白狼救済録 作:らんらん出荷マン
雷帝の扱いに悩んでいたら遅くなりました。
深夜の高速道路を進み、レナたちは寂れた工場跡地に到着した。
「……ここよ。他の人たちも……もう、来ているはず」
ヒナはゆっくりとドアを開け、外へ出る。
(ここから出たら……もう、戻れない)
レナはシャチのキーホルダーを握りしめた。
「起きろ! WOLF! 仕事の時間だ!!」
大きな声で、ぐっすり夢の中にいる部下たちを呼び戻す。
「は! はいぃ!」
「うわぁ!?」
「隊長〜、眠いよ〜」
三者三様の反応を見せるが、レナは構わない。
「黙れ。さっさと降りろ。みんなが待っている」
バンの中から、重たげな足取りで三人がぞろぞろと降りてきた。
工場を見たメイは、どこか落ち着かない様子だ。
「お〜? ホラー映画の撮影場所みたいだねぇ❦」
(撮影場所……そんな生易しいものじゃない。“誰かを消費する”生贄の祭壇だ)
「ここが合流地点だ。……行くぞ。無駄口を叩くな」
四人は無言のまま、ヒナの背中を追う。
バンのヘッドライト以外に光源はなく、
闇夜に瞬く星の光だけが、かすかに巨大な煙突とパイプラインの影を浮かび上がらせていた。
錆に塗れた紅いドアの前で、ヒナが立ち止まる。
一瞬だけ星空を見上げ、すぐに視線を伏せた。
「この先よ……これから、ブリーフィングが始まる」
ドアノブに手を掛けたまま、ほんの一瞬だけ動きを止める。
だが次の瞬間、何事もなかったかのように扉を開けた。
「私は少し……仮眠を取ってから学園に戻る」
「案内ありがとう、ヒナ」
「……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ヒナは、覚束ない足取りで闇の中へ消えていった。
その背中を見送り、中へ入ると、工場内は吹き抜けになっていた。
(……資材搬入用の通路か)
開けた通路には、鼻の奥を突く油の臭いと積もった埃が漂い、長年放置されていたことを物語っている。
その奥には大きな円卓が置かれ、大勢の人影がそれを取り囲んでいた。
(あいつらがいるのは、奴の誘いを断らなかった……俺の責任だ)
罪悪感と後ろめたさに、レナの足が竦む。
誰かがWOLFチームに気づき、手を振った。
「あ! レナちゃん! 随分、可愛い格好しちゃって〜! やる気満々ねぇ!」
VIPER1――ミオ。
淡い色のカーディガンに膝丈のフレアスカート。
胸元の小さなリボン、栗色の長い髪には控えめな飾り。
“毒蛇”と呼ばれる彼女は、どう見ても可愛いものが好きな、優しい先輩にしか見えなかった。
その声につられて、一斉に視線が集まる。
その中には、FOXチームの姿もあった。
FOX1――ユキノ。
ユキノは一歩前に出る。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「……ユキノ」
一瞬、二人の間に沈黙が落ちる。
だが、ユキノの口元が僅かに歪んだ。
「……意外だな、レナ。……そういう装いを、選ぶとは」
「……黙れ」
ユキノは暗色のパーカーにショートパンツ、黒のニーソックスという無難な装いだ。
他のFOXメンバーも闇に溶ける色合いで揃えている。恐らくユキノの指示だろう。
対するレナは、髪をリボンで整え、イヤリングを付け、明るい色合いのフリフリワンピースを身に纏っていた。
――確かに、道化だった。
円卓の中央に置かれたタブレットが起動し、聞き覚えのある声が工場内に響き渡る。
『こんばんは、皆さん。よく集まってくれました。連邦生徒会長です。
これより作戦内容を説明します』
生徒会長は一拍置いた。
『まず――この場にいる全員に確認します。
今から語る内容は、公的記録に一切残りません。
あなたたちがここに来たという事実も、今この瞬間から「存在しない」ものになります』
声は穏やかで、抑揚もない。
まるで天気の話でもするかのように続ける。
『よろしいですね? では――おほん。
作戦名は Ionizer。
目的は一つ。ゲヘナ生徒会長、“雷帝”の身柄確保です』
『逮捕ではありません。
公開の法手続きに乗せれば、証拠は消され、関係者は口を閉ざし、結果として何も残らない。
だから、先に“押さえる”。
これは治安のためであり、体制のためであり――あなたたちが信じる、正義と平和のためです』
耳障りの良い言葉の羅列。
だが、工場の空気はゆっくりと冷えていく。
『雷帝は二週間後、軍事技術発表会を開催予定です。
公式には新技術の公開イベントとされていますが、実際には非公認の兵器売買オークションが併催される見込みです』
『同会場では、未確認の新型火砲――「荷電粒子投射砲」の公開が予定されています。
当該兵器は、キヴォトス全域の戦力均衡を破壊しかねない戦略級装備と評価されており、雷帝本人がデモンストレーションに直接参加します』
『会場警備は雷帝直属の親衛隊が担当。
数は約50名。全周警戒態勢が敷かれると推定されます。』
『今回の作戦は三段階のフェーズで進行します――
第一段階。
私が用意した偽造学生証および招待状を使用して会場へ潜入。所定のポイントに到達後、情報部が事前に配置した装備を回収』
『第二段階。
情報部が警備網に意図的な“欠陥”を発生させます。表向きは内部不手際に見えるよう処理されます。
あなたたちは、その隙を突いて突入。壇上に上がった雷帝を拘束。
その流れで荷電粒子砲にテルミットを仕掛けて破壊』
『第三段階。
親衛隊を退けつつ、速やかに雷帝を屋上へ移送。
こちらで手配したチヌークと合流し、離脱してください』
『作戦時、あなたたちは所属を示すあらゆる物を携行しません。
制服、端末の常用アカウント、部隊識別――すべてです。
この任務におけるあなたたちは、“正体不明の武装集団”として扱われます』
「隊長……これは……」
リノの問いは、言葉の形を取る前に喉で止まった。
彼女の視線の先で、レナの表情がわずかに歪んだのを、見てしまったからだ。
「……すまない」
――その一言で、すべてを悟ったわけではない。
だが、少なくとも彼女は理解してしまった。
「……っ、了解、しました……」
そう答えたのは、納得したからではない。
“それでも従う”と、自分で決めてしまったからだ。
『そして今回の作戦にあたって、私が直々に各種装備を取り揃えました。
“どこにも存在しない特別製”……会長印ですね』
数人のゲヘナ生が、複数の大きなボストンバッグを抱えて円卓の上に置いた。
重さの衝撃で、卓がわずかに揺れる。
『ちょっと! 気を付けてください! タブレットが落ちちゃうじゃないですか!』
「あー、すいません。次は気を付けます」
ユキノがバッグを開け、装備を取り出す。
最初に現れたのは、サプレッサー付きのアサルトライフルだった。
ただの銃ではない。レナの目には、銃口が異様なほど大きく映る。
ブルパップ方式の特殊作戦用火器――
紛れもない「暗殺用」だ。
(広いな……12.7mmか)
手にした“それ”の異様な存在感に、ユキノも言葉を失う。
「こ、これは……50キャリバー……?」
『用意した弾薬は12.7×55mmの亜音速弾。有効射程は200mです。
親衛隊は、レベル5の防弾装備を着用しており、生半可な銃弾では倒せませんので。
……少々過剰ですが、これにしました』
(少々?……冗談ではない)
防弾プレートを付けた敵が障害物に隠れても、障害物ごと撃ち抜いて倒す――暴力の化身だ。
続いてユキノは、黒とオリーブのツートンで角張った、金属のような質感のフルフェイスヘルメットを取り出した。
バイザーが無い密閉型。
側面にはセンサーのようなものが取り付けられて、僅かな光を発している。
獣耳を収めるためか、上部がわずかに盛り上がっていた。
(光っている、起動状態か。
全周……装甲化?こんなものは、見たこともない。見た目は重そうだが)
『それは凄いですよ! 自信作です! HUDが標準装備、データリンクで各員の位置と敵味方の識別も可能……
もちろん、暗視機能もあります!』
「おお! かっこいいね、コレ!」
ユキノの横から、ひょいと顔を出す影。
FOX4――オトギ。
FOXのスナイパー。50口径の狙撃銃を使い、存在感を活かした牽制・制圧を得意とする、少し変わった戦い方をする少女だ。
ムードメーカーで、落ち込んでいるところを見たことがない。
「ちょっと貸して!」
「あっ……おい!」
オトギはヘルメットを奪い取り、深く被る。
「おお! めっちゃ軽い! すごいよコレ! 視界が広がる!」
未知の体験に、ムードメーカーらしく大はしゃぎだ。
だが、レナは別の点に目を奪われていた。
(……ッ!、被った瞬間、ヘイローが消えた!?)
『次はですねぇ、えーっと……』
(何も……説明しない?ヘイローが消えたんだぞ!どういう……つもりだ)
オトギがヘルメットを脱ぐと、再びヘイローが薄っすらと表示された。
「うえー、なんか気持ち悪くなってきた」
それをユキノが窘める。
「情けないな、オトギ。酔ったのか? それでもスナイパーか」
『あー、そうだ。忘れてました。戦闘服とボディーアーマーも用意しました』
ユキノが広げた装備は、キヴォトスには存在しない意匠だった。
「見たこともない……生徒会長が、デザインしたのですか?」
『うーん。まあ、そんなところです』
ACU――”デジタル迷彩”が施された軍用規格のコンバットユニフォームと、軽量化されたプレートキャリアだった。
(前世の正規軍の装備が……なぜ、ここにある……)
「……親衛隊の装備は、もはや“生徒”の水準を超えています。
いいですか?“生きて帰るための装備”ですよ。
これらは私が――丹精込めて――制作した――希少品です!……大事に使ってください。
そして……“レナちゃん”。任せましたよ? 期待しています』
「……ああ」
『あなたなら、できると思っている。
まあ……できてしまうのが、少しだけ怖くもあるのだけど……』
画面の向こうで、生徒会長は静かに目を閉じ、背後で手を組んだ。
『……
繋がれてこそ、沈まぬ在り方を得る――
そう、私は……あなたを、信じている……』
「……それは、どういう――」
「さあ、説明は以上です! 成功を祈ってますよ! おやすみなさい!」
レナが問いかけようとした瞬間、彼女は逃げるようにログアウトし、タブレットの画面は黒く染まった。
「レナちゃん……? 隊長……今、会長が“レナちゃん”って言いました。 いつ、そんなに仲良くなったんですか?」
リノが“どうでもいい”ところで反応する。
「……さあな。なぜ好かれたか、分からん」
「そうだ、隊長。交渉の件はどうなったの?」
あの時の会話を思い出したのか、スイが問いかける。
(『アビドス延命を契約に会長と取引した結果、この作戦が始まりました』とは……言えない)
「適当にあしらわれた……予想通りの……結果だな」
嘘をついた。
「そっか、残念……だったね」
また、罪を積み重ねる。
――
数人のゲヘナ情報部のメンバーと作戦の詳細を詰めているうちに、時刻はすでに日が昇る時間になっていた。
最上級生のミオが総括に入る。
「作戦開始まで、あと十三日。
それまでに、この装備に慣れて、部隊同士の連携を完璧にするわよ。
あーそうだ!学園なんだけど。
表向きは“連邦生徒会の特別教育実習”ってことになってるから”出席日数”が減るなんてことは、ないわよ!
会長から”訓練監督権限”を委任されたから報告書は、ぜーんぶお姉さんが引き受ける。そこは安心しなさい」
「いい? これは簡単な任務じゃないし、正直ちょっと……かなり危ない。
でもね――だからこそ、私たちがやるしかない」
「怖くなったり、つらくなったら、私の背中に隠れなさい。……文句も泣き言も、全部聞いてあげる。
……大丈夫。あなたたちは、一人じゃない。私がついてる」
「さあ、深呼吸して……行くわよ!
――我らが剣は!義の下に!」
全員が姿勢を正し、呼応する。
「「「「我らが剣は!!義の下に!!」」」」
「では、解散ッ!! 今日は一日、休むわよ〜!!
……はぁ~、疲れたわ〜」
張り詰めた空気が緩み、全員が腕を回したり、伸びをしたりしている。
「みなさーん!お腹空いてませんか? おいなりさん作ってきたんですけど、食べますかー?」
FOX2――ニコ。
FOXの副官、ユキノの右腕。
使用武器はショットガン。
普段は緩い雰囲気で、皆に優しい。
母のような存在――だが、その優しさの裏に、冷徹な合理性と手段を選ばない執念を秘めている。
WOLFの副官、リノと交換してほしいくらいである。
そんな彼女が作る「おいなりさん」は絶品らしい。
「ママー! ちょうだい! ちょうだい!」
ミオが子供のように、ニコへ駆け寄る。
さっきまでの頼れる先輩が、嘘のように消え失せた。
「……ミオ先輩。誰がママですか」
ニコもその豹変に呆れている。威厳もクソもない。
「ミオ! そんなんじゃ、この先生きのこれないわよ!」
生意気そうな声が飛ぶ。
FOX3――クルミ。
不足の事態への対処に長けた、柔軟な思考を持つシールドとSMGを使う、ポイントマン。
物言いと性格はキツいが、煽てるとすぐに調子に乗る。
「コラッ! 先輩を呼び捨てなんて生意気よ!」
「ふん! 今度こそ勝ってやる! 訓練では覚悟しなさい!」
「二人とも喧嘩しないで、おいなりさん食べよう?
ほら、レナちゃんたちも一緒に!」
遠目に微笑ましい言い合いを眺めていると、ニコが手招きをしてきた。
「ああ、そうだな。……WOLFチーム、飯の時間だ」
「わぁ、おいしそ〜❦」
「何も食べてなかったので、助かります……」
「ふぁ~……食べたら寝よう」
――
大量に用意された、おいなりさんをニコから受け取った。
「……ありがとう。全部一人で?」
「うん、みんなに食べて貰いたくて」
そう言って、ニコは少し照れたように笑った。
大容量ミリタリーバッグの横に並べられた箱の中に、丁寧に並べられている。
この場に不釣り合いなほど、やさしい色をしていた。
「えー、ニコちゃん本当にすごい! これ、絶対おいしいやつ!」
ミオが目を輝かせ、一つを掴み取る。
「……疲労が溜まった体に、炭水化物は助かる」
ユキノも短く言って、一つ手に取った。
オトギはすでに二つ目に手を伸ばしている。
「……甘っ! やめられない〜とまらない〜♪」
――そんな中、レナも一つ貰い、しばらく黙って見つめていた。
油揚げの表面は、ほんのりと艶があり、柔らかな形をしている。
どこにでもある”家庭の味”。
無意識に、指先に力が入る。
「……隊長、どうしました?」
リノが不安そうに覗き込んでくる。
「……いや。なんでもない」
一口かじった。
――甘い。優しい味。
噛むたびに、油揚げの甘辛さが滲み出て、米が口の中でゆっくりほどけていく。
「……おいしい?」
ニコが、少し不安そうに尋ねる。
「……美味い」
短く、そう答えるとニコは、はにかんだ。
「よかった……たくさんあるから!」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥に、チクリと針のような痛みが走る。
(……いい奴だ)
何も知らず、何も疑わず。ただ「みんなに食べてほしい」。
それだけで、これを作ってきた。
この少女が、“失敗した時の物語”で、切り捨てられる側に置かれていることを――
自分だけが、知っている。
「……ニコ」
思わず、名前を呼んでいた。
「なに?」
「……いや。……ありがとう」
何も、言葉は出てこなかった。
ニコは首を傾げながらも、柔らかく微笑む。
レナは平らげると、また一つ、おいなりさんを手に取った。
守らなければならないものが――ここにある。