白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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雷帝の詳細が一切不明なの、すごい困っています。


第18話 選択

 

 

「では、これで“契約”は成立です!」

 

話は終わりだと暗に告げるように、連邦生徒会長は満面の笑みで手を叩いた――だが、その目だけは、どこまでも冷たかった。

 

レナは、シャチのキーホルダーを無意識に握り締める。

 

「レナさん。アビドスは、あなたの『選択』で孤立無援ではなくなります。……ええ、あなたが“そう望んだ”通りに。

……今日、今――この瞬間。私たちは、同志になりました。もう、後戻りはできません。

これから一緒に、キヴォトスをもっと良くしていきましょう」

 

そう言うと、生徒会長はソファから立ち上がり、レナに手を差し伸べた。

 

その手を前に、レナの指がわずかに震える。

 

それは、恐怖ではなかった。

 

過去にやってきたことの焼き増し――

懲りずに同じ選択を繰り返す、自分自身への怒りだった。

 

レナは、差し出された手を静かに握り返す。

 

その手は、少女らしく細く、柔らかい。

そして、確かに温かかった。

 

握手に合わせて、生徒会長が小さく呟く。

 

「これは……」

 

一拍、言葉を探すように視線を伏せる。

 

「……あなたたちにしか、できないんです」

 

言い淀みながら、レナから目を逸らし、そっと手を離す。

 

「作戦決行は、二週間後です」

 

生徒会長は懐を探り、一枚の紙切れを差し出した。

 

「集合場所とパスワードです。明日、ここへ向かってください。……誰にも見られないよう、深夜に動いてください。

この後は学園には戻らず、外で所定の時間まで待機をお願いします。

分かっていると思いますが、制服では来ないでくださいね?

……群長には、話を通しておきます」

 

 

 

――

 

ここから先は、SRTの任務ではない。

俺自身が引き受けた――“選択”の結果だ。

 

「ブラックオペレーション」

 

決して表には出ない任務。

失敗すれば、すべて無かったことにされる。

 

顔も、名前も、学籍も、すべて未登録に戻される。

友人の端末からも、俺たちの名は消える。

 

退学扱いにもならない。

 

――記録(Archive)から、すべて“抹消”される。

 

アビドスへの送金履歴も、消えるだろう。

 

「生徒会長。一つ、質問をしても?」

 

「……何ですか?」

 

「なぜFOXチームなのですか? ……同じディールーのVIPERはともかく、彼女たちは……無関係では?」

 

「彼女たちしか、あなたに付いて行けないというのが理由です。……そして、保険でもあります。

失敗した場合でも、被害を最小化する『物語』を用意しています。

FOXとVIPERには、そのための“役”を担ってもらうだけです」

 

「……役?」

 

「はい、役です。……舞台が失敗した時、観客は誰かを『悪役』に求めます。FOXにはその役を……

そしてVIPERは、独断専行、欲に溺れた『愚か者』の役です……

最後は投獄し、記録は削除。社会から、きれいに消えます。

レナさん。これは……すべて、あなたを守るためでもあります」

 

彼女たちを――

 

“WOLFを守るため”に、万が一の捨て駒として投入するということ。

それを聞いても、胸の奥はひどく静かだった。

 

前世と、何も変わらない。

 

「償うためには……誰かが役を引き受けなければならない。

それが、組織というものです」

 

守ると言いながら、他人を切ることが、当然として組み込まれている。

 

「任務の内容は、あなたと同様に説明します。そして……彼女たちには、それぞれ“望んでいるもの”がある」

 

「……?」

 

「FOXは『ディールー昇格と正義』。VIPERは『平和と秩序』……それを“正しく”差し出すだけでいい。

善性に溢れた彼女たちが、断ることはないでしょう」

 

(断らないことまで、計算の内か……これでは釣り餌だ。人の感情まで、駒として使う)

 

レナ自身も、アビドスという餌で、ここに立っている。

正義も、平和も、救済も、ここでは“餌”に成り下がる。

 

「もしもの話です……雷帝を取り逃がし、私が捕まった場合は、どうする気ですか?」

 

「……そうですね。それは一番避けたい事態ですが――その時は、私が身を切りましょう。

ですが……レナさん。あなたは、すべてを守り切る。誓いましたよね?」

 

(……『身を切る』? 彼女の立場で、一体何を捧げる……? 誰も代わりなど務まらないだろうに)

 

なぜ――彼女は、こうも冷酷に振る舞える。

これでは、少女の皮を被った「悪魔」だ。

 

アヴァロンの連中と、何も変わらない。

唯一違うのは、金で動いていないということ。

 

だが、彼女が語った「シナリオ」は、失敗した時のもの。

 

そうだ――

成功させればいい。

 

俺が編み出した――唯一の“処世術”。

今まで、そうやって生き残ってきた。

 

「あなたの部下には、あなたが説明してください。

“真実”を言うか、“嘘”で塗り固めるか。お任せします」

 

――それが、あなたの“選択”です。

 

そう言い残し、生徒会長はソファに座り直した。

 

「さあ、レナさん。私たちは“友達”です。もう、敬語は要りませんよ?」

 

カップを掲げると、声のトーンが急に幼くなり、甘えるように強請る。

さっきまでの冷たさが、嘘のように消えた。

 

その変わり身の速さに、レナの背中に冷たい汗が伝う。

 

(……俺を駒として扱っていた奴の言葉じゃないぞ)

 

「……」

 

レナは無言でカップを乱雑に掴み取り、中の液体を一気に飲み干す。

 

「……ああ、そうさせてもらう」

 

「うふふ、よかった! みんな話しかけると畏まってしまって……対等に話せる人が、今までいなかったんです!」

 

生徒会長の声が弾み、目に光が灯る。

とても嬉しそうだ。

 

だが、これが演技なのか本心なのか、レナにはもう判別できなかった。

 

「あ、そうだ! 『レナちゃん』と呼んでもいいですか!?」

 

奇しくも、「最愛の先輩」と同じ呼び方を求められる。

身体が強張り、鳥肌が立つ。

 

それは――劇薬にも等しかった。

 

「……ッ、構わない。好きに……呼べ」

 

 

 

――

 

生徒会長室を後にし、外へ出る。

背後で光り輝く尖塔を、振り返る。

 

(……聳え立つ、クソッタレだな)

 

スマホを取り出し、WOLFチームのグループチャットに書き込む。

 

 

――

『連邦生徒会長から、任務が発令された。私服を用意しろ、内容は合流してから話す。

RP(ランデブーポイント)座標54S UE 84742 50519 カイザーコンビニエンス、時刻は0100時。

出ていく所は誰にも見られるな。群長には既に話が通っている』

 

『了解』

『コピー』

『りょうか〜い❦』

――

 

 

どう考えても、普通の任務ではないのに――誰も質問しない。

 

この信頼が、レナの心を締め付ける。

 

(そういえば……私服は、持っていなかった)

 

「……仕方ない、買いに行くか」

 

D.U.はキヴォトスの首都。

アパレルショップなど、腐るほどある。

 

ネットで一番近い店を調べ、そこへ足を向ける。

 

 

 

――

――D.U.中央通り

 

目的地のショップは、ガラス張りの外観に柔らかな照明が灯る、いかにも「流行」を売りにした店だった。

入口のディスプレイには、淡い色合いのワンピースやフリル付きのトップスが並び、レナの目には異世界の光景にしか見えない。

 

(……どう考えても、場違いじゃないか?)

 

一瞬、踵を返しかける。

だが、ここで引き返す意味はない。

 

「……入るか」

 

ガラスのドアを開け、店内へ入る。

 

即座に、猫の姿をした店員が駆け寄ってきた。

 

「い、いらっしゃいませ!……ぇ?」

 

黒を基調としたSRTの制服、ハーネスのポーチ類。

この店の世界観とは、あまりにもかけ離れている。

 

「これから出かける用事がある。予算は……これくらいだ。何か適当に見繕ってくれ」

 

スマホの残高を見せる。

 

「うわ……まつ毛長っ……最高の素ざ――じゃないッ! 畏まりました! 少々お待ちください!」

 

(……なんだ? 挙動不審だぞ)

 

店員は服の山へ向かい、「あーでもない、こーでもない」と頭を悩ませている。

 

「……人形みたいな人ね……耳と大きな尻尾……スッキリした方が……」

 

小声でぶつぶつ言っている。

 

「これと……これ、あーでも……これもいいわね」

 

取っ替え引っ替えする様子を眺めながら、レナは言いようのない不安に包まれる。

 

(大丈夫か……あいつ)

 

やがて、店員が小走りで戻ってきた。

 

「これなんて、どうでしょう?」

 

「……どんな服だ? 動きが制限されないか?」

 

思わずそう尋ねると、店員はきょとんとする。

 

「……え? 制限? お客様、デートとかでは……」

 

「……走れるか?」

 

「え?」

 

「伏せても問題ないか?」

 

「えっ!? 伏せる!?」

 

会話が噛み合わない。

 

「……いや、忘れてくれ。試着室はどこだ?」

 

服を受け取り、試着室へ向かう。

 

鏡には、黒い制服姿の自分が映る。

 

装備を外し、制服を脱ぎ捨て、下着姿になる。

映るのは、激しい訓練と戦いを重ねてきたとは思えないほど、細い身体。

 

(……色気の欠片もないな)

 

罪悪感に耐えられず、鏡から目を逸らす。

 

「この体でも、また誰かの“運命”を背負うのか……俺は」

 

無意識に拳を作り、指が白くなる。

 

足元に立てかけたライフルを見ると、シャチのキーホルダーが光を反射して輝いていた。

 

自己嫌悪を押し殺し、服に腕を通す。

 

白と淡い水色のワンピース。フリル、細いリボン。

鏡に映るのは、戦場を知る兵士ではなく、あまりにも無垢な“少女の外見”だった。

 

これから、キヴォトスの命運を左右する作戦のブリーフィングに向かうとは思えない格好だ。

 

「……冗談キツいぜ」

 

小さく吐き捨てる。

 

前世の世界に放り込まれたら、即座に“回されて”路地裏で無惨な最期を迎えるだろう。

 

その変わり果てた自分の姿を想像し、背筋が凍る。

 

「……俺は、誰かに”消費される”つもりはない」

 

カーテンを開け、店員に見せる。

 

「……ど、どうだ。変ではないか?」

 

「……」

 

店員は固まり、言葉を失う。

 

「……?」

 

「……ありがとうございます」

 

「な、なぜ礼を言う?」

 

「気にしないでください。……髪はリボンで結びましょう。――あと! このイヤリング、いかがですか!? 絶対似合いますッ!!」

 

徐々にテンションが上がり、様子がおかしい。

 

詰め寄られ、レナは半歩下がる。

 

「わ、分かった! それも買うから、離れろ!」

 

「はい! お買い上げ、ありがとうございます!――ああ、そのワンピースは脱がなくて結構ですよ! そのまま行きましょう!」

 

会計を済ませた直後、店員に半ば強引に、リボンとイヤリングを装着させられた。

 

レナの気分は、最下層だった。

 

 

 

――

 

「ありがとうございました〜!」

 

(クソ、酷い目にあった。ただでさえ、金がないのに……余計な出費が重なってしまった)

 

「喉が渇いたな……どこか行くか」

 

辺りを見回すと、コーヒーの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「いい匂いだ……紅茶よりな」

 

引き寄せられるように、カフェへ足を運ぶ。

 

木製のドアを押し開けると、チリリンと小さなベルが鳴った。

 

ドアを閉めると、外の喧騒が嘘のように消え、店内は静かになる。

 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 

カウンターの奥にいる店主は、ヒゲを生やしたダンディなロボット。

なぜヒゲが生えているのか、気にしてはいけないのだろう。

 

店内は木製家具で統一されている。

「聳え立つクソッタレ」とは違って趣があり、リラックスできそうだった。

 

レナはカウンター席に腰を下ろし、メニューを開く。

 

木の香りと焙煎した豆の匂いが、荒んだ心を和らげる。

 

(小腹が空いたな……ついでに何か食べるか)

 

「マスター……オススメはなんだ? 今は、小腹も空いている」

 

レナの目前でコーヒーカップを拭いていたマスターは、ヒゲを撫でた。

 

「ふむ……そうですね。こちらの“モハ”などはいかがでしょう。フルーティーな味わいで、酸味とコクのバランスが良く、“レディに人気”の一杯になっております。

……僭越ながら、わたくしはパンケーキが得意でして。コーヒーとご一緒に、いかがですかな?」

 

「レディ」という単語に目くじらを立てそうになるが、ぐっと抑え込む。

 

「では、それで」

 

「畏まりました」

 

豆を挽く音が、静かな店内に響く。

カウンター越しに立ち込める湯気を眺めながら、隣の席に置いたライフルを撫でる。

 

(二週間後……奴は雷帝を消すと言っていたが、具体的には何だ。殺すのか?

しかし……この世界で殺人は禁忌に等しいどころか、それ以上に重い罪だ)

 

だが、選んだのは自分だ。

殺すか、生かすか、悩んでも仕方がない。

 

そうだ――俺は、アビドスの延命のために魂を売ったんだ。

 

(成功させればいい。そうすれば、全員が無事に戻れる)

 

「お待たせしました」

 

マスターの言葉が、レナの思考を断ち切る。

 

白磁のコーヒーカップと小ぶりの皿が、静かにカウンターに置かれ、柔らかい湯気が立ち上る。

 

カップから立ちのぼる香りは、さっきまでの街の喧騒や、頭の中を占めていた冷たい考えを、やわらかく押しのけてくる。

焙煎された豆の、味わい深い匂いが、肺の奥まで染み込んでくるようだった。

 

(……)

 

レナは両手でカップを包む。

白い陶器は、掌にじんわりとした熱を伝えてくる。

 

カップを傾け、一口含む。

 

口の中に広がる味は、想像していたものとは違った。

仄かな酸味と、僅かな甘さ。後から抜ける深いコク。

飲み込むと、それはゆっくりと消え、余韻が残った。

 

(モハ……だったか。戦場で飲んだ泥水のような代用コーヒーとは、わけが違う)

 

「マスター、とても美味いコーヒーだ」

 

「それはよかった。わたくしの目に、狂いはないですね」

 

満足そうに頷くマスターの手には、皿が載っている。

 

「さあ……お待ちかねの、パンケーキでございます」

 

目の前に置かれた皿の上にあるパンケーキに、目を向ける。

 

淡い“きつね”色に焼き上げられた円形の生地が二枚。

表面には、溶けかけたバターがゆっくりと広がり、縁からは、ほのかに甘い香りが立ちのぼっている。

上からかけられたシロップが、光を受けて琥珀色にきらめいていた。

 

「……ッ、これが……パンケーキか」

 

無意識に、喉が鳴る。

 

我慢できず、即座にフォークとナイフを構える。

 

ナイフを入れると、抵抗はほとんどなかった。

ふわり、と音もなく割れ、内側の白い生地が顔を出す。

 

フォークに刺し、一口。

 

(……)

 

思わず、言葉を失う。

 

外は香ばしく、中は驚くほど柔らかい。

噛むたびに、卵と小麦の甘みが広がり、そこへバターの塩気と、シロップの優しい甘さが重なっていく。

 

もう一口、パンケーキを運ぶ。

続けて、コーヒーを啜る。

 

ほどよい甘さと苦さが、口の中で調和する。

 

「……美味い」

 

温かいものを、ただじっと、一人で味わう。

 

それだけの行為が、これほど“生きている”感覚を呼び起こすとは、思っていなかった。

 

このまま時間が止まれば、どれほど楽か。

 

 

 

――

 

「お客さん、何か悩みでも……お持ちですかな?」

 

食べ終わって口をナフキンで拭いていると、マスターが尋ねてきた。

 

「……なぜ、そう思う」

 

「……長年の接客で得た経験から、ですかね?」

 

レナの表情は、まったく変わらないはずだ。

それをマスターは、経験だけで言い当てた。

 

その勘の良さに、レナは息を呑む。

 

「……とある人から、仕事を任された。キヴォトスに関わる――重要な仕事だ。

決して失敗は、許されない」

 

「……」

 

マスターは、ただ静かに聞いている。

 

「……もし、失敗したら。大きな混乱を、呼び起こす。もしかしたら、あなたにも影響があるかもしれない」

 

雷帝は、非常に頭が切れる人物だという。

もし取り逃がせば、いずれカバーストーリーを見破り、連邦生徒会長の差し金だと気付く可能性が高い。

 

そうなれば、終わりだ。

 

「独裁者」と「管理者」が潰し合う――終わりの始まりだ。

 

主導権の奪い合い。

どちらかが斃れるまで続く闘争が、火蓋を切る。

 

二人の間に、沈黙が広がる。

 

「あなたは……可憐な姿の裏に、自身の限界を超えた運命を背負っているようだ」

 

「……」

 

「ですが、それを耐えられないと思いつつも。あなたは、逃げない」

 

違う――逃げないんじゃない。

逃げ道が、ないだけだ。

 

「……逃げずに立ち向かう。それだけで、十分ではありませんかな?」

 

空になったカップを見つめ、ごちる。

 

「……はたして、それが正解なのか」

 

ライフルを担ぎ、制服が入った紙袋を持つ。席から立ち上がり、代金を置いて離れる。

 

「……また来る」

 

「はい、お待ちしております」

 

マスターは、ゆっくりと頭を下げた。

 

ドアを開けて、騒がしい外に出る。

カフェから出て空を見上げると、太陽はまだ地平線の上にあった。

 

(まだ日が沈んでないな……集合時間は深夜。

恐らく、眠る時間はないだろう。どこかで仮眠を取るか)

 

ネットで情報を漁ると、こんなものが出てきた。

 

「ネットカフェ」

 

個室の中にPCがあり、そこで自由に寛ぐ娯楽施設。

 

(ふむ……こういうのもあるのか)

 

それがある方角へ向きを変えると、犬の市民の集団が近付いて来る。

 

全員がアクセサリーを全身に身に付け、オーバーサイズのゆったりした服を着込み、キャップは斜めに被っている。

ラッパー擬きの格好で威圧的な歩き方をしているが、見た目がふさふさの犬なので、まったく怖さを感じない。

 

一人が前に出て、レナに声をかける。

 

「YO! ねーちゃん! 可愛いね、俺たちとお茶しない?」

 

まるで値踏みするような、全身を舐め回すような視線を向けられる。

 

「……なんだ、奢ってくれるのか?

だが――あいにく、今さっきコーヒーを飲んだばかりでな。遠慮させてもらおう」

 

せっかく落ち着いた所を無遠慮に踏みにじられ、レナは苛つきを覚える。

だが、暴力に頼って目立っては、私服に着替えた意味がない。

持ち前の精神で怒りを抑えつけ、追い払う言葉を考える。

 

「えー、そう言わずにさぁ〜」

 

「そんな可愛い服着ちゃって、これからデート? 彼氏なんかより、俺たちと遊ぼうよ」

 

「……はぁ、それで? 茶に誘った後は?」

 

レナが問うと、彼らは戸惑う。

 

「……え? その……後って」

 

「体が目当てか? 数人で寄って集って、私を襲うのか?」

 

その言葉は予想外だったらしく、ナンパ犬たちは固まった。

 

「はぁ!? ち、ちげーし! なんてこと言うんだ! ねーちゃんよ!?」

「そ、そうだ! 本当に“魅力的”で話したかっただけだ!」

「アンタ! 可愛い顔して、とんでもねぇ言葉を使うな!?」

 

彼らはドン引きして、一歩下がる。

レナの気迫で何かに気付いたのか、ナンパ犬の一人が目を見開く。

 

「ああ!! コイツ! SR――ン!?」

 

レナは目にも留まらぬ速さで距離を詰め、口を塞ぐ。

そしてゆっくりと耳元に顔を近づけ、身が凍えるような低い声で囁いた。

 

「……それ以上、言うな。舌を抜き取るぞ」

 

詰め寄られた彼は、涙目で必死に頷いた。

 

周囲の視線が集まるのを感じたが、すぐに消えた。

それに安堵し、レナは胸をなで下ろす。

 

「私は今……機嫌が悪い。また今度にしろ」

 

「あ、お茶は……いいんだ」

 

「さっさと行け!」

 

レナが怒鳴ると、彼らは一目散に逃げ出した。

 

「クソ……台無しだ」

 

吐き捨てるように呟くと、目的地へ歩き出す。

 

 

 

――

 

レナが足を踏み入れたのは、中央通りから一本外れた雑居ビルの一階だった。

看板には、簡素な文字で「24H Net Café」とある。

 

ガラス扉を押し開けると、室内の空気が一変した。

 

防音対策が完璧なのか、外からの物音は一切なく、静かだった。

代わりに、空調の唸るような低い音だけが、フロアに響く。

消臭剤の甘ったるい匂いと、プラスチックとビニールのような無機質な空気。

 

レナは一歩踏み出し、カウンターへ向かう。

 

「いらっしゃい。時間は?」

 

カウンターの奥から、メガネをかけたフクロウの店員が顔を出した。

 

「短時間だけ、使いたい」

 

「じゃあ、この3時間パックでいいか? ドリンクバーもセットだ」

 

「……ああ」

 

「じゃ、学生証を見せてくれ」

 

連邦生徒会長に、紙切れと一緒に渡された――潜入用の「嘘」の学生証を提示する。

 

「ふーん。山海経の“西園寺エレナ”さんね。ブースはM-14、ドリンクバーは突き当たりだ」

 

「……ありがとう」

 

カードキーを受け取り、通路へ足を踏み入れる。

 

薄暗い廊下の両脇には、等間隔に並ぶ個室。

扉の隙間から漏れる光の向こうで、誰かが動画を見、誰かがゲームをし、誰かが眠っている。

 

M-14と書かれた扉の前に立ち、カードリーダーにキーを通す。

 

電子音と共に、ロックが解除される。

 

中は、畳一畳ほどの空間。

簡素なリクライニングチェアと、古びたデスク、モニター、キーボード。

壁には吸音用の黒いパネルが貼られ、天井は低い。

 

「狭いな……まるで棺桶だ」

 

だが、不思議と落ち着いた。

 

四方を壁に囲まれ、外界から切り離された箱。

ドアを閉めると、世界が完全に遮断される。

 

レナはライフルをゆっくりと壁に立てかけ、紙袋から制服を取り出してハンガーに吊るした。

 

ワンピースの裾を軽く摘み、リクライニングチェアに腰を深く沈める。

 

 

背もたれを倒すと、視界の上半分を天井が占める。

横から出た、ふわふわの尻尾を撫でて目を閉じれば、生徒会長の言葉が蘇る。

 

『“真実”を言うか、“嘘”で塗り固めるか。お任せします』

 

「今だに……答えは出ていない」

 

指先が無意識に、胸元のリボンへ伸びる。

 

「俺は……どうすれば」

 

仲間の顔が、次々と浮かぶ。

無線の向こうの声、訓練場での笑い声、無言の信頼。

 

“真実”を言っても、彼女たちは任務を遂行する。俺が育てたんだ、それは確信できる。

 

だが……それは、逃げる選択肢を奪うことになるのではないか?

 

FOXとVIPERが捨てられ、自分たちの存在も消え去ると知ったら――

アクシデントがあれば、全力で守りに動くはずだ。

 

それを、あの「悪魔」が許すか?

 

“嘘”を言えば、彼女たちは下される命令に一切迷わないだろう。

任務の恐ろしさと、裏に潜む政治の深淵を、知ることもなく。

 

 

 

……結局は、俺の“エゴ”でしかないんだ。

 

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