白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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第1章 アビドス編
第1話 アビドス


俺がアビドスに保護されてから、既に2日が経っていた。

 

 

 

 

 

◆

 

この砂の国のご当地名物、「砂嵐」は不定期に街を襲い、俺の仮住まいでもあるアビドス高等学校さえ、無残なサンドアートにしてしまう。

 

まるで今が好機とでも言いたいのか、忌々しい砂が窓の隙間から大量に校舎へと雪崩れ込む。

 

これでは掃除をしても埒があかない。

 

だが、砂だらけでも俺には十分だった。

 

――まだ人の死を見ていない。

前に比べたらバカンスだ。

 

 

 

物思いにふけりながら、窓の向こうを眺めていると、頭の隅に重い思考が滲んでくる。

 

こんなことしていていいのか?

 

突然、見計らったようなタイミングで砂嵐が窓を叩く。

俺を追い出したいと訴えているようだ。

 

――止めよう。気分が悪くなる。

 

まだ朝だ。前と違って、寝ていても怒る奴はいない。

そう思い、寝直そうとし――獣の耳がピクッと動いた。

 

 

……誰か来る?

 

 

耳を澄ましていると保健室の扉が勢いよく開いた。

 

 

「おはよう、レナちゃん! 気分はどう?」

 

「ッ!……問題ない」

 

 

保健室に入ってきたのは、俺を最初に拾った少女――梔子ユメ。

 

明るく、人懐っこく、そして、どこか危なっかしい。

 

――つい「守りたくなる」ような、そんな雰囲気を持っている。

 

 

「“問題ない”って……そればっかり!」

 

「別にいいだろう」

 

ユメはむぅっと頬を膨らませる。

 

「喉渇いたとか、お腹空いたとか、もっとあるよね!?」

 

 

俺は抗議するように無言で布団にくるまった。

 

 

「ちょっと!話聞いてる!?……まあいいや、お水持ってくるから起きて」

 

 

ユメは軽い足取りで棚へ向かい、コップに水を注いだ。

 

仕方ない――相変わらず騒がしい奴だ。

 

 

「はい、どうz…うお!」

 

 

ユメは突然、何もないところで躓いた。

 

「ッ……!」

 

その刹那、宙へと放り出されたコップが、ゆっくり動いているように見えた。

即座に手を伸ばし、数滴こぼしただけで受け止める。

 

(今の感覚は一体……)

 

「お、おぉ……凄い!ナイスキャッチ!」

 

「……次は気を付けろ」

 

水を飲み干し、ユメへと向き直った。

 

「……ユメ、ひとつ聞きたいことが――」

 

「私で良ければ何でも聞いて!」

 

 

突然ぐいっと距離を詰められ、思わずたじろぐ。

 

 

「……ど、どうしてお前達は銃を持ち歩いている? アビドスは危険なのか?」

 

ユメは目を丸くし、呆れたように肩を竦める。

 

「そこまで忘れちゃったの?キヴォトスで銃は常識、喧嘩で撃ち合うことなんて日常茶飯事だよ」

 

 

突然、荒唐無稽なことを言い出す。

 

――喧嘩で撃ち合う……ここは西部劇か?

 

 

だが銃について聞いたのは不味かった。感づかれるか?

――いやコイツのことだ、ホシノと違ってそこまで深く考えない。

 

俺はこの世界のことを何も知らない。

最低限の常識くらいは知っておいて損はない。

 

 

「それは……一体――」

 

「もしかして、ホントに全部忘れちゃった?」

 

――お勉強会だ。聞けるだけ聞いてやる。

 

「あ、あぁ……色々教えてくれ」

 

「じゃあ、質問!私の頭の上に何か見える?」

 

「……薄っすらと、輪のようなものが」

 

「へー……凄いね、他人のヘイローが見えるんだ」

 

「ヘイロー?見えないのが普通なのか」

 

「うん、見える人は少ないよ。それでこれが、私たちが頑丈でいられる理由……らしいよ」

 

(……らしいとは何だ)

 

「ヘイローが何なのかよく分かってなくて、精神の具現化?とか言われてるけど、誰も知らない」

 

「精神の具現化……それは誰かに聞いたのか?」

 

「ミレニアムに知り合いがいるの。元アビドスの子で……」

 

ユメは少し寂しげに俯き、そして無理やり笑顔を取り戻した。

 

「さて、この話はこれくらいにして!レナちゃんにもヘイローはあると思うよ?」

 

なんだ、終わりか。

また聞ける機会があったら教えてもらおう。

 

――ユメは私物の鞄を漁っている。

 

「自分のヘイローは見えるはず。はい、鏡!」

 

ユメから鏡を受け取り、恐る恐る覗き込んだ。

 

(これが今の俺か。それより――)

 

――映っていたのは

 

ツンと立った獣の耳。

 

吸い込まれそうな、底が見えない真紅の瞳。

 

肌は薄く透き通るように白い。

 

薄くて頼りない身体。

 

 

そして――

 

 

とても子供のするものではない。

 

感情を削ぎ落とした無表情。

 

 

 

だが、真っ先に目を奪ったのは。

 

 

――赤黒い禍々しいヘイロー。

 

まるで渇いた血のような出で立ちは、過去の経験を見透かされているかのようだった。

 

 

――俺を写したつもりか?……気に入らない。

 

 

 

 

視線を落とすと――そこにあるのは慎ましやかな膨らみ。

 

おもむろに手を伸ばし――

 

 

「れ、レナちゃん……何してるの?」

 

 

「……ただの確認だ」

 

 

「何の!?」

 

 

 

 

 

◆

 

アビドスの生活は穏やかだが、重大な問題が一つあった。

 

学校が、借金で潰れかけている。

 

 

 

 

 

 

それを知ったのは、保健室を抜け出し、放課後の生徒会室前で偶然聞いてしまったからだ。

 

 

「ひぃいいん……どうしようホシノちゃん……借金、減らないよ……」

 

「ユメ先輩、弱音は吐かないでください……」

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、保健室に来たユメを問い詰める。

彼女は目を逸らし、固く握った拳は僅かに震えていた。

 

「……実はね、今のアビドス高校……借金が九億あるの――」

 

 

「なに?九億だと?」

 

その非常識な数字は、鼓膜に重々しく響いた。

何の変哲もない学校が九億。兵器産業の世界では端金だが――

 

 

学生には、あまりにも重すぎる額だ。

 

 

「うん……昔、色々あってね?今はなんとか掻き集めたお金で凌いでるけど……」

 

 

本来なら守られるべき子供が、借金漬けで喘いでいる。

 

――そんなこと許されていいのか?

 

 

「……この砂塗れの状況と関係が?」

 

 

ユメは迷った末に、頷いた。

 

 

「何年も前のアビドスには、ここまで砂はなかったの。でも砂嵐が来るようになって…色々試したけど、駄目で」

 

 

ユメの顔が歪む。

 

 

「それで、企業に……目をつけられて……借金を背――」

 

 

 

「もういい……みなまで言うな」

 

 

誰も悪くない。

 

だがどうしようもない。

 

そんな理不尽はよく知っている。

 

以前は問題が出たら解決策を出し、仲間を危険から遠ざけるのが仕事だった。

 

 

――だが。

 

 

そうした結果はすでに出ている。

 

 

 

 

 

迷いが生まれる――だが受けた恩は返したい。

 

この子達に、俺達のような罪はない。

 

見て見ぬふりをするのか?

 

 

いや――

 

 

「金が必要なのか」

 

「え、まあ……そうなんだけど――」

 

「私も手を貸す」

 

「そんな、わ……悪いよ! 私たちは大丈夫だから!」

 

「いや、子供が背負っていいものではない」

 

 

「子供って、レナちゃんも子供でしょ!」

 

 

 

沈黙が部屋を支配する。

 

 

 

子供が取れる手段など無いに等しい。

 

九億の借金など返せるはずもない。

 

 

「ハイハイ!こんな暗い話は止めよう!もう夕方だし面白い番組がやってるかも、テレビ観る?」

 

 

「……あぁ、頼む」

 

 

ユメは明るく軽やかな声で言うが、その足取りはどこか重たげだ。

 

 

『ニュースです。今日10時45分頃、不良グループ、カラカラヘルメット団が複数の人質を取り、ゲヘナ学園ゴルゴン地区のスーパーマーケットを占拠したとのことです。

通報を受けて出動したゲヘナ風紀委員会が人質解放の交渉に当たっていますが、依然として膠着状態が続いています。

取材に応じた”ゲヘナ情報部所属の1年生”によると”SRT特殊学園”の投入も辞さない危機的状況とコメントを残し――』

 

 

 

 

 

 

「……SRT?」

 

 

「連邦生徒会長が作った?特殊学園、どうしようもない事件を戦って解決する切り札みたいなところだよ、かっこいいね!」

 

「……戦って?戦う訓練をしているのか」

 

 

「私もよく知らないけど、多分?」

 

 

年端も行かない学生が、戦闘訓練をしている。

 

――少年兵。

 

その言葉で自ずと力が入る、前世でもそういった存在は大勢いた。

 

だが、戦場は――無慈悲だ。

 

一度その場に立てば、平等に牙を剥き。

子供だろうが、大人だろうが、容赦なく奪っていく。

 

 

 

 

 

――ユメがスマホを取り出し、SRTと検索をかけた。

 

「あ!出た出た。うーん、試験はすっごく難しいけど、お給料も高いって――」

 

「ッ!……いくらだ?」

 

「今調べた感じだと普通にバイトしたくらいじゃ届かないくらい?

任務によっては報奨金も出るみたい。まぁ、その分危険だし、それくらい貰わないと人は集まらないよね」

 

 

「……その試験はいつだ?」

 

 

「い、一週間後……って、もしかして受ける気!?」

 

 

「そこまで気にしなくて良いよ!前に見たレナちゃんの俊敏さなら受かるかもしれないけど!レナちゃんは、アビドスに居てもいいんだよ!」

 

勢いよく立ち上がったユメは、怒涛の勢いで両肩を掴み、激しく揺らした。

 

頭が振れ、思考が鈍る。

 

「ぐっ……落ち着け…SRT……に入れば、アビドスの……借金返済は……少し楽になる」

 

 

「あっごめん……」

 

「現状、今の私に行く所はない。無職のようなものだ。生憎、そういうのは好かん」

 

「で、でも。やっぱり悪いよ」

 

見た目に依らず、強情だ。

 

 

 

 

 

ふと窓の外を見る。

そこには、どこまでも続く砂の奥に、沈みかける夕日が輝いていた。

 

 

――何もしなければ、いずれ火は消える。

 

 

 

 

 

「それが私の矜持だ」

 

ユメは目を細めて眉間に皺を寄せた。

 

「はぁ……記憶が無いのに、どこからそんな自信が出てくるの?」

 

既に答えは出た。

救えるものがあるのなら、やるまでだ。

 

 

 

 

 

その夜、静かに勉強机に向かった。

 

 

SRT特殊学園。

この世界における特殊作戦のエリート。

俺にはうってつけの場所だ。

 

 

 

 

 

◆

 

夢を見た――

 

 

 

 

光が無い。

 

 

暗い暗い、地の底に俺は立っている。

 

 

目的も分からず、ただ進み続ける。

 

暗がりの先で人がいる、顔は見えない。

 

 

近寄るとソイツは顔を上げ――

 

 

 

 

「ッ……!?はぁ……」

 

 

 

俺の背中に付いてきた過去は、そう簡単には眠らせてはくれない。

 

 

 

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