「……戻ってきたわよ」

 

「……ご無事で、安心しました。負傷者はいらっしゃいますか?」

 

「えぇ。一人の『おバカさん』を除いてね?」

 

レンはそう言うと、後ろで立っている一人を横目で見る。

 

負傷者は、一名のみ。

 

そう告げられても、迎えたヴァルキューレ生徒たちは信じられなかった。

全員が唖然とし、立ち尽くす。

 

「……」

 

リーダーは何も答えられず、遅れて新人たちがざわめき始める。

 

「……う、うそ。一人だけ?」

「こ、これが……SRT……」

 

そんな空気の中、ミレニアム方面から1両のトラックが近付いてきた。

 

一体、何だ?

 

全員が疑問に思う中、そのトラックは第1小隊の

車列の前で停止した。

 

助手席のドアが開き、一人が降りてくる。

 

その姿は――

 

「皆さん。調査、ご苦労様でした」

 

皆がよく知る、小さな金髪姿の少女だった。

 

「ぐ、群長ッ!? 総員整列!! 敬礼!!」

 

ヴァルキューレ生徒たちと第1小隊は即座に整列し、群長に向けて敬礼する。

 

群長は第1小隊を一瞥し――

 

「休め」

 

群長の号令で、全員が姿勢を変えた。

その一言で、張り詰めていた空気が一瞬緩む。

 

「村正小隊長、報告を」

 

レンが一歩前に出る。

 

「……は、報告します。任務は、失敗しました。

自律兵器の絶え間ない襲撃で、想定より早いペースで弾薬を消費。試作ドローンもシステムトラブルで故障……全機損失。

第3ポイントまで進出しましたが……隊員の疲労も限界まで蓄積し、調査の継続は困難と判断……」

 

一度、言葉を切る。

 

「……スキャンは途中まで進んでいましたが、中断して撤退しました。

オーパーツも回収できたのは2つのみ……です。

期待に添えられず……申し訳ありません」

 

報告が終わると、先ほどまでの空気は消え、重苦しい沈黙が落ちた。

 

「スキャナーは無事ですか?」

 

群長は表情一つ変えず、淡々と問いかける。

 

「は、はい。傷一つありません」

 

「それならよろしい。……ふむ」

 

群長はレナを一瞬、横目で見てから口元で手を組み、わずかに考え込む。

 

「……あとはミレニアムの『C&C』が引き継ぎます。ご苦労様でした。もう帰って、ゆっくり休んでください」

 

「C&C……? なんで今、C&Cが出てくるんですか?

これはSRTの任務では――」

 

「それに関して、私が答えることは何もありません。

今回の任務には箝口令が敷かれます。外部には一切漏らさないでください。

……任務は確かに失敗しましたが、あなたたち全員の口座に手当を振り込んでおきます。

言いたいことは分かりますが……いいですね?」

 

――手当。

 

それが口止め料であることは、全員が理解していた。

 

本心では異議を唱えたい者は多かったが、群長の有無を言わせないと言わんばかりの視線に射抜かれ、誰も名乗り出ることはなかった。

 

「……了解、しました。スキャナーを持ってきてちょうだい」

 

GOATチームがハンヴィーへ向かうと、群長が乗ってきたトラックの荷台から、メイド服に身を包んだ少女たちが降りてきた。

 

彼女たちの足音は、整然としすぎていた。

明らかに、ただのメイドではない。

 

後方に整列していたレナは、隣のリノに小声で尋ねる。

 

「……リノ、C&Cとは何だ?あと……なぜメイド服を?」

 

「私も詳しくは知りませんが、最近結成されたセミナー直轄の部活のようです……メイド服なのは私も知りません」

 

部下からスキャナーを受け取ったレンは、メイド服の少女へと手渡した。

 

「これが、スキャナーです」

 

「ありがとうございます。確かに受け取りました。

あとは私たちにお任せください」

 

それを合図に、小隊長のレンはハンヴィーへ戻る。

 

第1小隊も、それに続いて帰投の準備に入った。

レナも自分たちのハンヴィーに戻ろうとし――

 

「おい」

 

背後から声をかけられ、振り返る。

そこには、背の低いメイド服姿の少女が、一風変わったジャケットを羽織って立っていた。

気の強そうな眼差しで、こちらを見据えている。

 

「テメェ……他の奴とは違ぇな?……何モンだ?」

 

(なんだ……こいつ。ホシノと似た空気を感じる)

 

「私か? ただの新入りだ。特別じゃないさ」

 

そう言うと、相手は呆れたように息を吐いた。

 

「……はぁ。その制服でそれを言うか?……もうちょっとマシな嘘をつきやがれ。

あたしは美甘ネルだ……テメェは?」

 

「……大上レナ」

 

「ふーん……そうか、呼び止めて悪かったな。しっかり寝ろよ」

 

そう言うとネルは踵を返し、戻っていった。

 

見た目はただのチンピラにしか見えないが、根はいい奴なのだろう。

 

 

 

――

 

――SRT特殊学園、医務室

 

「はーい、ちょっと沁みますよー」

 

メディックの役職に就いた隊員が、レナの傷口にガーゼを押し当てる。

 

「………ん」

 

「それにしても随分ボロボロですね……何があったんですか?」

 

「すまんが、それは私の口からは言えん。後日上がる報告書に目を通してくれ……殆どが黒塗りになるだろうが」

 

「……色々あったようですね……私にはこれくらいしかできませんが、どうか祈らせてください……」

 

そう言うとメディックはレナの目の前でしゃがみ、ロザリオのようなモノを握り締めて祈りを捧げた。

 

「どうか……あなたの旅路に幸あれ」

 

「……お前、シスターだったのか?」

 

「えぇ、以前はトリニティのシスターフッドで救護騎士団に勤めておりました。ここには、スカウトされて来たんです。何か悩みがあれば相談に乗りますよ?」

 

「いや……そうだな。聞いてくれるか?……シスター」

 

「はい、喜んでお聞きします」

 

メディックは椅子をレナの目の前に持って行き、対面に座る。

 

「実は――」

 

 

 

――

 

「そうですか……命令違反を……ですが、それは仲間を守るためにやったのでしょう?」

 

「だが……これは、決して許されるものではない。あまつさえ指揮も放棄して、部下を危険に晒した。

私は……正しかったのか、分からない」

 

「……失礼しますね」

 

一瞬の沈黙の後、メディックに両手で優しく抱き寄せられた。

 

「なにを……」

 

「でも……守り切った。あなた以外……全員が無傷」

 

「……正しさと、楽になることは別だ」

 

メディックの抱きしめる手に力が入る。

 

「……あなたは、強いですね」

 

温もりが、レナから離れる。

 

「あなたが、トリニティにいたら……いえ、何でもありません。

あまり抱えすぎるのは、よくないですよ?人の心は……繊細なんですから」

 

「……ありがとう。少しだけ、気持ちが軽くなった」

 

「ふふ……それならよかったです。迷える子羊を救うのは、シスターの使命ですから」

 

静寂に包まれた医務室に、スマホの着信音が響く。

 

着信相手は――ユメだった。

 

「あら、お友達ですか?」

 

「……すまない。ここで失礼する」

 

レナは立ち上がり医務室を後にする。

 

ドアを閉める直前に見えた彼女の顔は、慈愛に満ちた柔らかな表情だった。

 

 

薄暗い廊下で電話に出る。

 

 

《やっほー!レナちゃん!今日も元気!?》

 

この屈託のない声は、聞いているだけで今までのことを忘れられる。

 

「ユメか……今日も元気だ、問題ない」

 

《そっか!そういえば、もうすぐ休みだよね?3人で遊びに行かない?

ホシノちゃんが水族館のチケットを手に入れたんだ!》

 

「すい……ぞくかん?……そうだな、特に予定もない。一緒に行こう」

 

《じゃあ集合場所と時間を教えるね――》

 

 

 

――

 

――ミレニアムサイエンススクール

 

「よぉ、リオ。終わらせてきたぜー。今さらこんなデータ、何に使うんだ?」

 

「あなたには関係ないわ。知る必要はない」

 

「へいへい。あたしは部外者ですよーだ。

……でもよかったのか?SRTの連中にC&Cが関わってるのを知らせて……匿名で連邦生徒会に依頼した意味が無ぇだろ」

 

「彼女たちは成果を出した。これは……私なりの誠意よ」

 

そんな彼女にネルは、呆れた表情を向ける。

 

 

「多分……伝わってねぇどころか、疑われてるぞ……」

 

 

「……?」

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